初めての街へ
第6話始まります!
森を出て、コトネと2人街道を歩く。
無言の時間が続くが、コトネの様子を伺うと気にした様子は無かった。
むしろ、嬉しそうに見えるのだが、何かいい事でもあったのだろうか。
「コトネ? 何か良い事でもあったのかい?」
「えっ!? いえ、そう言うわけではないのです」
「そうか」
また沈黙が続いている。
自分にとっては、コミュニケーション能力が低いからこの静けさもたいした問題では無いのだがコトネはどう思っているのだろうか。
嫌ではないのか。
「あの、分隊長。 私はあなたに作られたのですよね?」
「えっ? あ、あぁ。 そうだよ」
コトネは、自分がゲームとして作ったという事を知っているのか。
コトネ自身の容姿を気持ち悪いとでも思っているのなら、可哀想な事を仕出かしてしまったかもしれない。
「容姿だって選んでいただけたと伺っています。 それで、そのぉ」
いつもより歯切れの悪い質問だった。
意を決したのか、自分の前へと出ると振り返った顔は真っ赤だった。
「あの、私は分隊長の副官です! これからも宜しくお願いします!」
「あ、はい。 宜しくお願いします」
なんだ、今更の事だったがそれが言いたかったのかと安堵した。
これで、非難されたら立ち直れなかったかもしれない。
ホッと息を吐いて、心を落ち着かせる。
それからも、しばらく無言なままだったが現状を変える出来事が自分達に近づいてきている事に気が付いた。
街道の向こうから土ぼこりが上がっているのが見える。
タブレットを起動すると、青い光点が表れる。 続いているのは緑色の光点が3つ続いている。
コトネも気が付いていてこちらへ視線を向けていた。 頷くと、M4カービンの引金に掛けていた指を外した。
街道上に立ち止まり、彼らの到着を待つ事にする。
ようやく見えてきた先頭の馬には、カイラス団長の指揮する騎士の1人であった。
後ろに続くのは、また違う鎧で統一されているが、騎士団よりは軽装である。
また別の騎士団もしくは、町の兵士などではないだろうか。
さらに遅れて、幌付きの馬車が1台追従して来ていた。
騎士は被っていた兜を脱ぐと、中からは美青年が現れた。
金髪、ロング、瞳はブルーで、肌も白い。 切れ長な目は世の女性を虜にするだろう。
「良かった、ご無事でしたか?」
「えぇ、おかげさまで」
「申し送れました、私はミハイル。 街から急いで駆けつけたのですがご無事で何よりです」
ミハイルと名乗った男は、自分の周囲を見渡していたが何かに気が付いたのか、沈痛な面持ちとなっている。
「あなたは仲間を……」
慌てて手を振って言葉を遮り説明することにした。
「いやっ、違います。 あとで合流します。 死んだわけではありませんし、皆無事です」
「良かった! そうしますと、揃うのを待ってらっしゃるのですか?」
「いえ、街には先に向かっています。 そこで合流予定です」
「なるほど。 あの、それで我々の仲間の遺体も運んでいただいておりますが……」
「それも仲間達に任せています。 街で合流しましたら、必ず丁重にお返しいたします」
「ありがとうございます。 それでは、幌馬車が無駄になってしまいましたね。 もしよろしければ、これで街まで送ります」
幸運だった。 それならばとお言葉に甘えて馬車の荷台へと乗り込む。
ミハイルは「先に団長へ報告する為に戻っております」と伝えると、一緒に来ていた3人の兵士もまた付いて行ってしまった。
残されたのは、自分とコトネ、それに幌馬車の御者だけだった。
「あの、行ってしまいましたが……」
そう言うと、御者はギロリとこちらを睨んでくる。
一瞬、その目にドキリとしてしまった。
まるで、猫のような瞳だったのだ。 ローブを纏い、顔も覆ってしまっていて分からなかったがどうも人間の目では無さそうだ。
頭をスッポリと覆っているはずなのに、妙に頭頂部が膨らんでいる気がする。
他にも、格好が馬に乗った3人の兵士は統一された金属製の鎧を着込んでいたが、この御者は皮製の鎧を着ている。
ジッと見つめていると、その瞳孔がスッと縦長になっているのを見逃さなかった。
御者は視線を前へと移すと、街道から大きく逸れて幌馬車の向きを変えて前へと進みだす。
「分隊長、彼女は失礼ですね」
「コトネ? あの御者は女性なのか?」
「気が付きませんでしたか? 女性のようです」
「そうか」と言うと、御者の後姿へと視線を移す。
