交渉決裂・1
「全く、男の人ってどうして仕事の事になったら前後が見えなくなってしまうのですかっ!!
私を置いて先に行ってしまうなんてっ・・・・」
「だ、だから。そ、それは何度も謝ってるじゃないか。
それに僕達は今後、ダンジョンで事業を始めるにあたっての問題点をペドロから聞かされ知ったばかりだ。これから冒険者たちの同意を得るための方法とダンジョンの危険をどう抑えるかの議論をしなくてはならない。時間の猶予はないよ?
だから、どうかパトリシア。僕を許して機嫌を直しておくれよ。」
「嫌っ!! ありえませんわっ!!
絶対に許してあげませんっ!!」
「・・・・全く、君という人は・・・・」
パトリシアは唇を尖らせて不満を口にし、馬車を操るドミニクは弱気に謝るという会話がもう10分近く続いていた。ペドロとの会話に手ごたえを覚えたドミニクは商談を終えて紹介を出た後、ついつい鼻息荒くして歩みを強めてしまいパトリシアを置いて一人で先に行ってしまったことをいつまでもグチグチと責め立てられていた。
ドミニクとしては今後の事について建設的な会話に早く持って行きたいのだが、愛しのワガママお姫様のご機嫌が収まらないことには前には進めない。
(参ったな。つい、ペドロとの会話でやる気になりすぎてパトリシアに可哀想なことをしてしまったから、強気に出ることも出来ない。
しかし、いつまでもこのまま馬車を転がしながら町を練るわけにもいかないぞ。)
ドミニクはパトリシアを怒らせてしまった反省をしつつ、現状に困ってもいた。
ところがそんなドミニクの目に人だかりが見えた。
「ん・・・・? あれは・・・」
ドミニクの視線の先には道路に面した菓子屋があった。特製のワッフルを作る庶民から貴族に至るまで人気の店だった。庶民は店頭の屋台で買ったものを路上で食べ、貴族は店内で食べる。庶民と貴族では同じワッフルでも、値段も中身も違うし食事する場所も違う。だから、両方の階級から愛される事が両立出来た。そして、貴族と庶民では味に差があれど、その階級ごとに買える値段のお菓子としては最高級品だと巷で有名であった。
(・・・・そうか、あれで・・・)
ドミニクは渡りに船とばかりに馬車を道路わきに止めると、店先を指差して「お姫様。仲直りの印に特製のワッフルはいかが?」とパトリシアに囁いた。
「あっ・・・・!!」
パトリシアはワッフル屋を見つけると歓喜の声を上げる。そして、その気持ちを見透かされたことを恥じ入り、眉尻を下げながら了承の返事をする。
「も、もう! 仕方ありませんわね。
・・・・全く、女性の弱いところをよく知っているんですからっ!!」
パトリシアは食欲に負ける自分を恥ずかしがりながらも「ここぐらいが和解のタイミングかしら」と思って笑いながら返事をする。その仕草がまた可愛いとドミニクは心の中で悶絶しながら馬車を停める。そして今度は徒歩でパトリシアをエスコートするのだ。置いてけぼりにされた先ほどとは違い、大きくて逞しいドミニクの手に引かれて歩くのは気持ちがいいらしく、パトリシアは満面の笑顔になって歩いた。
そして、庶民のための露店前の人だかりを超えて店内に入ろうとした時だった。不意にパトリシアが「まぁっ! アマンダっ!!」と声を上げた。ドミニクが見ると、幼い子供達に手を引かれたアマンダが人だかりの列の最後尾に並ぼうとしていたのだった。
「パトリシアっ!! それに、ハンサムさんもっ!!」
アマンダの方も驚いたように声を上げた。
思わぬ場所で仲間に会えてうれしいパトリシアはアマンダの方へ歩いていく。
「まぁまぁ、アマンダ。こんなところで合うなんて偶然ね。」
「・・・・だな。・・・・そっちもワッフルを食べに?」
