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【TS】こーいう世界のものがたり【現代】

馴染んだ彼と馴染めない彼女と。

作者: 秋野ハル

これは『【TS】こーいう世界のものがたり【現代】』シリーズ群と同一世界の話ですが、特に世界観以外の繋がりは(今のところ)ないので、これ単独でも問題なく読めます。

が、それはそれとしてご新規さんはもしこれ読んで興味が湧いたなら是非とも他の作品も覗いてもらえればと。

常連さんは、今回はいつもとちょいと違うノリの話ですが「こういうのもあるのか」と楽しんで貰えればこれ幸い。

そんなこんなで変人二人の変なお話、はじまりはじまり。

「これから私と付き合わない?」


 殴り倒した不良の先、気づけば"彼女"はそこにいた。


   ◇


 少女はそこに立っていた。狭く汚く薄暗く。不穏な空気の路地裏に。

 少女は前を見つめていた。ショートの茶髪に学ラン姿。少年と見間違う風体で、しかし学ランを押し上げるその胸は紛れもなく少女が"少女"である証を立てていた。

 そんな彼女の見つめる先、裏路地を抜けた向こうは商店街へと通じている……が。


「毎度毎度、ゴキブリの様に湧いてくるなこいつら……」


 呆れる少女の真正面。今は三人の不良が商店街への道を塞ぐ形で立ちはだかっていた。少女のような学ランあるいは派手な特攻服なんかに身を包んだ男の不良×3。そのひとりが少女を指差して叫んだ。


「今日こそ年貢の収め時だぜ、『勝高の餓狼』!」


 少女が呼ばれた胡乱な二つ名。県立八勝高校の生徒だから勝高。餓狼の方は多分適当。そんな雑な二つ名に、しかし少女は面倒くさそうにだが返事を返した。


「いい加減懲りないなお前らも。女ひとりに寄ってたかって、他にやることないのか?」


 少女の身長は約150cmと小柄なもの。おまけに相手は自分より頭ひとつ分以上背の高い男たち。それでも少女は怯む様子すら見せないが、その理由は単純明快。


「女ヅラするならまずはその学ランを脱いでから言うんだな! 俺たちは今日こそお前に勝ってこの街のぉ!」

 

 不良の一人が怒声をお供に少女へと走りその眼前へと一気に躍り出た。今にも叩き込まんとするのは単純な右ストレート。そのままいけば顔面直撃コース。もちろん当たればただじゃ済まない、が。


「よっ」


 軽い掛け声と共に屈む。それだけで不良の拳は少女の真上を通り過ぎた。当たる方が阿呆だと言わんばかりにあっさりかわしてみせた少女。その眼前にはちょうど良く不良の腹部が。がら空きのそこに拳を叩き込めば、


「はい、一人終わり」


 少女が腹に打ち込んだ拳を引き抜くと一人目はいとも簡単に崩れ落ちる。それと同時に二人目が走り出した。

 二人目は路地の壁沿いに積まれていたビールケースのひとつを引っ掴むと、ケースの山が崩れるのも厭わずにそれを引き抜きながら少女へと向かう。


「あ、そういうの使うならこっちも、と」


 そう呟きながら学ランのポケットに手を突っ込む少女。二人目と少女の距離が近づく。二人目が腕を大きく振り上げてケースを叩きつける――直前、その顔を謎の霧が覆った。発生源は少女が男に向かって伸ばした右腕。正確にはその手に握られている小型のスプレーだ。


「ぎゃっ!」


 二人目の悲鳴と共にケースが手放されて床に転がる。少女はスプレーを素早く仕舞ってからそれを拾おうとして……何故か一度、その手がケース手前の空を切った。少女は一瞬だけ顔をしかめるもすぐにケースを掴み直し、二人目に向かって投げ返した。それは見事に顔面直撃。二人目が軽く吹っ飛びながら仰向けに倒れた。

 そしてわざわざ他の二人が倒れるまで待っていたのか、あるいは単純に路地裏が狭くて割り込めなかったせいか。いずれにせよ二人目が倒れたのを合図に、最後の三人目が少女に挑む。

 その獲物は木刀。右手で柄を握り大きく振りかぶりながら襲い来る三人目に少女は、


(速度もリーチもさっきより一段上。なら"これ"だな)


 思考と共にすかさず、今度はズボンのポケットへと右手を突っ込む。同時に三人目が吠える。


「おせぇよ!」


 少女がポケットから手を引き抜く。しかしその眼前には速く鋭く風を切って迫る木刀が。発射という動作が必要な以上、最早スプレーでは間に合わない――ガチンッ!


「なにっ!」


 明らかに人肉とは違う硬い物体同士がぶつかり合う衝突音に加えて三人目の驚愕までもが路地裏に響く。それらが示す事実はただひとつ。木刀を受け止めたのは少女の顔ではなく。


「野口3枚分だけあって、さすがそれなりに丈夫だな……!」


 木刀を受け止めたその正体は、少女の右手に握られた警棒だった。硬くて強くてお値段そこそこ3000円。普段は手のひらサイズだが、いざとなればたった一振りで40cm程度まで伸びる優れもの。

 咄嗟にポケットから抜き出したそれで防ぎこそしたものの、しかし対する三人目は鍔競り合いをチャンスとばかりに腕力で押し込もうと木刀に力を加える。

 いくら少女が身のこなしに優れていても、腕力自体はその小柄な見た目に反しない程度のものだ。互いの力の差は歴然であり、ゆえに受け止めた少女は苦い顔をしているが……"物理的な力"とは別の力量で言えば、圧倒的に少女の方が上だった。

 ほんの一瞬脱力してから体を逸らし、鍔競り合いから文字通り身を引く。それだけで無理に力んでいた三人目の体勢は大きく前のめりに崩れた。少女がその隙を見逃すはずもなく。

 その側面へとすかさず回り込んで狙うのは横っ腹。叩き込むのは警棒の持ち手側。腰を軽く捻ることで遠心力をおまけに添えて、狙い通りのスマッシュヒット! 三人目が大きな音を立てて地面へと崩れ落ちる。

 そうして喧騒が静まれば、やがて路地裏にはいつも通りの静寂が戻ってきた。陰気な静けさの中、少女の独り言は路地裏によく響く……。


「よし終わり。しかし今日のは一段と骨の無いやつらだったな。最後だけ若干マシだったけど」「うぉぉぉぉ!」


 突如響いた男の怒号。「なんだよ……」面倒くさそうにその方向を見てみれば、倒したはずの二人目が鼻血を垂らしながら迫ってきていた。どうやらビールケースだけでは気絶までもっていけなかったらしい。

 しかし顔に受けたスプレーのせいか目は瞑ったまま。その歩みだって千鳥足じみたふらつき様だ。倒れ込んでる仲間たちや転がってるビールケースなんかを蹴飛ばしながら、のろのろふらふら。そんなやつの対処なんて少女にとっては赤子の手を捻るようなものだが。


(これシメるのはある意味可哀想だよなぁ)


 なーんて小さじ一杯分の優しさは、しかしすぐ二人目の体と一緒に吹っ飛んだ。そう、二人目は急に何かにつまづいてこけたように前のめりに浮き、しかしこけるよりも遥かに勢い良く少女の横を通り過ぎる。それをついつい目で追う少女。視界の中で二人目は2、3メートルほど吹っ飛び地面へと不時着した。


