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イケメン

作者: さば缶

1.

 放課後の帰り道に、私はいつものコンビニに寄った。

友だちから「最近、コンビニにすごいイケメンが並んでるらしいよ」と聞いていて、どうにも気になって仕方なかった。


「いらっしゃいませ。今日は何かお探しですか?」


 店員のお兄さんが爽やかに声をかけてくる。

私はレジ横に並ぶ雑誌の棚を横目で見ながら、店内をそろりと一周した。


「うわ、本当だ……イケメンが並んでる」


 私は驚いて、小声でつぶやいた。

飲み物コーナーの隣に、まるで雑誌や菓子パンのようにイケメンが陳列されている。

しかも値段がちゃんとついていて、最新型は平気で何万円もしていた。


「こんなの、私のおこづかいじゃ絶対無理だって……」


 私はがっくり肩を落とした。

髪型も服装も、ものすごく今風のイケメンが何体もある。

でもその値札を見て、すぐに諦めるしかなかった。


「……おや? こっちの棚には……」


 私は、奥の方に貼られた『型落ち処分』の文字を見つけた。

そこに並んでいるイケメンは、やや昔のアイドルみたいな雰囲気を漂わせている。

しかも値札は、たったの150円。


「安い……これはもはや衝撃価格だよね」


 思わず手が伸びる。

顔つきもどこか懐かしいし、正直、今どきのカッコよさとはかけ離れているかもしれない。

でも150円でイケメンが手に入るなら、ちょっとお試し気分で買ってみてもいいかもしれない。


「ねえ、これ買えるんですか?」

「はい、型落ち商品なら150円になります。お買い得ですよ」


 店員さんの笑顔につられて、私はためらわずお財布を取り出した。

手元には200円しかないけど、これなら十分買える。


「じゃあ、この子、ください」

「ありがとうございます。ご利用ありがとうございました」


 私は会計を済ませ、ビニール袋に入れてもらったイケメンを持って、店を出た。

出口付近には、さらに別のイケメンが「旧モデル特価500円」となって積まれていた。

ひと昔前に一世を風靡したドラマ俳優に似た顔つきだったけれど、私にはもうお金がない。


「うう……あっちも魅力的だけど、これ以上は無理だな……」


 そうつぶやいて、私は名残惜しそうに振り返りながらコンビニを後にした。


 家に帰るまでの道のりで、ビニール袋の中をチラチラのぞいてしまう。

なんだか落ち着かない気分だった。


「ただいま……って、誰もいないか」


 両親は共働きで、帰りが遅い。

私は自室に向かい、教科書やノートを机に放り出すと、先にイケメンの方をベッドに置いた。


「……ふう。とりあえず、座ってみて?」


 私はビニール袋からイケメンを取り出した。

手触りは人間らしく、でもちょっと作り物っぽい感じもする。

手足はちゃんと動くし、髪もある程度セットできるようにされていた。


「……あれ? やっぱり、しゃべったりはしないんだよね」


 そう思っていたら、イケメンがほんの少しまばたきした。

私は一瞬ギョッとして、思わずベッドから転げ落ちそうになった。


「お、おおお……? 今、動いた?」

「はい、動きます。僕、一応、しゃべることもできます」


 私は思いもよらない返事に驚いて、イケメンの顔を見つめた。

目は少し控えめに伏せられ、声もどこか遠慮がち。


「え、しゃべれるの? すごい……じゃあ、いろいろ会話とかできるの?」

「はい。ただ、最新の子みたいに上手にトークできるわけじゃないんです。僕はちょっと古い型なので……」

「そんなの全然かまわないよ。私、最新型なんて手が届かなかったし……ていうか名前とかあるの?」

「えっと……製造番号BP-2002、って書いてあります。でも、名前は……お好きにつけてくださっていいですよ」

「そっか……じゃあ、BPくんでいいかな。なんだか、かわいい気がするし」

「ありがとうございます。そう呼んでください」


 それから私は、部屋着に着替えてBPくんを椅子に座らせ、机に向かった。

いつもなら音楽をかけたり、動画を見たりして宿題を適当にやるのだけど、今日はなぜか目の前のイケメンが気になってしょうがない。


「ねえ、BPくん。私、今日は数学の宿題があるんだ。わかるかな?」

「得意分野ではないですが、多少は対応できますよ。なんとなく記憶領域に、基礎的な学習データが入っているので」

「便利だね。じゃあ、一緒に解いてみよう」

「はい。僕も少しでもお役に立てれば嬉しいです」


 私は数学の問題集を開き、BPくんに見せた。

二人で頭を突き合わせて、あれこれと公式を思い出しながら解いていく。