アマンダは自分の手を引く子供たちに「姉ちゃんが戻ってくるまでちゃんと列に並んで順番を確保してろよ」と釘を刺す。言われた子供たちは「うんっ!!」と、元気一杯に返事をして行儀よく並ぶのだった。その姿を見ていたドミニクは彼らを指差しながら怪訝な表情で尋ねた。
「その子供たちは? 先ほど「姉ちゃん」と言っていたようだが、とても君の弟妹には見えんがね。」
ドミニクの指摘通り、そこにいるまだ幼い少年少女たちは髪の色や肌の色もまちまちでアマンダ個人の血縁者にはとても思えなかった。
アマンダは答える。
「ああ。近くの孤児院の子供たちだよ。スラムの娼婦たちが産み捨てていった子供達さ。
アタイも14になるまでお世話になってたからさ、こいつらが自分の兄弟に思えて休みの日には孤児院の手伝いで面倒を見ているのさ。」
アマンダは辛い境遇をサラッと語る。パトリシアとドミニクは自分たちとは違う世界の彼らの境遇を気の毒に思わずにはいられなかった。
「・・・そうか。それは立派な心掛けだ。
これを取っておきたまえ。子供たちの食費の足しにしたまえ。」
ドミニクはそう言って財布から金貨1枚を取り出すとアマンダに渡そうとした。その瞬間、アマンダはムッとした表情で両腕を組んで受け取りを拒否した。
「お金持の旦那様・・・。いくらアタイがスラムの女でも馬鹿にしてもらったら困るわよ。
いいかい? アタイがこいつらのために体を売って金を貰うのはサービスの対価だよ? 施し貰おうってんじゃないわよっ!!」
目を真っ赤にしてアマンダは反発した。もちろん、ドミニクにはそのような悪意はない。しかし、それでもドミニクはアマンダの怒りを受け止めて素直に謝罪しようと思った。何故なら、アマンダは「アタイがこいつらのために体を売って金を貰う」と言ったからだ。ドミニクはその言葉を聞いて、とあることに合点がいった。
本来、貴族のパトリシア率いるパーティは彼女の貴族特権のおかげで有利に仕事を得られたはずだ。にもかかわらず休日に体を売ってまで稼がないといけない状況だったことがドミニクは不思議だったのだ。
しかし、その理由が冒険者の稼ぎだけでは孤児院の足しにならないから、自分の体を売っていたというものだったのでドミニクはアマンダに深く感心した。
そこで、どうしても手にした金貨を受け取ってもらおうと考えるのだった。
「それは大変な無礼をした。謝罪しよう。
アマンダ。君は体を売る対価で金を受け取っているとプロ意識を見せた。
ならば、君にこの金貨を受け取ってもらおうと思えば、それなりの仕事を与えればいいという事かね?」
ドミニクは手にした金貨を引き下げることはなく、むしろアマンダの目の高さにまで上げて問う。アマンダはドミニクの行動に首を傾げた。
「・・・・ま、まぁ、そうさね。
でも、旦那。一体、どういうつもりだい? まさか子供の前でアタイを買っていくって様な真似をするような男じゃないし、何が言いたいのさ?」
ドミニクの真意がわからぬアマンダはストレートにそう尋ねた。それはつまり、仕事の条件次第では金貨を受け取るという意味であるから、ドミニクはホッと安堵した。
そしてパトリシアの方を見てニッコリ笑いながら「では、先ほどのつづきをしようか?」と言う。
「・・・はい?」
しかし、今一つ要領を得ないパトリシアのとぼけた様な声が帰って来るのだった。
「なるほどぉ・・・・・ダンジョン内に女性用トイレねぇ。
そして、その為に冒険者の同意を得る必要がある・・・・と。」
要領を得ないパトリシアを無視してドミニクが新事業について丁寧に説明するとアマンダは正しく話の内容を理解して考え込む。
しかし、このような大きな問題はアマンダのような一介の女戦士には簡単に答えなどは出せない。勿論、ドミニクもそのようなことは百も承知の上である。そしてドミニクにはある程度の腹案は既にある。それに対する助言を求めたくてアマンダにこれを尋ねただけだ。だからアマンダが考え込み始めてすぐにドミニクは補足して質問した。
