王妃様の日常5
「やっぱり今回の見どころは、お互いの気持ちに気づいたところですわよね〜」
「そうそう、リリィをかばって怪我をした黒騎士アレクを優しく膝の上で寝かせるシーン」
紅く染まった頬にてをやり、感慨深げにオルガが語る。私も手を胸の前で組んでうっとりとそのシーンを思い出す。
今私たちは2人仲良く長椅子に並んで座り、本を間にして感想を熱く語っている。
大好きな本について思いっきり語ることができ、さらに共感しあえる時間って素晴らしい。
ちなみにこんな風にメラニーに話すとかなり引かれるうえに、チクリと小言を言われる。
メラニーも、こちら側に来ればよいのに。
オルガは手早く本のページをめくり差し出す。
「これ、このシーンですわよね!また、アンリ・ラグナの挿絵が秀逸ですわ!」
「ほんと、この繊細なタッチ、紙面から溢れる柔らかな空気。流石、『乙女の心の具現者』と言われるだけのことはありますわっ!」
かアンリ・ラグナは乙女小説の人気挿絵師だ。
その美しく、優しい画風、そして彼が描いたものは必ず流行するとまで言われる高いセンス。
乙女が憧れる乙女の姿を具現化することによって、絶大な人気を得ているのだ。
「ほんと素敵よね‥‥」
うっとりと眺めていると、オルガががにっこりとほほ笑む。
「王妃様、実は本日とっても、素敵なものを持参いたしました」
「あら、何かしら」
「ふっふっふっ、これですわっ!」
オルガががまたもや隣の包みから何やら取り出すと、眼前にさらした。
私はそれを見て目を丸くする。
「こ、こ、これはっ!」
「そう、アンリ・ラグナのカラー画集ですわっ!」
「きゃー!!」
胸の高鳴りが、最高潮になる。
「なんてことなの!彼の作品が画集で、しかもカラーで見えるなんて!」
この国の本の挿絵はもちろん白黒だ。
今までの印刷技術では色付きなど出来るはずなかった。
「最近は、カラー印刷の技術が大分進んできたとのことです。でも、流石に大量生産するにはまだまだ技術とお金がかかるそうですわ。これは試作として作られたもので、世界に5冊しかないとのことです」
「まぁ、そうなの?よく手に入りましたわね」
「そこは、お父様のコネです」
流石宰相、出版社にまでコネがあるのか。
まぁ、情報ツールを押さえておくのは大事よね。
「2冊おさえていただいたのて、そちらは、王妃様に差し上げますわ」
「よいのですか?こんな希少なもの‥‥」
「お気になさらないでください。それは先日誕生日を迎えられた王妃様への私からのプレゼントです」
えっ、どうしよう。
あまり、ものをもらうのは良くないことはわかってる。分かっているけども‥‥。
「王妃様の喜ぶお顔が見たかったのです。受け取ってくださいな」
「では‥‥ありがたくいただきますね」
うわぁ、うれしい!
早速中を見れば先ほどのイラストのカラー版があった。
栗毛の主人公が、森の中の木陰で黒髪の騎士を膝に乗せ優しいく愛しげな表情を浮かべ見下ろしている。
淡い色合いのその絵はかっちりとした絵画を見慣れているものとしては、斬新だろう。いつまでも見ていられる。
「カラーで見るアレクはやっぱりかっこいいですわね」
「王妃様はアレク派ですのね。やはりポイントは黒髪ですか?」
「そんなつもりは無いのですけどね」
どうも、贔屓する登場人物は黒髪の青年に偏ってしまう傾向がある。
この国では黒の髪はかなり珍しい。だから、より特別感があるからかもしれないけど。
「タルバ皇国は黒髪もしくは濃い髪色が多いとか。祖国を懐かしんでおられるのでしょうか」
「そうかも、しれないですね。祖国の事なんて遠い昔過ぎて覚えてないのですけど。オルガはやはり婚約者のロエル押しかしら」
「はい!ロエルの挿絵も見てくださいな。美しい銀の髪に憂いを帯びたコバルトブルーの瞳。凄腕の騎士であるのにすらりとした痩躯。リリィを愛しているのにその想いを中々上手く伝えらない不器用さ!全てがツボですわっ」
目をキラキラさせて語るオルガ。
私が黒髪贔屓ならオルガは銀髪贔屓だ。
オルガが言った容姿の特徴はこのエトリア王国での典型的な美男子の基準でもある。確か前貸してくれた本は、色とりどりのタイプの違う男性陣が主人公を取り合い、最終的に銀髪碧眼の公爵子息が恋の勝者となっていた。その時のオルガの喜びようはすごかった。
「だから、私はロエルに幸せになってほしいのですけど。王妃様は、今後どのような展開になると思います?リリィは誰と結ばれるのかしら」
「どうでしょう。わからないけど‥‥。私としてはやはり黒騎士と結ばれて欲しいわ。想い合っているのなら幸せになってほしいもの」
「そこなんですよね。恋をしたならば成就してほしいですわね‥‥」
その声に先ほどまでの明るさがないことに気づいた。
顔を向ければ、オルガは少し寂しげに本の挿絵を見ている。
「オルガ?どうかなさいました?」
そう聞けば、はっとした様子で顔を上げる。
「失礼いたしました。なんでもありませんわ」
「本当に?」
オルガは公爵令嬢としてきちんした淑女教育を受けた女性だ。乙女小説が絡まない限りその心の内を上手に隠す。
その彼女が、沈んだ表情を見せたのになんでもないなんてこと無いだろう。
膝に置かれた手に手を伸ばし優しく重ねる。
恥じたように俯いたその、トパーズ色の瞳を覗き込む。
「嘘はいったら嫌。私には分かるわ。何かあったのね」
そう問いかければ、 うつむいた顔を上げ潤んだ瞳でみつめてくる。
やだ、美女のこんな顔ときめくっ!
じゃなくて。
「さあ、おっしゃってくださいな」
「王妃様‥‥」
オルガは少し逡巡した後、躊躇いがちに口を開いた。
さぁ、口をひらくのよ、オルガ!
何があったの??
道ならぬ恋でもした??
それだったら、私全力で応援するわよ!
「王妃様、私婚約が整いましたの」
「まぁ!」
おめでとうと、言いかけて慌ててその言葉を飲み込む。
この雰囲気だと、オルガにとっては不本意な婚約なのだろう。宰相を務めるほどの家柄が出自だ。間違いなく政略結婚だ。
しかし、貴族の娘なら政略結婚は当たり前のこと。
割り切らなくてはしょうがない。
慰めるように、その細い背に手を置きさする。
「お相手はどなた?」
「リドル公爵家の嫡男アルベルト・リドル様です」
「アルベルト・リドル?」
その名を聞いて目を見開く。
その名はよく知っていた。
ここ最近頭角を現しつつある、軍に所属する将校だ。
先日北の方で起こった内紛を見事に短期間でおさめたとか。
数々の武勲をあげている、軍所属では1番の出世頭で、今大注目の、若手貴族だ。
もちろん、女性陣に大変人気がある。
その、アルベルトと婚約なんて、またとない良縁のはずだけど。
そこまで、考えてオルガが嫌がる理由に気づく。
ああ、そういうことね。
「熊さんですわね」
「そう、熊なんですぅ〜〜!!」
顔を手で覆いオルガが泣き崩れた。
アルベルト・リドルは軍人として理想的なマッチョだった。
アンリのイメージは竹下夢二です笑