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『猫を探しています』



視界の端に見えた文字。


スーパーに買い物へ行く為に住宅街の道を歩いていた俺。この道は一方通行で狭く、やっと車が一台通れるぐらいの幅だ。


車が通ると両脇の家の壁との間は、一メートルもない。


そんな道を俺は前から来る車を避けようと道の端に寄る。丁度そこは駐車場になっていて、車と壁に挟まれる恐れのない場所だ。


立て続けに三台の車が来た。



車が通り過ぎる間に、ふと目にした駐車場の壁に貼ってあるチラシに、そう書いてあったのだ。



『猫を探しています』




俺の名前は猫田大助。三十四歳。東京生まれ東京育ち。東京と言っても区内ではない。


職業は……自宅警備の所謂、ニート。


ニートだが二年前の三十二歳までは、アルバイトだがコンビニでちゃんと働いていた。


今は親父名義の庭付きの一軒家の実家に居候中。


高校までは地元の高校に通い、区内の大学に進学するのを機に大学がある区内に引っ越し一人暮らしを始めた。


そしてそれを機に大学の最寄り駅近くのコンビニA店でアルバイトを始めた。


在学中の四年間はそのA店でずっと働き、卒業後にはその系統店のB店、C店で働いた。


もし「大学生活で一番頑張った事は?」と聞かれれば「アルバイトです」と言っても良いような気がするぐらい大学生活よりアルバイトの方の思い出が多い。


大学在学中から住んでいた築二十年過ぎのアパート。家賃は七万円。


毎月親からの仕送りがあった為、食費や光熱費などを引いても毎月、四万円ぐらいは貯金する事が出来ていた。


大学生活でアルバイトの次に頑張ったのは『貯金』かも知れない。



アパートを引き払い実家に戻った時、今までに貯めた貯金から『俺の食費代』と『両親が二人暮らしだった頃とは違い増える分の光熱費代』として、月に三万円を親に渡している。


一人暮らしの時は親に仕送りをしなかった俺は『自分がいて増える分の生活費はちゃんと出す』という事を切り出すのが、小っ恥ずかしかった。


実家に戻ってから一ヶ月過ぎた頃、親との何気ない会話の流れで「俺、自分の分は出すから」と、やっと切り出せたのである。


その時もやっぱり小っ恥ずかしかった。


その次の月始めから毎月一日にお金を降ろした所の銀行の封筒に入れて生活費を渡していた。



それを四回母親に渡した。


「はい。これ。今回はちょっと三ヶ月分渡たすけど、いい?」と、五回目の時に俺は何となく三ヶ月分を、録画していたテレビドラマを見ていた母親に差し出してみた。


「何で?毎月貰わないと困るわよ」とか何か言うかと思ったが、母は「わかった」とテレビの画面から目を離さず、手だけを出して受け取った。



暫くしてドラマがCMになると、母さんは近くにあった鉛筆で中を確かめずにに封筒に『大介 (三ヶ月)』と書き、上着のポケットに封筒を仕舞った。そしてCMを早送りで飛ばしドラマの続きを見始めた。



『大介 (三ヶ月)』


そう封筒に書かれた文字のせいで渡したのが『三ヶ月分の生活費』じゃなく、まるで『生後三ヶ月の時の自分の写真』のような気がした。


だが自分の生後三ヶ月の写真を封筒に入れて親に渡すのは変なので、『自分の息子の大介の生後三ヶ月の写真』を渡したみたいな気分になった。


同時、今もだが、俺に子供はいないし結婚すらしていないが、そんな気分だった。


そしてこの時も一瞬でも『自分の息子』と思った事が、小っ恥ずかしかった。



それから一年と数ヶ月後。今月もまた三ヶ月分を先送りで渡した。


これでまた三ヶ月は実家に個人的にスッキリとした気持ちで、居座れる。


流石、実家。


好きな時間に寝起きしても『一日三食と二度のおやつに昼寝付き』の好条物件。


やっぱり実家は快適だ。


そんな快適な日々を過ごしていたある日。『大学の会報』が来た。


俺は今までその会報を読む事はなく封すら開けて居なかったが、今までの物は母さんが読んでいて、しかもすべて取ってある事を知った。



俺が行っていた大学は、偏差値は平均的な文系の大学。大学を卒業したのが、今から十二年前。



『気が付けばもう……』である。



俺はこの十二年で一体何が変わったのだろか?と、時より思う。



恐らく何も変わっておらず、相変わらずな日々を過ごしている。



『変わらない事』それは良い事なのか、それとも悪い事なのかは、わからない。



ただ、この十二年間で『俺も親も友達も、みんな当たり前に歳を取った。それに干支も一回りした』という事実は確実である。



十二年前に「オギャー!」と生まれた頼りなき赤子達。


その赤子達は、今はもう『小学校の最高学年』で、下級生から見たら『大きくて怖いお兄ちゃん、お姉ちゃん』あるいは『頼もしいお兄ちゃん、お姉ちゃん』になっているのだろう。