「アマンダ。私はまず、大きな冒険者の兵団に声をかけて同意を得るべきだと思っている。
そこで君に情報を求めたい。
この王都には多くの冒険者をまとめる兵団があると思う。その中でも特に全体に影響を及ぼすような大きな兵団を教えてはもらえないだろうか?」
兵団とは複数の気の合うパーティが寄りあって助け合うための連合部隊だ。
この連合部隊はトップパーティのリーダーを頭に下部パーティが存在するといった形式で、兵団のリーダーと契約することで参加できるようになる。互助精神で成り立つこの兵団の仕事には「パーティに欠員が生まれたのでしばらくの間、人員を貸してほしい。」「新人冒険者パーティなので仕事が入ってこないから、仕事を回してほしい。」といったような冒険者の育成保護も含まれるため、兵団のリーダーは冒険者たちから絶大な信頼と影響力を持っているのだった。
ドミニクはそこに目を付けた。冒険者の理解を求めるのならば、多くの冒険者に影響力を持つ兵団のリーダーを味方につけるのが一番早道だと思ったからだ。
アマンダはドミニクの言葉からその狙いに気が付き、しばらく考え込んでから加盟パーティ数50を超える王都でもトップ3に入る巨大兵団である『白き獅子の団』の名を上げる。
「それなら・・・・レオナルド・ベン・ルチアーノが率いる『白き獅子の団』ね。
規模だけで言えば、ここよりも大きい兵団はあるけれどリーダーの資質が旦那にあっていると思うわ。
リーダーのレオナルドは多くの冒険者、兵団から尊敬を受けているし、生まれも男爵家の庶子で爵位は持っていないけれど貴族の高等教育を受けて育ったそうだから、旦那に合いそうじゃない?」
アマンダのくれた情報は正直、ドミニクにとってはかなり有益なものだった。ドミニクは感心したように深く頷くと手にした金貨を再びアマンダに向けて差し出した。
「今度は受け取ってくれるかな?」
「勿論よ。そっちこそ、今度はアタイを買いに来てね。
だって・・・・アナタ・・・・見るからに凄そうだもん・・・。」
アマンダは悪戯っぽく笑いながら報酬の金貨を受け取ると、今度はパトリシアを見ながらが言った。
「リーダーのレオナルドは今頃、酒場にいるはずよ。イザベラがうちを脱退して彼のパーティに加えてもらおうと交渉しに行ってるからね。
だから、酒場に付いたらイザベラからレオナルドを紹介してもらいなさい。」
「ええっ!? パーティ脱退っ!?
イザベラが? そんな・・・・どうしてっ!?」
衝撃の発言。イザベラがパーティを脱退するなんて話をパトリシアは聞かされていなかったからだ。
混乱するパトリシアにイザベラが笑いながら言った。
「昨日、そっちの旦那様がイザベラに酒をぶっかけたんだって?
昨日の夜えらい剣幕でアタイの家に来て散々、愚痴って行ってね。
それに貴族から落ちたアンタは、これからは以前のように仕事を取ってこれない。だから金のためにイザベラは移籍するのさ。」
「そ、そんなっ!!」
「それに鈍いアンタは知らないだろうけど、イザベラは前から美貌を見初められてレオナルドに言い寄られてたらしいから、移籍しやすいんでしょうよ。
なんだったら途中移籍のペナルティ金もレオナルドが払ってくれるんじゃない?」
「・・・・・・・」
パトリシアは絶句してしまった。
(イザベラとは喧嘩したような形になってしまったけれど、まさか、そこまで大きな問題になるなんて・・・・)
悲しそうな目で肩を落として苦しむパトリシアを見てアマンダは優しく笑った。
「ま、そんな深刻な顔しなさんな。イザベラはこんなことになってもアンタの事を女として尊敬もしている。
イザベラがアンタの騎士としての実力を疑ったことが一度でもあるかい? ないだろう?
