喫茶店桜花、マスターの日々。
07:00
カランカラン
玄関に取り付けたベルが、小気味の良い音を奏でた。
うん、今日も相変らず良い音だ。
アレはその昔、質屋巡りをしていたとき、偶々見つけた一品で、もう一目ぼれとしか言い様の無い感覚に襲われて衝動買いした物だった。
「おはよ、マスター」
「おはよう影見くん」
訪れたのは、最近よく訪れてくれるようになった影見くん。
うちの開店時間は朝の七時なのだけれども、大抵開店とほぼ同時くらいに店を訪れてくれる。
前に「なんで家にきてくれるの?」と聞いたことがあるのだけれども。
「この時間に空いてたお店が、この近辺では此処しかなかったから」だそうだ。
まぁ、微妙に消去法なのが何となく、なのだが。
お客様はお客様。コーヒーのブラックと、卵サンドを手早く用意して、彼の前へと差し出した。
08:00
影見くんは既に帰った。何時も通り、ちゃんと学校に行くのだろう。真面目だと思う。
けれども、ならあんな早朝に一体何してるんだろうとも思う。学生なのに。でも、その好奇心をぐっと抑えてこそのこの商売。
人に言えないことなんて、それこそ星の数以上あるだろうし。まぁ、想像がつかないでもないし。
サイフォンで入れたコーヒーに口をつける。
この時間、大体は登校班の小学生とか、中学生とか高校生とかが行きかう時間帯だ。
この辺りは割と住宅街に近いので、結構おちびさんや学生さんの姿が良く見られる。
といってもまぁ、窓の外は植え込みで、その上店内はいつも薄暗くなるように調整してある。
外から中を覗き込む、と言うのは中々に難しいと思う。
09:00
「マスター、アレ見せて」
少女にせがまれて、仕方無しにカウンターの中から電球を取り出した。
電球の底、本来ソケットの刺さる部分を、確りと握り締めて。カチッ、と回路を繋ぎ合わせる。
「わぁぁぁ……」
少女の名はセツナと言うらしい。苗字は聞いていないし、漢字も聞いていない。
外見は小学生くらいで、この時間になるとたまに訪れてくるお客さんだ。
学校に行かなくても良いのか? と聞いたことはあるのだけれども、
「勉強なんて、ちゃんとやってれば出来るものなのよ」
と、物凄く格好良く言い切られてしまった。小学生少女を格好良いとか思ってしまう俺は終わっていると思う。
なんでも親が共働きで、三食分のお金を何時も預かっているのだとか。
此方としては、お客様はお客様なんで文句は言えないのだけれども。
所謂鍵っ子。両親プラス三兄妹の長男だった俺は、お帰りを言ってくれる人の存在がどれだけありがたいことか、と言うのを少しわかっているつもりだ。
一人っきりの家っていうのは、もう本当に寂しい。
追い出して犯罪に巻き込まれでもすれば相当後味も悪いし、もう知ったことかと言う感じで何も言わずじまいで、結局気付けば店の一角に彼女専用スペースが出来上がっていた、という始末。
「ねぇ、マスター。それどうやってるの?」
「内緒。手品は見て楽しむ物だよ」
「ケチー」と声を上げるセツナに言いつつ、電球を引き出しに仕舞う。
――本当に種も仕掛けもありません、なんて説明できないし。
ミルクティーとバタートーストにハムを添えて、彼女の前に差し出す。
格好良い少女ではあるが、年頃らしく甘い物はちゃんと好きらしい。ミルクティーは甘めだ。
「マスター、端っこかしてね」
「はいよ」
此処の隅っこの小さな仕切り席へと向かっていった。
あそこは入り口からでは割と目に付かない上、この店の中でも特に静かで結構落ち着く、良い場所なのだ。
セツナ嬢は、いつもあの場所で自主学習に勤しむ。
勉強している以上、本当に何もいえなくなってしまう。
