第二話:推し活は命がけ 〜酒場の輝く三つ星〜
バルキア王国の聖都エリュシオンから、数日離れた辺境の宿場町アインツ。 私は人目につかないよう、漆黒のローブとフードで全身を覆い、顔も影で隠しながら町の酒場に潜り込んでいた。
(よし、完璧な変装! これなら私が堕女神エリュシスだとバレるはずがない!)
内心でガッツポーズを取りながら、店の隅の席に座る。 酒場の喧騒は、神殿での重苦しい空気を忘れさせてくれる。何より、聖騎士団長を始めとする騎士たちが、私の慈悲の証(堕女神の刻印)を刻まれた後、妙に顔色が悪く、だが私への忠誠心だけはなぜかカンストしている状態になってしまい、精神的に疲弊していたのだ。
(騎士団長、私にひれ伏しながら「この身と魂、エリュシス様の御心のままに」って……。いやいや、私が求めてるのはそういう主従関係じゃないの! もっとこう、同じ二次創作界隈の友達みたいな……)
そんな疲労困憊の私の心を癒してくれるのは、やはり「推し」の存在だった。 原作『ラスト・レクイエム』は、私が転生したこの中盤の状況から、徐々に勇者ジェイド一行が力をつけ、最終的には私を討伐する物語だ。
(推しが来る町は、このアインツが最初だったはず……!)
心の中でブツブツと呟きながら周囲を探していると、店の入り口が突然、光に包まれた。
「うわぁ……! 噂の勇者様たちだわ!」 「あの深紅の髪はジェイド様ね! やっぱり素敵!」 「クロウ様の知的な微笑みも……! あああ、バッツ様も今日も筋肉が素晴らしいわ!」
店中の視線と、黄色い歓声が一斉に集まる。 そこには、三人の美青年が立っていた。
深紅の髪が印象的な、爽やかな笑顔の青年。 冷静沈着な佇まいの、眼鏡をかけた知的な青年。 そして、その体格に見合った大きな剣を背負った、ガチムチな青年。
(来た……! 勇者ジェイド! 賢者クロウ! 戦士バッツ! うわあああ、本物だ……っ!)
原作通りの輝きと、完璧な造形美に、私はローブの下で口元を押さえた。 そう、彼らこそが、私が『ラスレク』で一番推していたパーティーだった。 特に、無鉄砲なジェイドと、それを冷静に支えるクロウの「ジェイクロ」は私の主食だったし、そんな二人を優しく見守るバッツの「バツジェイ」「バツクロ」も捨てがたい……っ!
「皆さん、騒がせてすまない。席は空いているか?」
ジェイドが爽やかな笑顔で声をかけると、ウェイトレスの少女たちが顔を赤らめて席を案内する。 クロウはそんな騒ぎを気にするでもなく、静かに店の壁に貼られた貼り紙に目を通していた。 そしてバッツは、子供たちに囲まれて力比べをせがまれており、満面の笑みで腕を見せつけていた。
(はぁ……尊い……。これが私の推し……!)
私は必死にフードを深く被り直し、堕女神としての威圧感が漏れ出ないよう、全身の魔力をコントロールすることに集中する。 こんなところで私がバレて、彼らの輝く物語を汚すわけにはいかない。
(ていうか、原作ではこの町でジェイドとクロウが痴話喧嘩して、バッツが仲裁に入るっていう重要イベントがあったはず……! よし、あの席からなら全部見える! ジェイクロ最高!)
私は前のめりになりすぎて、テーブルの上の水差しを倒しそうになった。 その瞬間、私の体から、無意識のうちに抑えられていた闇の魔力が少しだけ漏れ出す。
「…………っ!?」
ジェイドが、一瞬だけ鋭い視線を私の席に向けた。 クロウは本から顔を上げ、静かに辺りを見回す。 バッツは、子供たちを抱き上げていた腕を降ろし、警戒するように身構えた。
(まずい、バレる!?)
