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戦乙女は英雄を夢みた  作者: 毎日三拝
修羅輪廻転生の章
7/24

「我が策成れり」

今年最後の投稿!

何とか間に合ったぜ!!

 ソマリア王宮騎士団には"黄金の三騎士"と呼ばれている男達がいる。

 鉄の騎士アルベルト・ガロ、鋼の騎士ドミニク・シンカ、銀の騎士フレディ・マーティン。

 熱血と忠義の老騎士サルバトーレ・セロと共に数多の戦を駆け抜け生き残ったクリフ家に仕える歴戦の三勇士である。

 現在、彼らはソマリア王宮騎士団団長であるベアトリスに同行し護衛する任を与えられ宿屋の"囲炉裏"二階にある大部屋に四人で寝泊りしている。

 人生経験が豊富だという理由で相談役としてついて来たお気楽なセロとは違い、三騎士は慣れない異国の地に悪戦苦闘しながら常に主の身に降り掛かる危険に目を光らせている。

 主にベアトリスに近付く男達に対して。

 彼等には護衛の任務以外にも帯びている任務、いや使命があった。

 ベアトリス・クリフの実父にしてソマリア王国の大貴族クリフ家現当主であるギルベルト・クリフ二世が渡航前に直々に三騎士へ言い渡した命令。

 それは虫除けである。

 化け物すら恐れ戦く戦乙女であるベアトリスだが、それを知らない人物には若く美しい可憐な乙女にしか映らない。

 実際に彼女が集団の中で歩けば目を見張る美しさに振り返る男達は数多く存在する。

 その度に後ろで付き従う三騎士が睨み付けたりして威嚇していた。

 着々と彼らは任をこなしながらベアトリスに近付く男達を退けて、今日まで来れたのだがもう少しで任を終える最後の目的地で問題を迎える事となる。

 ベアトリス・クリフは変わった。

 宗次郎との出会いを経て、次の日の事である。

 三騎士は心の内で密かにそう感じ取っていたが、実際は見ず知らずの他人から見てもあからさまなまでに変貌を遂げていた。思わず困惑を隠せないまでに。

 陶磁の様に白い肌を朱に染まり、潤んだ翡翠の瞳が宙を見詰め、微かに濡れた蜂蜜色の髪が艶やかに女性として見事な体の曲線をなぞっている。

 恐らく、早朝から風呂に入ったはいいが髪を拭いて乾かすのも忘れて自分の部屋で一人惚けていたのだろう。

 三騎士は記憶の中に焼き付いている彼女の姿を思い浮かべる。

 戦場で常に凛とした佇まいを保ち、覇気をその身から放ちながら絶対強者の風格を漂わせるどんな男よりもよっぽど男らしく勇ましい姿を。

 思いつく限りの全てを次々に浮かべたが、やはり己が主はどんな時でも性別を超越した騎士の中の騎士であった。

 そうだった。そうであったな、と納得して彼らは先程に見た光景は何かの間違いなのだと現実逃避してから再び目の前の現実を見る。

 頬に手を当てていやんいやん、と身をくねらせる金髪碧眼の少女の姿が其処にあった。

 その姿を一言で言えば乙女。

 つまりは異性に恋焦がれる少女期に相応しい女の子。

 どうしてこうなったのかと壮年の男達が一斉に頭を抱える醜態を晒した。



 ■



「なるほど。つまりセロ殿が意地を張って一人散歩へ出て迷子になった際に親切丁寧に此処まで案内を快く引き受けてくれた方が偶然実力者だった為に無理矢理引き合わせた所為で姫様は心惹かれた、と言う訳ですか」


 最初に沈黙を破ったのは坊主頭の男ドミニク・シンカだ。彼の隣では赤い短髪の男アルベルト・ガロが眉根を八の字に寄せて唸っている。

 現在、彼らはサルバトーレ・セロと相対する形で詰問していた。

 少し前の事。三騎士は主の異変に頭を抱え、何処で男に引っ掛かったのかを必死で考えた結果、セロに対して彼らは碌な事をしない人だと思っており、面倒事の大概がこの老人によって引き起こされると決め付けていた。

