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5話:Person from the future

 次に入った部屋は、私の家であれば書斎になっている部屋だった。この部屋は父が集めた本が大量に保管されている。小説から学術書とジャンルは様々だが、中には私しか読まない点字本もあったりする。

基本的に家にいるときは自分の部屋で音楽を聴くか、書斎で本を読むかの二択だ。

家族といると居心地が悪く、気づけばそういう生活スタイルになっていた。

点字本を読んでいると、たまに父が書斎に来ることがあったが、ページに貼ってある点字を触る私に、不快な視線を向けてくるだけで、会話はほとんどない。

彼の手で扉が開かれ、中に入ると、本が放つ独特の紙の匂いが鼻を刺激する。

彼に促され、椅子に座る。座布団が敷かれていて、長時間座っていても疲れないように配慮されていた。手を軽く伸ばすと、目の前に木製の机があることを確認する。私が普段使う書斎と何ら変わりない、全く同じ造りといってもいいくらいだ。少しだけ机が傾いていたようで、彼がそれを手で動かしながら直す。

彼は向かいの席に座り、近くの本棚を漁り始める。

「ここは書斎ですか?」

「ん、よく分かったね」

 感心したように彼が言った。本が何冊か机の上に積まれていく音がする。

「私の家だと、そうなので」

 私がそう言うと、彼は納得したように小さく声を漏らし、本を手に取ってめくり始める。

「ここは、一番重要な場所なんだ。色んな情報が本になって保管されている。場所は狭いから、時間によって本棚の本がコロコロ変わるけどね」

「今読んでいるのは何の本ですか?」

 彼が今持っている本が気になって、尋ねる。

「これは宇宙人の本だね。宇宙人の正体や生い立ちが書かれている」

「宇宙人、ですか」

「君は宇宙人の存在を信じる?」

 確認するように彼が聞いてくる。

「見方を変えれば、私も宇宙人だと思います」

 宇宙は果てしなく広い。私たちに似たような生物がいてもおかしくないだろう。そんな人たちから見れば、私たちも立派な宇宙人だ。

「確かにね。じゃあ聞くけど、宇宙人って聞いたらどういう容姿が思い浮かぶかな?」

「そうですね……背が低くて、肌が灰色で、目が黒くて大きくて、頭が大きい」

 宇宙人も種類によって容姿が違うかもしれないが、少なくとも世間一般が思いつくのはこんな感じだろう。

「宇宙人の正体はね、未来人だよ」

「未来人、ですか?」

「うん、全部がそうとは言わないけど、君がイメージした宇宙人はそうなんだよ」

「未来人にしては、人らしい原型があまりないですね」

 共通点があるとすれば二足歩行ぐらいだろう。未来から来たのに、進化どころか退化しているのでは? と思ってしまう。

「君の世界でもそうだと思うけど……AI、だっけ? 時代が進むとそういう機械に頼って働かなくなるんだよ。それでどんどん体が鈍ってくる。身長が低くなって、タブレットばっかり観るから目が黒くなる。その代わりに色んな情報が入ってくるから頭が大きくなって知能が上がる。肌が灰色になるのは食生活の変化だね」

 そう聞くと一瞬納得しそうになるが、やっぱりイメージできない。猿→人→宇宙人と進化していくのもなんか嫌だ。

「そんなに渋い顔しなくても大丈夫。ここまで進化するのに何億年とかかるからね」

 彼が苦笑して、ページをパラパラとめくっていく。

「その未来人は、どうして私たちの世界に来ているんですか?」

「修学旅行みたいなものだよ。何億年も時間が経つと、自然もほとんど残らないからね。そういうのを観光気分で観に来ているんだよ。UFOはタイムマシンだね」

 俗に言うタイムトラベルというやつだろう。想像するとなかなか夢のある話だ。

もっとも、私が生きているうちにタイムマシンが発明されるとは思えないが。

「まあ、彼らは君たちとは干渉したがらないけどね。未来が変わる可能性があるから、なるべくバレないようにしている」

 子供の頃に観たUFOの特番を思い出す。ああいう映像は決まってUFOがパッと消えていなくなるが、あれはそういうことだったのかもしれない。そう考えると、少し間抜けだなと思った。

 彼は急に本を閉じ、机の上に置く。それが合図のように、視線が私に強く向いた。と思ったら視線が逸れ、また向けられを繰り返し始める。何か言いにくそうなことがあるような雰囲気だった。

