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交渉決裂・3

「おらあああぁっ!」

 気合い一閃に振り出されたその剣の速度にパトリシアは、あっと驚いた。巨体に似合わぬ異常な身軽さは想定外だったのだ。

 パトリシアは、レオナルドの狙い撃ちは諦めて剣でその一撃を受け止めて、大きく跳ね飛ばされてしまう。・・・・・傍目(はため)にはそう見えた打ち合いだった。事実、大きく跳ね飛ばされたパトリシアにイザベラが狼狽えた。


「ほらっ!! まともに一撃を受け止めることもできないじゃないっ!!

 ねぇっ!! 殺される前に止めてよっ!!」

 しかし、ドミニクはそれを否定した。

「それは違うよイザベラ。

 パトリシアは跳ね飛ばされたんじゃない。レオナルドの大剣を受け止めたら剣ごと真っ二つにされてしまうから、レオナルドの一撃は最低限威力を受け止めつつ自分から大きく飛んで威力を無効化したんだ。」

「・・・・じ、自分から飛んで威力を無効化って・・・・

 そ、そんなの人間に出来る事なの?・・・・」

 魔法使いのイザベラにとっては信じられないような高等テクニックだった。

「まぁ、見ていなさい。パトリシアは可憐(かれん)な容姿とは裏腹にかなりやる女だよ。」

 ドミニクはニヤリと笑う。そう、ドミニクは知っている。彼女の剣の実力を。その技術を。

 幼いころから一緒にいて、オテンバ娘らしく自分と共に剣豪セバスティアンに剣の手ほどきを受けた彼女の腕前を知っているからこそ、落ち着いた表情で見る事が出来た。

 イザベラにとってそれは、ただただ驚くことしかできないことであった。


 そして、その驚きはレオナルドにとっても同じだった。

 傍目(はため)にどう見えたかなど問題ではない。剣を打ち込んだ本人こそが文字通り暖簾(のれん)を腕押ししたかのような手ごたえのなさを感じていたのだ。

 自分の一撃をまさか無効化する女騎士がこの世にいるとは思いもよらずに舌を巻いた。

「まさか・・・・俺の一撃を無効化するとはな。

 パトリシア。噂にたがわぬ剣士という事か・・・・・」

 レオナルドは剣を構えなおしながら、鋭い目つきでそう言った。その目つきはパトリシアの剣技が彼に冷静さを取り戻させてしまったことを意味していた。


 対するパトリシアもレオナルドの実力に顔が青ざめていた。

(・・・・なんて剣なの? これが本当に酒に酔った男の剣なの?

 素面(シラフ)だったら今ので死んでいたかもしれないわね。

 その上、レオナルドは(わたくし)に警戒してしまった。ここから先は一歩間違えたら、次の瞬間には死んでしまう・・・・っ!!)


 改めてレオナルドの実力を知ったパトリシアは隙を見せて誘う危険はもうおかせないと判断し、今度は剣の長さを最大限生かせるように半身に剣を構えて距離を取る。

 やはり一歩踏み込まねば互いの剣が届かぬ距離。そしてダラリと下げられたパトリシアの腕には力みがなく一瞬で最高速に達するバネが見え隠れしていた。


「へっ・・・・全く、いい女だぜ。」

 パトリシアの実力を認めたレオナルドは慎重に距離を詰めながらも大胆に剣を振るう。大ぶりの一撃は速度に難はあるがその反面、レオナルドほどの強力(ごうりき)なれば剣の間合いにあるもの全てを切断できてしまう。細身の剣を操るパトリシアには受け止めることなどできずに、ただ必死にレオナルドの剣を避けることしかできなかった。


 ブンっ!! ブンっ!! ブンッ!!と、重い刃音が酒場中に響き、その度に観客が歓声を上げた。レオナルドが圧倒的だったからだ。パトリシアは必死で彼の剣を避けることに集中するのだった。

