第二話:推し活は命がけ 〜酒場の輝く三つ星、そして堕ちた騎士〜(続き)
アルヴィンが私の足元に跪き、恭しく手を取る。 彼の額には、私が刻んだ黒い紋章が不吉に脈動していた。
ジェイドが剣を構え、苦々しく吐き捨てる。 「……アルヴィン団長、正気か。貴方は王国の盾だったはずだ。それが、そんな邪神の傀儡に成り下がるとは!」
(……まって、アルヴィン様。そのセリフ、原作では『死ぬ間際の騎士が勇者に託す言葉』だったよね!? なんで生存したまま敵対ルートに入っちゃってるの!?)
アルヴィンは立ち上がると、無表情でジェイドを見据えた。 「傀儡だと? 愚弄するな。私は今、真理の光を得た。貴様ら凡人には理解できぬだろうが、エリュシス様こそが、この世界を救う唯一の御方だ」
その言葉と同時に、アルヴィンの全身から黒いオーラが噴き出した。 私が刻印を授けた時、彼自身が持つ聖騎士としての資質と、エリュシスの神性が奇妙に融合し、原作の彼を遥かに凌駕する力を与えてしまったのだ。
「っ……これは、尋常ではない魔力だ!」 クロウが眼鏡を押し上げ、警戒するように構える。 「まさか、これが堕女神の呪いか……!?」 バッツが唸り、ジェイドも顔色を変えて剣を握り直した。
アルヴィンは抜き身の剣を構え、ゆっくりとジェイドたちに歩み寄る。 「エリュシス様を愚弄する者は、このアルヴィンが断罪する」
キュイン、という金属的な音と共に、アルヴィンの剣が闇の刃へと変貌する。 彼は一閃。 たったそれだけの動きで、ジェイドが立っていた場所の地面が抉れ、砂煙が舞い上がった。
「ジェイド!」 クロウが叫ぶ。ジェイドは寸前で飛び退いたものの、頬にわずかな傷を負っていた。
「くっ……早すぎる!」 ジェイドの剣技は、本来なら騎士団長クラスの相手とも渡り合えるはずだ。しかし、今のアルヴィンの動きは、まるで未来を読んでいるかのようだった。
「ジェイド様は俺が守る!」 バッツが巨体を活かした猛攻を仕掛けるが、アルヴィンは剣を振るうことなく、放った闇の波動だけでバッツを吹き飛ばす。 ガシャアアアン! と酒場の壁を突き破り、バッツの体が外のリンゴの山に突っ込んだ。
「バッツ!」 クロウが支援魔法を放つが、それもアルヴィンの闇のオーラに阻まれ、霧散してしまう。
(ダメだ! このままじゃ、原作より前に勇者一行が全滅しちゃう!)
葉子として、この惨状は見過ごせない。 推しが、まさか自分のせいでピンチになるなんて……!
「アルヴィン! やめなさい!」
私は思わず立ち上がり、彼の名を呼んだ。 だが、その言葉はやはり、エリュシスの声に変換されてしまう。
『……下僕よ。私に逆らうか。あるいは、奴らを生かしておけと申すか……?』
私の言葉に、アルヴィンの動きがピタリと止まった。 彼はゆっくりと振り返り、私を見る。その瞳には、恐怖と困惑が入り混じっていた。
「エリュシス様……これは、彼らを処罰してはならない、という御心にございますか?」
(そう! その通り! 彼らは私を討つべき存在なんだから、今死んじゃダメなの!)
私は大きく頷いた。しかし、その行為はアルヴィンには別の意味で伝わってしまう。 「…………なるほど。これが、エリュシス様の『慈悲』……」
アルヴィンは剣を納め、静かに頭を垂れた。 「御心のままに。彼らの命、このアルヴィンがお預かりいたします。貴女様の御慈悲に、感謝を」
そう言うと、彼はジェイドたちに背を向け、私の傍らに立つ。 「エリュシス様。どうか御命令を。この町から撤退いたしますか?」
(え? アルヴィンがジェイドたちを見逃した……? 私の言葉を聞いたの? よかった……!)
私は安堵したが、ジェイドたちの顔は、さらに絶望に染まっていた。 「……信じられない。堕女神が、アルヴィン団長を操って我々を殺さず、生かしたまま何か企んでいるとでもいうのか……!?」 「くっ……この屈辱、必ず晴らす!」
ジェイドは、傷だらけのバッツを抱え起こし、クロウと共に警戒しながら酒場を後にした。 (あれ? 私、ジェイドたちを助けたはずなのに、ますます恨まれちゃった……?)
アルヴィンは、そんな勇者一行の背中を一瞥し、私に尋ねた。 「エリュシス様。これより、我ら堕騎士団はどこへ向かうべきでしょうか」
(堕騎士団!? いつからそんな名前になっちゃったの!?)
目の前で、原作が音を立てて崩壊していく。 三上葉子32歳、推しへの愛と、原作への執着が、着々と世界を終末へと導いていることを、まだ知る由もなかった。