まぁ、頑張れば良いんじゃないか、と思う。
10:00
この時間になると、大体の客は近所の大学生になる。
朝二つ目の講義から、という学生連中が、この店で時間を潰し、ついでに朝食もとっていく、という漢字だ。
「朝のオススメ(M)三つで?」
「うん」「はい」「それでお願いマスター」
「了解」
朝のオススメには三種類あり、其々S,M,Lという記号が割り振られている。
これは単純に量が多いか少ないか、ではなくて、胃にかける負荷のサイズを示している。
因みにSがパン類の軽食、Mがパスタとかな麺類で少し量があるもの。Lは肉付き。
レタスをパッと荒い、手で引き千切っていく。
因みに今日のSセットは焼きソバだ。
野菜類を細かく刻み、ソレを炒めて、ソバを載せてソースをかけて……と。
青海苔やら色々をトッピングして完成っと。
「どーぞ」
因みに飲み物には麦茶を出す。
流石に、焼きソバにコーヒーは如何かと思うわけですよ。
「マヨはセルフね」
言って赤いキャップのマヨネーズを差し出す。
この時間帯、何時もこの店に訪れてくれる彼等は、何等かのサークルの一団なのだという。
一度どういうサークルなのか? と話をふって見た事があるのだが、
「え、普通に勉強したり体を動かしたりするだけのサークルですよ」
と言われてしまった。言われた以上、それ以上を聞くわけには行かないだろう。
でも、なんというか一つ一つの挙動が矢鱈洗礼されていると言うか、たまに視線だけで会話が成立している辺り、本当にどういう連中なのか気になってしまう。
その好奇心を、確り抑えるのがマスタークヲリティー。らしい。
11:00
この時間、2こ目の講義が開始され、大学生の皆さんはせっせと大学に行かれた。
あの大学でうちを利用するのが、あのサークルの面子だけなので、大体この時間帯は暇をもてあますのだ。
「マスター、此処教えて」
「はいよ」
セツナ嬢に算数を教えつつ、新聞に目を通していく。
お堅い所でもなく、ゴシップ好きのところでもなく、平々凡々なニュースを流すところだ。
「分数か。最小公倍数でそろえて、通分するんだけど……」
「分母をそろえる、ってこと?」
「そうそう」
小学校の勉強って、以外に面倒くさい。
だって電卓なしで二桁同士の計算とか。出来なくは無いが、感覚的に面倒くさい。
ウチは会計とか、伝票と電卓(関数)で済ませるからなぁ。
と、流し読みしていた新聞の一つの記事で目が留まる。
「連続昏睡事件?」
最近、この近隣で意識不明で倒れる人が見つかる、と言うのが度々見つかっているそうだ。
ただの通り魔というのも恐いけど、そのほかの案件でも危ない事は危ない。
「嬢ちゃん、気をつけなよ?」
「大丈夫よ。私って、そういうのには人一倍気をつけているから」
言ったら、そんな反応だった。
「……でも、心配してくれる気持ちは受け取ったわ。ありがと」
グハァッ
12:00
セツナ嬢は友達に会いに行く、とこの時間になると何時も通り登校して行った。
全く。ませたお嬢さんだこと。
「然しねぇ」
お昼時だというのに、客数事自体は減っているという事態。
仕方が無いので先にお昼を済ませておくかね。
冷蔵庫の中から卵とネギ、ハムとニンジンとその他色々を取り出す。
中華鍋にごま油をしき、野菜を炒めてご飯を炒めて卵を絡めて調味料をぱっぱと。
適当に作ったチャーハンを、烏龍茶と共に食べ、ついでとばかりにテレビの電源を入れる。
「わははは」
Mr.モリタの番組を面白いと思ってしまう辺り、自分如何よと思わなくも無い。
とかやっている内に再びニュース。
新聞と同じく、連続昏睡事件の事が少しだけ触れられていた。