 これまでの旅でセロが起こした事件は片手で数えられない程であり、三騎士は事態の収拾に毎回務めさせられてへきへきとしている。

 事実、その考えは正解であった。

 大部屋で気儘に休んでいた所を襲撃され、セロは嫌々これまでの事を語るしかなかったのだ。


「……少しばかり引っ掛かる言い方だが、その通りであるな」


 銀髪の男フレディ・マーティンは苦虫を噛み潰した表情で自慢の髭を弄るセロ責めるような視線を送った。


「嫌味を言うのも仕方なし。ギルベルト様から我らが密かに受けている指令を貴方は御存知の筈だ」

「さぁて、相談役のワシは何の事か知らんな」


 セロは知らん知らんと首を振る。

 その開き直った態度に炉で溶かした鉄よりも熱いと言われている男が畳を両手で叩きつけた勢いで半立ちになった。


「嘘を言うなっ! セロの旦那、アンタは姫さんと俺らよりも長い、長い付き合いだろうっ! あの純真無垢な姫さんがぽっとでの男に心奪われたなんて許していいのかよっ!!」

「許すも許さないもないであろうになぁ。色事は何よりも本人の自由意志と言うやつが大事よ。付き合いの長さなど関係無い、無い」


 小指で耳糞を穿るふざけた態度のまま、憤るアルベルトを豊富な人生経験で得た知識で諭す。

 アルベルトもセロの言い文に身に覚えがある所為か文句も出せず「む、むぅ」と唸り声を上げて引き下がった。


「では、この失態を如何なさるのです」


 アルベルトの代わりにドミニクがセロへ苦言をぶつける。その言葉にセロは何事かを言いかけた。


「私達が受けた任務だからといって貴方には関係無いなどという言い逃れは出来ませんので悪しからず。ギルベルト様に任務妨害をセロ殿に受けたとキチンと報告させて頂きます」


 フレディがセロが口にしようとしていた言葉を否定し、逃げ道を封じた。内心、性格悪いなコイツと思いながらも頭を巡らせて策を練る。

 実の所、セロは宗次郎とベアトリスが惹き合うのは悪くないと今朝の内に答えを出していた。

 ソマリア王国の貴族は純粋な血筋よりも当代で持ち得る実力を重視し、その他を圧倒する絶対なる力さえあれば元犯罪者でさえなければ平民でも認められる実力主義の社会であるからだ。

 ソマリア王国の王位についている王様も他国の元平民筋であり、三年に一度開かれる王族主催の武闘大会に偶々武者修行中にソマリアに来ていた彼は見事優勝し、当時の姫君であった王妃様の心を掴み婚約の義を交わして王様となった。

 故にかの国では力さえあれば人種差があろうとも身分の差があろうとも王様に認められる。

 その奇跡の様な現実を目の当たりにし、仕来りに拘る古い考えの三騎士と比べ思考が柔らかいセロにとっては宗次郎とベアトリスの組み合わせは"有り"だ、と判断したのだ。

 戦乙女として若くから名を馳せているベアトリスは優秀であるのは勿論のこと、宗次郎はそのベアトリスをして冷や汗を掻かせるほどの実力を垣間見せている。

 二人がくっつき子を成せばさぞかし国の宝となる子が生まれるであろう。喜ばしい事である。

 セロは俄然、二人を結ばせようと考え、目の前にいるお邪魔虫となるであろう三騎士を納得させつつ、宗次郎の気をベアトリスに向けさせられる策を練った。

 彼は何とか考えを捻り出し、彼らに告げる。

 目の前の彼らは渋々と言った顔で頷き、一応の理解を得る。

 それはベアトリスの希望を満たし、実力主義の社会に揉まれてきた三騎士を納得させる見事な策だった。

 ただ一点、宗次郎の考えを無視した穴のある稚拙な策でもあった。


 

