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フォルティス・オディウム  作者: たつみ暁
番外編2――失われて、取り戻す――
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08:君に見せたい花がある(2)

 それからは、目まぐるしい日々だった。

 アニーの声がけで、侍従、メイド、料理長、庭師、衛兵、多くの人間がリビエラのもとに集った。

「皆、あの女が主になった時に、愛想を尽かして出ていったんですよ」

 心ある人間が去った、祖母の支配する屋敷は、ごろつきの吹き溜まりとなり、領民から巻き上げた金品で一杯で、蛮族達が攻めてきた時、格好の標的になったという。

 そんな嫌な思い出を伴う旧い屋敷は捨て、カリオンで一番大きい都市に、そんなに大きくはない二階建ての屋敷を借り入れる。

「領主様からお金は取れません!」と、屋敷の管理人は恐縮したが、ユージンの家を出る時に、ミサクから餞別代わりにイージュ金貨はたっぷり持たされた。それに、カリオンの人々も苦労してきたのだ。祖母のように、主であるからとふんぞり返って取り上げるだけでは、民の信頼を取り戻せない。

「リビエラの判断をロジカは支持する」

 と、領主秘書の立場になったロジカが肯定してくれた事で、払うものはきちんと払うべき、還元するものはきちんと還元すべき、というリビエラの考えは、屋敷中の人間の認識となった。

 幼い頃に領地から離れたリビエラに、政治の才はほぼ皆無と言って良い。だがそこは、専門とする周りの人間や、生まれた時に施策や財政の知識も埋め込まれたロジカが、上手く支えてくれた。神の子『摂理人形(テーゼドール)』には、(まつりごと)の才能も備わっていたのだ。そこだけは『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』に感謝すべきだろう。

 支えてくれる人々に恵まれ、リビエラの領主業は好調な滑り出しを見せた。かつて両親と共に会った人々の面影は今もたしかで、彼らは不慣れな新領主にも温かく接し、長らく治める者がおらずに忘れかけてしまった秩序を取り戻そうと、各地の村の再建や街道の整備、物品の安全な流通に協力してくれる。

「何も出来ない小娘」

 そう嗤う者がいる事も承知済みである。だが、周囲の人間がそういう口さがない噂を遮断した事と、リビエラを悪く言う者より、彼女に協力する者の方が圧倒的に多かった事から、再建事業は軌道に乗った。


 とはいえ、狭い領内といえど、地方によっては、盗賊まがいの行為をいまだ行う不届き者がいる。そんな連中を成敗に行くのも、領主の仕事となった。

 衛兵と共に馬車に揺られて数時間。盗賊の巣窟に、ロジカが先陣を切って乗り込み、兵が続くのを、リビエラは『混合律』の杖を握り締めて見守る。こんな時、後衛で待つばかりしか出来ない我が身をもどかしく思ったが、ロジカはそんな彼女の思いを知ってか知らずか、盗賊達を『束縛律』で生け捕りにして、平然とした顔で戻ってくるのであった。

「殺せよ!」捕らえられた盗賊達の首魁は、必ずまずそう言って唾を飛ばす。「ご立派な領主様が帰ってきたカリオンに、俺達は不要な存在なんだろ!?」

 これも想定の内である。こういう時、リビエラは盗賊頭の前に立って、すっと目を細め――

 ごいん、と。

『混合律』の杖で相手の頭を殴りつけるのであった。

「なっ、なっ……!?」

 首を落とされると思っていたのだろう、盗賊頭は目を回し、落ち着いてくると、驚いた表情でリビエラを見上げる。

「貴方がた、本当に阿呆でいやがるんですわね」

 この台詞を降らせるのも、一度や二度ではない。

「貴方がたも、大切なカリオンの領民ですわ。元々人口が少ないこの地の貴重な人手の首を、そう簡単にバッサバッサ落としてられるとお思い?」

 訳がわからない、とばかりに相手が目をみはるのも見慣れた。リビエラは嘆息し、しかし、ここからが大事な話だとばかりに、先を続ける。

「徒党を組んで悪さをするくらいの頭と腕力がありやがるんでしょう? 補佐は寄越しますから、悪巧みをする頭を、この一帯を豊かにする計算に使いなさい。力がある人は、剣の代わりに鍬を持って田畑を耕しなさい。魔律晶が使える方がいるならば尚よろしいわ。『流水律』で地面を潤して、果物を育てなさい」

 ざわざわとさざめきあう悪党共を前に、一旦言葉を切り、リビエラは精一杯の眼力で彼らをねめつける。

「そうやって出来た物は、適正な値段で買い取ります。余りが出たら、貴方がたが直接他の地へ持っていって売りさばいても構いません。道中の護衛の心配は要らないでしょう? 貴方がたは自分で自分の身を守れるんですから」

