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戦乙女は英雄を夢みた  作者: 毎日三拝
修羅輪廻転生の章
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番外編「辻斬怪談」

 雪が降り積もり、体の芯まで凍える冬の事。 

 江戸の住民は別の意味で心から冷えていた。

 それは怪談染みた嘘みたいな真の話。

 

【辻斬怪談】


 早起きは三文の得。

 最初に辻斬りの被害者を発見したのはその諺を信条とし実行する好青年だった。

 早朝に使う水を汲んで来ようと桶を片手に家の外へ出て、近隣住民が共同で使っている井戸に行こうとしていた。青年の実家は町の端にあり、井戸まで少々歩く事になる。

 身震いするほど凍える寒さを我慢しながら行く道中の傍らにそれを見付けた。

 家と家の間に丁度上半身が隠れる角度でうつ伏せになっている。青い袴を穿いている事から男だと分かった。

 人が倒れている。それ事態は青年にとって然程珍しい事じゃない。

 酔っ払いが家に帰る途中に意識を手放し、大の字になって寝ているのを青年はよく見かけた。

 しかし、それは夏の間だけである。

 吐く息が白く変わる程に冷たいこの寒さの中で眠るのは自殺行為でしかない。寝返りも打たず少しも動く気配がないそれに青年は近付き、安否を確かめる。好奇心というよりも青年が御人好しと呼ばれる人種で、死んでいようが生きていようがそのまま放って置くと良心の呵責に耐えられないからの行為だった。


「……もし、もし」


 恐る恐る声を掛けながら近付いていく。

 声に目を覚まし起きてくれるのなら万歳で、面倒事を避けられるならそれでいい。

 路地に近寄り、青年は男と対面する。

 こんっ、と桶が落ちる音が辺りに響いた。

 人間、自分の常識の範疇を越えると意識が白くなり、何も考えられなくなる。目の前の現実を受け止められずに青年は呆然とそれを眺めるしかなかった。

 大小の刀を腰に携え、立派な身形をした体格のいい男。立ち上がって青年と背比べすれば彼よりも遥かに高いだろう。さぞ名のある方に違いない、思える風格も備えている。

 だが、青年の視線は男の姿など見てはいない。青年が注視するものは男の体の先にあった。

 鷲鼻が特徴の苦々しい表情を晒した首が青年を睨んでいた。死した怨念を込める様にじっと睨らみ、今にも動き出して青年の首を噛み千切るのではないかという位だった。

 やがて青年が目の前の現実を受け止めると腰を抜かし、その場に崩れ落ちるも這いながらその場を抜け出したそうな。 

 それが後に『辻斬怪談』と呼ばれる程に江戸の住民を恐怖の底に落とした事件の始まり、始まり。



  ■


 

 今年一番と言われる程に冷えた夜。

 男が一人、町を徘徊していた。

 その男の名前は弥七という。八丁堀に居を構える同心が抱えた岡っ引きの内の一人である。

 近頃、江戸の町を揺るがす件の辻斬りを捕らえる、という理由で市内を見回っていた。


「いやに冷えやがる」


 体を抱えながら白い息を吐き出し、弥七はぎらりと目を凝らしながら、暗い闇の中で提灯一つの明かりを頼りに道を行く。ぼんやりと会合で話された事件の概要を頭の中で反芻する。

 辻斬りの被害者はかれこれ十二人にも及んでいた。

 手口はみな同じで、鋭利な刃物で首を一刀のもと切り落とすだけ。共通点は犯人の目撃者は未だに一人も見つかっていない事と被害者全員が名のある武芸者だった事。そして、そんな手練れ達が腰に差した刀を抜く間も無く首を飛ばされている事だ。

 以上の事から弥七の雇い主は下手人は恐らく妖刀の類に魅入られた者なのではないかと恐怖した。

 弥七は思わず


(そんな者いる訳が無いじゃないか)


 と笑った。

 現実は非常なのだと腰に差したその身に似合わぬ白鞘に収まった刀に触れて皮肉る。

 当ての無いまま巡回を続け、弥七は人影を見掛けた。

 影を追うと持ち主の姿が直ぐに弥七の目に写る。


(おや。こんな夜更けに……まさかと思うが化生の類なのか)


 髪の長い少女が佇んでいた。

 白い着物を纏い、手には提灯と赤い唐傘を差している。

 その姿はあまりにも妖し過ぎた。違和感を何も感じ得ない程に妖し過ぎる。

 故に弥七は魅入られたのだろう。

 提灯を捨てて腰元の物をゆっくりと抜き放つ。


(今宵の獲物は化け物こそ相応しい)


 弥七は天を仰ぎ、雲から丁度出て来た赤く妖しく光を放つ月を見てそう思った。

 彼にとって幸いな事に少女から少しばかり距離が在り、相手は弥七の存在に全く気が付いていない筈。忍び足で気配を消しながら近付き、月の光を浴びて妖艶に光る刀身を振るった。

 ぽーん、と首が飛ぶ。

 頭上に輝く月を再度仰ぐ。


(月が綺麗だな)


 蝋燭を一息で消す様に儚く命の灯火は消えた。



  ■


 

 翌日。

 朝早くに一人の男の首無し死体が見付かった。

 奉行所は件の連続辻斬り事件だと判断し、岡っ引きの一人を殺されたので更なる人員を増やし事件の解決を急いだが不思議な事に男の死から次の犠牲者は生まれなかった。

 江戸を恐怖に陥れた辻斬り事件は呆気無い終わりを迎えた。

 余談だが事件の後から東堂家の長女が腰元に白鞘の刀を帯びる様になったとかならないとか。

 特に意味はありません。

 桜が持っている刀のエピソードなのですが、単に私がこういった話を書きたかっただけです。読了してくださった方は御付き合い有難う御座います。

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