ちょっとレトロな雰囲気の彼だけど、控えめにサポートしてくれるのが新鮮だった。


「ねえ、この問題わかる?」

「ここは三角比を使うみたいです。ですから、sinの値を……」

「なるほど。あ、ちょっと待って、そこは……」


 そうこうしているうちに、私はいつのまにか宿題を全部終わらせてしまった。

時計を見ると、もう夕方を過ぎている。

私は戸棚を開けて、小さなスナック菓子を取り出した。


「BPくん、これ食べる? ……あ、食べられないか」

「いえ、食べること自体はできますが、燃費はあまり良くないです。古い型なので、食べてもあんまりエネルギーに変換されないんですよ」

「そうなんだ。じゃあ、一応あげるね。私もお腹すいたし、一緒に休憩しよ」

「ありがとうございます。いただきます」


 BPくんは控えめに微笑んで、スナック菓子を口に運んだ。

ちょっとぎこちない動きだけど、なんだか可愛らしい。


「私さ、コンビニで何万円もする最新型のイケメンを見たとき、うわー……って思ったんだよね。今のトレンドにめちゃくちゃ合わせた完璧な顔立ちだし、話題のSNSでも人気らしいし……でも、私のおこづかいじゃ到底手が届かなくて。だから、BPくんを見つけたとき、なんか救われた気がしたの」

「そう言ってもらえると、僕も嬉しいです。型落ちでごめんなさいって、いつも申し訳なく思っていたので」

「そんなことないよ。私、BPくんと話してると落ち着く。最新型の子はきっと華やかで楽しいのかもしれないけど、逆にプレッシャーになっちゃうかもなって思うし」

「……ありがとうございます。僕、いろんな方に買われずに長くコンビニにいたので、こうして誰かの部屋に連れて帰ってもらえたことが、なんだか不思議で……でも嬉しいんです」


 その穏やかな声を聞いていたら、私の心はなんだかほっこりした気分になった。

新モデルの最新イケメンとは違う温かさが、彼にはあるような気がした。


 そうして二人でのんびりしゃべっていると、玄関の方から物音がした。

両親が帰ってきたようだ。


「ただいまー。あれ? 部屋に誰かいるのか?」

「え? お父さん、なんか言ってるね……やばい、BPくんの存在どうしよう。私の部屋に男の人いるって思われたら、まずいよね」

「そうですね。僕は一応、一般的には“イケメン商品”なんですけど……ご両親がどう思われるかはわかりませんね」

「とりあえず、クローゼットに隠れて! 後で紹介するにしても、今はちょっと混乱させそうだから」

「わかりました。すみません、失礼します」


 BPくんが慌ててクローゼットに入った瞬間、部屋のドアがノックされた。


「ねえ、今日学校から帰った後、コンビニ寄ったのか? なんだか変わった気配がするけど」

「んー……まあ、ちょっとね。変な新商品が売ってたから見ただけだよ」

「そうか。夕飯までまだ時間あるから、それまで部屋でゆっくりしてていいぞ。お母さんもすぐ作るって言ってるから」

「う、うん、わかった」


 私はドアが閉まるのを待って、小さく息をついた。

そしてクローゼットをそっと開けると、BPくんが目を丸くしてこちらを見ていた。


「……大丈夫でしたか?」

「うん、大丈夫。お父さんは何も気づいてないみたい。ごめんね、急に隠れさせちゃって」

「いえ、僕は買われた以上、お客さまの要望に応えたいので」

「ありがとう。とりあえず、今日はもう出てこないほうがいいかも。夜になったら私の部屋で一緒に話せるし……」

「わかりました。それまで僕はここで待機してます」


 私はそのままBPくんをクローゼットに残し、夕食を済ませた。

家族と他愛のない会話をしてリビングで少しテレビを見てから、自室に戻る。

そして、またクローゼットを開けてBPくんを呼び出した。


「ごめんね、狭いところに閉じ込めちゃって。苦しくなかった?」

「はい、僕は大丈夫です。少し窮屈でしたけど、何とか平気でした」


 ホッと胸をなでおろしたところで、BPくんがこちらを見つめてくる。


「どうしましたか? なんだか疲れた顔をされているようですけど……」

「え? ううん、ちょっといろいろ考えてただけ。BPくんはさ、これから先、私とずっといることになるの?」

「通常は、購入者の方が買い替えを望まれるか、処分するまで……ですね」

「そっか……もし、私がもっとお金を貯めて、最新型のイケメンが欲しくなったら……」

「その場合は、きっと僕を手放してしまうかもしれませんね。いえ、これは責めているわけではありません。僕は型落ち商品ですし、最新型の方が性能もいいでしょうし……」

「ううん。そんなこと、今のところ考えてないよ。BPくんに出会ったばかりで、すぐ乗り換えるなんてできない。……それはまだわからないし、もしそうなるならなるで、そのとき考えるよ」

