王妃様は乙女小説に夢中
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私は、月明かりを頼りに広大な庭を走った。
美しく整えられた姿は崩れ、ドレスの裾は汚れていく。
それでも、一刻でも早く会いたかった。
ただ、それだけだった。
ようやくたどり着いた約束の場所。
秘密の会瀬を重ねていた、屋敷の片隅にある庭に造られ小さな噴水の前。絶え間なく吹き出される水が月の明かりに照らされて煌めく。
そこに、彼はひっそりと佇んでいた。
彼は息をきらせて、掛けてきた私に気づくと、微笑んだ。
「リリィ」
彼が、私の名を呼ぶ。
それだけで、私の全身の血がまるで沸騰したかのように、身体が熱くなる。私はたまらなくなって叫んだ。
「アレク……!」
そして、彼の腕の中に飛び込む。
彼は私の身体を包み込むように強く抱き締めた。
「リリィ、来てくれたのか」
「もちろんよ、アレク」
「いいのか?すべてを捨てることになるんだぞ。地位も名誉も、家族さえも……!」
私は彼の腕の中から、彼を見つめる。彼の美しいエメラルドの瞳が、私をひたと見つめ返す。
その眼差しから瞳を反らさず、はっきりと私は己の気持ちを口にする。
「いいの。貴方さえいれば。私は何もいらない」
「リリィ!!」
彼の手が私の頬に愛しげに添えられた。
そして、顔がゆっくりと、近づく。
私は瞳を閉じる。
唇と唇が重なろうというとき。
「そこまでだ」
その声が静かに響いた。
私と彼は弾かれたように声のがかけられた方角を見る。
「ロエル様……」
そこにいたのは、私の婚約者ロエルだった。
「リリィから手を離せ」
冷たく言い放たれた言葉に身をすくませる。
私の怯えに気づいたアレクが、すかさず私を背後に庇う。
「彼女を離す気はない」
「だったら、力強くでも……!」
抜かれた剣の切先が向けられる。
「のぞむところだ!!」
「やめて!」
私の制止を振り切り、翻るふたつの銀の刃。
あぁ、どうしてこんなことになってしまったの。
誰か彼らを止めて。
私のために、争わないで。
すべては私が悪いのに。
「お願いやめて!!」
私の叫びは、むなしく夜の静寂響いた。
ーーー 次巻「ときめき☆シークレットガーデン~~思い出は虹と共に」につづく
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「こんなところで終わるなんて反則よーーーー!!!!!!」
読み終えた瞬間、思わず大声で叫んでしまった。
その声は静かな午後のひとときを迎えていた、水晶宮に思わぬほどの大きさで響き、それと同時に我にかえる。
あ、しまった。
ふと我にかえったが、もうおそい。
「何事ですか!」
騒がしい足音共に扉が勢いよく開かれた。
そこには護衛達の姿があった。
「本当に、恥ずかしいっ!!」
そう嘆くのは宮廷騎士の制服を着こなす若い娘。
私の近衛騎士である、メラニーだ。
女性としては背の高い彼女は今ピンクの本を抱え嘆いている。
私はというと、居間のソファーに小さくなって座ってメラニーの延々と続くお小言をおとなしくきく。
「ごめんなさい。メラニー。まさか、そんなところでお話が終わる何て思わなかったから……」
メラニーにとりあげられた本。
それは、乙女小説「ときめき☆シークレットガーデン」の第6巻。前巻発売から2年の沈黙を破りついに今年発売された、婦女子に大人気の小説だ。
ようやく手に入れたそれを早く読みたくて、仮病を使って本日の諸々の予定をキャンセルし、人払いまでして自室に籠って読んでいた。
本当に楽しみにしていたのだ。
ついに、婚約者に秘密の会瀬がばれてしまったところで前巻は終わっていた。
新刊ではどうなるのかしらと、ドキドキしながら読んでいたら、今回もまたいいところで終了。
叫ぶしかないでしょう。
「そんな事を言ってるんじゃありません!」
きっと、美しい顔に睨まれて首を竦める。
「こういうものを読まれるのは構いません。ですが、こんなもののために、貴女のを義務を蔑ろにしていい訳がないでしょう!『王妃様』!!」
はい。心得ています。
私の名前はリリアンヌ•オウフィリア•エトリア。
水の大陸の中でも1、2を争う強国エトリア国の王妃です。