ペドロの危機・3
だが、ペドロとパトリシアが美しい握手をかわそうとした時だった。
「おやめくださいませ。パトリシア様。
そのような穢れた民と握手をなさるのはパトリシア様の不名誉になりますぞっ!」
握手の寸前。そのように言って二人の握手を邪魔するものが現れた。聞き覚えのある声のした方向をパトリシアが見ると、そこにはアロンソがいた。
アロンソはパトリシアが左腕に抱きしめた仕様書の束を目ざとく見つけると「くくっ」と、喉を鳴らすように笑った。
「パトリシア様。察するところ、ペドロに見切りをつけて業者を変更されるおつもりですかな?
ならば、どうぞ、このアロンソにお任せくださいませ。
うちの従業員ならば、そこのペドロのやり口は・・・・よく存じておりますので。」
ペドロのやり方をよく知っているどころか、その従業員はペドロが育てたものだ。
それを抜け抜けとこのようにのたまう。これほどの嫌味があるだろうか?
あまりな言い分に流石のペドロも怒り心頭で「くっ・・・!! おのれっ!! よくもそんなことが言えたなっ!!」と悔しそうに吠えた。
アロンソはそんなペドロに近づくと、その禿げ頭の頭頂部をピシャピシャ音を立てて叩いてニヤリと笑った。
「いいのか? 私にそんな口をきいて。
お前の商会が今も存続していられるのは、私の手心であるぞ。
この先、お前が私に逆らうのなら、ゴミのような仕事一つこなせぬほど追い込んでやっても良いのだぞ。」
「う・・・・うううううっ!!」
ペドロは悔しさと惨めさのあまり泣いた。その様子を見てアロンソは高らかに笑って勝ち誇った。
そして、パトリシアの方を見て恭しく頭を下げると
「さぁ、お嬢様。どうぞ、私の紹介へ。
私の商会は貴族からの融資を受けております。このような下賤の者の建物と違って優雅にできておりまして、まさにお嬢様にお似合いの建物です。」といった。
貴族に育てられ、高等教育を受けて育ったアロンソの仕草は完璧だった。上流階級の作法を知っているアロンソの仕草の美しさに民衆は感動してため息を溢した。
が、パトリシアはそんな仕草など一切問題にせず、何も言わずにアロンソの下げた頭を掌で「ピシャリっ!!」と叩いて、押さえつけるのだった。
「お黙りなさい。私の友人を侮辱することは許しません。
卑怯で醜いアロンソよ。
随分と良いタイミングで姿を現すではないですか?
どうせ大方、ペドロ商会を誰かに見張らせ、私が店に入ることを聞き得たのでしょう? そうしてタイミングを見計らって私の前にノコノコと現れた・・・・。
けれど、ごめんあそばせ。それに気が付かないほど、私、バカじゃありませんわよ。
そして私は身なりや出自でその者を評価するほど安っぽくはありません。
このような小賢しい真似ばかりするお前のように穢れた魂の男と、どうして高貴な私が取引すると思って?」
「・・・・・・くっ!!!」
無様にも公衆の面前で女に頭を叩かれ、その上、押さえつけられるという屈辱にアロンソは顔を真っ赤にして抵抗しようと体を起こした。
だが、起こそうと思って暴れてもその頭は一ミリも上には上がらなかった。その様子があまりにも滑稽だったので、それを見ていた群衆はつい声を上げて笑い出した。
「くっ・・・お、おのれ~~~っ」
屈辱を受けたアロンソは必死にあがこうとしたが、やはり頭は一ミリも動かなかった。
どのような剛の者であっても、力を出す寸前にそれを制止されたら跳ねのけられず身動き一つできなくなる。押さえつける力がどんなに非力であってもそうなってしまうのが人体の不思議である。
パトリシアは男性に比べれば非力ではあるものの、その技量は武人セバスティアンに幼いころから鍛えに鍛え上げられている。アロンソの動きの起こりを察して、瞬間的にそれを制することは造作もない事で、まさにアロンソは赤子の手をひねるよりも簡単に動きを封じ込められてしまったのだ。
(う・・・・うごけないっ!!?
何故だっ!? たかが女の細腕がまるで鉄の塊のように私の体を圧迫するっ!?)
アロンソは、あがくうちに体力を失っていった。お辞儀の姿勢で頭を下げさせられたら血が一気に下がり、血圧に影響が出てくるのだ。そのうち、アロンソは貧血を起こしてフラフラとその場に倒れ込む様に座り込んでしまった。
その瞬間、それを見ていた群衆から「お~~~っ!!」と声が上がった。
「はぁはぁ・・・・」
と、息を切らして座り込むアロンソをパトリシアは上から見下ろすと「では、ごきげんよう。」といった。そして、キリッと踵を返すとその場を立ち去ろうと歩き始めた。(※踵とは足のかかとを意味する古語。)
しかし、公衆の面前で笑い物にされた屈辱に震えるアロンソは立ち上がって怒りを爆発させる。
「おのれっ!! 人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって、この女っ!!
何が高貴な私だっ!! 知っているぞっ!!
お前が貴族から勘当され、庶民落ちしたことはっ!!
偉そうにお高く留まりやがって、お前だって俺達と同じ平民じゃねぇかっ!!」
パトリシアを指差し罵倒するアロンソ。だが、パトリシアは表情一つ変えずにそれをはねのけるように冷たく言い放つ。
「私が高貴なのは、出自だけの事ではありません。
その魂の在り方。他人を陥れて何かを成そうとする穢れたお前に何がわかるというのです?」
「・・・・て、てめぇ・・・・・っ!!」
侮辱に侮辱を重ねられたアロンソはついに腰に下げた剣に手をかけた。男のプライドを守るため、パトリシアを殺してでも戦おうというのだ。
だが、パトリシアはアロンソを冷酷な目で見据えるだけで、その動きを制止する。
アロンソはパトリシアの迫力に気圧され、恐怖したのだ。
(な・・・・なんて目だ・・・・
う、動けば殺されるのは俺だ。それが手に取るように見えてしまう。わかってしまう。)
そして、怯えるアロンソをさらに追いこむ様に腰の長剣の柄を握ったパトリシアが言い放つ。
「抜くのですか? 殺される覚悟もないお前が?
