雨の日は先輩と一緒
「やだ雨が降ってきちゃった」
困ったなぁと思いながら空を見上げていたら、声をかけてきた人がいた。
「傘、入っていく?」
同じ部活の星先輩だ。
すっと私は財布を取り出す。
「それで先輩、いくらになりますか?」
「うーん、あすかは部員だから五十円でいいよ」
先輩の優しさは、お金が対価となる。
それってどうなのとか、払う人いるのかとか思う人はいるかも知れないけれど。
そもそもだ。
――先輩は人じゃない。
赤みがかった髪に、優しげな顔立ち。
いわゆるイケメンの先輩は、私の目の前で傘の姿になる。
先輩は傘の妖怪なのだ。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●
一年生の春、傘を忘れた私の目の前に先輩が現れて。
それから、私は先輩と仲良くなった。
そして妖怪研究部なる、怪しげな部活に入部させられたのだ。
それでいて妖怪たちのために、存在を維持する方法を考えてほしいと言われ、考え付いたのがこれだ。
雨の日に、こうやって傘を忘れた子達に声をかけ、傘になってお金をお布施として貰う。
そのお布施を、先輩の存在の力に変える。
最初の頃は私も一緒に着いて行って、先輩の傘を利用しないかと宣伝に協力した。
今では口コミで校内に広がって、先輩のことを手軽に利用する人も多くなった。
傘になる前はイケメンだし、それに会話も楽しめると中々人気も高い。
この方法で先輩はなかなかに存在が濃くなって、今では四六時中姿を現していられるようになった。
色んな人と関わったほうが、存在の力はより強くなるのに。
――なのに最近の先輩ときたら、何故か私とばかり帰りたがる。
まぁそんなことを思いながら、先輩が一緒に帰ってくれるのを期待してしまって。
雨が降りそうな日に、傘を持ってこない私がいるのだけど。
星先輩は赤い傘だ。
木の骨組みに赤い和紙を張った、古いタイプの傘。
そしてあちらこちらに不恰好な、黒い星のマークが書かれている。
しかしそれは油性マジックで誰かが落書きしたものとしか思えない。
内側からも見えるそのマーク。
いつも不思議に思っていた。
きっとこの星が、星先輩の名前の由来なんだろうなとはなんとなく気づいてはいたけれど。
「先輩、この星のマークは何なんですか?」
「昔、小さい女の子が書いてくれたんだ」
尋ねれば先輩は昔の話をしてくれた。
先輩は誰かに使ってもらおうと、いつだって必死だった。
それである日、駅の傘たてにいたらしい。
けれど使い終わって後に、ゴミ捨て場に捨てられてしまった。
誰もこんな古い傘なんていらないんだ。
ちょっとしょぼくれていた時、女の子が先輩を拾ってくれたらしい。
「傘さん、なんで泣いてるの?」
女の子には、先輩がないているのが分かったらしくて、先輩はちょっと嬉しくなった。
それで誰も自分を使ってくれないだとか、古い傘だからいけないのかなとか、相談したらしかった。
「じゃあ、傘さんをわたしが格好よくしてあげる! そしたらいっぱいの人が使ってくれるよ!」
そう言って女の子が、たくさん黒い星を書いてくれたのだという。
「それ、効果ありましたか?」
「もちろん。それが嬉しかったから、今ぼくはここにいるんだし」
私の言葉に、先輩は幸せそうに答える。
雨はもう止んでいて。
先輩が私の手を離れて、目の前にふわふわと浮く。
まるで星の柄を見せ付けるように。
「あすかは覚えてない? ぼくにこうやって星を書いてくれたこと」
そう言って先輩が、傘から人の姿になる。
「……覚えてないです」
「そっか。それはちょっと残念。でもまた会えて嬉しかった。妖怪だとか普通は引いたりするのに、ぼくのことを一生懸命に考えてくれる。そういうところが、昔から好きだよ」
驚く私に先輩は微笑む。
もうすぐ駅だ。
雨は止んだし、駅には屋根がある。
傘はもう必要ない。
でも……できることなら。
「家まで送ってく」
私の気持ちに気づいてくれたのか、傘から人の姿に戻った先輩が横を歩いて。
ありがとうございますと笑顔で応えた。
切符を先輩と一緒に買う。
先輩は、券売機に三百円を投入した。
「傘になれば無料なのに」
「……それだと意味ないの。本当、男心がわかってないな」
そう言って先輩は、私の手をぐっと掴む。
「傘の柄を持たれるよりも、こうやってあすかと手を繋いでいたいってこと!」
私の顔を見つめる先輩の瞳は、真剣そのもので。
「ほら、行くよあすか」
「ちょ、ちょちょっと先輩! 今のはどういう意味ですか!?」
照れたような先輩は、私をぐいぐいと引っ張って。
「それくらい自分で考えて。ずっとあすかの事覚えてたのに、そっちはぼくのこと忘れてるし。雨の日にわざわざあすかを捜して、声をかけてる事にも気づいてくれないし。ちょっとあすかは鈍感すぎるよ」
「でも、先輩」
少し怒ったような口調で先を行く先輩に、懲りずに声をかける。
私と同じ気持ちなら、それを確認したかった。
「ぼくは雨の日も、晴れた日も、ずっとあすかと一緒にいたいんだ!」
立ち止まって振り返った先輩は、張られた和紙よりも赤い顔。
それが嬉しくて。
「私も先輩と一緒にいたいです!」
おもいっきり先輩に抱きついた。
これからは雨の日だけじゃなくて、晴れの日も。
いつだって先輩と一緒だ。
★即興小説トレーニング内で匿名で投稿したものを改稿したものです。
お題:商業的な傘 必須要素:切符。15分のヤツだったんですが、大きいミスしちゃって悔しかったので、大幅に直して書き加えてみました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
★10/24 少し修正しました。