女性が御者をしており、しかも街道を幌馬車だけで進ませるとは大丈夫なのだろうか。
確か、先ほどミハイル達が来た時も幌馬車だけは遅れていた気がする。
「あの、御者さん? 街まではどれくらいで到着でしょう?」
返事は無かったが、そんなに遠くないといいのだが。
陽を見ると、だいぶ傾いており山の尾根へと沈みかけているようだ。
時計を確認すると、現在は夕方の5時になるところである。
「日が沈むのは早いんですか?」
何度か話しかけてみるが、御者は結局、街が見えてくるまで一言も喋る事は無かった。
大きな壁が街を囲んでいるようだ。 街道を進んでいると、ちょうど丘から見下ろすようにして街の様子が伺えた。
一番外側が背の高い壁で囲われており、内部にも同じように壁があるのが見える、
どうも、あの街は壁で囲まれた街のようだ。 中央には、城のような巨大な建築物が見えている。
広さもかなり大きいようで、もっと大雑把な形をしているかと思っていたのだが、壁で囲まれている為に綺麗な正方形な形をしているようだ。
壁の要所には見張台が作られているようである。
ようやく、街の門が見えてきたところで到着して一言「降りろ」とだけ言われて門の前で降ろされる。
てっきり、ミハイルが街の門ででも待っているのかと思っていたのだが、誰も待っている様子は無かった。
門は大きく、広さでは戦車が2両横に並んで通れるくらいだろうか。
現に、自分達を下ろした幌馬車でも余裕を持って別の馬車とすれ違って通れるくらいだ。
その分、門も大きい。 釣鐘のように門自体は上へと上がっており門を上げ下げする事で開閉しているのだろう。
しばらく待つが、タブレットで確認しても青い光点はどこにも無い。
「しょうがない、か。 なんとか街に入ってみよう」
門の傍に立つ兵士に声をかける。 カイラス団長の紹介でと言うと、自分の頭から爪先まで訝しげに見る。
名前を名乗ると、確認してくると詰め所へと入っていったから、ちゃんと確認してくれるのだろう。
しばらく待つ。
通信手段などはあまり発達していないのだろうか。
慌てた様子で、兵士の1人が舞い戻ってきた。
「すみません、ナオト様。 カイラス様がお待ちだそうです。 案内を付けますので」
そう言うと、兵士が2人詰め所から出てきた。
彼らについて、門を通り街の中へと進む。
夕飯時なのだろうか、活気に溢れていて自分までなんだか元気になってきた。
入る際に、自分とコトネは冒険者証や街の住民であるという証の住民証を持っていなかったため仮の身分証を発行されている。
これを紛失したり、他人に譲渡する事は禁止されているそうだ。
本来、身分証を持たない人物が街へは簡単には入れないのだが、カイラス団長が森で襲われている所を救助していた為にすぐに案内されていたのだ。
お陰で、自分達は特に武器なども調べられる事も無く、街の中へと進んでいた。
そういえば、まだ御飯も食べていない。 そう考えると腹の虫が自己主張を始めてしまった。 しかも、自分だけではなくコトネも同じようだ。
顔を赤くして俯いてしまっているが、こうも周りが騒がしいのだから誰も気付いていないと思う。
小声で、自分もだというと、さらに赤くなって縮こまってしまった。 いったい何事だというのだろうか。
外から見えた内側の門まで到着すると、そこには見知った顔が居た。
「おぉ! ナオト殿ではないか!」
人の事を迎えに来たような事を言っておいて、自分はソソクサと帰ってしまったミハイルである。
まぁ、報告があるのだからしょうがないと自分に言い聞かせるとニコリとして挨拶する。
「どっ、どうもミハイルさん。 早速ですが、騎士団のご遺体はどうしましょう?」
「どこですか? てっきり幌馬車で載せていただけると思っていたのですが。 御者と馬車しか戻ってこなかったので驚いたのです」
まったくと言って、ミハイルは自分達の前に立って案内をしてくれた。
門の中かと思ったが、そうでは無いようだ。
内側の壁の門から少し離れたところの路地から幌馬車の荷台部分が見えていた。
何か罵声の様な物も聞こえてくる。
「ばかかっ! お客人を街へお連れしろと言ったんだ」
何かを殴る音と、それに地面へ倒れる音が響く。
正直、自分の目を疑ってしまった。 先ほど、自分達を街へと乗せて連れてきてくれた御者が倒れていた。
頬は赤く腫上がっており、来ている服やローブも蹴られたり殴られたりして傷んでいるように見える。