「そうですね。きっと、それでいいんだと思います」


 穏やかな微笑みを向けられて、私もつい笑ってしまう。

BPくんは150円とは思えないほど、温かい存在に感じた。


 夜も更けて、私はもう寝る準備をする。

BPくんに「ベッドの下に隠れてて」と言うのはかわいそうなので、部屋の隅に小さな布団を敷いてあげることにした。


「ありがとう。こんなに優しくしてもらって、僕は幸せです」

「私も、ちょっと楽しいかも。じゃあ、おやすみ、BPくん」

「おやすみなさい」


 私は電気を消して目を閉じた。

だけど、胸の奥が少しだけドキドキしている。

まさかイケメンをコンビニで買ってきて、こんなふうに同じ部屋で過ごすなんて、想像したこともなかったから。



2.

 翌朝。

私は学校に行く準備をしながら、BPくんに声をかける。


「……今日はもう先に行くね。BPくんは、ここで大人しくしてられる?」

「はい。勝手に外には出ません。何かあったら、僕の非常用メッセージ機能があるので、そちらで呼び出していただければ」

「そんな機能があるんだ。わかった。……じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」


 そう言い残して私は部屋を出た。

通学路を歩きながらも、なんとなくBPくんのことが頭をよぎる。

古い型でも、なんだか愛着がわいてきている。


 学校が終わって、再びあのコンビニに立ち寄る。

なんとなく、型落ちのほかの子はどうなってるのかなと思ったからだ。


「いらっしゃいませ。お、昨日の型落ちイケメン、お買い上げいただいたんですね。あの子は、売れ残りが長かったから喜んでますよ」

「そうなんだ。えっと……ほかの型落ちは?」

「今日で在庫が少なくなっちゃいましたね。まあ、みんなまとめ買いされる方もいるんで」

「まとめ買い……イケメンって、そんなに大量に買うものなんですか?」

「いや、さすがに珍しいですよ。でも、イケメンの型は時々ブームがあって、まとめてコレクションする人もいるみたいで……ああ、ちなみにあちらの旧モデルはもう売り切れちゃいました。150円の子も、昨日あなたが買ったのが最後だったんですよ」

「そうなんだ……そっか。じゃあ、あの子は本当に最後の一人だったんだね」


 私はほっと胸をなでおろした。

もし買っていなかったら、きっと誰かに買われて、今頃は別の家にいたんだろうなと思う。


「また面白い新型が入ったら見に来てくださいね」

「うん、ありがとう。……でも、今はBPくんだけで手いっぱいかな」


 そう言って微笑んだとき、私のスマホに通知が入った。

家の固定電話からの留守番メッセージが届いている。

嫌な予感がして、その場で音声を確認すると、母の少し慌てた声がした。


「もしもし。ちょっと何これ、あんたの部屋から男の声がしたんだけど。急に『バッテリーが切れそうです』って喋ってて、お母さん驚いて叫んじゃったわよ。あんたが帰ったらすぐに説明しなさい。じゃないとお父さんが怒るかも」

「う、うわ……やばい……」


 私は慌ててスマホを切って、さっさと会計もせずコンビニを飛び出した。


 家に着くなり、リビングには父と母が腕組みをして座っている。


「お帰り。さて、詳しく話してもらおうか。あんたの部屋に男がいるらしいじゃないか」

「違うの、その……これはイケメン商品で、買っちゃったんだよね。普通の男の人じゃなくて……その……えっと……150円で……」

「150円……? そんな馬鹿な。お父さんたちは聞いてないぞ。コンビニでそんなものが売ってるのか?」

「うん……今はそういう時代らしいんだよ。ほんとにごめん。でも、BPくんは悪い人じゃないの!」

「BP……くん? 名前までつけて……なんだか複雑だな」


 母は深いため息をつきながら、私の部屋を覗きに行く。

ベッドの脇で力なく座っているBPくんを見て、一瞬息を飲んだ。


「こ、これが……イケメン、なの?」

「はい。僕はBP-2002と申します。昨日、お嬢さんに買っていただきました」

「しゃべるのか……。びっくりするわね。あんた、どうして急にバッテリー切れって喋ったのよ」

「すみません。僕、古い型なので、バッテリーが切れそうになると音声アラートが出てしまうんです。ちょうどお母さまが部屋を通られたタイミングで……ご迷惑をおかけしました」