そして今というこの瞬間を無意識に謳歌しながら、家賃、食費、光熱費などの生活費を一切気にせずに、日々、楽しく過ごしているのだろう。



羨ましい限りである。




そんな頃に戻りたい。




出来れば母親の胎内から(今の知識を持ったまま)やり直したい……と思う、三十四歳の男、ここにありけり。



誰だって、いくつになっても『現実逃避』をしたくなるものだ……よね?今の俺がそんな感じ。



それなりの日々だった学生時代。



大学卒業後、在学中から働いていたコンビニA店から、B店へ移りそこでアルバイトを続けた日々。



アルバイトを辞めて実家でニート生活を送る日々、風の便りで聞く友達や同級生の結婚話や子供がいる話。



更に社会人で忙しい日々を送る者。



子供の頃の夢を叶えた者。



そして中には家業を継いで社長になっている者の話を聞く。



それにプラスして親戚達などの近況確認が、刃となり現実が俺に容赦なく突き刺さる。



深く。




深く。





最早、エグる。




現実逃避する中、俺がB店でアルバイトをしていたある日の事を思い出した。



それは俺が二十八の頃。極々最近の事のようだが、もう既に六年前の事である事実にそれもまた刃と化す。



その日、俺はいつも通りにレジの仕事をしていた。平日だったが珍しく客が少なかった。


レジの仕事が一段落した後、次にパンの品出しをする事にした俺はパンコーナに向い、淡々と品出し作業を始めた。


『淡々』と言っても頭の中では、アルバイトが終わってから高校時代の友達、高橋に誘われた今日の合コンの事を考え、ニヤけそうになっていた。


否、確実にニヤけていただろう。




高橋と出会ったのは高校の入学式。一年で同じクラスになったのがきっかけだ。


更に詳しく言うなれば『た』で始まる高橋と『ね』で始まる俺、猫田。その二人の席が『あいうえお順』で、前後になったのがきっかけである。


もし二人の間に誰か一人でもいたり、例え席が前後になっても一番前と一番後に別れていたら、恐らく高橋とは友達になっていなかっただろう。



「ほら、うちの三郎。可愛いだろ?」


クラス担任が来るまで自分の席で待機していた俺に、突然前の奴(その時はまだ名前を知らなかった)が、三毛猫が写っている携帯の画面を見せ付けて来た。


実を言うと俺は猫が苦手だ。子供の時から俺は何もしていないのに、野良猫と目が合うと「シャー!!」と威嚇されるという事が何度もあった。


当時、実家ではアメショーの雌猫、桜を飼っていた。ちなみに名付け親は偶然にも俺。


桜が家に来たのは去年の春頃。その時『今月の桜の開花のニュース』を聞いていた俺が、「桜でいいんじゃねぇ?」と何気に言ったら、それがそのまま名前になった。


母さんの実家でもアメショーの雌、タマ子を飼っている。桜の母親だ。桜には上に三匹の兄がいたが、皆、里子に出た。


ちなみに上から、松ノ助、一太郎、乱丸という純和風、しかもかなり古風な名前を貰ったらしい。


普段、桜の餌やり&遊び担当の母さんには、当たり前だが良く懐ついていた。


週一程度のその担当になる父さんにも、それなりに懐ついていた。


そんな父さんよりも担当数は多い俺には全然懐つかなかった。


俺、名付け親なのに少しぐらいは懐いてもいいはず。何故だろう?反抗期か?


