両想いの幼馴染・1
ドミニク・ベン・サルヴァドール筆頭伯爵は困惑していた。
古くから家同士で付き合いのある男爵家の御令嬢のパトリシア・ベン・クルスが事前の約束もなく突然、自分の屋敷に訪ねて来たかと思うと
「お願い、お金を融資してっ!!
幼馴染でしょっ!?」
と、懇願してきたからだった。
ドミニクはため息を一つつくと、「まぁ、まずは座りなよ。」と笑顔を見せてパトリシアとの話し合いに応じる姿勢を見せるのだった。
(全く。突然訪ねて来たかと思えば、いきなり何を言い出すんだ。
このじゃじゃ馬娘は・・・・。)
正直、ドミニクも少しぐらいはイラッと来ていたが、そんなそぶりは見せない大人の対応をするのだった。
だからパトリシアは、ドミニクのイラつきなど感じることなくドミニクに向かって感謝の気持ちを伝える一礼をしてから椅子に座る。フォーマルな衣装のスカート部分は長く、パトリシアは座るときに裾に皴が入らないように気を遣いながらドミニク家の長椅子に座ったのだった。
パトリアシアは貴族の令嬢という身分でありながら冒険者に転身するという破天荒な経歴の持ち主だったが、普段の鎧姿と違って貴族の御令嬢に相応しいドレスを着てきた今日の彼女は、所作の一つ一つを見ても完璧な貴族のレディの振る舞いだった。
その仕草は女性らしい繊細さと気品を感じさせ、彼女の美貌をより引き立てていて彼女を見慣れているはずのドミニクでさえ、思わず生唾を飲んだ。
そう。ドミニクの幼馴染のパトリシアはとても美しい女性だったのだ・・・・。
腰まで伸びた美しい金髪は軽いウェーブがかかっていてドミニク家の椅子に座るためにかがんだだけでフワフワと軽く弾み、彼女の愛らしさを演出しているようにすら思える。
エメラルドを思わせる美しい緑色の大きな瞳は、その長い金色の睫によく映えたし、薄いピンクの唇は男性の保護欲を誘う幼さを感じさせた。
しかもその体は冒険者だけあって贅肉は一切ついていない。
薄い胸ながらも腰元が大きくクビレていて体は美しい曲線美を描いていた。
見慣れたはずのドミニクも思わず彼女の女性としての部分を意識させられてしまうのだった。
そんな美しいパトリシアとドミニクは幼馴染であったが、家柄が男爵家の娘に過ぎないパトリシアより、王国筆頭伯爵家のドミニクの家の方が家格は数段格上だった。
さらにパトリシアの実家は古くはドミニクの家に仕えた騎士の家柄であったが、戦場で手柄を上げて当時の国王から男爵の爵位を得て独立した歴史がある。もとは主従関係の家柄であるが、両家の支配領地は隣接していて昔から相互に助け合う関係でありつつも格式の差はあった。
しかし、両家の関係は極めて良好であったため、互いに気を使わぬ仲になった。いつの代からか家族ぐるみで深い交流があったので、当然、二人は幼いころからよく見知った関係であった。そしてパトリアの性格上、ドミニクにとって彼女から突然に無理なお願いをされることは慣れっこだった。
そんな事情がありドミニクはパトリシアの行った突然の訪問の上に融資を迫るという無礼千万な行動に対して、心の中では悪態をつきながらもパトリシアには嫌な素振りは一切見せずに大人の対応で接することができるのだった。
そうはいっても、あんまりの行為。ドミニクはため息とともに天井を仰いでしまう。思えば、ドミニクは幼いころから彼女に振り回されっぱなしだった。
パトリシアが高い木に住むリスを飼いたいとせびれば、大人でも自力では降りられないような高い木に登らされたし、
パトリシアが学校の運動会で突然、男子だけの種目である剣術トーナメントに参加したいと騒ぎ出した時もドミニクは生徒会長という立場を利用して、ゴリ押しで特別1試合とはいえ、パトリシアを女生徒としては初となる剣術の試合に出られるように細工をしてあげた。
学校を卒業する年頃になってもパトリシアの自由は止まらなかった。
「会ったこともない男と結婚するなんて嫌よっ!!」という貴族の娘にあるまじき身勝手な理由でパトリシアが冒険者になった時も、ドミニクは将来有望であったのにもかかわらずパトリシアの護衛役として自分も冒険者になったこともあるという献身ぶりであった。
そんな人生を歩んできたドミニクにとって、パトリシアの無茶ぶりを聞かされることは、通常業務と言える。・・・・が、さすがにいきなり融資をしろというのは、いくら何でも無法であり、また、パトリシアが何か金銭トラブルに巻き込まれた可能性も考えられるのでドミニクは内心穏やかではなかった。
(全く、人の気も知らないで・・・・。)
ドミニクは心の中で不満を口にしつつ、パトリシアが融資を願い出た理由を話しやすいように、わざと穏やかな笑顔を見せながら彼女が語りだすのを待つのだった。
だが、当のパトリシアは、いい気なもので、
(やったわっ!!
