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戦乙女は英雄を夢みた  作者: 毎日三拝
修羅輪廻転生の章
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「かくして二人は出会った」

 熱血と忠義の老騎士サルバトーレ・セロは暇を持て余していた。

 主に付き添い故郷から遠い異国まで付き従って来ていたのだが、唐突に敬愛する主人から息抜きに観光でもしてこいと暇を出されてしまったからだ。何故そんな命令を下されたのかはセロ自身皆目検討もついていない。

 ならば主命に従い精一杯満喫させて頂くぞ、と騎士団の仲間に言い残して朝早くから張り切って観光に出て来たまでは良かったのだが、辺りは見知らぬ土地、人。言葉も通じない中で外国人が一人。何処に行けばいいのかすら分からない。歴戦の勇者もこうなってしまえば迷子の爺と何ら変わりはない。哀れ。

 泊まっている宿屋から出て、道すがら通りを見遣れば自分とは明らかに違う者達からの奇異な視線を感じた。

 異国の地にして血。周りの人を見れば黄色い肌に黒々とした髪と瞳。白い肌で金髪に碧眼の自分とは全然違う。自分の方こそが異国の人間なのだとこの時やっと気付かされた。

 勢い良く宿を出て来て数分後。焦りが出てきたが外出際に案内すると買って出てくれた者も居たのに断って来てしまったので今更戻って頼むのも格好が付かない。セロは自業自得だと諦めて一人適当に散歩するしかない、と悟った。一人で先走ってしまうのが自身の欠点だと反省する。

 ふらふらと見慣れない景色を楽しみながら当ても無く歩いて自慢のカイゼル髭を撫でれば、何時の間にかセロは意識を無意識に切り替えて思考の渦へと意識を沈めていく。

 度々、セロはこうやって故郷でも散歩しながら考え事をする癖があった。一人静かな時間とはこうして作り、有効に使うものだというのが彼の持論だ。

 今、彼の頭の中は一つの事に対して向けられている。いや、現在に限った話ではなく、彼の頭の中は何時だってとある人物の事しかない。

 心から敬愛する彼の主人ベアトリス・クリフの事だ。

 故郷サマリアの神聖なる王宮騎士団の長にして偉大なる英雄の末裔。金髪碧眼の少女然とした可憐なる風貌から考えられない程の荒々しく激しい気性は正しく王者たる素質を秘めているのは誰が見ても明らか。

 英雄の称号は彼女に相応しいとセロは確信している。自分以外の騎士達も同様に思っているに違いない。

 が、彼女には一つ確定的に不足しているものがある、とセロは常々考えていた。

 常勝にして無敗。十二の頃に盗賊相手であるが戦場へと出陣し、見事華麗なる勝利を収めてから五年の月日が経ち百を越える戦場を経験するも負けた事がない。戦場へ躍り出ては必ず勝利を手にするその姿に人は戦乙女と称する。これ以上無い名誉ある称号だ。

 しかし、敗北とは何時の日か人の前に必ず現れるものだ。それは都合の良い時に現れてくれるほど親切ではない。セロは知っていたのだ。それは最悪の時にこそ到来するものだと。

 戦場の負けは必ずしも死に直結するものではないが負けた事がない彼女は上手な負け戦のやり方を知らない。そうなったとしたら彼女が死ぬまで戦は止らないだろう。唯一にして最後の汚名となる敗北に間違いなくなる。何をしようが何を残そうが人は死んだら全てそれまでなのだ。

 故にセロは思考する。

 敬愛する主人が戦死と言う無様な敗北を手にする前に真の敗北を贈る方法を。

 騎士団の中どころか既に国中を探しても彼女に勝てる人物などそうはいない。

 人には光というものがある。一角の人物には必ず大なり小なり輝いており、その光を見分ける力をセロは有している。そんな彼がこれまで彼女以上に強く放つ光を見た事がなかった。長く数多の戦場を生き抜いてきた人生の中で一度も。

 長く思考に耽っていると気付けばセロは並木道を進んでいた。帰る道など既に分からなくなっている。

 どうしようかと悩み、道行く人に身振り手振りで聞くしかないと辺りを見ると丁度、道の先から誰かが来る気配がした。

 人通りが少なく、またこの道を誰かが通る保障なんて何処にもないのだからその人物に聞くしかないと、目当て人物の下へと歩を進めるとセロは日本語を知らないので故郷の言葉で声を掛ける。

 日本独自の衣服を着た少年だ。彼は反応し、セロの方を見遣る。

 瞬間、セロは絶句した。

 いた。

 見付けた。

 こんな片田舎の国に。こんな場所に。

 こんなにも強烈な輝きを放つ人間がいたとは……

 セロは運命を感じた。

 なんとしてでも主人の下へと連れて行くしかない、と意気込み身振り手振りでどうやれば伝わるだろうかと苦心していると思いもしない言葉が耳に入る。


「何用でしょうか?」


 故郷サマリアの公用語だ。

 しかも淀みのない流暢な言葉使い。一瞬、セロは耳を疑う。

 黒髪に黒い瞳。白い鞘に納刀された『日本刀』という独特の方刃の剣を帯びている。上はコバルトブルーに下はヴァイオレットブルーのこの国の服装。この国独自の髪結いの『髷』を結っていなく、流したままの短髪だが間違いなく地元民だろう。