一度その剣を抜けば、どちらかが死ぬまで戦う事になるのですよ?
ぬけるのですか? 私に向かって貧弱で腰抜けなお前が。」
冒険者の中でも一目置かれる女騎士の迫力ある一言。アロンソはもう、生きた心地がしなかった。
まさに蛇に睨まれた蛙の状態。アロンソはもう身動き一つできなかった。
と、その時・・・・。
「そこまでっ! もう勝負あったっ!!」
と、高々に声を上げてドミニクが姿を見せた。王都でも人気の高い武人・サルヴァドール筆頭伯爵の登場に民衆は「わっ!!」と歓声を上げた。
「ド、ドミニク? どうして、あなた。
こんなところに?」
「な、なぜ筆頭伯爵が?」
意外な人物のいきなりの登場にパトリシアもアロンソも驚きを隠せない。
しかし、ドミニクは笑って「君がペドロ商会に向かったとメイドたちから聞かされたからさ。」と答えるのだった。なるほど。ならば、この登場は必然であろう。ドミニクが何をしでかすかわからないパトリシアを一人で行動させるわけがないのだ。その証拠に今。公衆の面前で大の男に恥をかかせる喧嘩の華を咲かせている。
「全く、君という人は油断も好きも無いんだから・・・・」
ドミニクの言う通りであった。
しかし、ドミニクが姿を見せたのは、それだけが原因ではなかった。
アロンソを一睨みすると「よくも利用してくれたな。」と威圧してから、右手の指をパチンと叩き鳴らし、後ろに控えていた家人を呼んだ。
合図を受けた家人は縄をかけた同行人をアロンソの前に押し出す。その押し出された男はアロンソにとって見覚えのある男・・・・それは自分がペドロの遺族と証言した男だった。
「お、お前・・・・どうしてここに?」
狼狽えながら証人の男に質問するアロンソ。しかし、その質問に証人の男は答えることができなかった。ただ、怯えに怯えてガタガタを震えるばかりだった。
そんな様子を見届けたドミニクはその場にいる群衆にも聞こえるように大声で話しかける。
「この男はお前がペドロの経歴詐称を証言させた男に相違あるまい。民衆もよく見ろ。見覚えがあるだろう。
しかし、しかしだ・・・・。この民衆の中に、誰か一人でもあの事件以前にこの男を見知っている者が一人でもいるかっ!?」
ドミニクがそう言うと、その質問の答えに心当たりがあるアロンソの顔色が変わった。そして、証人の男が何故、ガタガタ震えているのか理解したのだ。彼の心境がわかったアロンソは同じようにガタガタを震える人形のようになってしまった。
そして民衆の中から証人の男を知るものが一人も現れなかったことを見届けたドミニクは、続けて問題点を指摘する。
「誰もいないのか? おかしいではないかっ!?
この男は30年前に王都にいたペドロの遺族ではないのかっ!? これほど長い間王都に暮らしていた男を何故、誰も知らないのだっ!?」
ここまで来ると民衆にもドミニクの意図がわかり、「おおっ!」と声を上げた。
「もはや諸君も分かったであろうっ!! この男は王都の住民ではないっ!
今回の事件を引き起こすために雇われただけの男だ。
その証拠に、この男の住民票は偽物だっ!
私はこの男の住民票に押された印を確かに覚えている。ロペス伯爵家の印だっ!! その事が数日、私の脳裏で警鐘を鳴らしていた。
この住民票を信じて良いのか?と。
それがずっと引っかかっていた私はついに調べ直した。そして私が調べ上げた結果を言おう。
実はその住民票が発行された年月日。この王都の管理を任されていたのはロペス伯爵家ではないっ!!
従って、この男が持つ住民票が偽物だと証明されたのだっ!! わかるか、諸君っ!!」
ドミニクがそう言うと聞いていた群衆は手を叩いて口々に「筆頭伯爵っ!!」「さすが名君っ!!」とはやし立て、その見事な裁きに感動するのだった。
「アロンソっ!! 並びに証言をした男よ。
貴様らは民間裁判の立会人に貴族を立ち合わせた上に利用した。
その罪、ただで済むと思うなっ!!」
ドミニクのその言葉を合図にサルヴァドール家直属の騎士達が二人をひっとらえ、刑務所に連行していくのだった。
「ドミニク・・・・あなたが少し待てと言ったのは、こういうことだったのねっ!!
ステキっ!! やっぱり、アナタは私の王子様だわっ!!」
窮地に現れたドミニクにパトリシアは感激して抱きつき、公衆の面前にもかかわらず熱いキスを頬にするのだった。
そして、そのキスを受けたドミニクもパトリシアを抱きしめると
「いや。君の啖呵も素晴らしかったよ。
さすがは私のパトリシア。君ほど最高の女性を僕は知らないっ!!」と嬉しそうに笑うのだった。
仲睦まじく互いを尊敬しあい、抱擁しあう。美しいその様子を見ていた群衆は、次々に「熱いよ、御両人っ!!」とはやし立てるのだったが、当の無自覚バカップルはあっけらかんと
「いや。私たちはそう言う関係ではなく。ただの友達同士だ」と、答えるのだった。
その答えを聞いて頭を抱えるセバスティアンと、民衆たちがあきれ返って思考が停止してしまったことは言うまでもないことである。