 この数回の打ち込みで誰の目にもレオナルドが優勢でパトリシアに勝ち目はないとわかった。

 だが・・・・4撃めの事だった。あまりにうまく逃げるパトリシアに苛立ちを覚えたレオナルドが攻撃手段を変更して突き技に転じたときの事だった。

(・・・今っ!!)と、パトリシアが覚悟を決めてレオナルドの突き技にタイミングを合わせて自分も踏み込んで反撃の突きを入れたのだ。

 パトリシアはただ逃げていたわけではない。注意深くレオナルドの攻撃を観察し、筋肉の動きを観察し、彼が大ぶり以外の一撃を放つ動作を先読みして反撃に転じたのだ。

 

 ヨーイドンで勝負すれば男女差で負けるが、敵の手を先読みした状態ならば女性のパトリシアにも分がある。勿論、それは命懸けの大勝負である。強い勇気と自分を信じる信念がないとできない行動であった。

 

 パトリシアとレオナルド、双方の飛び込み突きが交差する。

 レオナルドの突きは外れ、パトリシアの突きはレオナルドに当たっていた。

 当たっていた。しかし、それはレオナルドの体にではなく、レオナルドが咄嗟に受け止めた籠手(こて)の金属部分だった。当然、レオナルドは無傷だった。

 次の瞬間、巨体に物を言わせたレオナルドの体当たりがパトリシアの体を()ね飛ばした。


「ああっ!!」

 と、悲鳴一つしか上げることが出来ないパトリシア。まるで車にはねられたかのような衝撃が体を襲った。

 地面にたたきつけられてゴロゴロと床を転がるパトリシアはそれでも衝撃を最低限に抑える受け身を取っていた。

 レオナルドはその様をじっと見ていた。


「全く、呆れた女だぜ。この期に及んでまだ自分から体を回転させることで地面にたたきつけられる衝撃を吸収させるとはな。

 恐らく男でも並の戦士ならば、お前の相手は務まるまい。・・・・・大したもんだ。

 だが、最初のタックルが当たった時のダメージは消せないだろう?

 ・・・・・ここまでだ。お前は女の身でありながらよくやったよ。褒美(ほうび)にお前の罪は問わない。

 殺さないでおいてやるから降参しな。」


 レオナルドは床に這いつくばった状態でも剣を手放さず、自分を(にら)みながら呼吸を整えようとするパトリシアに降参の機会を与えた。

 だが、パトリシアはそれには応じない。

「・・・・いい気なものね。まだ、決闘の途中なのよ・・・・」

 そう言いながら全身を(むしば)む痛みで震える体で立ち上がり、再び剣を構える。

「それともあなたが降参する? そうすれば戦いは終わらせることが出来てよ?」

 などとのたまって(・・・・・)レオナルドを挑発した。


「いい加減にしやがれっ!! いつまでも俺が手加減していると思うなよっ!!」

 レオナルドはそう言うと、腰に下げていた鉄鎖を引き出してきて、激しく床を鞭打つ。

 パトリシアの親指ほどの太さで組まれた鉄鎖は酒場の分厚い床板を易々と破壊した。

 片手に大剣。片手に鉄鎖。どちらも物凄い重量だが、それでもレオナルドならば操るだろう。

 パトリシアは冷静に判断した上で剣を横薙ぎに素早く振って空を切ると再び剣を自分の体の正中線に立てるように構えた。

 問答無用。戦闘続行の意思。パトリシアは全身の痛みに耐えながら猫のように大きな瞳でレオナルドを見据えて覚悟を見せる。


「おのれっ!! 本当に八つ裂きにしてやるぞっ!!」

 脅してもなおも屈せぬパトリシアの姿を見て、レオナルドはプライドを傷つけられたと感じ、怒りに肩を震わせて両手を高々と上げる。

 しかしパトリシアは臆さない。剣を顔の前に立てたまま「来いっ!!」と吠えた。

 もうレオナルドは自分のプライドを守るために上げた武器を振り下ろすしかなかった。


「・・・・・ここまでか。」

 ドミニクは諦めるように呟いた。彼にはわかっていた。レオナルドは最後の最後の部分では女性を切ることにためらいを覚えており、全力を出せないことを。だからこそ、この決闘を止めなかった。

