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ということで、ブドウ畑にやってきた。
「なんだか乾燥してるわねえ」
「日差しが強いですね」
いそいそと日傘を差しだすレジナに頷いて、目の前に横並びになっている農業従事者たちに目をやる。
一様に青ざめているところ、叱責を受けるものと思っているらしい。
「奥様の味覚に及ばない品を納品したことについては周知済みっす!」
なんか余計なことをされた気がする。
レジナの声が聞こえたのか、彼らは飛び上がって顔を真っ白にしてガタガタ震えだした。
「まあ確かに、あんなものを一級品だなんて、我が家の沽券にもかかわるわね」
真ん中にいる代表らしき人が白目をむいた。
「飲めたものではないわ。もっと渋みと甘みを利かせないと」
「そうっすね!」
飲んだことあるのかしら。
ともかく、あのような味になってしまうということは、原材料か保管方法が悪いに違いない。
原因がどっちなのかはわからないし、専門知識なんてまったくないから、とりあえず難癖をつけてあとはプロの腕前に任せようと思う。
素人が下手に手出しするよりもよほどいいものができるはず。そう信じたい。
できないなら仕方ない、あのすっぱい飲み物を飲み続けるしかない。
あれでもいい品だというし、それに対して文句をつけたというだけでも悪妻の評判は立つだろう。
「葡萄酒にするブドウを持ってきなさい」
「お、お、恐れながら奥様……あれは、とても食べられるものでは」
「私が求めたものは何かしら」
言外に、無駄口叩かず持って来いと告げる。
かなり勇気を出してくれたのだろう、奥方らしき女性はヒッと小さく悲鳴を上げて若い男性がいたほうを見た。
彼は動きが素早く、小屋のほうへ走っていったと思ったら、かごだかざるだかに入ったそれを持ってきた。
「こ、こ、こちらです、奥様」
「そう」
つまめば、レジナがすかさず浄化する。
食べてみれば果肉はほとんどなくてすぐに種に行き当たった。
それに何より。
「すっ……!」
思わず口に出た言葉を何とか飲み込む。
いやすっぱすぎない!? もっと甘みを感じるものだと思ったんだけど!
ごほんごほんと咳払いをして、レジナにも試食させる。
手ずから与えたので喜んでいたが、口にした瞬間になんとも言われぬ顔になった。
「す……っばい、すね……」
お酒用に仕込むブドウは食用と比べても酸味が強いというけれど、それ以上の甘みも含んでいるはずだ。
それが感じられない。
つまり。
「品種改良が必要ね」
「ヒンシュ……なんすか?」
とはいえ、一朝一夕でできるようなものではない。
それこそ何世代も経なければ、これぞというものはできないだろう。
「種から育てるしかないかしらね……ねえ、あなたたち」
「はいっ!」
「舌に自信はあるかしら」
こちらの問いかけにぽかんとして、次いで震えだす。
答えられなければ罰せられるとでも思っているのだろうか。
「この中から甘いと思う果肉の種をより分けて頂戴」
「え、ええと……?」
「早くなさい」
「ひっ!」
選別を始めた彼らを放って、畑のほうへと歩き出す。
木同士がお互いに巻き付いたり、茂みになっていたり、なんとも自由奔放に育っているものだ。
間引きされていたり伐採されている様子ではあるもの、生育環境としてはあまりいいものとはいえなさそうだ。
本当に知識なんてないんだけど、ああやって巻き付き合っているのって、なんだか苦しそうじゃないかしら。それともあれが正しい姿なのだろうか。
それにしても、かなりの面積だ。
それに対して従業員となるのは三家族。
ワインの製法自体が秘匿とされているものであるのか、生産者数が絞られている。
手が回らないのもうなずけるわ。
「これはちょっとねぇ……」
「ここら辺は先々代の当主が整えた部分っすよ」
「百年前のやり方ってこと?」
「それでも評判がいいっすからね」
だから変えていないのか。
他の領地でいいものができたら一気にどうしようもなくなる部分だ。