「……へ?」


 不良たち相手だろうと決して怯むことの無かったその顔に驚きが貼り付く。一方、頭から地面に突っ込んだ二人目はついに気絶したのか尻を突き出した間抜けな格好のまま動かない……と、不意に背後から少女に向かって声が飛んだ。男性特有の低音だがその声の雰囲気自体はカラッと明るく。


「助けに来たぜ? 初季ちゃん」


 少女の名前は『大崎おおざき 初季うぶき』という。

 己の名前を呼ぶ男性に、なによりその声に少女――初季は心当たりがあった。それを思い浮かべながら振り向けば……予想通り、自分と同じ八勝のボタンのついた学ランを着た少年が立っていた。まるで今しがた何かを蹴り飛ばしたように片足を上げながら。

 約150cmの初季よりも20cmほど高い背と、男にしては長い茶髪。首元まで伸びた後ろ髪をうなじの辺りで括った少年は、初季と目が合うと足を下げてから、続いていかにもわざとらしいウインクをひとつ。しかし初季は呆れたように一言。


「……良いところだけ掻っ攫ってのそれは、普通にダサいよ。月弥」


 初季の瞳は本来大きくそして力強く。

 だが今のそれは彼女の内心を表すようにすっと細まり、少年――『都中となか 月弥つきや』へと向けられている。

 呆れの視線を一身に受けて月弥が大げさに目を見開いた。その愛嬌を感じさせる丸い瞳が、皿のように一層丸くなった。


「あり? もしかしなくても……今ので最後かぁ。どうせならもうちょっと粘ってくれれば良かったのに。そしたら上手い具合に颯爽とだな……」

「そういうあざといこと考えてるから間が悪くなるんだよ」


 言葉を投げ捨てると『付き合ってられない』と言うように一人先に路地裏を出ていく初季。その背を月弥はすぐに早足で追いかけてしれっと隣に並ぶ。そんな月弥を初季は歓迎こそせずとも咎めることもなく。

 路地裏の向こうは人気の少ない寂れた商店街。二人でアテもなくぶらつきつつ初季は月弥に尋ねた。


「ところでなんでこんなとこいたの? 今日は委員の仕事があるって言ってなかったっけ」

「まぁそうなんだけど、美化委員の放課後なんて所詮花壇の水やり程度だから。ぱっと水やってぱっと帰って、そしたら急にどんがらがっしゃん聞こえたから『お、初季いるじゃん』と思ってさ」

「あのな、君は人のことをなんだと思って……って言うには日頃の行いが悪すぎるか」


 馴染みの居酒屋を覗くようなノリで喧嘩を覗きに来た月弥に呆れるが、本当に呆れるべきはそれがすっかり馴染みになってしまった自分だ。虚しい結論に至り初季がため息をつく一方、月弥はむしろ感心したような素振りを見せた。


「大の男三人相手にかすり傷ひとつなし。いつも思うけど大したもんだよ。お爺さん譲りの空手は女になっても変わらぬ冴えってか?」


 女になっても。

 そのフレーズに初季はほんの一瞬だけ反射的に眉を寄せた……が、それ以上の反応は見せずいつもの淡々とした調子で返事を返した。


「ま、空手ってのもどこまでほんとか怪しいけどね……」


 当人いわく『若い頃は裏の世界でちょっとした有名人だった』祖父にしょっちゅう聞かされた武勇伝と、そこで鍛え上げられたらしい"空手モドキ"。それが一般的な空手と物理的にも精神的にも一線を画することは、幼い頃からそれを習っている初季が一番良く知っている。ちなみに基本理念は『なにをしても勝ちは勝ち』である。


「おそらくチンピラ殺法とでも呼んだ方がそれっぽいよアレは。まぁそれはそうと体の方も大事だけど……僕らは人間だから」「へ?」


 不可解な言動に月弥の足がその場で止まる。そんな彼に向かって初季はズボンのポケットからひとつのものを取り出して放り投げた。放物線を描いて急に飛んできた何かを月弥は右手で反射的にキャッチする。


「これは……」


 握った右手を開けばそこには小型のスプレーが。表面に書かれている言葉は全て英語。それ自体は読めないが、しかして正体そのものはすぐピンと来た。


「もしかして……催涙スプレー?」「それが約1500円」「へ?」


 ぽかんと口を開ける月弥の前で、初季はズボンや学ランのポケットを再び漁りだす。すると次から次に出てくるわ出てくるわ。始まったのは護身グッズのひとり博覧会だった。


「あとは警棒に防犯ブザー、それに変わったとこだと……こんなタクティカルペンなんかもあるな。そのスプレー込みでしめて8、9千円ぐらいか」


 一通り見せびらかしてまた仕舞ったあと、最後にひょいと催涙スプレーを取り上げて。


「結局のところ、紙切れ数枚で埋まる差だよこんなのは」


 こんなの。そう言って初季が指差したのは自分自身だった。


「うーん、このガチガチに警戒してる所持品なのにこの堂々とした態度。こう、武闘家としてのプライド的なものとかないの?」

「僕が空手モドキを覚えたのは単なる自己防衛のためだ。そもそも試合ならともかく路傍の喧嘩だぞこれ? 使えるものは使って勝てば官軍の世界だ。おまけに言えば向こうだって道具を使ってくるんだから、むしろこっちも道具を使う方がフェアとも言える」

「おお、はっきり言い切った……」


 初季の堂々としすぎた開き直り。だがむしろ、月弥はそれを期待していたとばかりにニヤリと笑って。


「さすがこの街一の変人は、発想からして普通じゃない」

「……まるで自分が普通みたいな言い方だな」

「そりゃあ、俺以上に普通の人間なんてそうはいないし。ま、なんにせよ……せっかく合流したんだし――これから俺と、付き合わない?」


 ひとつ結びの髪を揺らして下手なウインクを再び決める月弥。その台詞もひょうきんな仕草も傍から見れば下手なナンパにしか見えない。しかし初季はひとつため息をつきつつも、


「……まぁ暇だからいいけどさ」


 結局あっさりと了承して、


「で、どこ行くのさ?」


 そう続けた。

 つまるところ初季は知っていたのだ。月弥のそれが"男女のお付き合い"じゃない方、文字通り"付き合う"という意味であることを。気心の知れた者同士の滑らかな意思疎通。もちろん月弥も淀みなく、ひとつの場所を提示した。


「そうだなぁ……寂れた商店街よりも良いところ?」


  ◇■◇


 人気は少なく寂れて、遊具は古く錆びれて。そんな公園の一角の、これまた古いベンチに学ラン姿の二人が並んで座っている。ひとりは少年、ひとりは少女。

 まばらな雲と少しくすんだ青空の下。夏の残滓すら感じさせない冷え切った風をその身に受けて、少女の方が口を開く。


「思うに」


 初季は道すがらのコンビニで買ってきた、温かい緑茶を一口すすり。


「寂れた商店街も寂れた公園も、五十歩百歩だと思うんだけど」


 不満そうに愚痴を零してから、同じくコンビニで買ってきた肉まんを一口。

 すると隣の月弥からすぐさま反論が飛んできた。


「大差ないといえばそうかもしれない。だけど五十歩分の風情で確かに勝ってるんだよ」


 月弥は左手に缶コーヒーを持ちながら、右手に握っている食べかけのフランクフルトを初季に向けて謎の理屈を語ってみせたが。


「秋風に晒されない分、商店街が五十歩マシじゃない?」

「秋風もまた五十歩分の風情なんですー、よって公園の勝ちはい論破ー」

「……アホくさ」


 月弥はいつだって軽い。そして初季はいつだってドライ。

 今日も今日とていつも通り相方の戯言に呆れた初季は、早々に話を打ち切って黙々と肉まんを頬張り始める。大した時間もかからず平らげ、緑茶をボトルが空になるまで流し込み喉を潤す。その蓋を閉めたところで……月弥にじっと見られていたことにようやく気付いた。


