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翌日からも魔法をかけつつ、暇な時間が長かったのでレジナに礼儀作法を教わっていた。
男爵と公爵では身に着けるべき礼法が違う。一応は婚約者として屋敷に滞在していた時に教わって及第点をもらえていたようなのだが、今の私にそんな知識はない。ついでに文字もわからない。こっちのほうが問題である気がする。絵本でも探そうかな……。
そんな感じで進んでいたら、前方に岩が見えた。
二つが重なった間にある細い道に街道を通しているようなのだが、すれ違いができず一方通行だとのこと。
随時拡張作業はしているらしいのだが、場所が場所なので遅々として進まないらしい。
「迂回路はないの」
「ありますが、三日ほど遠回りになります」
「岩山ねえ……」
邪魔だよなぁ。
とはいえ、これだけの規模のものを魔法でどうにかするっていうのも……できたりするのだろうか。
車窓から顔をのぞかせれば、並走していた隊長さんがすかさず危ないから戻るようにと注意してくる。
そんなのわかってるわ。
私は岩山の間を走る道に目をやった。もう少し幅のあるトンネルになりますように!
すると、岩山はまるで意思を持っているかのように動き出した。
隘路が拡張されて、空洞がぽかりと口を開ける。
その光景に唖然とする一行。そしてすかさず執事が飛んできた。
「奥様?! 何をなさっているのです!!」
「何、また魔獣だの軍隊だの言いだすつもり」
「通行途中の馬車がいたらどうなさるおつもりですか! 失敗するかもしれないのに!!」
あ。
さすがにこれは執事が正しい。
「いえ、本日は奥様が通行するということで、この時間帯は道を開けておくように通達しています」
進行に関しては護衛隊が取り仕切っているらしい。
知らなかったけど結果オーライ!
「あんな道を進むほうが危険でしょう。なら広げるしかないわ」
「さすがっす奥様!」
とはいえ、さすがに疲れた。
「少し休むわ。後のことは任せたわよ」
「はいっす!」
元気よく返事する侍女と、紳士的に一例をする隊長さん。
執事さんも礼をしている。
基本的に職務に忠実なんだよなぁ。さすが教育が行き届いている。
私はそのあと、疲労からかスコーンと眠ってしまい、起きたら目的地だった。
それから二日後、領主館に到着。海岸近くの貿易港へも、葡萄酒の原料となるブドウ畑へもすぐに駆け付けることができる位置に建てられているこの館は、王都にある屋敷よりも多少はこぢんまりとしているものの、敷地面積は比較するに及ばず、質実剛健という建物の見た目とは裏腹に、やっぱりどうしようもなく金持ちのオーラを発していた。
そして玄関を開けたら、ロマンスグレーなおじさまとシルバーブロンドな柔和な雰囲気の女性。
やはり堀の深さから美醜の程度がわからないわけであるが、身にまとう衣装、いや雰囲気、そして周囲の使用人たちが傅くさまを見て、ピンとくるものがあった。
「お世話になります」
「一人か……息子はどうした」
「王都においでです」
「あら……新婚なのに? まあ、でもよく来てくれたわ」
ゆっくりしていってね、とは言わないらしい。
だよな、嫁一人で何しに来たんだって話だよな。
「改めてご挨拶をさせていただきたく参りました」
「そんなものは気にしなくてよい。部屋を用意させている、まずは旅の汚れを落とすといい」
「ありがとうございます」
頭を下げれば、鷹揚にうなずいて二人で奥へと戻っていった。
ここまで迎えに出てきてくれたのは、息子もいると思っていたからだろうか。
それとも一応は家族だから?
