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空境のリヴィア  作者: 田島
第一部 空
3/11

第二章:大陸の縁で



空の朝は静かだ。風の音だけが、島を包む。


リヴィは制服の上から薄手の外套を羽織り、誰にも見つからぬように学舎裏の小道を歩いていた。目的地は決まっている──立入禁止区域〈大陸の縁〉。


空の果て。雲が裂けるように流れ、遥か下に何もない深い蒼が広がる場所。


「……ほんとに、誰もいないんだ」


柵を越えて、その縁に立った瞬間、足元の浮石が不安定に鳴いた。風の資格者である自分が、こんなところに来るなんて、バレたら即刻除籍。けれど、それでも知りたかった。空の外には、何があるのか。


その時だった。


ごく微かに──風と逆行する“何か”が這い上がってくる気配があった。


リヴィが息を呑むと、雲を割るように、ひとりの少年が現れた。


灰の髪に、土の色の外套。背に負った長い棒に吊るされた小さなランプが、朝の霧の中できらりと揺れた。


「……あ」


彼は、空に“立って”いた。


重力に従っているはずの身体が、逆に空を踏みしめている。しかも、軽やかに。


「……誰?」


思わず出た言葉に、少年は少し驚いた顔をして、でもすぐに微笑んだ。


「よかった、生きてる人がいた」


「……え?」


「空の上、誰も住んでないのかと思った。こんにちは。君、空の人?」


リヴィは一歩下がった。心臓が痛いほど脈打つ。


「なに……? あなた、どうやってここまで……。空は、歩けないでしょ……」


「普通はね」


少年は、腰のポーチから石のようなものを見せた。青灰色に光る結晶──見たこともない。


「これがあれば、地上の重力をちょっと無視できる。名前はまだないけど、俺らは“ゼロの核”って呼んでる」


「じ、地上……?」


「うん。そこから、歩いて来た」


言われた言葉を、リヴィの脳が処理するのに少し時間がかかった。


「嘘……そんなの、聞いたことない……。地上は……呪われてるって」


「へえ、呪い、か……。そっちじゃ、そう教えられてんのか」


少年──ノアは、ちょっと寂しそうに笑った。


「でも、ちゃんと人は生きてるよ。畑もあるし、焚き火もある。星もちゃんと見える。……空の人たちは、知らないんだな」


リヴィは何も返せなかった。揺れる。頭の中が、世界が、全部。


しばらく風の音だけが、二人のあいだを吹き抜けていた。


「……名前、教えてくれる?」


ようやく、リヴィが口を開く。


「ノア。ノア・エルンスト。君は?」


「リヴィ……アストレア」


「リヴィか。いい名前だね」


ノアの声は、まるで友達に話しかけるように、自然で穏やかだった。


リヴィの中で、何かが少しだけ崩れた気がした。





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