「どうした?」「いや……」


 月弥は食べかけのフランクフルトに視線を落としてから、妙に真剣な顔で一言。


「どうせなら食べる物、逆の方が良かったかなぁと」「は?」


 一度首をかしげて……しかしすぐに初季は理解した。理解してがくりと項垂れた。


「はぁ……」

「あ、これゴミのような目で見られる系か」

「いや、どっちかって言えば君が羨ましい系のため息。だって……」


 だって初季は×××だから。


「僕もそう思ったし」

「うわぁ予想外。え、わりとマジでなんで?」

「いやだってさ……」


 フランクフルトを食べ進めながら首を傾げる月弥。一方で彼の問いに対し、初季の脳裏であるモノが浮かびあがる。


「言っちゃなんだけどこの体、中身にやる気が無いだけで磨けば光る素質はあるよ。中身にやる気が無いだけで」


 そう言いながら、初季は思い描いていた。それは"かつて"の自分と"今"の自分。言い換えるならば"男"の自分と"女"の自分。

『チビの癖に生意気だ』一見実年齢よりも若く見える、幼めの顔付きと低身長。

『チビの癖に生意気な目だ』誰が相手でも物怖じしなさげな、大きく力強い瞳。

 かつて難癖をつけられる原因にもなった特徴はこの体にもしっかり受け継がれている……が、しかし女として見れば中々悪くないのではなかろうか。ついでに肌もわりと綺麗だし顔だって悪くない。

 空手モドキを嗜んでるから程々に筋肉もついてるし、おまけに一部の贅肉もそれなりにそれなりなわけで。


(……って、いくらなんでも自己評価が過ぎるかもな)


 と、一通り思い返した辺りで月弥がツッコミを入れた。


「もしかして君って……結構ナルシスト?」「うぉっ」


 ずばり言われて、どきりと焦る。


「そういうんじゃない。これはあくまでも客観的に見てだな……」


 急いで弁解を試みるも。


「本当に自分を客観的に見れる人なんてそうはいないよ。ま、よしんばそれが出来るとしても、自分が好き好き大好きならそれはやっぱりナルシストじゃない?」

「その言い方やめろ。別にこの体が好きってわけじゃないし、さっきのも本当に傍観者のつもりなんだが……うーん……」


 そうしてしばらく5秒10秒15秒、考えて考えてまた考えて。

 その間に月弥はフランクフルトを綺麗さっぱり食べ終えて、残った棒をぷらぷら指で弄び……「まぁいいや」初季の声で指を止めた。


「傍から見れば禄に変わらないのは事実だ」


 考えた末に初季はあっさり諦めた。


「さくっと認めたなぁ」

「どうしようもないことで悩むのは不毛だから。それよりもこの話の発端は君なわけだが……何気なしに下ネタ振ってくる辺り、君は本当に馴染みすぎじゃないか? 本当に2ヶ月前まで女だったとは思えないんだが」

「女でも下ネタは飛びかうよ? まぁ実際馴染んでるのは確かだ、け、ど……」


 月弥は一度言葉を切ると、さっきまで弄んでいた棒でピッと初季を指し示して。


「なら逆に君は本当に馴染んでないね。おんなじ時期におんなじ病気に罹ったのに、こうも違ってくるなんて。あれから2ヶ月だっけ? なんかもう随分昔に思えるや」


 あれから2ヶ月。その言葉に初季が己の両腕を組んで。


「そうかな……僕にとっては、今でも昨日の出来事と大差ないけど」

「そういうもの?」

「そういうもの」


 初季は言いたいことだけ言い切ると、ベンチ近くの『燃えるゴミ』と書かれたゴミ箱に丸めた肉まんの包み紙を放り投げる。そしてきちんと入るのを見届けてから空を見上げた。緩やかな秋風が初季の短い茶髪を揺らす。その視線の先、くすんだ空に僅かばかりの枯れ葉が舞い散る。寒いのは好きじゃないが、寒空の静けさは嫌いじゃない。

 やがて訪れる静寂は、しかし互いにとって穏やかで心地よく。

 だから月弥も会話を止めて、初季に倣い手元の棒をゴミ箱に投げ捨てるとなんとなく空を見上げた。不意にかつての空が脳裏にチラつく。


(あの時は、もっと真っ青だったっけ)


 夏色から秋色へと。移り変わった"今"の情景が月斗の中に"昔"の情景を呼び覚ました。

 2ヶ月前まで、二人は『月美』と『初季』だった。しかしある奇病を経て『月弥』と『初季』に変わった。この世界においてそんな事象を引き起こす奇病はただひとつ。


 ――『反転病』。この世界には、そう呼ばれる奇病が存在する。


 本当はもっと長く面倒な名前だが今は些細な問題だ。重要なのはこの奇病が、発症してから約1週間ほどで性別がひっくり返るという特異な代物であるということ。

 一度羅患してしまえば肉体の変化は不可避でかつ不可逆。ここまで並べると色んな意味で恐ろしい代物だが、しかし体が作り変えられる最中にきちんと入院、安静にしていれば決して死ぬことも後遺症が残ることもない。

 この病気が突如世界中で発生し始めてから40年ちょっと。すったもんだの末に今では(ちゃんと入院さえすれば)致死率0%のちょーっと珍しい病気として、すっかり世間に馴染んでいる。

 そんな病気に『月美』が、そして『初季』が罹ったのが2ヶ月前。本来は学校に一人いるだけでほんのり注目の的になる程度には珍しい代物。おまけに人づてで感染するわけでもない。

 だが偶然にも、二人は似たようなタイミングで同じ奇病に罹ってしまった。

 やがて月美は男になった。初季は女になった。

 さらに『月美』は『月弥』と名前を変えた。『初季』は『初季』のままだった。

 そして月弥は男に馴染み、男の服を着て、男のように振る舞っている。初季は女に馴染めず、男の服を着て、男のように振る舞っている。

 どこか似ている二人は、しかしなにもかもが決定的に違っていた。

 二人の違い。かつてと今の違い。馴染んだ自分と、馴染めない彼女……月弥の中で胸の鼓動がほんの微かに加速した。


(あれから2ヶ月……そろそろ、頃合いなのかも)


 この2ヶ月間、ずっと触れなかったことがある。

 月弥は空から初季へと視線を移して。


「そういやさ、前から気になってたんだけど」「うん?」


 初季は未だに空を見上げていた。なぜなら月弥の声音があまりにも普通過ぎて。親しい仲と取り留めの無い会話に興じる時のそれと、なんら変わりが無さ過ぎて――


「君は今でも自分のことを"男"だって思ってるの?」


 初季はハッと目を見開いて月弥へと顔を向ける、が。


「あれ、そんな驚くこと言った?」


 月弥はそう平然と言ってのけると、残っていた缶コーヒーの中身を飲み干して学ランのポケットに仕舞った。質問の内容に反して、彼の纏う空気は日常のそれそのものだ。ゆえに初季もすぐ調子を戻した。月弥に合わせて平然と、そして淡々と。