「…話せるのか、イング語を」

「日常会話程度なら問題なく」


 セロはこの出会いに益々感謝した。

 このチャンスを逃さない為の策を瞬時に頭の中で老獪に企てる。


「見ての通り自分は異国の人間だ。泊まっていた宿から一人で出て来て散歩していたのだが何時の間に知らぬ場所に来ていたらしい」

「あぁ。道に迷ってしまったのですね」

「情け無いがその通りだ」 


 自嘲的な笑いをセロは零した。


「わたしで良ければ力になりますが?」


 食い付いた、とセロは思った。


「おぉ、それは有り難い。是非ともお願いしたい」

「宿の名前は?」

「"イロリ"という宿屋だ」

「"囲炉裏"ですね。場所を知っています。案内致します」

「頼む」


 先導する後ろ姿はセロよりも小さい。その背を追う様に動き出す。

 一先ず上手くいった様だ。内心ほくそ笑む。


「そうだ、そうだ。ワシとしたことが世話になる恩人に名を名乗るのすっかり忘れていたようだ。青年。ワシの名はサルバトーレ・セロという。セロと呼んでくれ」

「藤宗次郎」

「ならソウジロウと呼ばせてもらおうか」

「お好きなように」


 宗次郎はそれきり喋る事が無くなり無言のまま行く。全く愛想の無い男だ。

 セロはその姿を横目で見詰めながら宿屋の帰り道を付き従った。



   ■



 宿屋"囲炉裏"に着いた頃。人で賑わっていた通りが疎らになり、時刻は昼時に差し掛かっていた。


「それでは御免」


 やるべき事は済んだとばかりに立ち去ろうとする宗次郎を何とかして引き止めようとしたセロは案内してくれた御礼にと昼を奢ると申し出た。それも謙虚に断ろうとする宗次郎に対してセロはゴリ押しで"囲炉裏"の中へと引き込む。

 宿屋"囲炉裏"は宿としてだけではなく昼時は定食屋として営業しており、中へ昼飯を食べに来た客で溢れかえっていた。

 セロが何気なく店内を見回すと奥の方で食事をしている主人一行の姿が見えた。朝時に用事があると出て行ったのだが、事を終えて戻って来ていたようだ。セロは好都合だと、にやりと笑う。

 目に付いた空いている近場の席に宗次郎が逃げない様に無理矢理座らせ、自分も対面側に座る。

 主人の方へ連れて行かないのは宗次郎を紹介するのはまだ早いと判断したからだ。まずは自分との繋がりを作ってから。そうこれからやるべき事を頭に浮かべると宗次郎の方へ体を向ける。


「遠慮なく食ってくれ」


 宗次郎は軽く頷くと御品書きを手に取り、達筆に書かれた文字郡を眺め


「それでは遠慮なく」


 そうセロに断ってから他の客の相手をしている割烹着を纏った妙齢の女性に声を掛ける。呼べば愛想良く店員は二人の前にやって来た。


「はいはい。注文をどうぞ」

「掛け蕎麦を……」


 自分の注文を言い切る前に宗次郎はセロを見遣る。日本語を満足に話せないであろうセロへの気遣いだ。セロは慣れ親しんだイング語を宗次郎が流暢に話すので他の日本人にイング語が通じない事をすっかり失念してしまっていた。メニューを見ても日本語が分からないセロには読める筈も無く、気が付いて時には全てが遅かったので何も頼まないつもりだった。


