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領都と王都を結ぶ街道上にある、大岩の間の道を広げる仕事を請け負った。
専門的なことはわからないが、十年程度の時間をかけて地盤を固めつつ確実に安全に岩肌を削っていくそうだ。土魔法を使えるヤツも雇われているが、力仕事ができそうな手合いであればほとんどが採用されているようだ。いくつかの組合でも個人でも、大勢がこの事業に参画している。
長期的な仕事はこちらとしてもありがたい。
道の整備も建物大工も城壁修理もあるけれど、そこらへんは大体が大手の仕事。こっちははぐれもので作った弱小の組合だから、下請けの仕事探しもなかなか見つからなくて困っていたところだ。
賃金は多いとは言えないけれど、飢えることはない。
家族がいたら少し大変かもしれないけれど、安定した収入が見込めるのでやりくりすれば何とかなるだろう。
それが。
「は……? 終わった……?」
「ああ。あとは周辺の整備が済めば終わりだ」
仕事内容を聞きに行ったら、作業は終わりだと告げられた。
他にも何人か担当の役人に詰め寄っているが、終わったものは終わったのだと、そういわれて終わりだった。
呆然としたまま、仲間たちのところに戻る。
仕事がない。つまり金がもらえない。つまり、つまり……。
次の手立てを考えなければならないというのに、いきなり目の前に現れた名状しがたい壁のようなものにぶつかった気がして、なにもまとまらない。
「おう、今日の仕事は何だって?」
「もう少し掘り進むんかな」
「道具の準備はできてますよ」
口先だけで腕っぷしのない男、どこかぼんやりしていて生活能力の低い男、頭はいいようだが不器用で人づきあいが苦手な男。
それ以外にも、どこか人に馴染めなくて、それでも人並みの生活をしようとあがいているやつらがこちらによって来る。
「……はい」
「は?」
「なんです?」
「もう、仕事はない、らしい……」
「はあぁ!?」
「どういうことです?!」
「わかんねぇ! そういわれたんだ!」
詰め寄られたところで、わからないものはわからない。
怒鳴り返せば、全員が黙った。
「おい、他の奴らはどうしてるんだ」
「酒場に行くか」
休憩所を簡素的な集落に作り替えた場所ではあるが、人がいるから店はある。
薄くてまずいがエールを出す店があるので、そこに通う人間は酒場と呼んでいる場所があった。
そうだ、他の面々だって、急なことで困惑しているはずだ。そして、情報を求めて集っているに違いない。うってつけなのは、酒場。
俺たちは小銭を握りしめて頷いた。
「領主んとこにきた女がやらかしたらしい」
そういえば豪華な馬車が通り過ぎて行ったとかいう話題があったか。
うちがちょうど休みをもらっていた日にその女がやってきて、魔法を使ってささっと作業を終わらせたらしい。
「これだから貴族ってのはよぉ!」
口先だけは威勢のいい男がエールのコップを机に叩きつけながら気を吐いた。
仕事が始まる前は貴族かなんかが魔法を使ってぱぱっとやればいいのに、などと言っていたはずだが。
「こっちの仕事を奪っていきやがってよお!」
「そうだそうだ!」
「横暴だ!」
周囲が口を合わせて叫びだす。
どれも本気ではない、ただの愚痴ではあるが、貴族のだれかに聞かれたら捕まるかもしれない。
俺は仲間をなだめた。彼らは少し落ち着いたようだった。
「だけど、どうすんだ? 仕事の当てがなくなっただろう」
「そうだな……」
俺たちがここに来たのは仕事をするため。
逆を言えば、ここに来ることに対して引き留める声がなかったということだ。
いてもいなくても、大手の仕事に支障はないということだろう。
「いや、そもそも、領の仕事で声がかかったんだ。次の仕事も斡旋してもらえるはずだ」
「にしても、貴族の魔法ってのはすごいな。土魔法の野郎に話を聞いたが、あんなすぐに抜け穴を作れるもんじゃないっていってたぞ」
「そうだな、俺たちの魔法なんざ、使えたらちょっとばかり生活が便利になる程度だからな」
「それよりも明日からの食いもんだろ。どうすんだ」
何とかなる、などと無責任なことは言えない。
「明日また、担当のところに行ってくる」
俺にはそれしか言えなかった。
翌日からは移動になった。
王都方面の道は整ったから、港方面の道を整備するらしい。
本来ならばもっと大きな組合に頼むところであるが、人手が余り過ぎたことで急遽こちらに仕事が回されたらしい。
数年先の予定だったようであるが、なんにせよ、食い扶持ができたのでそんなことはどうでもいい。