「なんていうか、急な質問だから」

「いやぁ、ふと聞きたくなって。ま、少し込み入った話かなぁとは思ったけど。答えづらい?」

「いや……そうでもないよ。そうだな……」


 言いたくないからではなく、上手く言えないから言い淀む。初季は周辺に捨てるところのないペットボトルを手で弄びながらしばらく考えて、ようやくひとつの答えを捻り出した。


「……言ってみれば『半分正解、半分外れ』ってところか」

「回りくどい言い方をするなぁ」

「事実を端的に伝えたらこうなるんだよ、過程をすっ飛ばしたのは確かだけど。というわけで証明しようか。答えを導く計算式、まずは半分を片付けよう」


 そう前置いてから初季は誰もいない正面を向いた。不良相手だろうと一歩も引かない大きく力強い目が、しかし今はどこか寂しげに細まっている。


「……君の言うとおり僕は今でも僕自身を男だと思っている。その理由はただひとつ――僕は、この体に馴染んでないんだ。そしてこれからも、多分ずっと馴染めない」


 そして初季は語り始めた。


 ――時折起こる無意識下でのズレ。ひとつひとつは小さいものだった。

 遠くの物を取ろうと手を伸ばしては空を切り、以前よりも短くなった腕に気づく。

 いつもの調子で足を踏み出して狭くなった歩幅を思い出す。

 視界の低さ。胸の重さ。力の弱さ……


「あとは立ちションしようとしてやらかしたことなんかもあるな」

「うわぁ、それは地味にキツイ……」


 ひとつひとつは小さくても積み重なればそこそこ気になる。普通はその内慣れるらしいが、自分はなぜかいつまで経ってもその差異に順応できない。単なる精神上の問題なのかそれとも脳の異常ゆえか、それすら未だに分からない。

 お医者様からの回りくどくありがたいお話を一言で纏めると『人生そういうこともある』。


「で、結局どうしようもないことで悩むのは不毛だから諦めて、そんなこんなで今に至る……と」

「ふーん、なるほどね……」


 初季は説明を終えて一息付き……「で、残りの半分は?」「む、そういえばまだだっけ」すぐに再開する羽目となった。


「さっきも言ったけど、僕が馴染めないのは今の体そのものだ。少々ややこしい話ではあるけどさ、例えば僕が学ラン着続けてるのだって『男に近づきたいから』じゃなくて『こっちの方が慣れてるから』なんだよ所詮。だから男という性別そのものに確固たる拘りがあるわけじゃない。もしそんなものがあるんなら……」


 初季は己の胸を指差して、


「もっとマシな隠し方をしている。この拘りの無さがもう半分ってこと」


 話の流れから月弥は初季の指を自然と追った。果たして辿り着いた先は学ランの上からでも分かる女性的な膨らみで。月弥は反射的に考えてしまった。


(目測Cくらいかな。いやワンチャンD……いやいや、たったの2ヶ月でさすがにそこまでは……)

「ちなみにこれ、最近Dの大台に入った」「なんだって!?」


 思わず顔に現れてしまうほどの驚愕。月弥はごくりと生唾を飲み込んで……恐る恐る尋ねた。


「それ……もしかしなくてもブラ付けてんの?」

「付けてるよ、だって付けないよりも楽だから。それに……付けないよりも付けた方が映える場合もあってだな」


 何故か微妙に自慢げな初季に月弥は「えぇー」とつい声を上げてしまう。


「いや確かに分かるけど、君ってそんなキャラだっけー。それにさっきまでもうちょっとこう、雰囲気もさー」

「先に雰囲気ぶち壊したのは君の露骨過ぎる視線じゃないかな。ま、なんにせよ今も昔も僕は僕だよ。だけどこの体は違う……有り体に言えばさ、僕にとってこの体は借り物のようなものなんだ」


 その言葉でようやく月弥は気づいた。この体、傍観者、客観的……会話の節々に散りばめられたキーワードのその真意に。


「それは……」


 月弥の丸い瞳がほんのり揺れる。だがそれを知ってか知らずか当の初季はすぐにあっけらかんと言い放った。


「まぁ一通り話してはみたけど、実際そんな困ってるかというとそうでもないから。それにいつだって他人気分というのもこれはこれで楽しめる。傍から見ればナルシズムとそう変わりないけれど」


 折り合いの付かない心と体。普通もう少し悩んでもバチは当たらないだろうがしかし初季は悩まない。

 本人曰く『どうしようもないことで悩むのは不毛』初季はとことんまでに図太かった。ゆえに月弥は心の中で賞賛を送る。


(さすが、俺の出会った中で一番の変人さんだ)


 月弥が初季と出会ったのは一年ほど前。その時から月弥にとって初季はとびきりの変人だった。その感性も、そして身の上さえも。


「さすがだなぁ君は。体が変わったところで揺らがず悩まず傷つかず。普通の人ならそうはいかない。最低どれかひとつ、なんなら一通り……」

「最低ひとつか。なら僕も普通だな、だって傷つきはしたし」

「え、マジで?」


 月弥の動揺を表すように、うなじで結ばれた一房が揺れた。


「マジで。僕は慎ましい人間なんだよ。君相手だから正直に言えるけれど僕だって馴染めるもんなら馴染みたい。ただ君も知っての通り、世間とやらは僕とつくづく相性が悪いみたいだし、周りの人間も僕のことが好きじゃない」


 初季の過去。その異端性については月弥も幾らか知っていた。

 幼い頃、両親が事故で死んで祖父に引き取られたこと。不運なことに昔から大した理由もなくいじめっ子によく目を付けられたこと。そういうのを爺さん直伝の空手モドキで自衛していたら、気づけばいじめっ子が不良にランクアップしていたこと……いつしかあることないこと噂が乱立して、最終的に殆どの人とは距離を置かれたこと。


「なにより僕はわがままだから。合わない相手と合わせるのは息が詰まる……つまるところ、総合的にどうしようもないものは結局どうしようもない。けどそれはいいんだ。当の昔から分かってたことで、既に終わった話だから」


 初季特有の割り切り癖。元々そういう性根だったから煙たがれる位置に甘んじたのか、それとも煙たがれたからそういう性根が育ったのか。いずれにせよ初季にとってそれは過去の話で。


「だけど……」


 初季にとっての現在いまはここに在る。そして在る現実はただひとつ。


「まさか自分の体にまで愛想を尽かされるなんてね……ほんと、つくづく馬鹿げた話だよ」


 初季は、自分の体に馴染めない。


「もう慣れないことにも慣れたし、他人の目なんかはそもそもどうだっていいんだけど。なんかこう、たまに……なんなんだろう。モヤモヤするというか、ちょっと……」


 この体になってからたまに感じていた違和感がある。体の違和感とはまた別種の、心の違和感。それはかつての自分が知らなかった感情で、だから初季はそれを表す言葉を持っていなくて。しかし持っている者はそばにいた。月弥が初季に答えを渡す。


「多分、君は寂しいんじゃない?」

「寂しい……?」


 受け取ったのは確かに己の中になかった感情。なぜなら初季にとって孤独は普通だったから。自分が自分であればそれで良かった。けれど、


「君はわがままなんでしょ? 他人よりも自分が好きで、意地でも我を通したがるから"我がまま"。やっぱり君は君が思っているよりも、自分が好きなんだよ。体が変わろうと君は君だけど、それでも体は君の一部だから。好きだから、失くしたことを惜しんで寂しがる」