ドミニクが私のお話を聞いてくれる気になってくれていますわ!!)
と、心の中でははしゃいでいた。
しかし、パトリシアの天真爛漫に思えるその喜びようも彼女が追い詰められた現状にあることを鑑みると納得なのだが、この時のドミニクはそんな事情を知る由もなかった。
パトリシアは、少しだけ話すのをためらった素振りを見せたのち、咳ばらいを一つすると融資を願い出た理由と経緯を話し出した。
「あの・・ね。妹のソフィアが次の冬に結婚することになりましたの・・・・。」
突然のめでたいお話にドミニクは「おおっ! あのやんちゃ姫もそういう年頃になったんだね!! それはおめでたい話だ。」と祝福したが、パトリシアはそんなドミニクをジト目で見ながら「姉の私よりも先に結婚したのですのよ・・・・。」と不満を口にした。
妹の結婚に嫉妬するパトリシアにドミニクは苦笑しつつも責めはしない。
そもそも美貌の持ち主であるパトリシアが結婚できないのは政略結婚を嫌がり、貴族の御令嬢という身の上でありながら冒険者に落ちるという行為を働いたのが原因。自業自得とはまさにこの事なわけだが、しかし、それを差し引いてもパトリシアにも女性としてのプライドがあり、同情の余地があることを幼馴染のドミニクにはよくわかっていたからだった・・・。
「私なんか、今年で28歳。もう立派な行き遅れと世間様から後ろ指差されていると言うのに、15才の妹が先に結婚するだなんてっ!!
・・・・・・惨めですわ・・・・・。」
パトリシアは自分の素行の悪さを棚に上げて妹をうらやんでいる。
そんなパトリシアにドミニクは
「まぁ、少し早い気もするが結婚適齢期じゃないか・・・。君は祝福してあげないと・・・」とたしなめる。
そう、パトリシアの28才など現代の日本ではまだまだ売り手市場の世代であるというのに、この世界では15才でも結婚適齢期。28才のパトリシアは結婚適齢期をとうに逃した行き遅れだったのだ・・・・。
結婚に対して自分から逃げ出したというのに、パトリシアにとって妹に先を越されたのはショックだったらしい・・・・。
だが結婚するのを嫌がった、と言うのは建前で本当はパトリシアにも結婚願望はあるし、好きな男性もいる。
ただ悲劇的なことに、パトリシアが好きな男性がドミニクだったのだ。これはパトリシアにとっては大問題だった。
ドミニクは彼女たちが住む王国ジーン・デ・コスタリオの筆頭伯爵。つまり伯爵たちのまとめ役でありトップでもある。一介の男爵家の娘でしかないパトリシアにとっては、高嶺の花でもあった。
実際に、以前からパトリシアにも妹のソフィアと同様にドミニクよりも下の階級の貴族との縁談ばかりが持ちあがっていた。幼いころから親友として育ってきた二人だったが、パトリシアとドミニクの間には、大きな社会的格差があったのだ。
(”まぁ、少し早い気もするが結婚適齢期じゃないか・・・。君は祝福してあげないと・・・” ですって?
誰のせいで私が未だに独り身だと思っていますのっ!!)
