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フォルティス・オディウム  作者: たつみ暁
シズナ編――聖剣の勇者、魔王の花嫁――
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第9章:青い魔剣『オディウム』(1)

「『天空律』!?」

 シズナが見せた魔律晶を目にしたコキトは、明らかに色眼鏡の下の瞳を爛々と輝かせたようだった。奪うかの勢いで『天空律』を受け取ると、食い入るようにその球体に見入る。

「わかるなら、どういう物か教えてくれ」

 ミサクが水を向けると、魔法士は興奮気味に語り出した。

「文字通り、天空を飛ぶ魔法を司る魔律晶さね。使用者が行きたいとさえ望めば、この空のいかなる場所へでも連れていってくれる」

「では」ミサクが確実に驚いた様子で、呟くように洩らす。「魔王の居城とは」

「空の、上?」

 シズナが唖然として頭上を指差すと、コキトは鷹揚にうなずいた。

「そりゃあ、大陸のどこを探しても魔王の居場所が見つからないはずだし、代々の勇者とその仲間しか知らないのもうなずける」

 つまり、魔王の城へは、選ばれた者しか辿り着けないのだ。そして次代の勇者がそう簡単に次の魔王を倒す事が無きよう、各地を巡って経験を積み、勇者の名を高めて、ひいてはその後唯一王国の威信を高める為に、勇者とその仲間は抹殺されなければならなかった筋書きにも、説明がつく。

 シズナがごくりと唾を飲み下すと、「シズナ」とミサクがこちらを向き、真摯な瞳で見つめてきた。

「貴女が決めてくれ。魔王城へ行くか、否か。『天空律』はきっと貴女の意志に沿ってくれる」

 ひとつ、心臓が大きく跳ねる。アルダがこれを敢えてシズナに託した以上、『天空律』はシズナの意志を尊重するだろう。

 アルダを討つにしろ、話し合うにしろ、会うつもりがあるのなら、『天空律』はシズナを魔王城へと導く。しかし、シズナの側にもうアルダと顔を合わせる気が無いのなら、『天空律』は無用の長物となり、勇者が魔王を倒さないアナスタシアは、滅びの道を辿るだろう。

 だが、この時既にシズナの中では、ひとつの決意が固まっていた。一回、深呼吸をして、その信念を言の葉にして吐き出す。

「魔王城へ、行くわ」

 それは最早、行きたい、という希望ではなく、確固たる決意であった。

 魔王城へ行き、アルダに会う。会って、もう一度頭から話をする。何をもって、世界に絶望したのか。何故、シズナに己の終焉を望むのか。納得のゆく答えを得たい。

 シズナとて、この一年で嫌というほど唯一王国には失望してきた。滅びてしまえ、と魔王の花嫁に相応しく呪詛を吐きたい事は何度もあった。だが、己の命を終わらせてまで、それを果たしたいと思う事は無かった。それも全て、「アルダにもう一度会いたい」という一念が、彼女を突き動かしてきた結果である。

 先程は「わからない」と言ってしまった。だが、決意を固めた今ならはっきりと認識出来る。

 アルダ一人が死を望むなら、むしろ頬を引っぱたいて胸倉つかみ、生きろと言い聞かせてやりたい。自分がしてきた事に責任を取らないまま、安息を与えるなんて生温い。それが今、シズナの胸中を占めていた。

 発したのは短い一言だったが、そこに込められたここまでの決意を、ミサクとコキトも感じ取ったのだろう。

「僕は貴女の決心に従う。貴女の邪魔をする者は、片端から撃ち落としてみせよう」

 ミサクが胸に拳を当てて言い切れば。

「まあ、乗りかかった舟だ。最後まで付き合ってやるよ、シズナ」

 コキトが色眼鏡のずれを直して、乱杭歯を見せた。

「この街の中で『天空律』を使うのは、周りの目があって危険だ。明日街を出て、郊外から向かおう」

 ミサクが淡々と告げ、ひとまず今夜は宿で眠る事となった。

 魔族が人の間に溶け込んでいる以上、今シズナを一人にするのは、何があるかわからなくて危険だという事で、三人一緒の部屋になる。

 ベッドに潜り込み、シズナは先程の出来事を回顧する。目をつむれば、一年ぶりに会ったアルダの姿がまぶたの裏に浮かぶ。

 背が伸びた。髪が伸びた。少年の面影は遠ざかり、大人の男へと向かう精悍さを帯びながらも、全てを諦めた紫の瞳が、炎のようにシズナの脳裏に焼きつく。

 明日、終わらせる。この哀しき因果を。狂ってしまった運命を。結末がどうあれど、自分は自分の決意を貫こう。

 そう考えつつ、寝返りを打った時、シズナは、隣のベッドが空になっている事に気づいた。ミサクの場所のはずだ。コキトは既にひとつ向こうで軽いいびきを立てている。

 一体どこへ行ったのか。怪訝に思った時、舞踊会も既に終わり静まり返った宿の外からぼそぼそと話す声が聴こえて、シズナは窓際へと足音を殺して近づいた。

 ここは二階だ。そこから見下ろす場所に、ミサクと、アナスタシアの騎士服を着た女性が向かい合っている。女性がミサクに何かを報告しているようだが、窓越しでは声が濁ってしまって、内容まではわからない。

 気づかれないように慎重に、窓を少しだけ開くと。

「……充分だ。ありがとう、よく間に合わせてくれた」

 やけにほっとしたようなミサクの声が、ささやかな風に乗って耳に滑り込んできた。女性騎士はそれを聞いて低頭し、あっという間に闇の向こうへと駆け去る。ミサクも踵を返そうとしたのを見て、シズナは慌てて窓を閉め、ベッドの中へと潜り込んだ。

 一体何が「間に合った」なのだろうか。ミサクの今までの言動を見るに、シズナを裏切る気配は感じられない。

 だが。

 もしかしたら、という考えも浮かぶ。彼はアナスタシアの特務騎士隊長だ。唯一王から命令を受けて、最後の最後で、アルダと共にシズナを消す行動に移るかも知れない。

 そこまで考えて、馬鹿馬鹿しい、と嗤う自分もいる。ここまで来て、彼を疑うのか。しかし、仲間を疑い続けて戦った勇者、それも、魔王の妻に相応しいのかも知れない。

 開き直ってしまえば、緊張に眠れないかと思って張りつめていた糸が緩んだ。今まで色々ありすぎて疲れていたのか、眠りの(かいな)はあっという間にシズナを抱き締めて、深くへと誘う。

 夢の中でシズナは、紫の髪の赤子を抱いて、青年と微笑み合っていた。だけど、赤子の瞳の色を知る事は出来なくて、自分は笑いながら涙を流していた。

 そして、翌朝目が覚めた時、両頬が濡れている事に気づいて、ミサクとコキトが起きないうちに部屋を抜け出し、井戸で思い切り顔を洗った。

 泣いている暇など無い。

 自分は今日、全てに決着をつけるのだから。

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