「……君には、謝らないといけない」

 申し訳なさそうな弱弱しい声が吐き出される。

「なんのことですか?」

「名前のことだよ。僕が名乗った名前。本当はわざとファーストネームだけ名乗ったんだ。僕は……嫌われ者だからね」

 そう言って笑った彼の声からは悲しさが滲み出ていた。

 彼が言わんとしていることはなんとなく察することができた。ノストラダムスといえば、彼が書いた著書『ノストラダムスの大予言』が有名だ。1999年(私はぎりぎり産まれていない)に地球が滅亡するという予言があり、当時日本でも話題になったらしい。しかし結果的に、予言は大きく外れてしまった。

「僕の予言を信じて犯罪に走った人もいたみたいだし、今思えば、予言書なんて書くんじゃなかったって後悔してる」

「失礼なことかもしれませんが、本当に未来が視えるんですか?」

 遠慮がちに尋ねてみる。

「信じるかどうかは任せるけど、できるよ。まあ、今はもうやらないって決めたけどね」

 また悲し気に笑い、続けて言う。

「未来っていうのは近ければ変わりにくくて、遠ければ変わりやすいものなんだ。言い訳みたいになるけど、僕が視たのは何百年も先のことだったから、滅亡するはずの未来が変わってしまうのも仕方ない」

 本当に視たことを言ったのに、結局外れて嘘つき扱いとは、不憫でならない。

「けど、予言が外れて良かったとも思ってるんだ。僕は嘘つきって言えるのも、人類が滅びずにいるからこそだ。ここに来て、地球の歴史を見ているうちに、そう思うようになった」

 その言葉にはどこか清々しさがあった。私に話したからというよりは、前々から決断していたことを聞いてもらったから、というのが大きいのだろう。

「死んでからずっとここにいるんですか?」

「うん。意識が途切れて、気づいたらここにいた。もう四百年以上はいると思うよ。ここにいると、時間の流れがあっという間だ」

「その割には、随分若いんですね」

 少し前から気になっていたことを口にする。教科書などで載っているノストラダムスの肖像画は、どれも年を食っていた。

「死んだのは六十歳くらいだったけど、ここだと自分の見た目も自由自在なんだ。今は二十七歳の体で生活してる。若い方が何かと便利だからね」

 好き好んで老人のままである必要はないということか。

「君も手違いとはいえ、せっかくここに来たんだから、今なら何でも知りたいことを教えてあげるよ」

 再び本棚を漁り始める彼はなんだか子供みたいで、思わずクスッと笑ってしまう。

「そうですね、せっかくの機会ですから。色々聞きたいです」

 それからしばらくは、彼と本を読みながら話に花を咲かせた。宇宙はどれだけ広いのか、地球はいつ消えるのか、ケネディ大統領暗殺事件の真犯人、人間のクローン培養に成功している国、答えのない数式を解き続ける一族の話など、話題は尽きなかったし、こんなに人と話したのは久しぶりだったため、私も気分が良かった。

 しかし楽しい時間とはすぐに過ぎていくもので、終わりは突然やってきた。

 次の話題に移ろうとしたとき、部屋をノックする音が聞こえ、会話が中断する。扉が開き、僅かに風圧が体に当たる。

「ここにいたのか~」

 部屋に入ってきたのはこれまた男性で、さっき会った織田信長の声ではなかった。どこか二人とは違った少しのんびりとした声だ。

「やあ……劉備」

 声の主に、彼は軽く答える。劉備ということは三国志の劉備玄徳のことだろう。三人目がいるのには驚いたが、さっきより衝撃は薄い。

 劉備と呼ばれた男は、ツカツカと部屋を歩き、私たちの間に入るように立つ。

「客人と楽しんでいるところ申し訳ないんだが、そろそろ時間だ。彼女もここにいすぎるのは良くないよ~」

 男の視線が、私と彼に交互に向く。そこにはさっきの織田信長と違って不の感情は感じられなかった。

「そうか、そうだね。残念だけど、そろそろ出口に行こうか」

 彼が焦った様子でそう言うので、私は小さく頷き、椅子から立ち上がる。

 彼に再び手を握られる。掌が少し汗で湿っていたが、気にしないようにした。

 そのまま手を引かれて部屋を出て行こうとしたが、直前で呼び止められる。

「あ、そうそう。これ一階にあったけど彼女のだろ? 外に出るなら必要だ」

 そう言って私に近づき、右手に何かを手渡される。彼とは違って、少し毛深い手が触れ、杖を渡された。

「ありがとうございます」

 お礼を言うと、劉備は「ん」と短く頷く。

「出るなら裏からの方がいいよ~」

「うん、分かった。行こう」

 彼に言われて、歩を進める。書斎がどんどん遠ざかっていった。

「……すまない」

 それは僅かに、耳を澄まさなければ聞こえないような小さな呟きだった。一瞬だけ振り向くが、すぐに前を向く。

その言葉は、私に向けられたものだった。

次回最終話となります。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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