いつまでもブランドにぶら下がっていられるものじゃない。そういうものは年々ブラッシュアップされていくから価値も高まるのだ。
一通り見て回ってから、従業員たちのところに戻る。
彼らは悶絶しつつも仕分けを終わらせていたようだ。
「で、甘みを感じたものはどれかしら」
「こ、こちら、です……」
種がいくつか入ったかごを差し出される。
「レジナ、そこらへんに巻きなさい」
「はいっす!」
「え? あ……!」
苦労して仕訳けたものを適当に扱う。
これぞ悪者。
そして、地面をじっと見る。
できるかどうかはわからない。けれど、植物は土から生えてくることが多いのだから、土魔法で何とかなるのではないか。
そもそも、農夫なんて土魔法が喜ばれるというし。
頭の中で縮んでは伸びあがる想像をしながらじーっと見つめる。
ややもすると、種は自ら土中に潜り始め、そこから芽が出てあれよあれよという間に育っていく。お互いに幹を絡ませあいながら。
……蔦を絡ませる支柱が必要だ。
やがて花が咲いて、受粉して、実が生っていく。
こんな早巻きに成長させていいものなのだろうか。わからないけど、まあいいか。
「収穫して」
「っ、は、はい!」
「同じように甘い果肉を持っていた種を選別しておいて」
今日は帰る、と告げれば、彼らは無言で頷いた。
続きは明日だ、異様に疲れた。
あと、リーダーらしき農夫の人は立ったまま気絶をして、そのまま放置されていた。
誰かいたわってあげてほしい。
そんなことを繰り返すこと十日。
なんとなく、これならいけるんじゃないかというレベルのものができあがった。
私が頷けば、選別作業に強制参加してくれた面々が目に涙を浮かべて歓喜に震えだす。
まあ、ずっとブドウ食わせてたもんね。ごめんね。君たちの犠牲は忘れない。
「いいものができたっすね! 素晴らしいっす!」
「ふはははは! 私にかかればこんなものよ」
「さすが奥様!」
ここ数日で私の高笑いにも慣れたらしい従業員たちもうっすらと笑みを浮かべている。
なお、成長した木々はやはり過負荷がかかっていたのかすぐに朽ちた。
おかげで高サイクルで世代交代できたけど。ついでに棚を作って生い茂らせる方法を伝えておいた。それがいいのかはわからないけれど、効率は良くなるので。
「では、私たちはこれを葡萄酒へ加工します。出来上がるのはさすがに時間がかかりますが……」
はっ、そういえば!
発酵するんだから出来上がるまで時間がかかるじゃないか! 原料を作ったって意味ない!
ここに至ってから気づくだなんて……不覚。
「奥様、とりあえずジュースにする分だけ作っておくっすか? あとは仕込んでおいて」
「……そうね」
ここに至るまでの過程で作り上げた失敗作がいくつも残っている。
これをジュースにでもして、適当に消費してもらおう。
しかし、土魔法でこんなことができるとは。
便利でいいね。
「あの、奥様……」
「何かしら」
「今後は、こちらの種を使って栽培をすればいいんでしょうか? 奥様がお育てになった木は、その……」
「ああ、寿命が短いものね。その種も例外じゃないかもしれないわ」
「そんな、それでは量産は」
「同じものを作ればいいのよ」
私の言葉にぽかんとする彼ら。
「やり方は見せたでしょう。あんなに早くはできないでしょうけど、それこそ何年とかければ同じようなものくらいはできるはずよ」
「あ……」
だんだんと明るい顔になっていくリーダーらしき従業員。
まあ、やる気はあるみたいだし、次世代もやり方を知っているし、特にこちらが何か言わなくともやりこなしてくれるだろう。
「まあ、できなければどうなるかくらい、その頭でもわかるでしょうけど」
「あ……」
またしてもガタガタと震えだす彼ら。
いいこと言って終わらせたいけど、こちとら悪妻を目指しているのだ。
これは私が自分を楽しませるためにやった我儘である、と。
彼らにはそう思ってもらわないといけない。
「ふは、ふははは、フハハハハハ!!」
高笑いをしたら、リーダーさんはまた気絶した。
気の小さいおじさんだ。
口の端で笑う。
これで評判の方も悪くなるだろう。