「流石、お嬢ちゃまだな」嘲るように、盗賊の一人が唾を吐き捨てる。「それで上手くいかなかったら、俺達はまた悪党に逆戻りだぜ。それでいいのか?」

 何度も言われた事だ。だが、そこにはロジカがきっぱりと口を挟んだ。

「その時は、ロジカが全力をもってリビエラの敵を排除する。情けは無用と言われている」

 その言葉に、盗賊達が一斉に怯えた様子で押し黙った。リビエラの見ていない場所で、ロジカは摂理人形としての強力な魔法を、惜しみなく披露しただろう。それはもう、盗賊達が恐怖するほどに。

「……良いだろう」

 やがて、盗賊頭がぽつりと零し、髭面に深い笑みをにいっと刻む。

「甘ちゃんだが、自分の事だけ考えてたあのババアの血を引くとは思えねえ、面白いお嬢様だぜ。俺達も、先の見えねえ盗賊稼業に不安になっていたところだ。あんたのその度胸に、乗ってやろうじゃねえか」

 言葉こそこちらを軽んじているようにも聞こえるが、事態を面白がる色が乗っている。リビエラはほっと息をつき、「ロジカ」と声をかけると、少年が『束縛律』を解除した。

 兵士達にも剣を収めさせ、リビエラは静かに盗賊頭の前に立つ。

「では、貴方が皆をまとめてくださいな。よろしくお願いいたしますわ」

 右手を差し出すと、盗賊頭は一瞬きょとんと目をみはり、握り返そうとして、土埃にまみれた掌に気づき、自分の服でごしごし拭うと、がっしりとリビエラの手を握り締める。節くれ立って皮の厚い、剣だこだらけの手。だが、それが自分を助けてくれる手だと、リビエラは確信していた。


 そんなこんなで、地方の賊も平定し、カリオン領内は少しずつ安定し始める。二年目の春が来る頃には、リビエラが街を離れる事は少なくなり、代わりに執務室で書類にサインをする事の方が多くなった。

 ロジカはそんな彼女の隣で書類の見直しをしている事が常なのだが、時折、裏庭に出る事があった。休憩時間に茶を飲みながら窓の外を見れば、彼は庭師と何やら話し込んでいる。庭の一角に小さな場所をもらって、何かを育てているようだった。

「何を作っていますの?」

 折を見て訊ねてみたが、ロジカにしては珍しく黙り込んだ後、やけに曖昧な笑みを見せて、

「試行中だ」

 と答えるばかり。

 隠し事をしているのはばればれだったが、同時に、彼が『隠し事をする事』を覚えるくらい、人に近くなったのだ、という嬉しさが、リビエラの心に宿る。

(……あ、違う)

 ただし、すぐにそれを打ち消したが。

(隠しやがってましたわね、肝心な事)

 ミサクの生存を黙っていた事があった。だがあれは、理屈(ロジック)で動くロジカにとって、筋が通っている話だったからだ。

 今回もまた、彼にとっては理屈に合う隠し事なのだろうか。熱心な顔で土に水を撒く少年の横顔を、リビエラは執務室から見下ろしていた。


 そして、春も終わり、湿度は無いが気温は上がる、カリオンの夏が訪れる頃。

「リビエラ」

 執務室に入ってきたロジカは、

「君に見せたい花がある」

 と、仕事もそぞろにリビエラの手を少々強引に引き、庭へ向かう。

 その一角、彼に与えられた小さな場所に、つつましいが綺麗な花弁を持つ薔薇が咲いていた。その色は、見上げる空を写し込んだかのような青。自然界には咲かない色だ。

「昔、リビエラの母上が青い薔薇を望んで、父上が探していたと、アニーから聞いて、ロジカの持つ知識で育てた」

 言葉を失うリビエラに、ロジカは相変わらず淡々と説明する。本当に、機械仕掛けの神様は、いなくなって尚、人間の想像の及ばない事をしでかしてくれるものだ。

 だが、感銘を受けたのは、薔薇の青さにではない。ロジカがリビエラの両親を偲んで、リビエラを気遣ってくれた事だ。それが何よりも嬉しい。

 目の奥が熱くなる。まばたきをして誤魔化そうとしていた目の前に、少年が青薔薇一輪を手折って差し出す。

「青い薔薇の花言葉を知っていて?」

「『奇跡』だと記憶している」

 即答に、遂に視界が滲む。リビエラは涙目で薔薇を受け取り、少年の胸に顔をうずめる。

 そして、心からの感謝の代わりに、美しい愛の告白の代わりに。

「貴方がこうしてここにいてくれる事が、わたくしにとって、奇跡そのものですのよ」

 万感の思いを込めて、その言葉を告げるのであった。

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