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さて、飲むものについては出来上がりを待つばかりになった。
とはいえ、そこで止まっている暇はない。
次は打つ、つまり賭博に手を出さなくては。
「レジナ、賭け事を何かしてみたいのだけれど」
「賭けっすか……? うーん、カード賭博なら港でやってるっすかねぇ……?」
ということで、念のため貿易港まで足を運んで賭けている様子を見に行ったのだが、ダメだ。
「頭良すぎてわからない……!」
前の世界とはカードの種類が違う。
トランプとデッキ組んで戦うやつくらい違う。
そのうえで遊ぶためのルールが聞いたこともない動きをする。勝敗の判定すら意味わからない。
ついでにこういう賭博ではイカサマが当たり前だという。
お金を取られるのは構わないのだが、どうせなら気分良く負けたい。
それに何より、掛け金の額が小さいわりに一戦にかかる時間が長い。
カジノじゃなくて場末の酒場でちまちまやっているだけだから仕方ないけども。
貿易港ではあるから人の出入りも多いし、外国の商人もいるしそれを目当てに来ている貴族もその使いもいるみたいだから、賭博を始めたら人の入りは良さそうではあるけれど。
そもそもの賭けの対象をカード勝負から別のものにしないと、私が楽しめない。
やるなら楽しいほうがいい。
そして、できれば頭を使わないほうがいい。
気楽に賭けれて、大きな金額が瞬で動いていくもの。
あまりいい案が浮かばないまま日々が過ぎていく。
このまま領地にいても妙案は出てこない気がして、いったん王都に戻ることにした。
打つ、ができないのであれば、先に買うをしてしまえばいい。
来た時と同じ道を今度は戻る。護衛をしてくれるのは同じメンツだ。
揺れの少ない車内から広がる草原をぼーっと眺めながら、岩山の間のトンネルを通る手前で一休み。しているときに何となく思いついた。
「迂回路があるのよね」
「はい、あちらの方向ですね。岩が重なっている形状なので、時間はかかりますが回り込むことができます」
「何があるのかしら」
「そちら向かうものもいますし、村があります」
なるほど。
人が住める程度の治安はあるらしい。
魔物が出るとかいう話だったけど、そんな道外れにも人が住めるというのなら、そこまで深刻な話ではないのだろう。
「そこに向かって頂戴」
「え?」
「奥様、危険が伴います」
「あなた達が守ってくれるのでしょう? いいから言うとおりにして」
休憩を切り上げて、進路を南のほうへ向ける。
案の定というか、馬上の執事が馬車に身を寄せてきた。
「お、奥様っ!」
「いちいち口出ししないでくれるかしら」
「しかしですね、予定というものが……」
「なにかあるの」
「王都に戻り次第、社交を行っていただく予定となっておりまして……」
「それはいつから? というか、そもそもそんな予定は聞いてないわ。夫人だからこうすべきという話はしないでね。私の予定は何なのか、と聞いているのよ」
「………」
なんか黙った。
しかるべき予定というものはないらしい。
というか、そんなものあったら出立前に止められてるはずだ。
いや、新婚休暇中なんだっけ?
それこそ口出しされるいわれがない。
本当に予定なり都合があるなら先に言えばいい話だ。いきなり押し付けて文句を言うなんて子供か。
道なき道は整備されていないので、道を作りつつ進む。
夜に差し掛かったあたりでやっと人がいるらしき集落に到着した。だいぶ早い到着であったらしく、野宿しなくて済んだという安堵の声が聞こえる。怒られてた。
そういえば道中の荷物に関してなにも考えてなかった。
テントとか持ってるのかな? 野ざらしってことは夜番とかも必要になるのか。思い付きで山登りしようとか言った感じになったのか。さすがにそれは反省かな……。
「村についてよかったっすね!」
「そうね」
「さすがにちゃんと寝ないと魔力回復が遅くなるっすからね」
「あの村に宿屋があればいいんだけど」
「それはさすがに……あるっすよね……?」
結論から言えば、村長の家に泊まることになった。
ところで、こんなところに住んでいるのは、彼らが開拓民の子孫だからだという。
二代前くらいにここにきて、そのまま居ついているそうだ。
魔物は当時の騎士団が討伐し、そのあとは傭兵やら冒険者やらが片手間に掃除していってくれるそう。一宿一飯の恩、というか、泊める代わりにお願いしているらしい。
そもそも魔物はここら辺にあまり近寄ってこないらしい。その理由は不明だけど、立派な井戸もあるし、平地で豊かな土壌もあるというので農民として十分な生活はできるそうだ。
「不思議な土地なのね」
「そうっすねー」
翌日、村の南門から外に出て、農地の向こうの広い土地を眺める。
草の背丈もそこまで高くないので遠くまで見渡せる。栄養分がないわけではないのだが、野菜を育てれば育つのに雑草が生えにくいという謎の耕作地に適した土地だ。
開墾していないのは人手が足りないからとのこと。水を運ぶのが大変らしい。こちら側に水脈がないとかで。
「この辺りも公爵領なのよね?」
「もちろんっすよ! 向こうに見える森の真ん中くらいまでがそうっすよ!」
真ん中って?
