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そろそろ代替わりだろう、と公爵様がおっしゃった。
執務的には、確かに問題ない。
しかし性格がアレだ。当主とするにはあまりにも軟弱すぎる。
「わかっている。だから今しかなかろう」
言わんとすることはわかる。
他国との軋轢もなく、魔物の繁殖周期からも遠く、王権が安定している。
おおむね平和なのだ、今の我が国は。
だからこそ、多少なり脆弱なものが当主であったとて、大きな問題とはならない。
「それに、あれを矯正するより孫に期待したほうがはるかに効率がいいだろう」
そのために、伴侶には魔力の多いものを選ぶのだ。
言わんとすることはわかる。
「……しかしながら、ご子息は、王女殿下に懸想していると……」
「民ですら知っているのだからたちが悪いな。はあ、あれも見た目だけは整っているからな……」
民衆が好きそうな恋物語だ、と主人はため息をついた。
幼馴染の淡い恋が大人になって現実味を帯びて、横たわる身分の差に懊悩する。とはいえ、公爵家は準王族の扱いも受けるほどのため、悲劇とするにはスパイス味が足りないのだが。
「なぜ殿下ではだめなのですか」
「本人の能力も何もかも申し分ない。ただ、国内の勢力図と他国との結びつきを考えると、殿下には隣国に嫁いでいただくのが最もいい、という話だ」
そんなものは誰でもわかっている。
言いたいことは別にあるとわかっていて、主人もそう答えるのだ。
「……我が家は少し、権力を抑えたほうが良かろう。あれが当主でいるのも長くて十五年、早めに結婚をさせて、子を産ませる。この方針は変わらん」
「さようでございますか」
「あれにはお前を付ける。よく導いてやってくれ」
自身につけていた筆頭執事は義娘につけるという。
監視の意味合いもあるが、余計なことをさせない腹積もりなのだろう。
迎え入れるのは辺境付近の男爵令嬢。
平民と変わらない身分だが、所持魔力が非常に多いという。
そのままでは嫁いでこれないので、いったん寄親の辺境伯家に養子に入り、それから公爵家へ来ることになる。
これで辺境と中央のパイプラインができるということでもある。
本人が凡人であっても、立場がそれを可能にするということだ。
主人は身近な者であろうと本心を語ろうとはしない。
そこは察しろということだ。
表に出した言葉は、建前は、我々も念頭に置いて行動せねばならない。
中継ぎの公爵夫妻。
可もなく不可もない二人は、周囲の思惑に溺れて、公爵家らしい礼節の中に埋没していくことだろう。
それを哀れと思うのは無礼というものだ。
「かしこまりました」
主人は当主の座こそ明け渡す気でいるが、実態として権限は握ったままでいるつもりだ。
生きている間に勝手なことはさせない。
その意を汲んで、私は彼の息子に仕えることになる――。
***
実家から言い渡されたのは、次期公爵に気に入られるように、というものだった。
幸いというか不幸にといっていいのか、私は家政に必要な魔法を身に着けていた。
だから、”ハウンドドッグ”なんて揶揄される家門でも公爵家に侍女見習いとして採用されることになった。
ところで、勤め先の家では最終形態がメイドだろうと侍女だろうとオールワークス、つまり雑用から仕事を始めることになる。
根性なしを脱落させるということだ。
ここも幸いというべきか、家で使用人同然の暮らしをしていた私にとっては何の障害にもならなかった。
むしろ楽しすぎて続けたくて仕方なかった。
でも、一応は貴族家の娘だし、花嫁修業込みの侍女見習いだったので、楽しい仕事はあっけなく終わってしまった。
そして奥様付きの侍女の助手の助手みたいなことをやって、言葉遣いを正されて、勉強をいっぱいして、姿勢を直して、マナーとか教養とか言われるものを身に着けていった。
先輩たちは必要な厳しさを持った優しい人たちで、叱られることはあったけどいじめられることはなかった。一人を除いて。
そして一つ、大きな問題が発生した。
家から言われていた、公爵家令息に気に入られるようにする、という課題にやる気が全くでないことだ。
血筋なのか、うちの人たちは自分の気に入った人や物ができたら、なりふり構わず引っ付いて何としてでもモノにする執着を抱く性質を持っている。
だから、死んでも牙を外さない獣に例えてハウンドドッグなどと呼ばれるのだ。
狂犬的な独占欲で死ぬまでお気に入りを離さない。
その偏執的な性質でもって公爵令息に付きまとわなければならないのだけど……なんていうか、そこまでする価値が見出せないというか……要するに、気に入ったと思える部分がなかった。
そうこうするうちに、令息が結婚した。
婚約者としてやってきた女性はどうでもいい感じの人だったのに。
結婚式の後、初夜が明けてから人が変わった。
何よりも、一番いけ好かないと思っていた元乳母を追い出したことに衝撃を受けた。
この人しかいない。
全身の血が沸き立つような喜び。
唯一を知覚した興奮。
どうしても手に入れたい独占欲。
一番近くにいるのは自分であるべきという使命感。
これが、我が家門の血なのかと、冷静な部分が解析していたけれど。
それよりも、身を震わせるほどの悦びが全身を駆け巡る。
大奥様の侍女として学びの途中であるはずなのに、気が付けば専属侍女に立候補していた。
奥様。私だけのご主人様。
私の持つものすべてをささげるべき人。
そして――。




