第九話:魔王、本気を出す。――というか、世界が強くなりすぎている件
「フハハハハ! 必殺の一撃と聞いて期待したが、その程度か勇者よ!」
壁に突き刺さったはずの魔王は、爆炎の中からあくびをしながら現れた。 その身に傷はない。それどころか、マントの埃を払う余裕すらある。
(う、嘘でしょ……。ジェイドのあの必殺技、エリュシスの魔力が乗ってて原作の数倍の威力があったはずなのに!)
神域の私は、水盤の前で戦慄した。 どうやら葉子の魔力が世界に漏れ出した際、アルヴィンだけでなく、その対極に位置する魔王にも「理不尽な強化」が自動的に割り振られていたらしい。
「ジェイド様ぁ!!」 ルナが悲鳴を上げながら駆け寄るが、魔王は冷酷に指先を向けた。
「消えよ、羽虫共。エリュシス様が目覚めたと聞いて警戒していたが、その尖兵がこの程度のレベルとは……拍子抜けだ」
魔王が放った一撃――ただの指弾が、謁見の間の空気を切り裂き、クロウの障壁を紙のように貫通してバッツを吹き飛ばした。
「ぐ、あああああッ!?」 バッツが柱に激突し、動かなくなる。 「バッツ! ……くそ、なんてデタラメな魔力だ!」 クロウが魔力切れで膝をつき、ジェイドも剣を杖代わりにしてかろうじて立っている状態。完敗だった。
魔王はゆっくりとジェイドに歩み寄り、その首を掴み上げた。 「さらばだ勇者。貴様の魂を、堕女神への再会の手土産にしてくれよう」
(ダメ! ジェイドが死んじゃう!! アルヴィン様、早く!!)
私が神域で悲鳴を上げた、その瞬間。
「――その汚い手で、主に選ばれし『玩具』に触れるな」
魔王城の天井が、轟音と共に消滅した。 正確には、あまりに高密度の闇の魔力が上空から叩きつけられ、物質そのものが霧散したのだ。
「何奴だ!?」 魔王がジェイドを放り出し、空を仰ぐ。 そこには、漆黒の翼のような光輪を背負い、冷徹な瞳で見下ろす男――アルヴィンが浮遊していた。
魔王は鼻で笑った。 「……フン、アルヴィンか。王国を裏切り、エリュシス様の靴を舐める道を選んだという変わり種だな。元人間風情が、この私に――」
魔王の言葉は、最後まで続かなかった。 アルヴィンが、指を一突きした。
ズドォォォォォン!!
「……ごふっ!?」 魔王の胸に、巨大な風穴が開いた。 何が起きたのか、魔王自身も理解できていない。アルヴィンはまだ空中にいて、剣すら抜いていないのだ。
「……な、に……? 今、何をした……?」 血を吐きながら後退る魔王。その瞳には、先程までの余裕は消え失せ、底知れぬ恐怖が宿り始めていた。
アルヴィンは静かに地上へ降り立つと、ゴミを見るような目で魔王を見据えた。 「勘違いするな、魔物。貴様は同格ですらない。エリュシス様から漏れ出た残り香を吸って少々肥え太っただけの、ただの寄生虫だ」
アルヴィンの放つプレッシャーだけで、魔王城の床がメキメキと崩壊していく。 魔王は震える手で大剣を構えた。 「ふ、ふざけるな……! 私は魔界の主……元人間に、遅れを取るなど……!!」
全力の魔力を込めた一撃。魔王が放つ、文字通りの必殺技。 だが、アルヴィンはそれを素手で掴み、そのまま握り潰した。
パキィィィン、という、世界の理が壊れるような音が響く。
「ひ……っ、ひいいいいいっ!?」 魔王は剣の破片を投げ捨て、腰を抜かした。 一方、その足元で瀕死の勇者一行は、自分たちの常識を遥かに超えた怪物の激突(一方的な蹂躙)に、ただただ絶望の眼差しを向けていた。
(アルヴィン様……強すぎて怖いよ……。でもナイス、ナイスだよ!)
私は神域で胸を撫で下ろしたが、ふと気づいた。 これ、ジェイドたちが「魔王を倒す」という原作最高の見せ場を、完全にアルヴィンが奪っちゃってない……?




