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空境のリヴィア  作者: 田島
第二部 地上にて
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第1章:仮面の街


地上の空気は重い。触れるたびに、皮膚の内側まで沈み込んでくるような質量がある。空にいた頃の、あの風の奔流とは違った。ここには、音も匂いも、時間さえも“沈殿”している気がする。


浮石の力で下りてきた足は、コンクリートに似た材質の舗装に沈むような感覚を伝えてくる。足元には、苔のような光沢をもつ藍色の菌類がこびりついていた。小さな波紋のように、踏むたびに微かに光る。


「……ここが、地上?」


リヴィの問いに、ノアは小さく首を振った。


「いや、これは……仮面の民の都市だよ。昔の名残が、まだ残ってる」


周囲には建築物らしき構造体がいくつもそびえている。鉄と強化ガラスの組み合わせ。天へ向かってのびる塔の骨格は、朽ちかけながらもなお垂直を保っていた。光源の見えない薄明かりが、空間を無機質に照らしている。


風はなく、空気は乾いていた。だが、どこかしら“気配”があった。廃墟ではない。命の気配に似た、無音のざわめき。


ふたりは、その中心にそびえる塔の根元まで進んだ。塔のふもとにある金属の扉は、苔むし、凍ったように閉じていた。


「ノア……ここを開けるの?」


リヴィの声に、彼は何も言わず前に出た。


彼の手が扉に触れた瞬間、金属に埋め込まれた模様が微かに浮かび上がる。円形のパターンが淡く発光し、機構が軋みを上げる。まるで、彼の記憶そのものに反応したかのようだった。


ガコン――


扉が、内側へと引き込まれるように開いた。重い音のあと、空間が口を開ける。


その奥に広がっていたのは――沈黙だった。


照明も、装飾もない。ただ天井から垂れ下がる線状の光が、白い粒子のような塵を照らしていた。空間の中央には、円柱のような台座があり、その側面にびっしりと記号が刻まれていた。空で見た浮紋によく似ている。だが、こちらはもっと古く、傷だらけだった。


「これ……空の文字?」


リヴィが台座に手を伸ばしかけた、そのとき――


足音が響いた。


乾いた床を、ゆっくりと踏みしめる音。ふたりの前方、柱の影から、誰かが歩いてくる。


仮面をかぶった人影だった。


その顔は艶のある黒で覆われ、仮面の左右に走る青白いラインが脈動するように明滅していた。衣装はシンプルな機能服で、外見はほぼ人間と変わらない。だが、リヴィにはわかった。これは、空の人間とは違う。


空気が引き締まる。リヴィは反射的に一歩後ずさる。心臓が跳ねた。ノアは、前へ出た。


「……ただいま。〈再来者〉の資格で、入域を求める」


その言葉に、仮面の者は動きを止めた。


沈黙が流れる。長い、重たい“間”。


やがて、その者は音もなく、片膝をついた。


礼なのか、儀式なのかはわからない。だがそこには、明確な“応答”があった。街が応えたのだ。ノアの声に、過去に、血に、あるいは帰還という言葉に。


リヴィは、初めて気づいた。


この少年は――“帰ってきた”のだと。






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