 しかし、今。超一流の戦士であるレオナルドが二刀流を使うほど本気を出したら、さすがにパトリシアには勝ち目は全くないと判断したのだ。いや、既に深手を負ったパトリシアには二刀流など出さなくても勝ち目など全くなかった。恐らくは次の一撃は避けることなどできずに潰されてしまうだろう。

 そう思ってドミニクは決闘を止めるため抜剣する。


 だが、次の瞬間。ドミニクが動き出す寸前の事。酒場にいた者達は全員、信じられない光景を目にする。

 なんとレオナルドは高々と天井に掲げた武器を力なくポイッと手放したのだ。


「わかったよ、俺の負けだ。

 アンタの言葉に従おう。」


 レオナルドは確かにそう言った。

 その場にいた誰もがその言葉の意味が解らずポカーンとしたまま動けなくなった。

 しかし、やがて彼の配下の者たちが意味を理解して不満の声を上げる。

「はぁっ!? なんでですか? 団長っ!?」「どう見てもアンタの勝ちですっ!!」「ここで負けたら団の貫目(かんめ)が下がりますよっ!!」

 だが、レオナルドは団員の非難を一切聞き入れなかった。それどころか一喝(いっかつ)する。


「やかましいっ!!!」


 その一喝で酒場全体が再び静まり返った。

 そして静まり返った群衆に向かってレオナルドは何故、降参したかを説明した。それはおおよそ荒くれ者とは言えぬ誇り高い内容であった。


「聞けっ!! 

 5撃だっ!! 俺がこの女に放った剣撃の数だっ!!

 この俺が女相手に5撃だぞっ!! 

 全く・・・・。女の身でありながらどれほどの修練を重ねてきたらこの剣境(けんきょう)に達するのか・・・・。

 わかるか、野郎どもっ!! この女が男だった場合、俺との実力差はいかほどになったことかっ!?

 だから、男の体に物を言わせてこれ以上の戦闘を続けるのは例え勝っても恥を晒すだけだっ!!」


 つまりレオナルドは女性でありながらここまで鍛え上げたパトリシアの努力に敬意を払い、自らの負けを認めるというのだ。

 その見事な振る舞いを見たドミニクは「ううむ。」と(うな)った。どうやらアマンダの言う通りドミニクに合う団長だったようだ。

(なるほど、この公平さ。気高さ。確かに貴族で教育を受けて育ったわけであろう。)

 ドミニクが感心していると、パトリシアもレオナルドの振る舞いに感心して剣を納めると自ら近づいていった。


「ルチアーノ殿。寛大な心遣い、ありがとうございます。」

 そう言って握手を求めた。

 レオナルドはパトリシアのその細く小さな掌を見ると困ったような顔をしながら下を向いて笑った。


 次の瞬間、シュッ!!という風切り音を立ててレオナルドの腕が伸びたかと思うと、籠手(こて)の下に隠していた仕込みナイフを手に握り、パトリシアの首元に押し付けた。

 それを見て冒険者たちは「わぁっ!」と驚きの声を上げた。歓声でも悲鳴でもなく、驚きの声である。

 誰もが予想していなかったことであった。


「甘ぇよ。あんた・・・・。」

 レオナルドはニヤッと笑った。

 そのレオナルドを見てイザベラが「卑怯(ひきょう)よっ!! あなたっ!!」と、誰よりも一早く我に返って非難するが、パトリシアもドミニクも彼女の頸動脈にナイフが押しあてられているというのに顔色一つ変えることはなかった。


 何故ならレオナルドに全くの殺気がなかったからである。


「話によるとアンタはこれからこういう荒くれ者と交渉していかなきゃならねぇ。

 だが、それはアンタみたいな世間知らずのお嬢様には無理だ。俺のような者に(だま)されて寝首をかかれるのがオチだ。」


 レオナルドはそれだけ言うとナイフをパトリシアの首から外して籠手にしまうと床に落とした自分の大剣を拾ってからパトリシアの前で(ひざまず)き、その剣をパトリシアに捧げるように掲げた。