「いや、迷惑っていうか……ただただ驚いたわ」

「お母さん、お父さん。ごめんなさい。なんか勝手に買っちゃって。でも私、この子を見捨てられなくて……」


 私は頭を下げた。

父も母も目を合わせて、どう対応するべきか悩んでいるのがわかる。

でも、BPくんの申し訳なさそうな表情を見たら、なんだか二人とも怒れないらしい。


「はあ……まあ、イケメンを買ったっていうなら仕方ないわね。実害がないのなら、いいんじゃない?」

「そうだな。俺も正直、意味がわからんが……とりあえず、悪い人間じゃないなら、いいか。150円なら大した損失でもないし……」


 ほっと胸をなでおろしたところに、BPくんがぺこりと頭を下げた。


「お父さま、お母さま。どうか僕をこの家に置いてください。僕は古い型ですが、お役に立てるよう努力します」

「まあ……そこまで言われると、なんだか断れないわね。でも、家族に男を増やしたつもりはないから、そこはちゃんと節度を守ってほしいのよ」

「はい。もちろんです。僕は商品の一部なので、家のルールには従います」

「なら、いいわ。……ふう、びっくりした。勝手に彼氏でも作ったかと思ったけど、まあそういうんじゃないみたいだし」


 そう言って、母は笑いながら部屋を後にした。

父もむすっとした顔をしていたけれど、どこか肩の力が抜けた様子だった。


 部屋に取り残された私とBPくんは、顔を見合わせて小さく笑った。


「よかった……何とかなった。まあ、しばらくは気をつけないといけないけどね」

「本当にすみません。今度からはバッテリー残量に気をつけます」

「うん。そうだね。あ、充電ってどうやるの?」

「僕は一般的なUSBケーブルに対応してます。ですから、お使いのスマホの充電ケーブルでも大丈夫ですよ」

「え、そうなの? じゃあ、すぐ充電できるね。よかった……無理して特別なケーブル探さなくていいんだ」

「はい。ただ、バッテリーがかなり古くなっているので、切れやすいんです。こまめに充電させてもらえると助かります」

「わかった。ちゃんと面倒見るから安心して」


 私は部屋のコンセントにスマホの充電器をつないで、BPくんの背中の差し込み口にそっと挿した。

すると、BPくんの肩がふわりとゆるんだように見えた。


「ありがとうございます。これでしばらくは元気に動けそうです」

「よかった……。私も安心したよ」


 そのまま私は床にぺたりと座り込み、BPくんの充電の様子をぼんやりと眺めた。

昨日買ってきたばかりなのに、もうすっかり居場所ができているのが不思議な感覚だった。


「これでずっと一緒だね」

「そうですね。僕が壊れるか、あなたが手放したくなるまで……」

「手放さないよ。少なくとも、今はそんな気ないし」

「……ありがとうございます」


 やわらかな笑顔は、最先端モデルのような華やかさこそないけれど、心のどこかをそっと温めてくれる。

150円のイケメンにこれほど癒やされるなんて、想像すらしていなかった。



3.