それにしても。
自分の名前がわからないからどう挨拶したものかと思ったわ。
公爵家ってことも知ってるけど、家名もわかんないんだよね。
そういえば旦那の名前もわからないや。
いまさら聞けるわけないしなぁ。どうしよ。まあどこかで聞きかじる機会くらいあるでしょ。
あの感じなら、義家族はこちらに干渉してこなさそうであるし。
気にしなくていっかな。
「お部屋はこちらになります」
案内通りに進んでいけば、日当たりのいい二階の部屋に到着。
広さも家具も申し分がない。
義家族に意地悪されないのは素直にありがたいな。歓迎されているわけではないけれど、厭って不躾な真似をするほどでもないのか。
「じゃあ奥様、まずは湯あみしましょう!」
レジナが勢い込んで腕まくりをする。
「いえ、先にブドウ畑を見に行くわ」
しかしだ。
わざわざここまで来た目的があるのだ。
それを済ませてしまいたい。
「だめっすよ!」
止められた。
「公爵家の人間が行くとなったら、先ぶれが必要っす! あちらさんにも準備ってもんがあるんですから、いきなり行ったら迷惑っすよ!」
レジナの言葉遣いに、部屋の隅で待機しているメイドさんの表情が少し崩れた。
心なしか青ざめている気がする。
「そうね、仕方ないわ。早めに連絡を入れて頂戴」
「はいっす! じゃあまずはお風呂っすね!」
この子はこんな感じではあるものの、浄化魔法が使えたので旅の間は助かった。
ぽぽいのぽいで全身身ぎれいになるんだもの。
家事場で重宝されるといっていたけれど、その通りだと思った。
そしてその効果なのか、自分の髪がサラサラになったような気がする。
あとちょっと輝いているような気もする。
多分気のせいだけど。
「全身くまなくきれいにするっすよ~!」
手をわきわきさせるのはやめなさい。
お風呂が済んでマッサージも終わったらもうすっかり日が暮れてしまった。
ちょっと転寝したのもいけないのかもしれない。
自分では気づかなかったけれど、疲れていたようだ。
ディナー用のドレスに着替えさせられて晩餐の部屋まで。
マナーの自信がないから自室でとりたかったけれど、両親が揃って食事に招待までしているとあっては行かない選択肢はない。
もういいや、粗雑だって言われたら緊張してマナーどころじゃないって言い訳で押し通そう。
そんな控えめな気持ちで挑んだわけだが。
「道中、魔法を使ったと聞いている。なぜそんなことをした」
いきなり質問ぶち込まれた。
「道が悪かったからです」
「私が聞いているのは、道の整備をする人々がいるのに、なぜ魔法を使って整備をしたいのかという話だ」
「ですから、道が悪かったからです」
同じ答えを返したら、ため息をつかれた。
なんだろう?
利便を求めて何が悪いのだろうか。
「仕事を与えるべき我々が、仕事を奪ってどうする」
ああ、そうか。公共事業的なやつか。
でももうやっちゃったしな。
「仕事が遅いほうが悪いのでは?」
「はぁ……もういい」
食事が始まったばかりだというのに、前公爵は席を立ってしまった。
どうやら相当にご立腹らしい。
その奥さんも、少し困ったような顔をした。
「私は、旦那様の考えるようなことはわからないけれど……」
「はい」
「少し、はしたないわね」
そういうものなのか。
でも便利だし使わないのはもったいない。
人目を気にしなきゃいけない程度の話であるなら、我慢する必要性はないだろう。
困ったように笑って、彼女の奥へひっこんでいった。
広い部屋に一人残される。
なんだこれ新手の晒し行為ですか。
そう思うが、料理は次々にサーブされる。
食事はしてていいのかな。貴族の生活ってよくわかんないね。
部屋に戻って楽な服に着替えたら、ベッドにダイブする。
メイドさんたちは表情一つ変えないが、レジナは楽しそうだ。
彼らを見ていて、一つだけ思ったことがある。
「ねえ、レジナ」
「はい、奥様!」
私はさっさと旦那らしき人と離婚をしたい。
添い遂げるという選択肢ははなから存在しないから。
でもそれは私の目標であって、他の人には関係ない。
私がいようといまいと、彼らには幸せになる権利がある。
「もし、一緒に地獄に落ちてと言ったら、来てくれるかしら」
「はい!」
即答された。
「その、いいの?」
「はい! 私には奥様がいれば良いので!」
「そう……」
そうか。
「わかったわ、ありがとう」
「どういたしましてっす!」
どうやったって、自分は愚か者で、これはどうしようもないことだ。
やると一度は決めた。ならやりきるしかあるまい。
いつだってそうしてきたように。
決意を新たにこぶしをぐっと握る。
レジナがうれしそうに笑っていた。