「ふーむ」
ちょっと気になってきたぞ。この近辺っていう話だし、一応調べておくか。
携帯端末を開いて、ネットワークにアクセスする。
えーっと、確かリンクをどこかに保存していたと思うんだけど……っと。
「あったあった」
ネットの裏情報を載せている掲示板。
裏の住人をはじめ、警察やら公安までが閲覧している、と噂の大規模闇情報統合サイトだ。
といってもこのサイトに出回る情報は大分大雑把で、基本的に此処でわかるのは“どういう事件が起こっているか”までどまりだといわれている。
「……ははぁ」
手持ちのツールでスレ検索をかけてみたところ……出た出た。
うへぁ、しかも対策班の設置が遅れてるとか。洒落にならん。
その後、ちょっと憂鬱になって、最後に国の運営するページを少し確認してから端末を閉じた。
13:00
この時間、本格的に暇になる。
多分、この店の薄暗い雰囲気が今の世代の子達の感性に合わないんだろう。
といっても、俺だってまだまだ20代前半なんだけどね。
カランカラン
「マスターちわーっす」
と、入ってきたのは短めに織り込んだスカートをはいた、なんとも活発そうなショートカットの女の子。
確か、近所の高校の陸上部で活動している……えーっと。
「蝦夷?」
「大化改新か!? 衛宮だよっ! 衛宮美琴!」
そうそう、その衛宮。突っ込みのチョイスもちょっと渋い。
というか今日は平日。まだまだ授業はあると思うのだけれども?
「あー、大丈夫。今日は避難訓練で、午前中授業やったから」
「成程」
まぁ、そういうのは確かに有ると思う。
第一、お客様が着てくれているのだ。喜びこそすれ、追い返すなんていうのはもってのほか。
「何にします?」
「美味しいのなら何でもええよ! あ、でも安いので!」
その注文に苦笑しつつ、冷蔵庫の中を適当に漁る。
マスターの手慰みセット(仮)は、大体500円から1000円の間。内容はその日の冷蔵庫の中身の状況によって変わる。
最悪の場合、野菜サラダ(500円分)とかもありえる。
――まぁ、今回はハムの切れ端、というか、少し千切れてしまっているハムとかがあったので、それでサンドイッチでも作ってやろう。
物価の優等生こと玉子を冷蔵庫から取り出し、フライパンを火にかける。
頃合を見てさっと油をしき、その上に玉子を投入。
軟らかくかき混ぜて調味料を加えて、と。
パンにハムと玉子を載せて、耳をバッサリ……いこうかとも思ったけれども、まぁ衛宮ちゃんなら耳も普通に食うかな、と。
斜めに切って、三角形の形に仕上げておいた。
多分、だけど、印象的にコーヒーって飲まなさそう。というか、似合わない。
飲み物には冷蔵庫の中に買っておいたりんごジュースを。これ、セツナ嬢は飲まないんだよね~。
「はい、どうぞ」
「おぉ、あんがとマスター! いただきマース!!」
手を合わせて、パクパクと食事を開始する衛宮嬢。
「良く食べるねぇ。今日は部活無いの?」
「んー、この後にあるんよ? でもほら、お弁当忘れてきたから」
そういや、高校はお弁当なんだっけ。
確か近所の高校って、普通に食堂とかもあったと思うんだけど。
「皆利用するからさ」
混むんだよ、と衛宮嬢。まぁ、納得はした。
「そうだ。また今度、友達此処に紹介しても良い?」
「……まぁ、周囲に迷惑かけない程度に静かに、ちゃんと注文してくれるなら」
突然思いついたかのように言う衛宮嬢に、少し面食らいつつ、取り敢えずは了承しておく。
あんまり騒がしいのはお断りだが、まぁこの子は外見に似合わず、空気を読む、と言うのは凄く上手い。
だって、セツナ嬢と交友関係が有るんだぜ!?