 ■



 約束の期日の早朝。

 藤宗次郎は律儀にも刻限よりも少し早く"囲炉裏"に来て待ち人を待っていた。

 店員へ事情を説明して中へ入り、御好意から緑茶を頂いて爺臭くちびちびと熱い茶を啜りながら考え事に耽っている。

 其処にソマリア王宮騎士団の騎士達を従えながらベアトリス・クリフが二階から降りて宗次郎に近寄った。


「オヒャヨウ」

「お早う御座います」


 拙い日本語でセロが宗次郎に朝の挨拶したので、宗次郎はゆっくりと後ろを振り返り、日本語で挨拶を返す。

 その瞬間、宗次郎に四つの視線が向けられた。

 三つの敵意を込めたそれを宗次郎は受け流し、イング語で三騎士に軽い自己紹介を含んだ挨拶をする。

 想像していた強者とは違う反応と中世的な宗次郎の容姿、話に聞いていた剛の者とは違う態度、あまりにも流暢なイング語に面食らったアルベルトとドミニクは素直に敵意丸出しの態度を晒てしまった。

 腹黒い筈のフレディは逆に好意的な態度を現す。


「ベアトリス様に仕えてさせて頂いております。フレディ・マーティンと申します者です。どうぞ宜しく」

「此方の方こそ宜しくお願いします」


 軽く微笑みながら、どこまでも友好的な態度のフレディにセロは吐き気を催す程の気持ち悪さを感じて顔を思わず顰めた。

 態度は最悪だったがまだ二人の方が潔く人間的である。

 三騎士が宗次郎に対して如何出るのか気になっていた為に忘れていたがセロは自分の主人がまだ挨拶に加わって来ていない事に気が付く。

 何気なく自分が先に話し掛けてしまったが、何日も直接会えるこの日を待ち続けた彼女が真っ先に彼と言葉を交わそうするだろうにと思い、周りを確認すると彼女の姿が見当たらない。一緒に一階へ降りて来て先程まで隣に居たのに。


「セロさん。クリフさんは如何しましたか」


 宗次郎も丁度、その事に気が付きセロへ疑問を投げ掛けてきた。

 三騎士もその言葉で気が付いたようで


「そういえば……」


 と言う様な顔をしている。

 困ったセロは適当に


「女性は仕度に時間が掛かるものでな。済まないがもう少し待ってくれ。ワシは様子を見て来よう」


 二階へと一時ベアトリスを探しに戻った。

 同時に彼女は直ぐに見付かる。一階から見えない廊下の壁隅で膝を抱えて座っていた。

 初めて見る彼女の行動にセロは驚きながらゆっくりと近付き声を掛ける。


「如何したのですかな」


 俯いた顔を上げると彼女は薔薇の様に真っ赤になっていて泣きそうだった。


「爺ぃ。そのな……そのどうにもおかしいのだ」

「体調が悪くなりましたか?」

「ち、違う。体調は万全。おかしいのは心の方でソウジロウに少しでも早く会って話をしようと思っていたのに実際に会ったら顔も見られなくなっていたんだっ。上手く言葉も形に出来やしな初めてあった時は普通だったのに!」


 言いたい事を言い終えると赤く染まった頬のまま再度俯く。

 セロはベアトリスの心の内を自然に察した。

 惚れた腫れたは病気の一種という言葉が彼らの故郷ソマリア王国にあるが今のベアトリスの症状は正にそれで、どうやら恋の病を拗らせたらしい。

 同時に十七の歳月に恋愛事の免疫を付けない乙女の恐ろしさを垣間見た。

 ベアトリスはあまりにも初々しく純情過ぎる。宗次郎との仲を取り持つのに仮に失敗するにしても最低免疫付けないとまずいとセロは悟った。

 そうと決まればセロの行動は早かった。

 彼女の正面に立ち、膝立ちになって優しげな表情を浮かべる。


「ベアトリス様お顔をお上げ下さい」

「……ん」


 乙女の表情を晒すベアトリスにセロは頭に浮かんだ言葉を口にする。


「『恋とは侵略戦争である』これは隣国の有名な格言です。文字通りこれは貴女が抱える貴方だけの戦争であり、ワシ達はいざという時に加勢出来ません。貴女自身が行動しなければ目当ての国を盗る事も儘なりません。貴女が立ち上がって自ら向かっていかなければならないのです」

