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01

 午後一コマ目の講義は、何故こんなにも眠気を誘うのだろう?


 大講義室の最前列であくびをこらえながら板書を取っている私、岩野貴子の頭に、ふとそんな疑問が浮かんだ。


お昼ご飯を消化するため? ぽかぽかと温かい講義室の室温のせい? 先生(何故か教授ではなく先生と呼ぶように注意してくる)の声がくぐもったバリトンボイスだから? 板書の数字がつぶれたコロッケみたいな形だから?


真面目に研究したら、なかなか面白い論文になるのではないだろうか。


一度意識が授業から離れると、とりとめのない考えが次から次へと浮かんでは空中に消えていった。


「……というわけで……小テストでは……」


「はっ!?」


小テストという単語で意識が引き上げられたが、時すでに遅し。


黒板はきれいに消され、講義出席の登録をするために学生が長い列を作り始めていた。


「またやっちゃった……」


これは私の悪い癖で、想像力が豊かというか妄想癖が激しいというか、座った姿勢が一定時間続くと想像の世界に飛んで行ってしまうことがよくあるのだ。


電車やバスの席に座っている時も、注文したご飯を待っている時も、果てはお手洗いの便座に座っている時まで……。


ベルの音を聞いた有名な犬のように、座ると妄想を始めてしまうのだった。


「……はぁ……仕方ない、この後聞いておかなきゃ……」


私は荷物をまとめると、学生の列の最後尾に並んだ。



講義室をでると、昼下がりの柔らかい日差しが差し込み、窓辺によると木々が薄緑の若葉をグングンと伸ばしているのが眼に入る。


「……えっと……今日はあと何コマだっけ?」


一年生の時限界まで単位を詰めこんだから、今期は多少余裕があるはずだった。


「……うえ……5限かぁ……」


現在2時30分で、最終の講義が始まるのが5時ちょうど。微妙な空き時間が発生している。


アパートに戻ってひと眠りしようとも思ったけど、起きられなかったら悲劇だ。


とりあえず喫茶室に寄ってコーヒーでも飲もうかと考えていると、携帯電話の画面が光った。


メッセージアプリを立ち上げて確認すると、軽文学サークルの純子からだった。


『部室開けといたよー。それと、水分と糖分の補給を頼む』


純子は猪突猛進型で、一度作業を始めると他の事には目もくれなくなってしまうのだった。


「……まったくあの子は……」


私は半分呆れながら、ちょうどいい時間つぶしができたことにホっとして、売店へ向かうことにした。



「おつかれ……って、うわぁ……」


大学の地下にある部室のドアを開くと、職員室を連想させるコーヒーの匂いが鼻をついた。


「……どれだけコーヒー飲んでたのよ……」


思わず後ずさりしそうになるのをこらえて室内に入ると、長机に黒い塊が突っ伏している。


「……純……生きてる……?」


「あ……あぁ……あ゛あ゛あ゛……」


純子は腕を力なく空中にさまよわせる。


「ダメ見たいですね。原稿の進捗は?」


「あ゛あ゛……一枚……」


「おお! もうちょっとじゃん。ラストスパート頑張って!」


「一枚……二枚……三枚……一枚たりなぁい……」


「怪談かっ!」


私のツッコミがむなしく響く。


しばらく待っていると、純子の顔がゆっくりと持ち上がる。


髪はボサボサになって、顔色は青白くなっているが、ほっそりとしてきれいな顔立ちは損なわれていない。


それどころか、薄幸の文学少女の雰囲気をまとって思わず見とれてしまう。


「とりあえずチョコとお茶買ってきたけどどうする?」


「たべる……ちょこっと……」


「そっか。じゃあ机の上片づけて手洗ってきて」


「りょうかーい。ちなみにさっきのちょこっとはチョコと掛けた洒落だから」


スルーしたのに本人が蒸し返していくのか……。


私が袋の中身をひろげたところで純子が戻ってきた。心なしか顔色が良くなっているような気がした。


「あっ、これって新しいやつ?」


純子は一番お高い……と言っても200円程度だけど……のチョコに目をつけたようだ。


「わぁい新製品、純子新製品大好き!」


「1個は残しといてね。私も食べたいから」


「わかってるって。そんなに意地汚いわけないじゃない」


純子は舌を出して応えると、記念すべき一つ目のチョコを口に含む。


「ふわぁ……糖分がしみる~~……」


惜しむように口の中でコロコロと転がし、ゆっくりと食べていく。


「また食事抜いて漫画描いてたの?」


「らってぇ……作るの面倒だし、貴ちゃんのカレーも気づいたら無くなってたし……」


「なくなったんじゃなくて食べちゃったんでしょ……ちゃんと食べないと倒れちゃうよ。体調管理も漫画家の仕事のうちでしょ」


「まだ漫画家の卵だからへーきだもん。いざとなったら貴ちゃんに作ってもらうし」


「私はあんたのメイドか!」


何故か純子が目を輝かせる。


「いいね! 貴ちゃんメイド服似合いそう! ミニスカじゃなく、紺色のロングスカートの方。私と契約してメイドになってよ!」


「月に20万くれるならね」


「そんなぁ……」


青菜に塩水をかけたようにシナシナとしぼむように机に突っ伏してしまう。


「ご飯くらいなら作りに行くよ。バイトが休みの日なら」


「じゃあそれまで我慢する~」


「それじゃダメじゃん! せっかく可愛いんだからご飯作ってくれる彼氏でも作ればいいのに」


「えー、やだー。貴ちゃんがいいのー」


せっかくこんなに見た目がいいのにもったいない。


その後売店の袋が空になるまで、二人でとりとめのない話を続けた。

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