これはチャンスだと思った。
ここで評判が良ければ、今後も仕事でも声がかけられる可能性が増える。
それで、気合を入れて、数日は順調に過ごしていたのだが。
「……は?」
いきなりきれいに整備される道。
やってくる馬上の兵士が左右によけろとふれている。
その後ろからやってくる豪華な馬車。
ただただ、眺めているしかなかった。
ともすれば白昼夢だと勘違いしそうなほど、現実からかけ離れた現象。
「あ、ああ……」
声を上げたのは誰だったか。
「明日からの飯、どうすんだよ……!」
絶望は簡単に再来した。
「おい、あの女の馬車があっちにいったらしいぞ」
大岩の抜け穴周辺の整備がまだあると、声がかかったのでそちらに移動していた。
他の奴にも仕事を回さなければいけないので、動くのは二日か三日に一度。
賃金は変わらないので、持て余す時間が多すぎてどうにもやる気がわかなかった。
そこにきての、この情報。
口先だけの男の言葉に、仲間たちはギラリと目を光らせた。
「直接文句でも言わなきゃやってらんねぇよ」
「そうだな、散々俺たちの邪魔しやがって」
「仕事を取り上げる趣味でもあるんですかね」
「後を付けるぞ」
「お前ら、落ち着け。護衛の兵だっているだろ、捕まって終わりだ!」
「だからなんだ、こっちは腹減ってんだよ!」
仲間たちの怒りは、わかる。
だからと、ただ無謀に突っ込んでいって斬り殺されるような目にあってほしいとは思わない。
弱小なはみ出し者の集まり。それでも、それを率いているのは紛れもない俺だ。
誰が言い出したわけでもない、自然とそうなってしまっただけ。それでも、こいつらには情も愛着も責任もある。
「……荷物をまとめろ。追いかけるぞ」
仕事は、こちらから役人に申し出なければ割り当てられることはない。
抜けてしまったところで特に問題はないはずだ。仕事はほかやつに振り分けられる。
馬車と徒歩では、当然のことながら進む速さが違う。
それに、弱いとはいえ魔物だって出るという噂もあった。
丸腰、ではないとしても、持っている武器になりそうなものは仕事道具くらいだ。
それでも彼らにすぐに追いついたのは、道が歩きやすかったことと、疲れにくかったことにある。
それに、魔物の気配すらしなかった。
動物はいたので仕留めて食ったが。
南側の集落に到着して、貴族の行方を聞くまでもなく、さらに南側のほうに道が続いていたので先へ進む。
疲れが薄いからか、足取りはそう重くない。
出発した時と違うのは、心持だろうか。
確かに怒りはある。だが、感心というか尊敬というか、素直にすごいと思う部分もある。
こんなにも規模の大きな魔法を連続して使えるということは、身分が何であれ、驚異的なことだ。
昔ばなしに出てくる英雄のような魔力。それを生活のために使う贅沢。
あの豪華な馬車の影が見えた。
そこで兵士たちに捕まった。
不審者として貴族の女の前に突き出される。
「これ、こういう感じの、馬の競走用の舞台を作って頂戴」
そしていきなりのこれだ。
誰もがぽかんとして彼女のほうを見つめた。
「距離を測れるものはいる?」
「あっ、はい、あっしが」
頭のいい男が名乗り出た。思わずといった感じだ。
普段こんなところ出てくるような男ではない。
貴族の女が何やら作ったものを指さしながら何か指示を出している。
「どの程度の長さで?」
「馬が走るのよ。それを想定した長さよ」
馬……馬?
馬が走るとはいったい……?
俺にはわからないが、気が付けば兵士たちが広い場所で馬を走らせていた。
「あれ、どれが一番速いですかね」
「うーん、一番いいのはあの一人だけ鎧が違う人だけど、重いし、ちゃんと競ったらあっちの栗毛がいいんじゃないかな」
口の減らない男が疑問を出して、それにのんびりした男が答える。
走り終わった兵士たちがこちらに来て、頭のいい男と話している。
それに便乗する形で仲間たちが兵士たちに話しかけて、いつの間にかどの馬が速いのか賭けをしたら面白そうだという話になっていた。
賭け。俺の人生を狂わせたもの。
だからこそわかる。
これは絶対に面白い……!
建設に携わるようにとのことで破格の値段で雇ってもらえたけれど、これが終わった後。
運営側として残れないか相談してみようか。
もう賭け事はしないと誓っているけれど、勝負自体を見るだけなら、それだけなら。
いや、まずは目の前のことをこなすだけだ。
近くの村も整備していこう。これが成功すれば、大勢の人間がやってくる。彼らを受け入れる休息所は必ず必要になる――。