「…………」


 月弥はそれがまるで当たり前であるかのように、さらりと初季の中になかった発想を語ってみせた。


(好きだから失くすと寂しい、か)


初季の脳裏にふとよぎるのは、一年ほど前の。


『これからよろしくね、私の理想の変人さん!』


「……あのさ」「うん?」


 初季の中で衝動的にひとつ、確かめたいことが生まれた。そして思うがまま月弥に問うのは。


「幻滅した?」

「なんで?」

「いや、だって君基準じゃ僕は君が思ってるよりも普通だったわけで。君は……」


 初季らしくないその躊躇いは"寂しい"。その単語が脳裏で一瞬響いたゆえの。

 一方の月弥は一度きょとんとして、しかしすぐにその意図を飲み込んで……頬をにへらと緩めた。普段からよく笑顔を見せる方だが、今のそれは当社比三割増で。


「大丈夫だよ、さっきはああ言ったけど俺の中じゃ君はまだまだ理想の変人さんだから。それに君が自分大好きなのは朗報さ。なにせ俺の大事な人が、ちゃん自分を大事にしてくれてるんだから」

「ふぅん……そう言われると、なんとなく分かるような。だからって、そんなに嬉しいもんなの?」

「うん? 俺は君といるといつだって楽しいけど」


 相も変わらず、当社比3割増しの笑顔がそこにはあった。


「……もしかして、無自覚?」「なにが?」「……まぁいいや」


 月弥の直球な好意はたまにちょっとした照れを初季に感じさせる。


(つくづく僕の知らなかったモノを引っ張り出してくるなこいつは)

「というかさ」


 そう切り出して話題を変える。それは初季なりの照れ隠しだった。


「人のことを変だ変だと言うわりに、君も大概変わってるよな」


 初季は知っていた。月弥が絶対話題に乗ることも、彼がこの手の話になると、


「えー、だから俺以上に普通の人間もそうはいないって。何度も言ってるじゃない」


 決まって言う台詞さえも。


「知ってるよ。君の拘りも、その理由も知っているけど……」


 初季のことを変人と称する月弥は、同時に自分のことを普通と称する。初季にとってはそんな彼こそ一番の変人だった。

 どうも月弥は"普通"に拘っているらしい。かつて一度だけ、彼が彼女だった頃に初季はその理由を聞いていた。


『だって普通っていうのは変じゃないってことじゃん。私は自分で言うのもなんだけど、なんにでも早く馴染めちゃう。馴染めた人はその場において標準的ってことだから。ならやっぱり私はダントツで普通ってことなんだよ』


 月弥……当時は月美独特の普通理論。実際、今の月弥は月弥であることに馴染んでいる……が、しかし本当に普通の人間はそんなことに拘らないしおそらく考えすらしない。


『好きだから、失くしたことを惜しんで寂しがる』


 初季はふと閃いた。どこにでも溶け込めるということは、逆説的に言えばなにかを手放すのを惜しまない……否、惜しめないということではないか。

 少々飛躍した発想かもしれない。当たってるかもしれないし、外れてるかもしれないが……いずれにせよ、実のところ初季にとってその正否など瑣末なことだった。だから初季は笑って言える。


「だからこそ、君はやっぱり僕が出会った中で一番の変人だ」


 かつても今も、変わらないものがある。一年前、初季が初めて会った時から月美はずーっと、一番の変人だ。


   ◇


 一年前、"僕"がいつものように不良連中に売られた喧嘩を適当に買い叩いて、いつものように適当にノシたその直後に彼女は現れた。

 人懐っこそうな丸い目と、うなじ辺りで結われて首元まで伸びた一本結びの茶髪。身に付けているのは自分と同校である八勝高校のセーラー服。ぱっと見、少女は普通にわりかし可愛かった。少なくとも僕にとっては……


「ねぇ、君本物の初季くんだよね! 突然だけど私、あなたのファンなんだ!」


 マジで突然だった。ニカッと快活な笑みから飛んできた意味不明な一言。彼女は普通にわりかし可愛い、変人だった。


  ◇


 君は変人だ。それを初季がどういう意図で言ったのであれ、月弥としては唇をムッと尖らせる程度に不満なことだった。


「むぅ、君は案外分からず屋だなぁ。それじゃあ世間一般として俺と君のどっちが変か、客観的に見ようよ客観的に」

「客観的に自分を見られる人なんてそういないんじゃないの? ま、結局は変だろうがなんだろうが馴染めないより馴染める方が人生楽なんだろうけど」

「ふーん……」


 馴染めないより馴染める方を肯定する言葉。それに月弥が僅かに眉を寄せる。が、初季すらも気づかぬ間に元の表情へ戻ると気楽な声音で。


「それならいっそ性転換手術でもしてみれば? 性別に拘りはないみたいだけど、それはそれとして多少は心に合わせられる。それともお値段が心配? でもこのご時世、保証だって色々あるし実際言うほど」「高くはない。調べたから知ってるよ」


 調べた。その言葉に月弥の眉が再びピクリと動く。が、またしてもすぐに表情を戻して。


「へぇ、調べたんだ」

「まあね、選択肢として無いわけじゃなかったから」


 初季も月弥も知っている。この世には生まれた時から心と体に折り合いが付かない人がいることを。

 おまけにひょんなことから性別が変わりうるこのご時世。変わった性別に順応できない人だって……つまるところ、需要が多ければ技術が成熟する。そうなればやがて一般化してコスト自体も下がっていく。それに時勢が時勢だ。性別の不和に対しては国からのケアだって時間と共に手厚くなってきているわけで。


「ここ十年くらいで随分敷居も下がったらしいけど……所詮はガワだけだ。それに性別だけを変えても前の体に完璧に戻れるわけじゃないから、僕の場合はそこまで意味があることだとは思えない。もひとつおまけにこんなんでも一応、将来は家庭のひとつでも持ってみたいし子供だって欲しいっていう人並みでささやかな願望もある。そういった諸々を考えるとなぁ」

「はたして最後のが本当に人並みでささやかなのかは置いといて、だから今のままでいると?」

「そうだな……あえて言うなら、今のが理由の3割くらい?」

「え、それじゃあ他の7割は?」

「それは君が一番知っているんじゃないかな」

「んー……?」


 その言葉に思わずきょとんとする月弥だが、その視界の先で初季がニヤリと悪ガキじみた、あるいは少年じみた笑みを浮かべた。そして自慢の胸をもう一度指差して。


「身も蓋もないけれど今の君を繋ぎ留めるのなら、こういうのは無いより有る方が俄然良い。なにせ……男って、そういうもんだろ?」

「っ……!」


 初季の言葉に見開かれる瞳。月弥は今度こそ動揺の一切を隠すことが出来なかった。パチンと電気が入ったように、その脳裏にある情景が――


   ◇


 "私"が彼の噂を聞いたのは、八勝高校に転校してすぐのことだった。

『彼には近寄らない方がいい』周囲から噂とセットで口酸っぱく注意もされたけど、それでも私は同じ高校に在籍するという彼に対して強烈な憧れを抱いた。だけど彼は妙な噂がごまんとあるくせして、学校ではあまり問題を起こさないし授業も普通に受けているらしい。なら彼の真価は放課後にある。そう決めつけた私はあえて学校では会いに行かず放課後になって探し回った。