「詭弁だっ。そんな言葉…それにこういう時にどうしていいかまるで分からない」

「分からなくてもいいのです。何事も最初は手探りから始まるもの。それにお忘れですか?」


 問い掛けの言葉が何を意味しているのかベアトリスには分からない。


「貴族たる者どんな時でも毅然とした態度で臨まなければならない」


 その言葉はソマリアに住まう全ての貴族が生涯背負う義務であり金言であった。

 彼女はハッとし、今の自分の姿を省みて唇を噛む。頭を振るうと勢いよく立ち上がる。


「爺。よく言ってくれた。私は自分を情けなく思う」


 ベアトリスは先に一階へと降りて行く。セロは先程までの頼りない姿を忘れ、まだまだ手が掛かりますな、とばかりに溜息をついて立ち上がって彼女の背を追いかけた。 



  ■



 本当に情け無い姿を晒せたものだ。

 ベアトリスは先程までの醜態を思い浮かべて自分を自分で責めた。

 それはとても短い時間だったが彼女は自らの糧として飲み込み、戒めとしてセロが口にした隣国の格言と共に心に刻む。

 目を軽く瞑って、しっかりと深呼吸をし、心を整える。

 一瞬の覚悟を得る為の儀式。

 セロは言った。

 自分で立ち上がり、立ち向かい、見事勝って魅せよ、と。

 彼女が覚えている限り真剣な場で彼がベアトリスに偽りの言葉を聞かせた事は無い。今回も同じなのだろう。絶対に恋の真髄とやらは其処に在るのだ。

 ならば彼の主として責任を果たさなければならない。

 目の前に自然体で佇んだ青年を見遣る。

 心はときめき、頬は熱を帯びたが、もう視線を逸らさない。


「御機嫌よう。ミスタ・ソウジロウ」

「お早う御座います。ミス・ベアトリス」


 宗次郎は変わらず無表情のままイング語でされた挨拶をイング語で返す。

 ベアトリスは左手の白手袋をするすると外しながら毅然とした態度で言い放った。


「少々作法とは違うのを許して欲しい。ソウジロウ」


 彼は胸元に押し付けられた白手袋に初めて困惑した態度を見せた。

 周りにいた三騎士はその意味を理解して宗次郎とは別の困惑を表わす。それに囚われずベアトリスは矢継ぎ早に言葉を述べる。


「これは私の尊厳を回復する為に必要な措置である。故に貴公には必ず受けてもらおう。黙ってこの私の白手袋を受け取り給え!」


 その言葉の意味を察した様で宗次郎は白手袋を受け取りながら先程までの友好的な態度をがらりと変貌させた。表情は変わらず無表情のままなのにその意味を変えている。

 ベアトリスは長年慣れ親しんだその雰囲気を戦場のそれだと感じ、彼が放っている気質をベアトリスは心地良く感じた。

 もうそれは始まっている。


「なお、受け取ってしまったからには既に誓いを取り消せないくて悪いが、私が勝利占めたその時。ソウジロウ、貴公は私のモノとなってもらう」


 必ず、侵略して奪い尽くしてやろう。覚悟せよ。


「決闘だ!」


 丁度、その時に一階へと降りて来ていたセロは宣言を聞いて今度こそ我が策成れり、とほくそ笑んだ。

次回は決闘会。日本と海外では決闘方法は違いますがそこを織り込んでいますのでそれを含めてお楽しみとして下さい。

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