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4話:My name is……

 部屋を出て、歩いてきた廊下を引き返すように進む。リビングに戻るのかと思ったが、直前で左に曲がる。

私の家と構造が同じなら、そこは二階に続く階段があるはず。

「階段があるから、気を付けてね」

そう言って彼が手を繋ぎながら、階段を一段上る。手探りで手すりを見つけ、空いた手でバランスを崩さないように掴む。点字シールが手に触れ、『一階→二階』という表記を掌から読み取る。

私の家だと、二階には私と妹と両親の部屋があり、あとは書斎や物置部屋がいくつかあるだけ。

この空間だとどうなっているのか、少し興味が湧いた。

一段ずつ慎重に上っていく私に合わせて、隣の彼も上っていく。

体感半分ほど階段を上ったその時、二階から物音が聞こえた。ガサガサと紙が激しく動く音だったり、何かが倒れる音がひっきりなしに聞こえてきて、上る度にその音は大きくなっていく。何かを必死に探しているような、そんな音だった。

「なんの音でしょうか?」

 気になった私は彼に問う。

「さあ、誰かいるんじゃないかな?」

「貴方以外にも、住人がいるんですか?」

「うん、いるよ」

 彼はさらっとそう答え、最後の段を上る。二階に到着すると、さっきまで聞こえていた物音がピタッと止まった。

 階段を上った正面は私の部屋で、その隣が妹の部屋、続いて両親の部屋、寝室、といった感じで奥までずっと続いている。

 突然、奥から扉を激しく開ける音が聞こえ、体が僅かに反応してしまう。

「大丈夫?」

 手から震えが伝わったのか、少し心配そうに彼が言った。

 無言で頷くのと同時に、扉がまた激しく音を立てて閉まった。

 音が廊下に反響する。

 反射的に音のする方を振り向き、耳を澄ますと、控えめなゆったりとした足音が聞こえ、こちらに近づいてくるのを感じた。

音が止まり、足音の主が声を上げる。

「何してるんだ、お前」

 野太い男性の声だった。年齢は三十代前半ぐらい。その言葉は私ではなく、隣の彼に向けられたものだった。

「……」

 彼が答えずにいると、相手は続けて言った。

「そのガキは?」

 相手の強い視線を肌で感じ取る。その視線から嫌悪のようなものを感じ、握っていた手の力が少し強くなる。

「睨むのは止めてあげなよ、ノブ。怖がってるだろ」

 少しトーンの下がった声で彼が口を開く。

「この子はクロエ。手違いでこの空間に迷い込んじゃったみたいなんだ。だから出口を探すついでにここを案内しているんだ。この豪邸はクロエの家らしいしね」

「……」

ノブと呼ばれた男は黙って彼の言葉を聞いていたが、ずっと私のことを睨んでいた、気がした。

「…………」

「…………」

 二人とも無言になり、重苦しい空気がこの場に充満する。彼は緊張しているのか、時折空いた手を無造作に動かしているのが振動で伝わってきた。

気まずい雰囲気で安易に言葉を発せない。

 沈黙はしばらく続いたが、相手の方がそれを破る。

「……まあ、面倒事は速く済ませろよ。時間はそう長くない」

 さっきまで不機嫌そうだった声が、ほんの少しだけ柔らかくなっていた。やっと視線が逸れ、少し落ち着く。

「そんなこと言わなくても、君と同じ日本人なんだから、もうちょっと優しくしてもいいんじゃないかな」

 少し責めるように彼が言った。どうやら相手も私と同じ日本人のようだ。

「女は苦手なんだよ、ガキなら尚更」

 男はそう言って私たちの横を通り過ぎていく。すれ違いざまに、冷たいものが手の甲に触れる。一瞬だったが、薄っぺらい金属のようなものであることが感触から分かった。

「ちょっと、刀持って歩き回らないでよ。危ないだろ?」

 刀と言われ、思わず距離を取る。なんでそんな危ないものを持っているのか。

「……す、すまん。少し焦ってたんだよ」

 男が軽く謝り、布が擦れる音がする。刀を何かで包んでいるようだ。去り際に彼が尋ねる。

「探し物は見つかった?」

 さきほどの物音の正体は、やはり何かを探していた音だったようだ。

 また少し沈黙があり、男が言う。

「ああ、沢山あったよ」

 ぶっきらぼうにそう言うと、ジャラジャラと音が鳴る。空いていた手に何か持っていたようで、それを彼に見せているようだ。

また一瞬、強い視線を向けられたが、すぐに視線は逸れ、男は去っていく。階段を下っていく音が後ろから聞こえた。

「ごめんね、怖かった?」

「まあ、少しだけ」

 素直にそう言うと、彼が短く笑う。

「あの人が、もう一人の住人ですか」

「ん、そうそう。多分有名人だと思うよ」

「有名人?」

 彼があだ名で呼んでいたので相手が誰なのかは分からなかった。

 声もテレビで聞いた覚えがないし、パッと思いつく有名人もいない。

「信長だよ。織田信長」

 信長? 歴史上の人物の名前だが、そんなはずはないだろう。昔の人だし。

「この空間に入るには条件があるんだ。それは死後に偉人として名が残ること。彼は死んでからずっとここに居るんだよ」

「え……」

 彼の言葉が理解できず、頭が混乱する。

「でも、貴方は偉人ではないですよね?」

 ミシェルという名前の偉人は聞いたことがなかったので、首を傾げる。

 すると彼は少し黙って、「ああ、そうか」と納得したように呟いた。

「ファーストネームは知られていなかったんだね。改めて、僕はミシェル。ミシェル・ノストラダムス」

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