「気に入ったぜ。パトリシア。

 アンタの剣技も。脅迫されても決して屈しないその気高い精神もな。

 どうか、俺の剣を受け取ってくれ。さすれば、俺はお前の部下として力を貸そう。

 冒険者の揉め事は俺が一身に引き受けると約束しよう。」

 レオナルドはそう言うと真っすぐにパトリシアを見つめた。パトリシアは一度だけドミニクの方を見てから、その剣を受け取った。

 ドミニクは何も言わない。全てパトリシアが決めるべきことだったからだ。


「この剣を受け取りましょう。ルチアーノ殿。

 アナタの忠誠に応えられるように精一杯頑張りますので、これからよろしくお願いしますね。」


 次の瞬間、酒場中がわぁっ!と、歓声に包まれた。

 レオナルドがパトリシアに剣を捧げたことに不満を言う者。パトリシアに感心し、またレオナルドの判断を称賛する者たちの声だ。その他にも酒場にいた野次馬(やじうま)者が悪戯半分に酒場の外へ飛び出して大通りでこの事を宣伝するものだから、多くの人が何事かと酒場に集まってきた。

「本当に女騎士がレオナルドに勝っちまったのかいっ!?」「これはなんてこったっ!!」「大した女傑だっ!!」と、口々にはやし立て、パトリシアはあっという間に大衆に囲まれて物凄い人気になった。

 まるでアイドルである。


 その様子を見つめながらドミニクはレオナルドにそっと近づき声をかけた。


「見事な振る舞いだ。

 だが、本当にいいのか? あのまま戦えば万に一つもそなたが負けることはなかっただろうに。

 このままでは、そなたは女に負けたと噂されることになるぞ。」

 ドミニクの疑問は至極当然の事である。実際、あの時、パトリシア自身が死を覚悟していた。しかし、パトリシアにも騎士としての誇りがある。決して屈したくなく剣を引かなかっただけの話だ。

 しかし、レオナルドはそれが良いといった。


「旦那。あれは大した女だぜ。この俺に殺されそうになっているというのに瞳から光が消えることはなかった。

 それを見て俺は気に入っちまったのさ。同時に『この女、危ういな』って思ったのさ。

 だから、俺が支えてやろうと思った。ただ、それだけの事さ。

 それ以外の事情なんか、俺にとってはどうでもいい話さ。」


 レオナルドは気持ちのいい返事を返した。だが、ドミニクは顔色一つ変えずにレオナルドに釘を刺すように忠告する。

「気を付けろ。

 彼女を裏切ったら、私が容赦なくそなたを殺す。」

 それは脅しではなく警告であった。ドミニクは口先だけでなく実際にそうするだろう。その言葉にはそれを魂で理解できるほどの殺気が込められており、十分な説得力があった。


「へっ! おっかねぇなぁ・・・・。」

 レオナルドはドミニクの実力が自分より(はる)かに上なことを悟っていたが、堂々とドミニクの言葉をせせら笑った。彼にはパトリシアへの忠誠に反するつもりなど一切なかったから、ドミニクの警告など意味をなさなからだ。

 これは疑う余地なくパトリシアが自分の力で王都最大の兵団を家臣として手に入れたことの証拠だった。

 ドミニクはレオナルドの忠誠心を確かめた後、懐から短剣を出し、レオナルドに手渡す。


「受け取れ下郎(げろう)。これは当家からの褒美だ。

 困ったことがあったらこの短剣をもって私の家を頼れ。必ずお前を助けてやろう。

 だからこれからもパトリシアを頼むぞ。」(※この場合の下郎とは相手を(ののし)る言葉ではなく、単純に官位を持たぬ相手に対しての総称。)

 

 その手渡された短剣の鞘に刻まれた家紋を見てレオナルドは思わず驚きの声を上げた。


「これはっ!! サルヴァドール家の紋章っ!?

 と、当家って・・・・え・・・嘘だろ。まさか・・・・

 ・・・・ええっ!? あ、アンタ・・・・・サルヴァドール筆頭伯爵・・・・・様かっ!?」

 レオナルドの叫び声は酒場中に響き渡るのだった。

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