第三話:神域、そこは枯れたアラサーの聖域
アインツの町から這々の体で離脱した私は、アルヴィンの「お供いたします」という熱烈な視線をなんとか振り切り(「しばし、一人の時間を……」と不吉なオーラ全開で命じた)、ようやく本来の居場所である「神の領域」へと帰還した。
そこは空の果て、雲よりも高い場所に位置する、静寂だけが支配する場所。 ……のはずなのだが。
「はあああああ、疲れたぁぁぁ!! 死ぬ! 精神的に死ぬ!!」
豪華な玉座にドカッと座り込み、私は頭を抱えた。 さっきまでの冷酷な美貌はどこへやら、今の私は、締め切りの修羅場を越えた後の同人作家のような顔をしているはずだ。
「なんなの、アルヴィン様。あのステータスの跳ね上がり方……。原作ではあんなに苦戦してたのに、勇者一行をワンパンで沈めそうな勢いじゃない! おまけに『堕騎士団』って何!? ネーミングセンスが中二病に染まっちゃってるよ!」
バタバタと足を動かし、ジタバタと玉座で暴れる。 誰にも見せられない、堕女神の真実の姿。 落ち着くために、私は神域の隅に魔法で作った「私専用の隠し部屋」へと逃げ込んだ。
そこは、外の神々しい風景とは無縁の、**「実家の自室(オタク仕様)」**だった。 フローリングの床、無造作に積まれた(魔法で再現した)薄い本、そして壁一面に貼られた、勇者ジェイド一行の概念ポスター。
「はぁ……やっぱり、ここが一番落ち着く……」
私はパジャマ(のような布切れ)に着替え、床にゴロンと横になった。 棚から、原作『ラスト・レクイエム』の設定資料集(魔法再現版)を取り出す。
「ええと、次のイベントは……『森の聖女ルナとの出会い』。本来ならここで、ジェイドが聖女に淡い恋心を抱いて、パーティーがさらに一致団結するはずなんだけど……」
資料集をめくりながら、私はアインツでの出来事を思い出す。 ジェイドは傷つき、バッツは壁に激突し、クロウはかつてないほどの警戒心を露わにしていた。
「……私のせいだよね。私がアルヴィン様に変な呪い(ヒール)をかけたせいで、彼らのレベルアップイベントが『地獄のサバイバル』に書き換わっちゃった」
罪悪感が押し寄せる。 でも、その一方で、脳内の腐った部分がささやくのだ。
(……待って。傷ついたジェイドを、冷静なクロウが必死に介抱するシーン。あれ、生で見たら最高にエモかったな……。ジェイドのあの苦しげな吐息と、クロウの悲痛な叫び……。あ、これ新しい解釈いけるかも……)
「いやいやいや! ダメダメ! 私は彼らの幸せを願うファンなんだから! 歪んだ展開にしてどうするの!」
一人でノリツッコミをしながら、私は部屋の隅にある「下界観測用」の水盤を覗き込んだ。 そこには、怪我を癒しながらも、決意を新たにする勇者一行の姿が映っている。
「頑張って、ジェイド。私、次は絶対に邪魔しないから。むしろ、影からこっそり経験値アップのバフとかかけてあげるからね!」
私が熱を込めて水盤に指を触れた瞬間、指先からドス黒い闇の魔力がピチャリと跳ねた。 水盤の中のジェイドたちが、その気配を感じ取ってガバッと立ち上がる。
『まただ……! 堕女神の呪いが、我らを監視している……!』
「あ、やべ。消さなきゃ」
慌てて水盤をかき混ぜる。 ……どうやら、この神域でホッと一息つく間にも、私の「愛」は下界で「最凶の監視」として着々とカウントされているようだった。
「……ま、いっか。今日はもう寝よう。明日の私がなんとかしてくれる」
32歳OLの処世術「問題の先送り」を発動し、私はふかふかの(神界製)布団に潜り込んだ。 背中の漆黒の光輪が、寝返りを打つたびに天井を削り、「ギギギ……」と不吉な音を立てていた。