あの、KYに対して物凄い視線を向けるだけで黙らせる、あのセツナ嬢と。
因みにそのKYを黙らせた現場は此処。顧客開拓失敗したのは鬱な思い出。
「おっけーおっけー、任せといて!」
何を任せれば良いのかは良くわからなかったが、取り敢えずは首を縦に振って頷いておいた。
子供が元気なのは、基本的には良いことなのだから。
14:00
ランチタイムの後、午後の仕事始めやら、残った授業を受ける学生さんやらで、この店に来る人間と言うのは完全にゼロに成る。
というか、こんな時間に客が来ても、逆に怪しいと言うか。強盗を警戒してしまう。
そう、過去にあったんだよね、強盗。
この店、薄暗くする為に外から中があんまり見えなくなってるからさ。
強盗も通報されにくい、とか考えたんだろうねきっと。
覆面に、そこらのホームセンターで買ったと思しき出刃包丁。
そいつは突然「金を出せ!」って良いながら此方に刃物を向けてきた。
正直その瞬間にプチッって来たね。
俺はさ、こんな店を経営している割、言うほど穏やかな性格をしているわけではない。
むしろ、敵意を向けられたら必ず倍返しにしなけりゃ気がすまない性質の人間だ。まぁ、大分矯正されて入るのだけれども。
麺棒で包丁を叩き落し、身体中の間接を殴打していく。その時点で相手は既に動けないのだけれども、それを更に食事用ナイフで地面に縫いとめていく。
「おぅコラ。警察に突き出されるのと、バラされて明日の鴉の朝食にされるのと、どっちか選べ」
流石に後ろの方は冗談だったと思うのだけれども、強盗は相当ビビッてて、泣いて謝るので仕方なしに警察に通報したのを覚えている。
……いや、仕方無しにって、もしかして本気でバラす心算だったんだろうか、俺。
15:00
そろそろ頃合だろうと見て、戸棚から各種材料を取り出す。
バターと、小麦粉とベーキングパウダーと玉子と。
メインはそのくらいか。後はつけてあるラムレーズンを適当に。
具材を適量適当に混ぜて、熱したオーブンに投入して、それが45分ほど前のこと。
うん、良い香がしてきた。
簡単では有るが、完成したバターケーキを取り出し、ケーキクーラーの上にドンとおく。
カランカランカラン……
「ただいまマスター」
「突っ込みは放置で。おかえり。午後の授業は出てたんだね」
友達と遊んでるところを先生に見つかったの、とセツナ嬢。
ははぁ、またあの熱血先生だろうな。あの人、時代錯誤に熱いもんなぁ。
「ん、ほら、お疲れ様」
言って、ケーキの端を切って渡す。
因みに添えた飲み物はアイスレモンティー(加糖++)だ。
「ありがと、マスター」
お金は無いが、お腹は減る。これって、意外と真理だったりする。
嘗てそんな状態に陥っていたのは、このセツナ嬢だった。
なんでも親が家に金を置き忘れたのだとか。先日の使い残しで昼は凌いだ物の、何かと燃費の悪い子供の体。やっぱり三時のおやつはほしくなる物で。
然し、此方は接客商売で生活している身。あんまり一人のお客さんばっかり贔屓すると、後々周りに集られかねない。主に大学の連中とか。
第一、露骨な贔屓は受け取らないのだ彼女は。なんと言うかやっぱり格好良いと思う。
「ケーキの切れ端は商品に出来ないから、サービスするよ」
で、なんとかひねり出したのがこれ。
結局サービスじゃん、とか色々後から頭を抱え込んだりもしたのだが、とりあえず少女の嬉しそうな蚊を見れただけで十分とした。
んで、気付けば習慣化しているケーキの話。
実はソレまではケーキなんてラインナップには並べていなかったのだけれども。
折角焼いたんだから、という事で試しに数皿だけ、マスターの手作りケーキとして並べてみたのだ。
したらば、コレが案外人気が出た。
当たり外れもあるし、作ったり作らなかったりもする。