「じゃあ、ワシも同じ物をお願いしよう」


 セロの言葉に頷く宗次郎。


「……二つ」

「畏まりました。掛け蕎麦を二つ。以上で?」


 確認の言葉を肯定すると定員は店の奥へと消える。それを確認するとセロは宗次郎に笑い掛けた。


「またもや助けられた。お主がいなければ折角食事所へと来たのにワシでは注文すら出来なかったであろう。本当に感謝する」


 宗次郎はきょとんとした顔をした。言われた言葉の意味を理解出来ていない、

そんな顔だ。

 その反応は何だ、とセロまで頭に疑問符を浮かべ出す。何かが噛み合っていない。


「何か間違った事を言ったかね?」

「いえ、何も。ただ……」

「ただ?」

「あんなにも必死に食事の同伴を頼むから言葉の通訳込みで食事を御馳走になるのだとばかり。当然の事だと思っておりましたので」


 素直な宗次郎の言葉にセロはそんな風に思われてたのか、と苦虫を潰した顔をする。

 実際の目的は別にあったのだが、改めて自身の行動を顧みてみれば偉そうな言葉で道行く人を捕まえいいように扱き使う異国の爺にしか思えない。完全に嫌な奴だ。

 朝反省したばかりと言うのにまたしても悪い癖が出てしまったようだ、と頭を抱える。

 くすり、と笑い声がする。

 反省し、俯いた顔をセロが上げると宗次郎が笑っていた。

 その表情にセロは思わず見惚れる。

 彼に男色の気はこれっぽちもありはしないのだが、今の宗次郎の表情には人を惹き付けるものがあった。

 元々、宗次郎の容姿は中世的であり精巧な人形だと錯覚してしまう程の美貌を持っていた。その美貌を愛想の欠片もない無表情が機械的且つ人間味のない気味の悪さを醸し出してしまい全てを台無しにしてしまっている。

 それが氷の様に固まっていた表情が崩れた事により人間味をセロに感じさせたのだ。

 ハッとし、頭を左右に振ると己に男色の気はないと言い聞かせて宗次郎を軽く睨む。


「何が可笑しいのか?」


 左手で口元を覆い隠し、一度目を瞑って表情を切り替える宗次郎。


「これは失礼をしました。思っていた様な方とは違ったようで、つい」 

「いや、ワシの方こそ親切にしてもらった恩人へ向ける態度ではなかった。これまでの非礼を詫びる。すまなかった」


 セロが謝罪の言葉を口にすると丁度、注文していた掛け蕎麦を定員が運んできた。茶色い丼茶碗と箸が二人の前に置かれる。


「この掛け蕎麦で手打ちとしましょう」

「そうか。そう言ってもらえると助かる」

「はい。それでは。頂きます」


 箸を手に取り合掌して蕎麦を食べ始める。

 つるつると音をたてながら蕎麦を食べる姿も様になっていた。セロは食事をせず、そんな宗次郎の食事風景を黙って眺める。食べ方が分からないからだ。

 先程まで気を遣っていた宗次郎も"囲炉裏"で何日も宿をとっているであろうセロが全く箸を使えないなんて思いもしないので黙って先に食事を始めている。

 変なプライドがセロに作用したようで宗次郎に何も言えないまま、どうやって食べるのか分からないなりにも冷静に宗次郎の食べ方から学んで、箸を取るも上手く使えない。

 日本に来て宿をとってから数週間の期間があったがセロは箸を使わず、故郷で使っていたフォークやナイフ、スプーンなどの持参して来ていた食器で食事をしていたのが裏目に出ていた。

 悪戦苦闘してどうにか蕎麦を未熟な箸捌きで口元へ運ぼうとしていると横から思わぬ助け舟が来た。

 肩を軽く叩かれ、横を見れば差し出されたフォークが一つ。


「いい加減見苦しいにも程がある」


 苦言を吐きながら二つの翡翠がセロを見下ろしていた。


「この歳になっても未知のものに挑戦する心は失っておりませんので。ベアトリス様」


 セロの主人ベアトリス・クリフはセロの捻くれた性根に呆れてフンッと鼻を鳴らす。


「その割には日本へ渡ってから"ハシ"を使った事がなかったではないか」

「これは手痛い御指摘。ハハハッ」


 笑って誤魔化そうとするセロ。そんな自分の従者の態度に慣れている様でベアトリスは気にせず、セロが左手に持っている丼茶碗の中へフォークを無理矢理入れた。


「命令だ。爺。フォークを使え」

「主命では仕方ありませんな」


 大人気ない爺とそれを飲み込む器量をみせる主人。少し歪な主従の姿が其処にあった。


「して、爺」

「何ですかな?」


 ベアトリスは二人に構わず食事を続ける宗次郎を見て


「此方の方は何方だろうか。紹介して欲しい」


 セロはやはりそうきたかと頭の中で思考する。

 本来、セロが知るベアトリス・クリフという少女は箸が使えなくて困っている従者に態々、代わりの食器を手ずから持って来る気遣いなど出来ない。

 むしろ自分の事は極力自力で如何にかする事を信条にしている筈だ。

 そんな人が普段絶対にしないでろう行動をしてまで理由を作ったのだ。間違いなく彼女も遠目で気が付いたのだろう。自分と同じ光を持った人物が居る事に。

 まだ時期ではないが出会ってしまったのなら仕方ないとセロ諦めた。


「ソウジロウ。主人にお主を紹介してもよろしいか?」


 セロの確認のお言葉に頷き、丼茶碗と箸を置く。


「藤宗次郎。宜しく」

「此方こそ宜しく。ベアトリス・クリフだ。こっちの爺が所属している騎士団の長をしている」


 かくして二人は出会った。

宗「この掛け蕎麦で手打ちとしましょう……手打ちだけに」

セ「は?」

 日本の駄洒落は外国人には通じない悲しさ。

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