第六話:教育的指導(物理)と、アルヴィン親衛隊
神域の隠し部屋で、私はルナからの「念話」による報告を受けていた。
『エリュシス様、準備が整いました。アルヴィン様が秘蔵の部下たちを、ジェイド様たちの道中に配置したようです』
(えっ、早すぎない? 大丈夫? 相手はまだ「迷いの森」を抜けたばかりのひよっこだよ?)
不安に駆られながら水盤を覗き込むと、そこには案の定、勇者一行の前に立ちはだかる三人の男たちの姿があった。 彼らは漆黒の鎧を纏い、アルヴィンの「堕騎士団」の中でも特に精鋭とされる、通称【アルヴィン親衛隊】。
「止まれ、勇者一行。これより先は、我が主エリュシス様の聖域へと続く道」 「貴様らがその資格を持つか、我ら三魔剣士が試してやろう」
(いや、三人ともめちゃくちゃ強そうなんですけど! 全員モデル体型の美形なのはアルヴィンの趣味なの!?)
親衛隊のリーダー格、長髪の魔剣士が剣を抜く。 「ジェイド、ここは俺たちが食い止める!」 バッツが前に出るが、親衛隊の一人が放った一撃で、その巨大な体が軽々と吹き飛ばされた。
「な……!? バッツを力押しで!?」 ジェイドが驚愕し、クロウが即座に障壁魔法を展開する。
神域でそれを見ていた私は、思わずルナに叫んだ。 (ルナちゃん! やばいって! あの三人、絶対「程よい」レベルじゃないよ! アルヴィン様に止めるよう言って!)
『……エリュシス様、ご安心を。彼らにはアルヴィン様から「絶対に殺すな、寸止めで絶望と快感……いえ、経験値を与えよ」と厳命が下っています』
(寸止めで何を与えるって!?)
現場では、ルナが聖女の祈りを捧げるフリをしながら、こっそり裏工作を始めていた。
「皆さん、諦めないで! 今、女神様……いえ、天の助けを感じます!」
ルナはそう言いながら、勇者一行に「死なない程度の激痛と共に、能力値が一時的に10倍になる呪い(バフ)」を密かに叩き込んだ。
「おおおっ……なんだ、力が溢れてくる……!」 ジェイドの体から、黄金の光と不吉な紫の火花が同時に噴き出す。 「行くぞ、クロウ、バッツ!」
ここからが、アルヴィン親衛隊による「教育的指導」の本番だった。 彼らはジェイドたちの攻撃をギリギリでかわし、あるいは受け流しながら、「ここが甘い!」「もっとクロウと背中を合わせろ!」「バッツ、お前はジェイドを庇って受けに回れ!」と、戦いの中で的確なアドバイス(怒号)を飛ばし始めたのだ。
(これ、戦闘っていうか、ただのブートキャンプじゃない!?)
私は水盤にかじりつき、その光景を見守った。 ボロボロになりながらも、ジェイドとクロウが窮地で手を取り合い、背中を預け合う姿。 それを見るルナの瞳は、もはや聖女のそれではなく、獲物を狙うハンターのようだった。
『……見てください、エリュシス様。あの、極限状態で生まれる「信頼」という名の絆を。アルヴィン親衛隊の皆さんも、いい仕事をしてくれています。あのアングル、最高ではありませんか?』
(……最高です。特に、ジェイドが膝をついた時にクロウが支えるあの角度……ルナちゃん、もっと右から映して!)
「……はっ! 私は何を言っているの!」 正気に戻り、私は赤くなった顔を扇子で仰いだ。
結局、二時間に及ぶ「死闘(稽古)」の末、親衛隊は「……今日はこのくらいにしておいてやろう」と捨て台詞を吐き、煙のように去っていった。
その場に残されたのは、傷だらけだが、目に見えてレベルが上がった勇者一行。 「……勝ったのか? 俺たち、あの強敵に……」 ジェイドが震える手で剣を納める。
「ええ、ジェイド様。皆さんの絆が、奇跡を起こしたのです(アルヴィン様たちがわざと負けてくれたおかげですけど)」 ルナは慈愛に満ちた笑顔で、彼らの傷を癒やし始めた。
(……なんか、原作より成長スピードが異常に早い気がするけど、まあいいか。推しが強くなるのは良いことだもんね!)
私は神域で一人、納得したように頷いた。 しかし、アルヴィンの手記には、こう記されることになる。 「主の御心通り、勇者たちを極限まで追い詰め、魂の結束を強固なものにした。次なる試練は、より過酷な『愛の試練』を用意しよう」
世界滅亡のカウントダウンは、推し活という名の異常な熱量によって、さらに不穏なメロディを奏で始めていた。