のだけれど、何故か結構人気が出てしまった。その売り上げで、微妙な赤字が微妙な黒字に回復する程度に。
きっとセツナ嬢は商売繁盛の神様か、座敷童の類なんじゃないかとそのとき本当に思った。
「今日はバターケーキなのね」
「ラムレーズンを混ぜてみました。ちょっとだけ酒気あるけど、大丈夫?」
「ラムの香りって、好きよ?」
言って、セツナ嬢はパクパクとバターケーキを食べ始めた。
うん、良い食べっぷり。
16:00
今日は用事があるとかで、セツナ嬢は意外に早くに帰宅していった。
このごろこの辺で事件が多発してるから、深夜に家から出ちゃ駄目だよー、なんていっておいた。
あの子は案外律儀だから、釘を刺しておけば多分、少なくとも今日中は大丈夫だろう。
「勝った! ストレート!」
「くっくっく、此方はフラッシュだ」
「ぬがっ!?」
騒がしいのは大学生連中。
連中、三時末には講義が終わる為、四時ごろになると店に屯しにくるのだ。
因みにやってるのはポーカー。
嘗て店でマージャン仕様としていたことがあるのだけれども、流石に麻雀は喧しいので遠慮してもらった。
遠慮のときの、透け牌とか握りこみとか、色々やったあの戦いは熱かった。
勝ったら麻雀は禁止。負ければ一人一品を奢ることに。その上周囲三人は敵。
なんとも厳しい戦いではあったが、何せ此方は昔から牌を触ってきた類の人間だ。
少し勘が鈍ってはいたものの、基本的に三人とも鴨どころか葱までしょってたような連中だったおかげで、なんとか「普通に」勝たせていただいた。
本当の雀士っていうのは、業をつかっても相手に気取らせないように、そして鴨が再び訪れるように、接線を演じる物なのだ。
で、認めたのはポーカー。
これなら音も出ないし、その割熱中できる。
連中も、一応は弁えてくれているみたいで、一時間に三回は人数分コーヒーを注文してくる。
まぁ、コーヒー一杯で粘られない分、ありがたいっちゃありがたいのだけれども。
「ファイブカードだとぉぉっぉぉおおおおおおお!!!???」
因みに、アレもいかさまトランプである。
鴨くん哀れ。
17:00
「はよっすマスター」
「おはよう藤原さん」
午後五時になると、バイトの藤原さんが入ってくれる。
彼女は高校時代からこの店でバイトしてくれているのだけれども、現在大学に入ってもバイトを続けてくれている。
いわばウチの古株である。
といっても、バイトに雇っている人間の総数が数人なんだけれども。
「んじゃ、表は任せるよ?」
「りょーかいっす! 何かあったら遠慮なく呼びますよ」
明るい笑顔を浮かべる長髪の彼女。
ウチのお店の夜の収益は、殆ど彼女の笑顔による物と言って過言ではない。
実際この時間、男性客の来店率上がるし。
「有理ちゃん、コーヒーセットねー」
「はーい!」
カウンターは彼女に任せて、此方は事務に廻るとしますかね。
「うぇ、面倒くせぇ」
レシートの束を、履歴に記帳していく。
といってもPC内にマクロは組まれているので、比較的楽っちゃ楽なんだけれども。
「うぇ……」
18:00
「物騒な……」
「人死にが出てないだけマシなんだろうけど……」
不意に流れたテレビのニュース。
20代の女性が倒れているところを通行中の学生に発見され、病院へ運ばれるも意識不明の重態。
そんなキャスターの言葉に、テレビへ視線を向けていたカウンター席の客達が少し沈む。
「皆さんも、あんまり夜遅くは出歩いちゃ駄目ですよ?」
「あいよ有理ちゃん。でもさ、それ有理ちゃんが言っちゃって良いの?」
「客に早く帰れって、接客業じゃ禁句だよ?」
言うのは、確か近所のファミレスでバイトしてる大学生だ。
買出しのときに、忙しそうに働いてるのを何度か見たことがある。
「あわっ、マスターには内緒で」
いや、普通に後ろに居るから。
俺が苦笑を浮かべているのを見て、お客さん連中も苦笑を浮かべて見せた。
