第3話 何者なのか
「……信じられない」
魔導炉の前で、技術責任者の男が呆然と呟いた。
先ほどまで不安定だった装置は、今では完全に安定している。出力は正常値を保ち、揺らぎも見当たらない。
「出力、回復しています……」
「誤差もほとんどない……こんなことが……」
技術者たちがざわめく。
やがて、その視線がゆっくりと私へ集まった。
「一体、何をしたのですか……?」
責任者が慎重に問いかけてくる。
私は軽く首を傾げた。
「魔力循環の偏りを整えただけです。供給ラインに無駄があったので、そこを修正しました」
「……それを一瞬で?」
信じられないという表情。
当然の反応だ。
普通なら、数日かけても難しい調整だろう。
「殿下、この方は……?」
責任者がアルベルト殿下へ視線を向ける。
殿下は一瞬だけ考え、静かに答えた。
「我が国に招いた客人だ」
それ以上は語らない。
だが、その一言で十分だった。
詮索するな。そういう圧がはっきり伝わる。
「……失礼いたしました」
責任者はすぐに頭を下げた。
私は一歩下がり、軽く礼をする。
「セレナと申します。以後、お見知りおきを」
空気が揺れる。
ただの令嬢ではない。誰もがそう感じていた。
「……セレナ殿、とお呼びしても?」
「構いません」
「後ほど、お時間をいただくことは可能でしょうか。その技術について――」
「それは後ほどだ」
言葉を遮ったのはアルベルト殿下だった。
「彼女は長旅の直後だ。まずは休ませる」
有無を言わせぬ声音。
責任者は慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません!」
殿下は軽く頷き、私へ視線を向ける。
「行こう」
「はい」
施設を後にする。
廊下を歩く。足音が静かに響く。
すれ違う者たちが足を止め、こちらを見る。
視線が集まる。
好奇。驚き。警戒。
そして、わずかな期待。
「……少し目立ちすぎましたね」
小さく呟く。
殿下は苦笑した。
「当然だ。君がやったことを考えればな」
「目立つのは得意ではありません」
「そうは見えなかったが」
「必要だっただけです」
淡々と答える。
しばらく沈黙が続く。
やがて殿下が口を開いた。
「ひとつ聞いてもいいか」
「はい」
「君の力は、どこまで通用する?」
足を止める。
少し考える。
隠す意味はない。
かといって、すべてを語る必要もない。
「……国ひとつ支える程度であれば、問題ありません」
静かに答える。
空気が張り詰める。
「……それを“程度”と言うのか」
殿下が小さく息を吐いた。
「誇張ではありません」
「だろうな」
即答だった。
そこに迷いはない。
疑われていない。
それだけで十分だった。
やがて城の一室へ案内される。
「ここを使うといい」
扉が開く。
広く整えられた部屋。落ち着いた色合い。過不足のない空間。
「……十分すぎます」
「気に入らなければ変えさせる」
「いえ、このままで問題ありません」
部屋に入り、静かに息を吐く。
肩の力が少しだけ抜けた。
長い一日だった。
そのとき。
「セレナ」
呼び止められる。
振り返る。
殿下の表情は真剣だった。
「ひとつ約束してほしい」
「何でしょう?」
「無理はするな」
予想外の言葉。
わずかに目を見開く。
「君は“できてしまう”側だ。だからこそ、限界を越える前に止まれ」
静かな声。
押しつけではない。ただの忠告でもない。
本気の気遣い。
「……善処いたします」
そう答える。
殿下はわずかに笑った。
「それでいい」
一歩下がる。
「何かあれば呼べ。君はもう客人ではない」
その言葉が胸に残る。
「はい」
扉が閉まる。
一人になる。
静寂。
私はゆっくりと窓の外を見る。
整った街並み。穏やかな空気。
人の流れ。生活の気配。
「……悪くないですね」
小さく呟く。
ここなら、力を使える。
そう思えた。
そのときだった。
違和感。
空気の流れが、わずかに歪む。
「……?」
目を細める。
魔力の流れが乱れている。
だが自然ではない。
微弱だが、明確な意図がある。
「……人為的」
小さく呟く。
誰かが、どこかで魔力に干渉している。
しかも気づかれないように。
意図的に、細く。
「なるほど」
理解する。
これは偶然ではない。
仕込まれている。
この城のどこかに。
「面白いですね」
口元がわずかに緩む。
新しい国。
新しい環境。
そして、すでに存在する異物。
――退屈はしない。
私は静かに目を閉じた。