パトリシアは心の中で、自分の気持ちの歯止めになっているドミニクに恨みごとを言う。
複雑すぎる感情を抱えているパトリシアではあったが、そこはグッとこらえて、融資の話をつづけた。
「で、ね。
妹の夫となるフェルナンド男爵様が・・・その・・・私の家の跡を継ぐことになりまして・・・ようするに婿養子ってことですの・・・。」
頭の回転の良いドミニクは、そこまでパトリシアの話を聞いて事情を察すると眉をひそめた。
「あのフェルナンド男爵か・・・。戦場でお見かけしたことがあるが、いや、かなりの大人物だったな。彼ならば君の家も安泰というわけだ。
・・・でも、それはつまり・・・。」
ドミニクが今、言いづらそうにして良い淀んでしまった事は真実であった。パトリシアはハッキリと言えずに良い淀んでしまったドミニクの優しさに心打たれながら、自分の口でそれを説明するのであった。
「はい。そうです。家の実権は妹夫婦が握るという事です。
そうとなれば、私は我が家にとってただのお荷物・・・。
勿論、ソフィアは私をないがしろにしたりは致しませんが・・・
お父様が・・・
その・・・・私の事を我が家の恥だと申されまして・・・。」
パトリシアは、そこまで口にしてから、グッと涙をこらえるのだった。
そんなパトリシアを見て、ドミニクは「もう、いい・・・。言わなくていい。」と、優しく声をかけて慰めようとした。
しかし、パトリシアはドミニクの優しさに甘えずに毅然と話を続けるのだった。
「お父様は仰いました。
”これ以上、お前のわがままを聞くつもりはない。
大人しく冒険者をやめて家に戻って縁談の話を受けるか、それとも、勘当されて貴族待遇を捨てるかだ。もちろん、その時は、これまでのようにお前に仕送りなど一切しない。 お前は赤の他人となるのだっ!!” と。」
パトリシアの事情を聴いたドミニクは「それは随分と厳しい沙汰。」と思ったが、貴族の娘でありながら結婚もせずにいつまでも自由気ままに冒険者などをやっているなど前代未聞の破天荒ぶり。むしろ今までよく自由に振舞わせていたなと思える方で、この世界の貴族としては相当、娘を甘やかしている部類の父親だった。
だから、ドミニクはこの件について差し出がましい口をはさむ権利はない事も理解していたのだ。
しかし、それはそれとして・・・それがどうして ”融資” ということになるのか?
それはドミニクの疑問であり、話の本筋に当たる部分でもある。パトリシアはそれについて、ようやく語り始めた。
「私の答えは決まっておりますわっ!!
お父様の脅しに屈して何処の誰かも知らぬハゲ散らかしたオッサンと結婚するなんて絶対に嫌ですのっ!!
そんなことをするぐらいなら、私、事業を起こして自立いたしますわっ!!
ですから、ドミニクっ!!
私に事業を始めるための資金をお願いしたいのですっ!!」
パトリシアの話は流石のドミニクにも想像が出来ないことだった。
この男性社会の中でお貴族のお嬢様が事業を起こすなどと聞いたことが無かったからだ。
(と、とんでもないことを言い出したぞ。このじゃじゃ馬はっ!!
起業するというのか?
い、一体何の事業を始めるというんだっ!)
ドミニクは、表面上は冷静を保ちながらも内心では大慌てでパトリシアの話を聞いていたが、やがて、パトリシアの眼に潜む自信に満ちた光に気が付き、ゾッとするのだった。
(ああっ!!
この目だっ!! 幼いころから、とんでもないことをしでかす前のパトリシアの目だっ!)
そんなドミニクの気持ちもつゆ知らず、パトリシアは自信満々に具体的な事業の内容について語るのだった。
「冒険者の職場と言える迷宮のお手洗い事情に踏み込んだ新事業っ!!
すなわち、女性による女性のためのお手洗い革命っ!!
私っ!! 迷宮に女性が安心してお手洗いを済ませることができるように
迷宮に有料お手洗いを建造いたしますわっ!!」
パトリシアは生き生きとした目で、とんでもないことをドミニクに言い放つのだった・・・・・・。