「まったく、亜人は言われた事も出来ないのですね。 奴隷兵でも多少は役に立つかと思ったのですが……」
そう言うミハイルは、腰に携えた剣を抜きその女性へと振り下す。
しかし、その刃は彼女に届く事は無かった。
自分とコトネが同じようにベレッタM92を抜くと、ミハイルの剣へと発砲して折っていたからだ。
振り抜いてやっと気付いたようだ。 どうも、この世界には銃という概念が無い可能性がある。
「どういう、おつもりでしょう?」
氷のような冷たさが周囲に生まれる。
これが殺気というヤツなら相手を間違ったかもしれないと一瞬弱気になるが、目の前にいる女性はよく見るとまだ幼い表情である。
しかも、叩かれ、蹴られ、涙で顔はグシャグシャだった。
「どう見ても、自分にはミハイルさん達の方が悪者に見えてしまって。 コトネ、彼女を」
「了解」
他の兵士達も動けずにおり、コトネは無事に少女の下へと辿り着くと自分の傍へと戻ってきた。
「どうも、行き違いがあったようです。 自分達は、街の事が見たくて門で降りたんですが?」
「なっ何を馬鹿な事を言っている!?」
自分を案内してくれた兵士が叫ぶと、そうだと言う様に他の兵士が頷いていた。
ミハイルは微動だにしない。 切れ長な瞳は余計に冷たさを倍増させるようだ。
「いいえ、そうです」
我ながら、この世界の常識を知らなさすぎた可能性はある。
亜人と呼ばれていた少女を一瞥すると、違和感を感じた理由が分かった。
頭頂部に、2つの大きな耳が生えていた。 どこと無く、猫のようなピンとした三角形の形をした耳である。
しかし、片方の耳は少し切り込みが入れられていた。 傷自体は古い傷のように思える。
コトネは、震える少女をしっかりと抱きしめているようだ。
「ナオトさん、嘘は良くない。 しかも、亜人を助ける為に私の剣を折った事はどうします?」
「亜人を助ける? 目の前で人が斬られるると思った勝手に身体が動いてました。 剣は、弁償しましょうか?」
「そう言う問題だと思いますか? 仕方ありません」
さらに周囲の空気が冷え込むと、ミハイルの周囲に何かが集まりだした。
氷の氷柱のような物が空中に現れる。
「その少女をお渡し下さい。 剣についても全て彼女がした事にしましょう。 それで丸く収まります」
ミハイルが言っている事がまったく理解出来なかった。
あまつさえ、周りにいた兵士まで剣に手を掛けていて、すぐにでも抜き放てるようにしているようだ。
周囲に視線を向けても、人もおらず事態を収拾出来る可能性が低そうだった。
「自分の身は守らせてもらいますよ?」
「ご自由に。 まぁ、あなた達を取り押さえてからその亜人は処理すれば良いので」
ニィッと笑うミハイルだったが、それでも美青年の微笑みである。
イケメンなら許されると思っているのか、なんて見当違いな事が一瞬頭を過ぎるが、どう転んでも人種差別だろう。
この件に簡単に手を挟んだ事が後悔しないように、なんとかこの場を切り抜けたいところだったのだが、ミハイルの行動が早かった。
「アイスストライクっ!!」
ミハイルが叫ぶと、周りに浮かんでいた8つの氷の氷柱がこちらへと向かって飛来する。
不味い、と自分でも感じていたのだが、良く分からなかった。
弾丸よりはまだ遅いだろうが、飛来する8つの氷の氷柱を全てベレッタM92で撃ち落としていたのだ。
まるで、自分以外がスローモーションのように見えたのだ。 傍にいたコトネは少女をかばうようにして動き、ミハイルはさらに新たな氷の氷柱を周囲に集めている。
同じように、8つが浮かび上がっている。 推測だが、8つまでは保持する事が出来るのだろう。 一度発射してしまえばまた新たに生み出す事が出来るようだ。
もちろん、それも9×19mmパラベラム弾で破壊しておいた。
「なっ?! 馬鹿な無傷だと? 私のアイスストライクはどこへいった!?」
まだ気が付いていないようだ。 動揺しても、イケメンはイケメンのままらしい。
すべて破壊したのだが、これ以上やるというのだろうか。
「もうやめてください、ミハイルさん。 幌馬車、彼女に任せてもいいですか? 遺体をお返ししますから」
折れて落ちていた剣先を拾い上げ、ミハイルへと返す。 呆気にとられていたミハイルは素直に剣先を受け取っていた。
コトネは少女と一緒に御者台へと座り、門へと向かうように伝えていた。
「ここまでの道は覚えました。 案内も結構です。 田舎者が出過ぎた真似をしてすみませんでした」