あいつはアンタの実力には絶大の信頼を向けている。だから、普通に行って声をかけてごらん。
わだかりもなく普通に会話できるわ。」
アマンダはそれだけ言うとパトリシア達に背を向けて待たせている子供たちの方へ歩いていく。置いていかれると思ったパトリシアは心細そうに
「ねぇっ!? 本当にそんな風になるの?
イザベラは私の事を嫌っているんでしょう?」と大きな声を上げて尋ねた。
それを聞いたアマンダは立ち止まったが振り返らずに「大丈夫よ。アイツ・・・・アンタの事、好きよ。そうじゃないとその鎧を買うのを手伝ったりしないわ」とだけ言い、そのまま戻ることはなかった。
アマンダは早速手に入れた金貨で子供たちに御馳走を振舞う。ワッフルには追加料金でクリームとジャムが加えられた。子供たちにとってクリームやジャムがサンドされたワッフルなど生まれて初めての経験だったので涙を流して感激する子供も少なくなかった。
アマンダはそんな子供たちを嬉しそうに眺めていた。
「いい人を仲間に持ったね。パトリシア。
その彼女が言うんだ。きっとイザベラは大丈夫だ。信じようっ!!」
ドミニクは子供たちと幸せそうに笑うアマンダの様子を見ながら落ち込むパトリシアの肩を抱いて馬車へと連れて行くのだった。
それから馬車に乗っても浮かない表情のパトリシアを見て、彼女がレオナルドの所へ説得しに行くことが乗り気でないことを悟った。
ドミニクはそれからしばらくパトリシアが気分を盛り返すことを期待して待っていたが、パトリシアの暗い表情は変わることがなかった。そこでドミニクはとうとう説得を始めるのだった。
「・・・・パトリシア。イザベラと向き合うのが怖いんだね。」
パトリシアはドミニクにそう言われると悲しそうに「はい。」とだけ答えた。その姿は見方によってはギブアップの意思表示にさえ見えてしまう。だが、ドミニクはそれを許さなかった。
「パトリシア。それでも君はイザベラと向き合わないといけない。
このままではお別れの挨拶もないまま彼女はパーティを抜けてしまうよ? それでもいいのかい?」
「いやよっ! そんなのっ!!」
反射的にパトリシアは答え、そして力なく自分の気持ちを説明した。
「あのね。イザベラもアマンダもロドリゴも自分で見つけたお友達なの。
あなたと冒険者になった時、私は何もしなくてよかった。全部、アナタがしてくれた。
パーティもお友達もアナタが全部引き寄せてくれたの。そのお友達も皆ステキな人達ばかりだったわ。
でも、なんて言うのかな・・・・・。説明するのは難しいけれど、イザベラたちは何か違うの。」
自分でももどかしいくらい説明できないイザベラとの関係性を説明しようとすると語彙の足りなくなってしまうのだ。勿論、高等教育を受けて育ったパトリシアが急に言葉が出てこなくなったのは彼女自身がショックを受けていることも原因の一つであるが、もう一つの原因としては与えられて育つことに慣れてしまったお姫様の人間的な経験不足があげられる。
なんと言って説明していいのかわからずに困ってしまったパトリシアをドミニクは優しく諭す。
「わかるよ、パトリシア。それが親友と友達の違いだ。
パトリシア、君にとってイザベラは親友なんだ。」
「・・・・親友っ!!」
ドミニクの言葉を聞いて目をまん丸に見開くパトリシア。そして納得して深く頷いた。だから、ドミニクが続けて
「そう、親友だ。その親友とこのままお別れでいいのかい?」と言えば、パトリシアはいつもの元気を取り戻し、大きな声ではっきりという。
「そんなの嫌ですわっ!!
イザベラは私のお友達っ! 大切なお友達ですっ!」
立ち直ったパトリシアの姿を見たドミニクはホッと安堵して馬車を酒場に回すのだった。