 翌日、放課後。

私は友だちと部活の打ち合わせをしてから、寄り道せずにまっすぐ帰宅した。

家に入ると、やたらと母がにこにこして私を出迎える。


「おかえり。あの子、ちゃんと充電してるわよ。さっきは電池がフルになったって、かわいい声で言ってた」

「そっか、ありがとう。……あ、お父さんは?」

「今は仕事部屋にいるわよ。なんだか、あんたのイケメンを見て興味がわいたとか言って、ネットで“美人妻ロボ”なるものを探してるみたい」

「お、お父さん……何してんの……」

「まあ、冗談半分だと思うけどさ。へんなの買ったら困るわよねえ」


 母の言葉を聞いて、私は変な笑いがこみあげてきた。


「まさか、お父さんまで影響されるなんて……。BPくん、罪な男だな」

「それだけ魅力的なんじゃない? でも、ほどほどにしてほしいわよね。あんたが家にイケメン迎えたと思ったら、今度はお父さんがロボ妻を迎えるかもしれないし……」

「やめてよ、なんかカオスだよ……」


 私は母と顔を見合わせて笑ったあと、自室へ向かった。

ドアを開けると、椅子に座ったBPくんが静かにこちらを振り返る。


「おかえりなさい。今日もお疲れさまでした」

「ただいま。充電は……もうフルなんだよね?」

「はい。今は完璧です。学校はどうでしたか?」

「いつも通りかな。……あ、そうそう。うちのお父さんが、BPくん見て妙なことを思いついちゃったみたいで……」

「妙なこと、ですか?」

「なんか“美人妻ロボ”とかいうのを物色してるらしいよ。お母さんも呆れてた」

「そ、それは困りましたね。もし本当に買われてしまったら、家の中の空気が……」

「でしょ? だからBPくん、今度お父さんに『お母さんこそ最高の美人ですよ』って言ってあげてよ」

「それは僕の役目でしょうか……でも、できる限り協力しますね」


 私がそんなお願いをしていると、廊下の方から急に父の叫び声が聞こえた。


「おい、ちょっと待て……この“美人妻ロボ”って、なんだ、こんなに高いのか……え? 一台30万円……? うわ、ムリムリ、絶対ムリだ!」


 私とBPくんは顔を見合わせて、吹き出しそうになる。

どうやら父はイケメンとは比べ物にならないくらいの値段に驚いて、早々に購入を諦めたらしい。


「やっぱり、うちのお父さんの小遣いじゃ無理だよね」

「ええ。よかったです。僕もほっとしました」


 それから数秒だけ静かになったあと、今度は母の声が響いた。


「ほら見なさい、あんたが買えるわけないでしょ。私で我慢しなさいよ!」

「わ、わかったよ……悪かったな。おまえが一番だ……」


 なんとも微笑ましいやりとりに、私はこみあげる笑いをこらえられない。

BPくんも気配を察して、ふふっと笑顔を浮かべている。


「ね、BPくん。何万円もする最新イケメンや、何十万円もする“美人妻ロボ”なんかより、こういう家族のバカバカしいやり取りのほうが、案外幸せだと思わない?」

「そうですね。とても暖かい空気を感じます」

「でしょ? だから、ずっとこの家でのんびりしててほしいな。……150円のイケメンと30万円の美人妻ロボが同居なんて、さすがにカオスだから」

「はい。僕はここで十分幸せですよ」


 私はBPくんに笑いかけて、部屋のドアを開け放った。

廊下からは、まだ父と母の軽口が聞こえてくる。


「もう、あんたは本当にしょうがないんだから……」

「わかったって。でも150円でイケメンを買えるなら、俺は30円くらいで可愛いペットロボを……」

「いい加減にしなさい!」


 私とBPくんは思わず顔を見合わせて、声を出して笑った。

150円のイケメンを買っただけなのに、家の中がすっかりにぎやかになっている。


「ま、こんな騒がしい日常も悪くないよね」

「ええ、僕もそう思います」


 そしてその夜、母がぽつりとつぶやいた。


「……そういえば、あんたが買ったイケメンって、やっぱり安すぎない? つい値段で笑っちゃうわ」


 私はもう慣れたように肩をすくめて、にやりと微笑む。


「値段がオチみたいだけどさ。ちゃんと充電できて、家族ともうまくやっていけて……これ以上、何を望むっていうの?」

「ふふ、そうね。いい買い物だったのかもね」


 そんな母の言葉に、私はBPくんをちらりと振り返った。

BPくんは控えめに笑いながら、口を開く。


「僕も、そう思いますよ。150円でも、十分に幸せは買えるんです」


 その言葉を聞いた瞬間、母も私も吹き出すように笑ってしまう。

やっぱり私の部屋には、このレトロなイケメンがしっくりくる。

どんなに型落ちでも、値段が安くても、私にとってはかけがえのない相棒だ。


 そして翌朝。

登校しようと靴をはきながら、私はBPくんに手を振った。


「行ってきます。帰ったら、またおしゃべりしようね」

「はい。いってらっしゃいませ。お父さまにもよろしくお伝えください」


 ドアを閉めた瞬間、母の大きな声が聞こえた。


「こら、なんで私より先にお父さんへのメッセージなのよ!」


 廊下に響くその声を耳にして、私は笑いながら家を飛び出す。

なんだか、こんな朝がずっと続きそうな予感がしている。


 ――でも、まあ。


「150円のイケメンに、両親が振り回されるなんて、思いもしなかったよね」


 誰に語るでもなく、そうつぶやいて私は学校へ向かう。

きっとこの先も、我が家はしばらくにぎやかになるはずだ。

その原因が、コンビニで買った安いイケメンだなんて、何度思い出しても笑ってしまう。


 けれど、本当に大切なのは価格じゃない。

私の胸の中で、BPくんの優しい笑顔がそっとささやいている気がする。


 “高級品を並べるより、家族と笑っていられる時間のほうがずっと贅沢なのかもしれないね。”

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― 新着の感想 ―
ほっこりするいい話でした! うちの近所にも、売ってないかなぁ?
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