ベレッタM92の残弾を確認し、ホルスターへと戻す。 ちょうど1本弾倉を使い切っていた為、ちゃんと交換してからだ。
街中での発砲になってしまい、とても残念だが自分の身を守ったのだから正当防衛である。
幌馬車に追いつくと、コトネが馬の手綱を握っていた。 猫耳の少女はコトネの膝枕で寝入ってしまっているようだ。
「コトネ、なんというか、助かった」
「はい。 分隊長は何も間違った事をしていません」
「ありがとう」
門まで戻ると、まだ誰も自分より先には来ていないのかすんなりと通れた。
すでに陽は沈み、辺りは真っ暗である。 しばらく街道を進んでいくと街からも見えないくらいに離れたところで馬車を止める。
追っ手もないようだ。
「その娘は、寝ているのかい?」
「はい、ぐっすりと寝ています。 分隊長……」
「許可する。 衛生キットを使用して怪我を治していい」
許可を得たコトネは、早速傍に置いてあった【衛生キットE】を使用していた。
汚れを落とし、傷を消毒、必要なら綺麗なガーゼを当てて包帯を巻いていた。
それを横目で見ながら、タブレットを起動し分隊を呼び出す。 疲労していたマークも消えており問題ないようだ。
すぐに青い魔方陣が表れ、8名整列し姿を現す。
「良く休めたかな?」
皆が頷く。
すぐに指示を出す事にする。
「この馬車の荷台に、騎士団の遺体を乗せて運ぶ。 全員漏れなく乗せて欲しいがいいか?」
実は、試してみて分かったのだが妖精達が待機している兵舎へは入る事が出来なかった。
なぜかは理由が分からないが、推測だが妖精が女性しかいないことが原因なのかもしれない。
いくら指揮官とは言っても、異性の部屋には簡単に入れるはずが無かったのだ。
それ自体は関係無いかもしれないが入れないのは事実だった。
その為、幌馬車の荷台へと上がると騎士団の遺体を綺麗に並べていく。
腐敗などもしていないようだ。 それだけが幸いだった。
全員分の遺体を載せると、コトネが御者になりいま出てきた街へと戻る。
もちろん、分隊は兵舎へは戻さずに全員でだ。
亜人の娘は物音に起きると、周りには見た事の無い格好をして作業する妖精が居たため驚いてしまったようだ。
良く見ると、耳だけではなく尻尾まで生えている。 それが、ピンと伸びたのだ。 猫がびっくりした時もこんな風になるんではなかっただろうか。
しかも、少女は自分の事も警戒していた。 コトネから離れないのだ。
今もなお、コトネの傍に座って御者のサポートをしている。
「コトネ、自分の考えに賛同してくれるか?」
「はい、もちろんであります」
何をかと聞く前から、そう断言するコトネに驚いて笑ってしまいつつタブレットを開く。
周囲は自分達しかいない。 少女を示す光点は青く光っており、いつの間にか友軍扱いになっていた。
街の門へと到着すると、完全武装した兵士の一団とミハイルと3人の騎士団員が待っていた。
タブレット上でも、特に敵性と判断されておらず青い色の光点である。
「ナオトさん。 それで、遺体を返してもらいたい」
「えぇ、どうぞ」
コトネが幌馬車をミハイルの傍へと止める。 予め少女は降りて離れた場所に妖精と一緒に居てもらっていた。
1人が荷台に乗って遺体を確認している。 その間も自分とミハイルは向き合ったままであった。
しばらくして、荷台から騎士が降りミハイルに耳打ちで何かを話している。
「ありがとう。 全員の遺体を確認した。 綺麗なままで大変嬉しい」
ミハイルは、そう言うと騎士の1人から袋を受け取り、自分へと手渡しする。
コトネが一瞬、身構えたが視線を送って動かないように指示を出す。
暗闇の向こうには、妖精がいつでも狙撃出来るようにしている。
「必ず持って帰るという約束でした。 カイラス団長にも宜しくお伝えください」
「遺体の件、確かに。 だがね、ナオトさん。 そろそろ、亜人を返してもらえないかな?」
そう言うと、いかにも成金とでも言おうか、腹の出た商人らしいき格好の男が従者を連れて前へと出てきた。
「私は、奴隷商会のボロスと言います。 ミハイル様や皆様にはいつもごひいきにさせて頂いております」
「よろしくお願いします。 ナオトと言います」
奴隷商会、多分、あの少女の所有権がどうとかの話だろう。
手元に握り締めた袋を開けると、金貨が何枚も入っているようだ。
「そして、そこの亜人の少女は戦闘奴隷でしてね。 まだこれからのヒヨッコなのです」