 すると意外と出会えないもので、そんなこんなで1ヶ月。何度目かの噂を頼りに駆けつけた勝高近くの河原で私はようやく彼を見つけた。道路から見下ろした先に広がる殺風景な河原。そこで彼は数人の不良相手に大立ち回りを繰り広げていた。

 その大きく力強い瞳が、相対する不良たちの一挙手一投足を正確に捉える。その小柄で軽そうな体から繰り出される重い一撃が、不良たちを一人ずつ的確に沈めていく。

 その立ち回りはたまにテレビとかで見かける空手に似ているけれど、それよりもずっと荒っぽく見える。その一方で熟練した踊りのように洗練されているようにも見えて……結果的に、ちぐはぐで不思議な印象を私に与えていた。

 ちぐはぐ。そうだ、小さくて強くて、乱暴で繊細で。彼はなにもかもが歪でそれなのに……あるいはだからこそ、誰よりも綺麗だった。その異端の魅力に惹きつけられる。胸が自覚できる程に高鳴って止まらない。

 私はそれこそ踊りに見入るように彼の立ち回りを見続けていた。やがて不良が全員倒れ伏したのを見計らい河原へと下って彼に言った。


「ねぇ、君本物の初季くんだよね! 突然だけど私、あなたのファンなんだ!」


 彼……初季くんは突然現れた私に驚いたようでぽかんと口を開け放っていた。けどその反応も仕方ないことだろう。私は彼を知っているけど彼は私を知らないのだから。

 というわけで私はいかに初季くんが好きなのかを証明するため、彼を頑張って探し回ったことや今まで聞いた武勇伝なんかを捲し立てた。


「というわけで、私はあなたに会えてもうすっごく嬉しいの!」

「そ、そうなんだ……」


 急な出来事のせいか若干引きつってはいたけれど、彼は笑みを浮かべてくれた。つまり脈はある! その場の勢いに任せて私は思い切った。


「それで物は相談なんだけど……もし君がよければ、これから私と付き合ってくれない? さっきの戦いアレを見て、居ても立ってもいられなくなったんだ!」


 あれ? 彼に出会う直前まではただ純粋な憧れだったのに、なんで私は今告白なんてしているんだろう。これも一種の一目惚れ? まぁ言ってしまったものはしょうがないね!

 心の中でさくっと割り切りつつも、噂は聞こえど実質初対面の相手に告白するなんて初めての経験。一世一代の告白に私がドキドキする中……彼は困惑を露わにしつつも存外あっさりと答えてくれた。


「よく分からないけど……まぁいいよ」


   ◇


 初季の言葉にただただ呆然とする月弥。いつもとは明確に違うその反応に初季はひとつの確信を得た。


(なるほど、急にあんなこと聞いてきた理由ってそういう……それにしても)


 ここまで露骨に動揺する月弥を見たのはもしかすると初めてかもしれない。それが妙に楽しくて、もうちょっとからかってみたくなる。


「意外そうな反応だなぁ。もしかして……僕は知らないうちにフラれていたのか?」


 月弥はその言葉を聞いてすぐ我に帰ると、慌てふためき弁解を始めた。


「いや、いやいやいや! むしろ逆! だって君、女子が好きなんだろ!? だからてっきりこれからはズッ友かと……」「ズッ友て」


 さて直球に伝えてもいいが……初季は少し考えた。考えた結果、あえて若干回りくどく。


「ま、実際のところ僕は未だに、男として女が好きだ。ぶっちゃけ見た目だけの話で言えば今の君と恋愛はできない」「やっぱり」「それでも」


 月弥の言葉を遮って、とうとう初季が本心を告げた。


「妙なことに僕は変わらず君を好きだと思っている。不思議なことに君が男でも女でも、どうもこの距離が一番しっくり来るらしい」


 それは初季にとって体が変わっても変わらないもの。あるいはあの日から少しずつ、変わっていったものだった。


   ◇


 ――突然、名前すら知らない少女に自分への噂や風評被害を並べ立てられる。それはぶっちゃけ新手の嫌がらせとしか思えなかったんだけど。


「というわけで、私はあなたに会えてもうすっごく嬉しいの!」


 どうもよくよく聞いてみれば僕は好意を持たれてるらしい。その時点で正直感性に疑問を持つけど……とりあえず、見た目はちゃんと女の子だ。


「もし君がよければ、これから私と付き合ってくれない?」


 "どこへ行くのか知らないけど"僕なんかと一緒で楽しめるんだろうか。これ実はヤバイ宗教の勧誘とかだったりしないだろうか。懸念は積もるけれどそれ以上に……日頃の行いのせいで女子に欠片も縁のない僕にとって、この機会は正しく降って湧いた幸運だ。ぼっちは慣れども一応僕だって思春期なのだ。というわけで。


「よく分からないけど……まぁいいよ」


 向こうは僕に結構な好意を持ってるみたいだし、あわよくばちょっとくらい深い仲になれないだろうか。いやまだ油断はするな、ドッキリや罰ゲームの可能性も捨てがたいのだから。もし万が一あくどい勧誘とかなら適当に逃げよう……そんな一通りの皮算用は、おおよそ3秒で無に帰した。


「うそ、やったぁ! 一度会っただけでOKくれるなんて、初季くんたら冷徹かと思いきや案外軟派? それとも私がべっぴん過ぎた?」

「……え?」


 なんか凄いはしゃいでるんだけど……もしかしなくても、僕は大きな勘違いをしてるんじゃ?

 いや、でも女子ってあんな軽いノリで告白するもんなの? だって本当にまだ会ったばかりだし、普通こう、もうちょっと親睦を深めたりとか……いや語れるほど分かんないけどさ女子のことなんて……。

 とりあえず、確かなことがひとつ。僕はこの女子と"そういう意味で"付き合うことになってしまったらしい。

 でもこんなの言葉の綾だ。今なら間に合う、すぐ訂正を……待てよ? これを逃したら次のチャンスはいつになる? そもそも向こうが好意を抱いてる上に僕自身淡い下心もあったわけで。互いにwin-winなら、棚から落ちてきたぼた餅は素直に受け取るべきではないか……。


「そういえば君、名前は?」


 誤解を解かないことで僕は選んだ。ぼた餅を素直に受け取ることを。ちょっと変な子らしいけど僕も僕なのでお互い様。あまりにも合わなければ別れてそれで終わり。神経の図太さにはそれなりに自信があるのだ。どう転ぼうが早々後悔なんて……


「私、都中月美! 趣味は変人観察。なにせ私は見ての通り普通の人だから、変な人が大好きなの! というわけでこれからよろしくね、私の理想の変人さん!」


 棚から落ちてきたのはぼた餅じゃなくて爆弾だった。この時ほど後悔したことは、多分後にも先にもないと思う。


   ◇


 初季の言葉によって、月弥が再び間抜けヅラを晒す。それは初季にとって思いのほか爽快なことだった。

 月弥は能天気に見えて意外なまでにある種の底を見せない人間だと、初季は密かに認識している。そういう強かさが遠慮なく付き合える一要因になっているが、それはそれとして。


(こういうのも面白いな)


 今のうちに観察観察……と、熱視線に月弥がようやく気づいたらしい。

 彼ははっと眉を跳ね上げたあと、うなじで結んだ髪を揺らしてうろうろ視線を彷徨わせる。最終的にはその瞳をすっと細めて、おまけに右手を顎に当てて何事かを考えだした。大げさなポーズはただ動揺をごまかしてるのか、それとも本当になんか考えているのか。初季はなんだか無性にその中身を知りたい気分になって。