わからないけど、レジナの中では土地の地図でも描かれているんだろう。
「そうなの」
それにしても結構遠いなぁ……根元部分が見えなくて緑色の茂みっぽいがうっすらとしかわからない。
「うーん……」
唸りつつ目の前の土地を見る。
ズアッと、視界に入る一面が土をむき出しにした平地になった。
「……奥様、なにしてるっすか?」
「これ、こういうものを作りたいのよ」
素直な質問が飛び出してきたので、楕円形の建物の模型を作り上げる。
それを見つつレジナが首を傾げた。
「闘技場っすか? この大きさの?」
「似たようなものよ。馬を走らせるの」
競馬場よね。競争するんだから、闘技場ともそうそう間違った解釈じゃない。
長さの基準がわからないから適当な広さで均したけれど、このくらいの広さで足りるだろうか。
「馬……っすか? 訓練場?」
「脚を競わせるのよ」
「なるほどっす!」
そこで何かひらめいたらしい。
「それで賭け事を視察してたっすね! さすが奥様っす!」
「まあ、そうね」
本当は手を出そうとしていたけど難しかったからできなかったとは言えない。
「どの馬が速いか比べて、順位を予想する……そこに賭けを組み込むってことっすよね! これならカードのルールがわからなくてもいいし、大人数でも遊べるし、画期的っすね!」
レジナが興奮して讃えてくる。
そしてそばに控えてきた執事の人が顔を青ざめさせながら発言した。
っていうか、いたのか。
「その、場所はいいとして……馬はどうなさるのです。思ったように動くわけでもないでしょうし」
「誰かが騎乗すればいいのよ。馬なら公爵家にもいるでしょう」
「競走用に育てているわけではありません。移動と戦いのためです!」
「今は戦争もないでしょう。平時なのだからどこも足は余っているはずよ。有事のためと銘打って鑑賞用でおいておくくらいなら、食い扶持くらい自分で稼がせたらいいんじゃないの」
適当に言ったら口をパクパクさせていたけれど、邪魔だからどっか行ってもらった。
「さてそれで、建築だけど……」
土魔法で行けるんだろうか。
そんなことを考えていたら、隊長さんがやってきた。
「奥様、不審な者たちを捕らえました」
「ああ、ちょうどよかった。全員ここに連れてきて」
「え? あ、はい」
ちょうどいいから労役してもらおう。
無精ひげを生やした男たちが十数人、騎士たちに後ろ手をつかまれながら連行されてくる。
彼らが何か口を開く前に、さっき作ったばかりのまっさらな土地の上に追い立てる。
「これ、こういう感じの、馬の競走用の舞台を作って頂戴」
レジナに見せたような楕円形の建築物を見せれば、彼らは一様にぽかんとした表情をした。
元が盗賊だか山賊だかは知らないけど、ちょうどいい人手だ。
「距離を測れるものはいる?」
「あっ、はい、あっしが」
「そう。一定間隔に印をつけたストレートのコースと、そこを使って一定距離のトラックを作って頂戴。間をおいて観戦席をしつらえておくように」
模型を指し示しながら具体的な指示を出す。
彼は真剣な顔をして何度も頷いた。
「どの程度の長さで?」
「馬が走るのよ。それを想定した長さよ」
距離の単位がわからない。
だからそう答えたら、彼はちょっと難しい顔をしてから隊長さんのほうを向いた。
「少し、ここを走らせてもらえませんか」
「奥様」
「やって頂戴」
「はい」
「ああ、五人くらいで一斉に走るように」
「わかりました」
物分かりが良い。
さすが公爵家の使用人だ。教育が行き届いている。
こんな意味不明なことにも即応するとか。
そのあと、不審者の一団と護衛隊で何事か話していた。
時間が遅くなったので今日はここまでってことで、一緒に村に帰る。
大所帯での数日の滞在になって村長の笑顔が引きつっていたけれど、まあ、耐えてもらおう。