私は慌てて魔力を抑え込み、同時に思考をフル回転させる。 (原作では、この時期のジェイドたちはまだ私の存在に確信を持ってないはず。ただの「強い魔物」の気配だと思わせないと……!)
私は咄嗟に、店の入り口に転がっていた空の木樽を、魔力で持ち上げ、店外に投げ飛ばした。
ガラガラガラ! ドォン!
外から聞こえる派手な音に、勇者一行の意識はそちらへ向かった。 「今の、魔物の仕業か!?」 「いや、ただの事故のようだが……」
ジェイドが首を傾げ、クロウは冷静に状況を分析する。 私はホッと胸を撫で下ろした。
(よし、危機回避! 今日も推しが尊い! むしろちょっと警戒されてるのが、また良き……!)
しかし、私が投げ飛ばした木樽は、町の目抜き通りを転がり、たまたまその場を通りかかった行商人の荷車を直撃。中身のリンゴをあたり一面にぶちまけてしまった。
(あ、やっちゃった……)
「ええっ!? 私のリンゴがー!!」
行商人の悲鳴が、アインツの夕暮れ空に響き渡った。
「……やってしまった」
私はフードの下で冷や汗を流した。行商人のリンゴを台無しにした罪悪感。そして、何よりまずいのは、この騒ぎで勇者一行が動いてしまうことだ。
「おい、大丈夫か!」
案の定、ジェイドが真っ先に駆け寄る。彼は転がったリンゴを拾い上げ、行商人に声をかけた。
(ああ、ジェイド。なんていい子なの……。原作通りの光の属性……!)
私はその姿を拝み倒したい衝動を抑え、こっそり指を動かした。せめてものお詫びに、泥がついたリンゴを洗浄し、ついでに「食べたら超回復する神の林檎」に変えてあげようとしたのだ。
パチン、と指を鳴らす。 瞬間、ぶちまけられたリンゴたちが禍々しい紫の炎に包まれ、一瞬でピカピカに(ついでに不気味なほど黒光りする果実に)変質した。
「な……!? リンゴが、呪われた果実に変貌しただと!?」
クロウが驚愕し、解析の魔法を展開する。 「……信じられない。この果実、一つ食べるだけで数年分の魔力が回復するほどのエネルギーを秘めている。だが、代償に何を奪われるか分かったものではないぞ!」
(違うの、クロウ君! 代償なんてないの! ただの無農薬・超高栄養リンゴなの!)
「この気配……まさか、聖都を襲った『堕女神』が近くにいるのか!?」
バッツが巨大な剣を引き抜き、殺気立って周囲を睨む。 店内の客たちはパニックになり、逃げ惑い始めた。
(まずい、完全に不審者扱い! 早くここを離れないと……!)
私が立ち上がろうとしたその時、酒場の扉が勢いよく開いた。 現れたのは、ボロボロのクロークを纏った、だが気高き瞳を持ったあの男。
「――そこまでだ、勇者一行。エリュシス様をこれ以上、冒涜することは許さん」
「……え、嘘。騎士団長様!?」
そこにいたのは、聖都で私が「刻印」を刻んだはずの聖騎士団長、アルヴィンだった。 彼は王国から「邪教徒」として指名手配され、追っ手を振り切ってここまで私を追ってきたらしい。
「エリュシス様……ようやく見つけました。貴女様がこの町に下りられたと聞き、お供をすべく参上いたしました」
アルヴィンが私の足元に跪き、恭しく手を取る。 彼の額には、私が刻んだ黒い紋章が不吉に脈動していた。
ジェイドが剣を構え、苦々しく吐き捨てる。 「……アルヴィン団長、正気か。貴方は王国の盾だったはずだ。それが、そんな邪神の傀儡に成り下がるとは!」
(……まって、アルヴィン様。そのセリフ、原作では『死ぬ間際の騎士が勇者に託す言葉』だったよね!? なんで生存したまま敵対ルートに入っちゃってるの!?)
私の「推し活」と「原作死守」の計画は、開始早々、盛大に音を立てて崩れ始めていた。