「何考えてるんだ?」

「え。いや、こういう場合……男冥利に尽きるのか、女冥利に尽きるのか。どっちだと思う?」


 尋ねられた初季は「うーん……」としばらく考えて、ピコンと頭に閃いた。


「妙案が一個ある」

「ほう?」

「間を取って、"人間冥利"とかどうだろう」

「よぅし、それでいこう! なんかこう、懐の広い感じが気に入った!」

「だろ? ま、もっとも僕に好かれるのがそこまで名誉なのかは怪しいけどけど」

「そう? 君みたいな希少な人に性別を超えて愛されるのは立派なステータスじゃない。それだけ君が俺を愛してくれていたってことだし、俺がそれだけ人間出来てるってこと!」


 どうやら月弥はもう調子を取り戻したらしい。レアな一面を若干惜しむ気持ちもあるが、いつものノリも悪くない。だから初季もいつもの調子で。


「どっちかって言えばでこぼこでしょ。君は極端に馴染める。僕は極端に馴染めない。ある意味真反対である意味同類だからこうして案外噛み合ってる。性別を超えた愛なんて聞こえは立派だけど、蓋を開ければそこまで大したもんでもないよ多分」

「もうちょっと自分の愛に浪漫と自信を持とうよ! ……ほんと、昔から俺がああ言えばこう言うよなぁ君は」

「それはお互い様。凸と凹ってそういうもんじゃない?」


 凸と凹。口にしながら思わず苦笑してしまう。


(我ながら、ちょっと引くくらいに首ったけだよなぁ)


 出会ってから約1年=付き合ってから約1年。気づけば好きな理由なんて山のように積もっていた。

 普通とやらから致命的に外れた自分に対して、無理に合わせるでも気を遣うでもなく『変だ変だ』と正直に言いながらもそれ自体を好いてくれた。それが初めてだし嬉しかった。

 その能天気な性格や行動にツッコむのが楽しかった。自分によく向けてくれる爽やかな笑顔が見てて気持ちよかった。

 似た者同士、二人でつるむのがしっくり来た……それに今日も見つけた。ガチで動揺する姿は、何気に可愛げがある。その他エトセトラ……。

 理由が沢山あるから好きなのか、好きだから沢山見つけられるのか……いずれにせよかつて人生で一番後悔した選択は今、人生で一番悔いのない選択になっている。


(変わらないもの、か)


 自然に微笑みが浮かぶ……と、初季はあることに気付いた。

 それは先程までのこととは全く関係ない、無粋とも言える閃き。しかしこの手の直感には従っておくのが無難だと、波乱の人生で無駄に鍛えられた危機回避スキルが囁いている。ゆえに初季はベンチから立ち上がった。

 だが月弥の目から見れば初季が突然立ち上がったようにしか見えないわけで。


「急にどしたのさ?」

「そうだな……格闘家モドキの勘?」

「は?」「ここはさっき喧嘩してたところに近いし、なにより当たりが浅かったから。来るならそろそろかなって」「はぁ……?」


「見つけたぜ勝高の餓狼!」


「はぁ!?」


 突然二人に飛んできた謎の怒号。初季は平然と、月弥は困惑しながら声のした方向、公園の入り口に目を向けると……そこに立っていたのは先程ノシたはずの不良のひとり。木刀を持ったそいつは「えーっと……三人目?」「何人目でもいいだろ別に。それよりも、だ」


 三人目は初季に突かれた脇腹が痛むのか若干覚束ない足取りで、しかし真っ直ぐ二人の元に向かってくる。


「てめぇ……俺のこと分かっててわざと見逃しただろ、手加減までしやがって……」


 憎々しげな表情を見せる彼に対して初季は困った様子で頭を掻いた。空いた片手に、ゴミ箱がなくて未だ捨てられなかったペットボトルを持ったまま。


「あー、ひとつ言っておくと浅かったこと自体はわざとじゃないんだ。つい昔のノリで打っちゃって計算が狂ったみたいな?」


 なんて言いつつも一歩を踏み出して。


「ただ僕にも人の情ってのがあってだな。あの場で黙って引くならほっといても良かったけれど現にお前はまた現れた。なら……」


 初季が表情を変える。そして露わになった性質は、


「容赦なしでも、合意の上だよな」


 一言で言えば獰猛。肉食獣が牙を向くようにその口端が僅かに上がる。瞳がギラリと闘志を帯びる。

 容赦なし。有言実行待ったなしの臨戦態勢に三人目はその身を一度強張らせてしまう。だが、


「っ……舐められっぱなしで終わってたまるかぁ!」


 己を鼓舞するように叫びながら駆け出し――「がっ!」三人目の顔に直撃したのは緑茶のラベルが巻かれたペットボトル。ついつい目を閉じたたらを踏んで、しかしすぐに目を開け


「へぅっ」


 るどころか白目をひん剥き、奇妙な叫び声を上げた。その股間にはすらりと伸びた脚がめり込んでいる。脚の持ち主はもちろん初季。要するに、金的だった。

 視界を潰してからの迷いなき真っ直ぐな金的。迷いが無さ過ぎて遠目から見ていた月弥は引いた。普通にドン引きした。


「うわぁ……」


 本能的にきゅっと太ももを股に寄せて自己防衛に走る月弥をよそに初季が脚を引く。すると不良はあまりにもあっけなくその体を無抵抗に地面へと投げ出した。

 アレを食らっては意識があろうとなかろうと早々立ち上がれはしまい。


(てか男として立ち直れるのかなアレ)


 月弥は時折ピクリピクリと痙攣を起こしている不良に近寄って、そっと合掌をひとつ。そしてすぐ近くで呑気にペットボトルを回収していた初季へと向き直り。


「仮にもかつては男だったのに、鬼かね君は」

「女になって良かったことがひとつある。それは弱点がひとつ減ったことだ」

「名言みたいに言うの止めなさい。……しっかしさぁ」


 今しがた垣間見えた初季の一面を思い出しながら月弥は問う。


「意識あるの分かってほっといたり、そもそも毎回律儀に相手したり……前々から思ってたんだけど、君ならもうちょっと賢いやり方もあるんじゃないの?」

「そうだな。だけどさ……こいつらが勝手に付けた変なあだ名あるじゃない」

「勝高の餓狼っていうダサいあれ?」

「そ、重要なのは勝高ってところだ。このあだ名のせいで勝てばここら一帯の不良の頂点に立てるとか、運気が上がるとか、彼女が出来るとか……」

「あー……つまり、受験前にカツ丼食ったりするような?」

「そうそう、要するに験担ぎしたいんだよあいつらは。ちなみにこれは中学時代から続いてる。なにせその時は『"勝中"の裏番長』だったから」

「これまたすごいあだ名。よく嫌になんないねぇ、そんな愉快なノリで挑まれて」

「はは、さすがに験担ぎだけじゃないだろうけど……理由がなんであれ、意外と律儀なんだよこいつらって」


 未だに痙攣してる三人目を見下ろす初季。その目が静かに細まるのを月弥は見逃さなかった。


「これも験担ぎの一環か、それとも単純なプライドの問題か。はたまた別の理由があるのか……なんにせよサシか精々数人でしかこないし、毎回真正面から勝負を挑んでくる。僕の体がこうなってもそのスタンスを変えない程度には律儀な奴等。なら売られた喧嘩くらい買ってあげてもいいと思わないか?」