桜の事を思い出しながら初対面の奴にいきなり馴れ馴れしく話しかけられた上、苦手な猫の写真を見せられ俺はきょとんとしていた。


その間にも奴はいくつかの写真を見せ付けながら、その猫の自慢をして来た。


「ちなみにコイツの名前の由来は、三毛猫の『()』から『さん』で、雄だから『サブ』」と言い、そして別の写真をまた見せて来てた。


「で、この猫がサブの母親の『ミケ』。元々捨て猫で俺が拾ったら既にお腹が大きくて、サブとあと二匹生んだ。雄の『マロ』と雌の『キキ』。二匹の写真もあるよ。見る?」


奴はまたして別の写真を見せようと携帯を弄っていた。


その間も猫についてあーだこーだと言っていた。奴の猫自慢はマシンガンのようだった。


そんな奴に対して俺は『猫バカ(関わりたくない)』という印象を持った。



「え?もしかして猫嫌い?」特に反応しない俺に奴は焦っていた。


俺は今まで何度もこの手の質問をされ、嫌気が差すのであった。だから普段はそれに対して、俺は素っ気なく「嫌い」と答える。


でもこの手の質問を焦りながらして来たのは奴が初めてだ。


先程の関わりたくないと思った事を心の中で詫びつつ、素っ気なかった言い訳をしようとしたら、担任が来た。


担任が来ため奴が前を向く。その時に「ごめん」と奴は言った。


この時の「ごめん」は「(話途中だけど)ごめん」だと思った俺。


「そんな事で謝るなんてコイツ意外といい奴?何か、ってかこっちの方が素っ気なくてゴメンな」と再び先程の態度を心で詫びた。



十数分後に担任の話が終わり生徒達は各クラスずつ、廊下に出席番号順に並んだ。そして入学式の為に体育館へ向かう。


その途中に先程の態度を詫びる為、俺は奴に話し掛けて自己紹介をした。そして奴が高橋武という名前だと知る。他には出身校や誕生日などのプロフィールを知り、俺達は友達になった。


高橋とは運良く三年間同じクラスだった。高校卒業後、俺は大学、高橋は動物関係の専門学校へ進学する事になった。それぞれの場所は共に区内だが異なる区で、卒業後に疎遠になって行った。



だが数ヶ月前に偶然東京駅で再会し、また新たに連絡先を交換した。




そして先日。高橋から『合コンの誘いメール』が来た。


『その日はアルバイトが夕方の五時までで、六時ぐらいからするなら行けるけど?』とメールを返す。


数分後に来た『待ち合わせの場所メール』に「例え数合わせの合コンでもいい。その日よ、早く来い」と呟き、ワクワクな気分で『了解。じゃあまたな。』と送り返した。




合コン当時。つまり二十八歳のある日。


この合コンには『俺の春(出会いの予感)』が掛かっていっていた為、この時もワクワクな気分に胸をときめかせていた。




俺には大学時代に付き合い始めた彼女、優子がいた。告白は優子からで二回生の五月頃だったと思う。


きっかけは一回生の前期の何かの講義の試験前。試験会場である教室に着いて席に着いた俺。席は来た順でカンニング防止の為に一つ開けた席を挟んで彼女と隣同士になった。その時、視界の端の彼女がオロオロしているように見えた。


何となく話かけてみると消しゴムを忘れたか、無くしてしまったのかで、困っていた。もうすぐ試験が始まるし、その講義には彼女の友達は受講していないらしい。なので俺は二つ持っていた消しゴムを一つ焦る彼女に渡した。


それをきっかけに後に優子と付き合い卒業後も二年ぐらい付き合った。


二十歳過ぎてから数年も付き合ってると、互いに結婚を意識するようになる。


『三十までに結婚したい』優子と『結婚は三十過ぎてからでもいい』と思う俺。意見の違う俺達は話し合い円満に別れた。


それ以来、彼女なし。優子と別れた後に二人ほど『友達以上恋人未満』な関係になったが、進展する事はなかった。




思い出に浸りながら俺が胸をときめかせつつパンを並べていたら、一番上の青いケースが空になった。


次のパンが入っているケースと入れ換えようと空のケース持ち上げ、自分の左側の床にそのケースを置いた。


パンコーナ一番下の陳列が乱れていたので、そのまましゃがんで陳列を整え始めた俺。


右側にはパンの入ったケースがあと五つあり、しゃがんだままの俺の右側の視界はほぼ青で、そこに黒い色が見えた。


それが誰かの靴だと理解した俺は邪魔にならないように少し左側にずれて、右側のケースを自分の方に寄せた。


だがその人はその場から動く様子がなかったので、俺はまた少し左にずれてケースも自分の方に寄せ陳列を続けた。


「猫田」


少し苛立ちの籠った男性の低い声がした。


胸をときめかせながら自分の世界に浸っていた俺。突然名前を呼ばれた事にドキッっとした。


声の主を確める為に見上げると、そこにいたのはこの店の三浦店長だった。


確か今日のシフトには店長は入っていないはず。その店長がいる事に俺はまたドキッとして、「お、お、お疲れ様です」と、ついどもってしまった。


「さっきから呼んでたけど気が付かなかったか?」と言う店長。


普段店長の声は低いのだが、通りで更に低い声だったのかと、一人で納得しつつ「すみません」と謝る。


「……まぁいい。それよりお前、今日は五時上がりだよな?」


「はい。そうですが……それが何か?」

「話があるから終わったら残れ。いいな?」と言い店長はバックヤードに消えた。


俺がコンビニで働き始めた頃は初めてのアルバイトに多少のミスはあったが、仕事に慣れてからはもう長い間ミスはしていない……はずだ。


『仕事でミスをしない』という事は当たり前だが、少し自慢だった。


「居残りを喰らうって俺、何かヤバいミスした?それか怒られるような事したっけ?もしかして今の無視について?それか延長しろとか?」と様々な事が一瞬にして頭の中を過る。


そして残りのパンを並べながら、一番気掛かりな事がつい口に出る。



「合コン間に合うよな?」

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