表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空境のリヴィア  作者: 田島
第一部 空
5/11

第4章:風の資格喪失

風の紋章は、胸から無造作に剥がされた。


その瞬間、何かが「裂けた」気がした。空気ではなく、空でもなく──自分自身が。


「リヴィ・アスレイル、風の資格、ここに剥奪する」


執政官の乾いた声が響く中、周囲の空気は静まり返っていた。貴族街の中央、証明広場。風の塔を背にした儀礼台で、リヴィは一人、突き出されるように立たされていた。


胸の装飾が、ただの金属片となって落ちた。


それを拾いに行こうとして、足がすくんだ。動けなかった。いや、動いてはいけないと、どこかで思っていたのかもしれない。


「……なんで、こんなことに」


視線の先、群衆の中には、見知った顔がいくつもあった。


そのほとんどが、目を逸らした。


教師たち。訓練仲間。隣に住んでいた老婦人。そして──母と父。


「お母、さん……?」


震える声で呼びかけた。だが、母はまっすぐに前を向いたまま、表情を崩さなかった。父は口元を固く結び、ただ一歩後ずさった。


「リヴィ……どうして、こんなことを……」


その声は、親友であるカエラのものだった。金髪をきつく結んだ、気の強い少女。ふたりで滑空競技に出たこともある。


「カエラ……私は、間違ったことを……したのかな」


カエラは、ほんの一瞬、何かを言いかけた。しかし──


「地上に関わるなんて、信じられないよ。リヴィは……あんたは、変わってしまったんだね」


それだけ言って、彼女は踵を返した。


群衆がざわつく音が、風のように耳を過ぎる。


それはもう、自分には許されない“風”だった。


リヴィは、ただそこに立ち尽くしていた。風の紋章が剥がれた場所が、焼けるように痛んだ。何もされていないのに、胸の奥に、ぽっかりと空洞ができた気がした。


誰も、名前を呼ばなかった。


誰も、声をかけなかった。





夜。誰にも知られぬ場所で、リヴィは瓦礫の影に膝を抱えていた。かつて訓練に使われた滑空船の残骸。そこが今の居場所だった。


何もかも失った。胸の奥が、空洞になっていた。


足音が近づく。


「……リヴィ」


ノアだった。そっと歩み寄ってきたその姿に、リヴィは顔を上げる。


そして──叫んだ。


「なんで来たの!?」


ノアは立ち止まり、少しだけ驚いたような顔をした。


「……心配で」


「私、全部失ったのよ!? あんたのせいで!!」


怒りが、涙と一緒に噴き出した。押し殺していた感情が、一気に爆発する。


「家族も! 親友も! 夢も名前も……あんたに会わなきゃ、私は、私は……!」


ノアは黙ってそれを受け止めていた。否定も、言い訳もしなかった。


「……そっか。そうだね。全部、僕のせいだ」


静かな声だった。責めることも、慰めることもせず、ただ肯定する声。


「でも、それでも……」


ノアはゆっくりと歩み寄ると、リヴィのそばに腰を下ろした。


「君が“あの空”にいない方が、生きていける気がしたんだ」


「……」


「だから今度は、僕が君を連れていく。どこにも属さない、新しい空へ」


リヴィはしばらく沈黙したまま、ただ俯いていた。


涙の雫が、地面に落ちていく。


そして、震える声でひとことだけ。


「……勝手なんだから」


その小さな言葉に、ノアはふっと笑った。


「うん、よく言われる」


ふたりの間に、ようやく風が通った気がした。



空は、星も月も隠していた。けれど、足元には確かな地面があった。


そして──その隣に誰かがいることも。


それだけが、今のリヴィを、地に繋ぎ止めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