「うーん、そういうもんかなぁ……君、もしかして実は結構喧嘩好き?」

「ま、体動かすのは嫌いじゃないし……これはこれで腐れ縁だから。顔なんて一々覚えてられないし、名前すら知らないけれど……遠慮しなくていい相手っていうのは考えてみれば貴重だよな」


 初季はなにを思ったのか、一度だけフッと笑ってから話を続ける。


「口に出すのは癪だったけど、実はたまに考えてた。僕が僕じゃなければ、もう少し生きやすかったんじゃないかって」


 ささやかな弱音と未だに下を向く瞳。彼の口からある種の後悔を聞いたのは、月弥にとって初めてのことだった。


「それは……ちょっと意外だな。君もそういうこと考えるんだ」

「言っただろ? 慎ましいって。べつに僕は僕自身が嫌いじゃないけど、それでも馴染めないのは……変われないのは煩わしいことの方が多い。この体になってから殊更そう思うようになった。けど……」


 初季は月弥を真っ直ぐに見た。月弥は初季を真っ直ぐ見ていた。ゆえに互いの視線が重なって。


「変われないってのも、そう悪いことばかりじゃない。そうだろ? 月弥」

「……そうだね」

(だから俺は、君が好きなんだ)


 ――今まで、平凡な人生なりには色々あった。クラス変えで友だちと離れても、転校で習い事を止めざるをえなくても、一年付き合った彼氏に振られても、また縁もゆかりもない土地に転校することになっても。


『しょうがないか』


 何もかもがそれで済んでしまうのが少しだけ寂しくて。そして少ししか寂しがれない自分が嫌いで、だから……。


 月弥は一度口元だけにほんの小さい笑みを作り、しかしそれからすぐ大げさに口を開いて。


「やぁっと君も自分の魅力に気付いたか! オンリーワンの魅力、ブレない魅力! だから変人って素敵!」


 そう言い切ると、バッと両手を広げてその場でくるくる回り出す。ピエロのようにおどけた挙動。


「まったく、君は本当に……寄り道も長くなったしそろそろ帰るぞ」


 一方の初季はいつものようにため息をついて、先に公園を出て行く。


「あっ、君は本当につれないなぁ!」


 月弥は慌てて回転を止めると、その背を追いかけ――「ああ、ひとつ言い忘れた」


 初季が急に振り返るせいで、月弥はつい足を止めてしまった。間髪入れずに初季の口が静かに開く。表情が変わる。そこに表れたのは冷淡でもなければ獰猛でもない、しかし初季の根っこのひとつ。


「客観的に自分を見られる人なんてそういない。君は君が思ってるよりも案外変わってないよ」


 温かい言葉と柔らかい微笑み。そして呼ばれた。


「だから大丈夫だよ、『月美』」


 かつて置き去りにした、その過去を。


「ぁ……」


 月弥はその場から動けなかった。心の衝撃が重りとなって、足を地面に縫いとめていたから。

 逆に初季は軽やかに。満足したように笑みを深め、再び月弥に背を向けて歩きだす。その背を視界に収めながら月弥は、


(そっか。俺は……)


『君が男でも女でも、どうもこの距離が一番しっくり来るらしい』


 やっと自覚できたことがある。

 初季が自分を好いてくれている。その事実に衝撃を受けたのは、ただ単純に初季が"男"でありながら月弥を好きでいたことに驚いた……だけじゃなかった。


 ――最初はとびきり変な人だから好きになった。無敵で孤高で自由気ままで、その唯一性に憧れた。

 しかし付き合ってみると案外普通に男の子してるし冗談も通じるし、それでいてやっぱり感性が普通とズレていて、中身を知れば知るほどその奇妙な塩梅にまた引きこまれていった。

 気づけば一緒にいること自体が楽しくなって、気づけば"彼だから"好きになっていた。

 そして……性別が変わってからこの2ヶ月、あえて互いの仲に触れなかった理由がある。もしも初季と想いがすれ違っていたらショックを受けるから? 違う。本当に嫌だったのは、それにショックを受けない自分自身に直面することだ。 

 だけどそんな自分にも。


「変わらないもの、か」


 月弥の足がようやく地面を離れる。やがて小走りで初季の隣に追いつくと、相変わらずの軽い調子で。


「ちょっと思ったんだけど」

「ん?」

「もしもさ、どっちかの性別が変わらなかったり嗜好が今と違ったりしたら、どうなってたんだろうね俺たち」

「さぁね。仮定の話はあまり好きじゃないけれど……あえて言うなら変わるものも変わらないものも、失うものも残るものもいつだって僕らは選べない。偶然に偶然が重なって僕らの関係は変わらなかったけど……もしひとつでもズレてたら、結構変わってたと思うよ正直」

「だよなぁ。もし君が男のままだったら恋愛対象に見れなかっただろうしな俺。嗜好を越えて愛されたってのに薄情な話だけど」

「べつに、他人の嗜好を咎める権利なんて誰にもないだろ。大体僕の想いが変わらなかったのだってある種の偶然かもしれない。仮定の話なら、それこそ僕が体に馴染んで男の君を愛せなかった可能性だってある」

「それならそれで俺は諦めるんだろうなぁ。ぶっちゃけ今日まで半分ぐらいは諦めてたし」

「そこら辺、お互い割り切り早いよな。僕も君にフラれたら多分素直に引き下がるし。それこそ一緒にいられなくなるわけじゃないから」


 真反対だけど似た者同士。そんな二人は奇妙な絆で繋がっている。ゆえに、


「よーし、それじゃあお互い愛が無くなってもズッ友ではいようね!」

「なんだそれ。ま、その時が来ればな」


 月弥が茶化して初季が呆れる。互いの関係に付けられた名前が変わっても変わることのない光景だと、そうお互いに確信している。


「来たらね。だけど、少なくとも今は……」


 早々途切れない絆がある以上、必要不必要を問われればこの言葉は不必要かもしれない。それでも月弥は伝えたかった。それは一年前から貰い続けていた、大事な想いと確信と。

 だから初季の手を取った。2ヶ月前までとは大きさが逆転した手のひらは、それでも変わらない温もりで。


「俺はこの関係でいられることが嬉しいし、いられなかったら結構悲しかったよ。どれだけ割り切りが早くても、それだけは間違いないから」


 かけられた言葉と掴まれたその手に、初季は目も口も大きく見開いて今日一番の驚きを見せて。しかしすぐにニッと歯まで見せた今日一番の笑顔に変えて月弥に、あるいは月美に答えるのだった。


「それは、人間冥利に尽きるな」

①せっかく男女ともにTSが起こりうる設定なので、いっぺんは男体化を書いてみたかった

②女性に馴染むキャラばっかり書いてきたので、馴染めないやつを書いてみたかった

③その他三人称の練習とかちょっとアクションの練習とか世界観ちょっと広げたかったとか諸々


そんなこんなで男体化TS×女体化TS+αという偏屈な話に相成りました。どこに需要があるのかは書いてる本人すら分からないですが、それはそれとしてこういうのも書いてて楽しいもんですね。それ以上に普段やらないことばっかやったので中々に難儀でしたが。

いずれにせよこんな妙ちくりんなお話ですがいつもどーり、どこかの誰かが楽しんでくれることを願って。んでもって欲張りなのでまた次の物語でもお会い出来ることを願いつつ。

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