第2話 隣国ルミナス
王城を出てすぐ、用意されていた馬車に乗り込む。窓の外では、まだ騒ぎが続いているようだった。
「……本当に、よろしかったのですか?」
向かいに座るアルベルト殿下が静かに口を開く。
「何がでしょう?」
「すべてを置いてきたことだ」
私は一瞬だけ考え、そして小さく首を振った。
「未練はありません。もともと必要とされていたのは“私”ではなく、“都合のいい駒”でしたから」
淡々と答える。それが事実だった。
殿下はしばらく黙り込み、やがて小さく息を吐く。
「……なるほど。だからあの場で、あれほど冷静だったのか」
「取り乱す理由がありませんでしたので」
そう返すと、殿下はわずかに笑った。
「強いな」
「そうでもありません。ただ、諦めが早いだけです」
そう言いながら、ふと窓の外へ視線を向ける。そのときだった。
ピシ、と小さな音が響く。
「……今のは?」
殿下も気づいたらしい。私は目を細める。空気の流れがわずかに歪んでいる。
「結界が乱れていますね」
「もう影響が出ているのか……?」
「ええ、思ったより早いですね」
私は指先に魔力を集める。ほんの一瞬だけ外へ意識を向けた。
「――調整、完了です」
揺らぎがすっと消える。
殿下が目を見開いた。
「今の……馬車の中からやったのか?」
「簡易的なものですが。完全に維持するには、もう少し準備が必要です」
さらりと言うと、殿下は額に手を当てた。
「やはり、とんでもないな……」
「過大評価です」
「いや、違う。むしろ今まで評価されていなかったことの方が問題だ」
その言葉に、胸の奥がわずかに静かになる。
「……ありがとうございます」
小さく呟くと、殿下は少しだけ驚いたようにこちらを見た。やがて、優しく微笑む。
「礼を言うのはこちらだ。君が来てくれたことで、我が国は大きく変わる」
「そうなるよう、努力いたします」
「努力、か」
殿下は肩の力を抜く。
「君はすでに結果を出しているように見えるがな」
その言葉に、私はわずかに視線を逸らした。
――不思議な人だ。
数刻後。馬車は国境を越え、隣国ルミナスへと入った。
窓の外に広がる街並みは整然としていて、どこか活気がある。
「……良い国ですね」
素直にそう言うと、殿下は嬉しそうに目を細めた。
「だろう?まだ発展途上だがな」
その直後だった。
「殿下!!」
城門の前で兵士が駆け寄ってくる。
「魔導炉が不安定になっています!出力が急激に低下し、このままでは都市機能に支障が――」
殿下の表情が一変する。
「原因は?」
「不明です!技術者たちも手がつけられず……」
そのとき、私は静かに口を開いた。
「案内していただけますか?」
二人の視線がこちらに向く。
「おそらく、すぐに解決できます」
一瞬の沈黙。そして殿下は即座に頷いた。
「頼む」
魔導炉の施設へと案内される。内部では技術者たちが慌ただしく動き回っていた。
「だめだ、制御が効かない!」
「出力が落ち続けている……!」
混乱の中、私は中央装置へと近づく。
――なるほど。
構造を一目見ただけで、原因は理解できた。
「魔力循環が偏っていますね。供給ラインの設計が少し古いです」
「な……そんなことが分かるのか……?」
技術者が驚いた声を上げる。
私は答えず、静かに手をかざした。魔力を流し、歪みを整える。
わずか数秒。
それだけで装置の光が安定した。
「……これで大丈夫です」
場が静まり返る。
「しゅ、出力が戻っている……!」
「安定してるぞ……!」
ざわめきが広がる。
殿下がゆっくりとこちらを見る。その瞳には、はっきりとした確信が宿っていた。
「……やはり君は」
一歩、近づく。
「我が国に必要な人材だ」
真っ直ぐな言葉。
「歓迎しよう、セレナ」
声音が柔らかくなる。
「これからは――私の隣で力を貸してくれ」
胸の奥がわずかに熱を帯びる。
私は静かに頷いた。
「はい、殿下」
その瞬間、周囲の視線が変わる。疑いから敬意へ、そして少しの畏れへ。
ここには、“私を正しく評価する人たち”がいる。
――ならば。
この国のために、力を尽くそう。
そう、自然に思えた。




