発端
そこに在るのは前後左右の区別もつかない空間。
明るいのかそれとも暗いのか? ただいくつか浮かぶ黒い靄が認識できるから少なくとも一様に暗いのなく、濃淡くらいはあるのだろう。 しかしその靄から視線をはずすと端が無く、際限なく見える空間は靄のように暗いようにも見える。 果たしてそう見えるのは人間の目の構造で捉えられているものであるのか。
上下左右に際限なく広がる空間は意識を持つ「物」のいる場所だった。者ではない。
その者が作り出した空間力場、あるいは高度な思考上で行われてる模擬実験だけのものだったかも知れない。思考を現実化させるような者は如何なる存在なのか。
黒い靄の中にはよく見るといくつもの微細な点が存在しており、どこかの知性生物が宇宙と呼ばれるものに見えた。
意識ある「物」にとって自らが作ったその宇宙とそれが内包する物は単なる実験観察用の水槽のようなものだ。
水槽の中の水草や流木のレイアウトを変えたり、それまで居なかった新たな魚や貝を加えたりするように意志ある者にはその宇宙へ如何なる事象も起こすことができる。
宇宙に散らばる恒星とその衛星に育まれた数多の知性体を観察してきた意識を持つ「物」は今はたった数十年しか寿命を持たない炭素由来生物に焦点を当てている。
同時に幾多の宇宙のあらゆる場所に、過去に、未来に時間軸を視点を移せる存在には単なる戯れ。
生命サイクルを繋ぐための生物の持つ根源的な利己優先性は消えることなく、一方で宗教という文化を育むまで育った精神の発達は種の永続的な継続に対して矛盾を孕み、互いの生存権を賭けた争いから複雑な要因が絡んだ紛争を続けている。
意識ある「物」はその炭素生命体は肉体という物質に宿ってしまった精神が肉体を捨て去る死を伴わずに肉体に留まったまま解脱に至る可能性を視たものの、同種での争いで滅び去る道を辿るのが最も多い結末だった。これまでに視てきた過去に滅んだ、これから発生しする未来の知性体のほとんどがそうであったように。
意識ある「物」はその炭素生命体の集まる地区にある制限を掛けた。
特に意味はない。
時間軸を無視して力を行使できるが文明が発達する前、あるいは過度に文明が発達した後に制限を掛けたところその影響はより早い種の全滅にしか至らなった。 そこで文明が飛躍的に伸び始めたころに、限定地域で行った。
現地の炭素生命体の言語で忠告もしてみた。 並列して育てた同一宇宙にて別地域でいきなり制限を掛けてどうなるかを観察したことがあるが短時間で同種同士の争いが起きて伝播、あっさり滅亡の道を辿ったためだ。
今度の実験はどうなるか。 意識ある「物」は観察を始めた。