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多対一


 灰色の人型異形種。

 奴は間違いなく記憶の売人だ。

 名前はたしか、ランケ。


「時間がねぇ。こいつらを叩き潰せ!」


 ランケは配下の異形種たちに命令を下した。

 おのおのが武装した得物を抜き、こちらへと押し寄せてくる。


「手筈通りにお願いね」

「あぁ、任せてくれ」


 そう言葉を交わし、俺も地面を蹴る。

 真正面から向かい、彼らの間合いに踏み入る寸前で大きく跳躍した。

 俺の相手はランケのみ。ほかの配下はリタがなんとかしてくれる。

 身体は押し寄せる敵の波を越えて、後方にあるランケにまで届いた。


「面倒なっ!」


 落下に合わせて刀を振るい、ランケもまた剣を抜いた。

 二つの刃は交じり合い、甲高い音を鳴らして拮抗する。


「あぁ、面倒だ。本当に、本当に、面倒だ。なぜ俺がこんな貧乏くじを引かねばならなんっ!」


 言葉に感情がこもり、剣は怒りを体現するかのように圧を強める。

 力任せに押し切るつもりか。

 なら、それに付き合う義理もない。

 力の流れを受け流すように剣を弾き、一定の距離を取る。

 張り合いはしない。相手の土俵で戦うことはない。


「大人しく、潰れていればいいものを!」


 ランケは剣を構えて突進する。

 獣のような太刀筋を振るい、力任せに荒々しく攻め立ててくる。

 その剣撃はまさに剛剣。

 力ですべてをねじ伏せようとする気概が感じられる。

 しかし、所詮はただの力押し。

 冷静に太刀筋を見極めれば、捌くことはたやすい。

 そして、反撃に移ることも。


「――」


 振り下ろされた剣撃を半身になって躱し、地に下りた剣先を踏みつける。

 剣を固定し、身動きを制限し、自由を半ばほど奪う。

 そこへ畳み掛けるように刀を振るった。

 地面と水平に薙いだ剣閃は、無防備な胴へと向かう。

 けれど。


「あぁ、面倒だ」


 手甲に阻まれる。

 表面を削りながら刃を滑らせ、太刀筋を斜め上へとズラされた。

 刀身はランケの頭上を斬り裂いてしまう。


「どうもこれでは勝てんらしい」


 ランケは剣を手放した。

 同時に、腰へと手を回してダガーを抜き、最短距離を通って薙いでくる。

 すぐさま刀を手前へと引き戻し、刀身でダガーを止めた。

 妙に軽い手応えがする。

 それは次ぎの一手を見据えた攻撃だったということ。

 止められるのは承知の上で、ランケの狙いは乱撃にある。


「――チッ」


 この至近距離、刀とダガーでは手数に違いがありすぎる。

 一息に幾重にも繰り出される乱撃を捌きながら、俺は仕方なく退避を選ぶ。

 地面を強く蹴ってランケから距離を取った。


「どういうことだ、これは」


 ランケの剣を踏みつけた直後から、戦闘スタイルが激変した。

 力押しの剛剣が、針に糸を通すような繊細なものへと変貌している。

 本当に、さっきまで戦っていた者と同一人物か。

 まるで、二人同時に相手をしているような、そんな感覚に陥ってくる。


「――まさか」


 脳裏に過ぎるのは、メモリの特性だった。

 他者の記憶――経験を自分のものに出来る。

 なら、もし一つの人物に複数のメモリを使用したなら?

 それはつまり、複数の戦闘スタイルを使いこなせるということ。

 もし可能なら、多対一も良いところだ。


「面倒だが、お前の相手は私でしか勤まらん」


 剣を拾い上げたランケは、構えを変えた。

 剣先をこちらへと向け、半身となる。

 そこから繰り出される一撃は。


「――ッ」


 一瞬にして肉薄し、急所を狙い定めた突き。

 辛うじて反応し、突きの軌道を刀身で逸らす。

 だが、ランケが繰り出す突きも引きも、とても素早い。

 捌けてはいるが、防戦一方。

 剣技の上では負けていないのに、押されている。

 これはつまり、使い手の問題なのだろう。

 俺には経験が足りていない。

 剣技では上回っていても、そのほかの要素では大きく下回る。

 俺は持て余していて、使いこなせていないんだ。

 この凄絶な剣技を。


「――なら」


 斬り合いの最中、一歩踏み込む。

 その踏み込みは、ランケに一撃を許し、鋭利な剣先が肩を貫いた。

 壮絶な痛みが走り、全身に冷や汗を掻く。

 だが、それでも勝機は造り出せた。


「なにっ!?」


 足りないものは直ぐには補えない。

 だから、その分だけ捨て身にならなければならない。

 傷付いても、血を流しても、前のめりになるしかない。

 それが何もかもが足りていない俺にできる、唯一の手段。

 英雄ヒーローは、傷付きながらも勝利に向かって手を伸ばすものだ。


「これでっ」


 ランケはすぐに剣を俺から引き抜いた。

 だが、その頃にはもう遅い。

 ここはすでに間合いの中、振るえば斬れる。

 そしてこの剣技は、決して敵を逃さない。


「面倒な」


 激痛の中で刀を握りしめ、一刀を振るう。

 天を刺した鋒は雨のように落ち、ランケを過ぎる。

 刀身は止まり、伝う雫が赤い波紋を地面に描く。


「ぐっ……うぅ……」


 袈裟斬りに斬られたランケは、後ずさりながらも持ちこたえた。

 息を切らし、苦痛に表情を歪め、身体を震わせながらも、立っている。

 そんな風に、持ちこたえられるように斬ったからだ。

 殺しはしない。あくまでも標的は生け捕りだ。


「その傷じゃあ……もう戦えないはずだ」


 貫かれた肩の傷に生命力を流し、治癒を行う。

 傷を負ったのが骨と肉なら、治癒は早いし、生命力もそんなに使わない。

 代わりに内臓の治癒となると、莫大な生命力を消費する。

 斬り裂き魔の時はそれで絶望したが、今回の傷なら大丈夫。

 すでに傷は治りかけで、生命力にもまだ余裕がある。


「戦えない? ははっ、戦えない……だって?」


 激痛に堪えながら、ランケは歪んだ笑みを浮かべる。

 まだ終わっていない。そう主張するように。


「あぁ、面倒だ。本当に本当に、面倒だ。面倒だが、しようがない。しようがないなァ! これはァ!」


 懐に手をやり、取り出したるは幾つものメモリ。

 手に握れるだけのメモリを取り出し、なにをしようとしているのかは明白だった。


「――止せっ!」

「いやだねッ」


 静止も聞かず、ランケは大量のメモリを自身に刺した。


「ここデ……捕マる、くらイなラ……イっそ」


 数多の記憶、数多の経験を、たった一人に移し入れた。

 それは自分の記憶より、他人の記憶のほうが多くなってしまうということ。

 自身が自身と認識できず、自分が誰なのかも曖昧になり、そして最後には。


「俺ハ」「私ハ」「僕ハ」「儂ハ」「某ハ」


 自我が崩壊する。


「ココデ……シヲ、エラブ」

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