「うん、それで?」
「元々は、我々奴隷紹介の持ち物。 今回は遺体をお運びするという事で御者をさせて次第でございます。 お返しいただけませんか?」
まだミハイルの奴隷でもなかったようだ。
でも、少女がいるであろう方向に視線を向ける。
少女の姿は見えなかったが、怯えているようだ。 護衛に付けた妖精から伝わってくる。
もう一度、手元の金貨へ視線を落とす。
踏ん切りがついた。
「返すつもりは無い、 あの亜人の娘は自分が買います」
「なっ!?」
それに驚いたのは奴隷商会の人間でも、控えている兵士でも無く、ミハイルだった。
怒りでワナワナと手が震えているのが分かる。
「幾らですか?」
「ありがとうございます。 金貨500枚に、必要な手数料が100枚ほどいただければ隷属の首輪と共にお渡しいたします」
「ミハイルさん、このお金は幾らあるんですか?」
「金貨1000枚だ」
思ったより重くないが、袋に何か魔法のような物が掛かっているのかもしれない。
奴隷商のボロスの傍へと歩いていくと、袋ごと手渡した
「これでいいか?」
「何をおっしゃいますか、これでは多すぎます」
そういいながらも、しっかりと袋を掴んで離そうとしないボロスである。
「あ、そうか。 すまない、ボロスさん。 ミハイルさんの剣が事故で折れてしまったんです。 残った金貨で弁償したいのですが」
「それでしたら、私にお任せ下さいませんか? もちろん手数料は頂きますが」
「えぇ、お願いします。 隷属の首輪はどうすれば良いのでしょう?」
すぐにでも必要な事を済ませておきたい。
妖精に少女を連れてくるように指示を出す。
すぐに、怯えた表情の少女と護衛の妖精が表れた。
「この亜人には名前が御座いませんので、主人となるナオト様がお付けになって下さい」
「わかりました。 それじゃあ、頼む」
ミハイル達を無視したまま契約の手続きを済ませていく。
隷属の首輪に、自分の血と少女の血を吸わせる事でお互いの魔力が結びつき、主人になる相手には一切の危害を加える事が出来なくなるそうだ。
「首輪をお付け下さい」
ボロスから首輪を受け取り、少女へと歩み寄る。
少女は、もう何もかも諦めたかの表情をしていた。
首輪を付けながら、耳元に口を近づけると彼女にだけ聞こえるように呟いた。
「今だけの辛抱だから」
それを聞いた少女は驚いた表情で自分を見つめてくるが、人差し指を口の前に持っていき「しー」っと釘を刺す。
これで契約が完了したそうだ。
奴隷商人はやる事はやったとでも言うようにソソクサと街の中へと戻っていった。
「ナオトさん、あなたと言う人は!」
顔を赤くしているミハイルと目が合う。
「どうも契約完了したようです。 夜分遅いですし、自分達も失礼したいと思います」
「カイラス団長から言伝を預かっている。 明日の昼、内門まで来るように、との事だ」
「わかりました。 明日の昼、と言うと太陽が昇って頂点くらいでしょうか?」
「そうだ!」と強い語調でミハイルは踵を返すと街へと戻っていく。
自分達だけが街の外に残って初めて、やっと深呼吸して落ち着く。
我ながらなんて無茶な事をしたのだろうかと思うと、今更ながらに腕が震えていた。
神様もやりたい事をやっていいとも言っていたし、目の前で助けを求めていた少女を救う事も出来たのだ。
明日には明日の風が吹く、じゃないがやってやろうじゃないか。
「分隊、基地へ帰投する」
青い魔方陣が表れ、妖精が次々に消えていく。
どうせ街へは入ってもお金が無いから泊まれない。
とっとと基地へ戻ってしまうほうが良さそうだった。
分隊員が全て兵舎へと戻り、最後にコトネが自分へともう一度敬礼すると青い魔法人の中へと消えていった。
辺りには静寂が戻る。
「よし、それじゃあ何も無いところだけれどキミも来てもらうかな」
ビクリと怯える少女の手を握ってタブレットのアイコンである基地をタップする。
思ったとおり、少女も一緒に基地司令室へと到着していた。
司令室の椅子には、ニヤニヤとした表情を浮かべる小さな神様が座っていた。
思考が追いつかないだろう、目を丸くして驚く少女に向き直る。
「ようこそ! 我が基地へ!」
こうして、新たな仲間を迎え入れ、慌しい1日が終わったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
作者は小心者ですが、ご意見、ご感想、お待ち致しております。