パジャマパーティを抜け出た女子高生は書斎に忍び込む
「おじさま?」
足を組んで窓際に座るほっそりした人影。首筋に髪がかかっている。
「誰だ?」
音もなく、窓枠から滑り降り、月明かり、こちらに歩み寄る。
娘の友達だ。会ったことがある。やけに目立つ、いやに魅力的だった娘だ。
背丈はそれほどではないが、脚の比率が大きい。端的に言えば、脚が長いということか。母方の祖母がフィリピン人だったっけ。娘が親友と呼ぶということは、かなり頭がいい娘のはずだ。
そういえば、娘がパジャマパーティをすると言っていたが、今日だっただろうか。
「娘を訪ねてきたとしても、私の書斎には入ってもらいたくはないな。ここには……」
「それはどうでもいいのよ」
いやに堂々としている。
セキュリティを呼ぶことをためらった。
こちらが無様な様子を見せることがためらわれる。
次に言うべき言葉をこちらが探しているうちに、娘は平然と言葉をつなげた。
「それより、来週の国連総会、アメリカとロシアから出される人類非核化の提案はつぶしてくださらない?どんな手を使ってもいいから。」
月明かりに、彼女の瞳がきらめく。
未来の有権者はとんでもないことを言う。
女子高生としては、もっと言うことがあるだろうに。
「若い時には、むしろもっと平和の理想の方向に気持ちが燃えるだろうに。」
要するに、理想に燃えるあまりの現実否定だ。正論などは、小学生でも言えると気づくまでの間の甘美な時間。モラトリアム。正論を現実とするためには行動を伴わなければならないとわかる時期までの長い暗黒の時間に歩を進めるのだ。
この娘の言うことは、それこそ理想を現実とするための多くの人の莫大な努力を軽々しく踏みにじる。小娘に腹を立てても仕方ないが、もう少し理想論を超えた先にまで歩を進めた大人に敬意を払ってもらってもよいだろう。
私が言い方を考えているうちに、この娘は話を続ける。
「そういう話ではないわ。非核化が人類のひいては地球生命の終焉を招くということよ。だからやめて」
「そのような心配より、まずは高校生活に力を注いだらどうか」
「私を子ども扱いしている場合ではないのよ」
あくまで抑えた声に、どこか強い意志を感じる。
突拍子もない話でありながら、拒絶されることも意識しつつ、本題に入りたい様子。
よかろう。明日は5時に起きて政府専用機に乗るだけ。記者もたくさんのるが、執務室に入れなければうたたねぐらいはできるだろう。
この娘と問答することも頭の整理になるかもしれない。むしろ、同じことばかり聞く記者よりも頭がいいかもしれないとすら思う。
ただこの娘の目的は何だろうか。まあ、おのずとわかるだろう。
「非核化でなぜ人類が滅ぶのだ。人を殺すものがなければ滅びにくいだろう」
「猟銃があると家族が滅ぶの?」
「それとこれとは違う。武器なのだから。ない方がよいに決まっているだろう。」
「武器を持つことは愚かしいことではないわ。使うことだけが目的でない以上、存在することだけで十二分に役割を果たしている。私の話はその延長」
この娘は軍需産業の回し者か?いや、そんなまどろこしいことをせずとも、彼らは普通に我々に圧力をかけてきているか。
娘はつづけた。
「日本人は、平和を願うあまりに妄想的すぎるわ。戦争は、人間が愚かしいから起こすものだと思っている。ハーバード大を出た人でも戦争に行く人がいるというのに、戦争する人全員が愚劣だと思い込んでいる不思議。戦争に子供を行かせたくないのはわかるけど、戦争が近づいてきたらどうなるのかということは考えないでいる。起こってほしくないことを見ないでいれば、起こってほしくないことは余計に起こりやすくなるというのに」
「まあな」
「長崎や広島の被害を見れば、みんなが悲しむと思っている。それだけの悲しみを敵に引き起こせると喜ぶ人がいると想像すらしない。戦争について、自分が気づいていないことがあるとどうして想像できないんだろ?」
「9条派の人たちのことかい?」
「憲法にはそれを変える方法が96条に書いてあるのに、そっちは尊重せずに9条だけを尊重するって不思議。それに何より、9条が戦争を近づけさせないようなそんなに素晴らしいものだったら、9条ができて70年以上たつというのに、どうして日本以外の国で採用されてないの?」
うお、聞いたことのない正論だ。美しい。ぜひ今度使おう。使いどころには気を付けねばならないが。
「彼らが9条派なら、お嬢さんはさしずめ9章派というところか。」
彼女はちらりと笑った。
「9条派の人たちは、戦争が近づいてこないように体を張ってくれている方々に、もっともっと普通以上に敬意を払ってほしいものだわ」
ふむ。こういう理想論めいた主張こそ、若者の言葉だ。
「いずれにせよ、日本は核を持っていないし、その割には声が小さすぎることもない。首脳の中では、あなたが一番話が通じると思ったのよ。あなただけが理論家。理系出身のおまけつき」
「理系の人間としては、証拠を見せてほしいところだけど」
「つまらない人ね。そういう証拠に固執する帰納法的な態度が強すぎることについて、いつも非難していらっしゃらなかった?」
確かにそうだ。しかし、ここまで突拍子もない話については帰納法的な証拠を要求しても構わないのではと思う。
さて、なんというかと考えていると、彼女はさらりと声色を変える。
「オーケイ。私の話、思考実験だと思ってみて。ちょっと常識外れのことを考えてみるのよ。言ってみれば、演繹的証拠になると思ってみて。」
「ほう」
「頭の体操よ」




