第五話:神の眼と闇の盾、禁断のコンタクト
勇者一行が迷いの森の宿場で眠りについた頃。 神域の隠し部屋でくつろいでいた私は、ふと思い出した。
「そういえば、アルヴィン様を放ったらかしだった!」
あの後、彼は「堕騎士団」などという物々しい名前を勝手に名乗り、聖騎士たちを引き連れて姿を消している。放置しておくと、またどこかで勇者たちをボコボコにしかねない。
(ルナちゃん、聞こえる? ちょっとお願いがあるんだけど……)
私は神託のホットラインを繋いだ。
下界では、ルナがジェイドたちの寝息を確認し、宿のバルコニーへと滑り出していた。 「はい、エリュシス様! 本日の『ジェイクロ』寝顔レポートなら、今ちょうど送信しようと……」
(あ、それは後でじっくり見るから。それより、私の騎士団長だったアルヴィンって男が近くにいるはずなの。彼と合流して、私の『眼』として連携してほしいのよ)
「騎士団長アルヴィン……。あの、王国を捨てて女神様に魂を売ったという『重すぎる忠義』の彼ですね。承知いたしました」
ルナは夜の森に向けて、特殊な魔力の信号を放った。 すると、影の中から音もなく、漆黒の鎧を纏った男――アルヴィンが現れた。
「……何奴だ。エリュシス様の魔力の残滓を感じるが」
アルヴィンの瞳は、かつての聖騎士のものとは思えないほど鋭く、闇に光っている。 ルナは臆することなく、聖女の微笑を浮かべて彼に向き直った。
「落ち着いてください、騎士団長様。私はエリュシス様より『眼』の権能を授かった者。貴方と同じ、女神様の忠実なしもべです」
アルヴィンは驚愕し、即座にその場に跪いた。 「エリュシス様の『眼』だと……! 貴殿のような清らかな聖女までをも屈服させるとは、やはり我が主のカリスマは天を衝く……」
(いや、屈服させた覚えはないんだけどね!?)
私は神域から二人の密談をハラハラしながら見守った。 アルヴィンは拳を握りしめ、熱っぽく語り始める。
「ルナ殿。私は誓ったのだ。この身を汚してでも、エリュシス様の障害となる者を排除すると。勇者一行など、私が今すぐ塵にして……」
「……ダメですよ、アルヴィン様」
ルナが冷たく、だが確固たる意志を込めて制した。 「エリュシス様の真の御心は、そこにはありません。あの御方は……あの勇者たちが、お互いを支え合い、高め合い、そして最終的に絡み合う……いえ、成長する姿を望んでおられるのです」
アルヴィンは目を見開いた。 「な、なんだと……。殺すのではなく、成長させる? ……まさか、敵を育てることで、より高次元の『闘争』を楽しもうとされているのか! なんという高邁な遊び心……!」
(違う! 遊びじゃない! 推しの成長を見守りたいだけの親心(オタク心)なの!)
ルナはニヤリと笑い、アルヴィンの肩に手を置いた。 「そうです。ですから、貴方は影から彼らを『適度に』追い詰め、私は内側から彼らを『適度に』癒やす。すべては、エリュシス様へ最高の『光景』を献上するために」
「……理解した。これこそが、女神様が望まれる真の試練。我ら二人が、その舞台装置となるわけだな」
二人は月夜の下で、固い握手を交わした。 一方の陣営は「狂信的な忠誠」、もう一方は「狂信的な推し活」。 目的は違えど、その熱量は一致していた。
(……なんか、凄まじく頼もしい二人が組んじゃったけど、大丈夫かな、これ)
私は水盤越しに、仲良く「勇者育成計画」を練り始めた二人を見て、少しだけ背筋が凍るのを感じた。
翌朝、ジェイドが目覚めると、枕元に「なぜか魔力が溢れ出す最高級の薬草」が置かれていた。 「……ルナ、これ君が?」 「いいえ、きっと天の使い様からの差し入れですよ、ジェイド様」
ルナが微笑む背後の影で、アルヴィンが「ふん、ありがたく受け取れ」と言わんばかりに鼻を鳴らしているのを、私は見逃さなかった。