ばれない内に、さっさと奥に入って、再び事務に勤しむ。
けれども今度のは店舗経営の事務ではなくて、もう一つの方のお仕事の、だ。
「面倒だし、危ないし、あんまりやりたくないんだけどなぁ……」
やるかやらぬか。
さて、如何しようか。
悩んだのは、ほんの数秒。
決定を心に決めて、素早くキーボードを叩いていく。
件のURLにアクセスし、端末にとある身分証名称を差し込む。
コレがアクセス用のロックになってるんだよね。
「えーっと……あったあった」
案件:連続昏睡事件
場所:関西地区
内容:一定区域内における民間人の連続昏睡事件の発生。この案件に対する調査、ないし問題の解決。
報酬:400万から
「400万から」というのは、この事件の具体的な概要が未だ判明していない、という事だろう。
具体的な目標が判明していない以上、任務自体の評価も出来ない、と。
「ふぅむ」
残念ながら、現在この地区で活動できる人材は他所に居ないらしい。
なら、面倒何だけれども、俺が動かにゃならんのかねぇ。
19:00
「あ、もしもし。オレオレ。いや、詐欺違う。俺。そう、桜花のマスター。本名覚えてない? 手前それでもおれの友人か? いや、疑問系で聞き返されても!?」
携帯電話で友人の電話番号をダイヤルする。
この友人、ご近所に住む昔馴染みなのだが、本来ならこういう事件が起これば真っ先に出向く性質の人間だ。
だと言うのに、今回はまるで動く気配がないというか。アイツらしくない。
「あ? 那古市ぃぃぃ!!?? 貴様まさか沖縄旅行に――ってこら、そういうのは事前に届出を出すのがマナーだろうが、あ? 土産? んなもんいら――いや、紅芋タルトと泡盛を。うん、ちんすこう? 食べる食べる。うん、うん。いや、はぁ、うん。わかった。んじゃ、明後日な」
ピッ、と携帯電話を切ってから、ふと我に返る。
いや、みやげ物に懐柔されてちゃ駄目だろう!?
「……」
かといって、電話を切った直後に再びコールしても、あいつの事だ既に繋がりはしないだろう。
「マスター! 調理手伝ってくださーい!!」
「あいよ~」
とりあえず、考えるのは後回しか。
20:00
「藤原さん、ちょっと奥入ってるから」
「あいーっす」
さて、今日はこの辺での事件を警戒してか、既に客数は殆ど無い。
これなら、藤原さんに後を任せても問題は無いだろう。
そう判断して、裏の通用口から外に出る。
「さて」
階段を下りて、地下倉庫へと足を運ぶ。
何を隠そう、この地下倉庫こそが、俺の工房だ。
「『ひらけゴマ』」
ガチャッ、と言う音と共にロックの外れる扉。
我ながらなんていう合言葉かとは思うのだけれども、下手に洒落た物にしようとすると中二病が再発する危険性があるので自重しているのだ。
カチリと音を立てて工房の明かりをつける。
工房、の名にふさわしくと言うか、本来はふさわしくない作業機械がごろごろする地下空間。
因みに最近のお気に入りは新しく買ったグラインダーだ。
「さて、と」
背後の何も無い空間に手を伸ばし、引っつかんだそれを引っ張り出す。
この間作りかけて、時間の関係で中断していた一品だ。
「これ、仕上げておくかね」
薄らと青味を帯びた銀。
業界ではこの金属を、ミスリルなんて呼んでくれているらしい。
伝説上の金属と同一視されるなんて言うのは、ちょっと嬉し恥し。
これを、ベルトに細工をしたグラインダーでガリガリと削る。
幾らコレでも、力を通さなければ、通したモノには押し負ける。
「――一時間で仕上がるかねぇ」
本当なら、まだ余裕はあると思ってたんだけどなぁ。
21:00
「ふぇぇぇぇ――終わったぁ」
出来上がったソレ。適当に片付けて、さっさと一階……桜花へと戻る。
「あ、マスター」
「ありゃ、お客さんゼロ?」
見たところ、客は既に誰一人として見当たらず、藤原さんは暇そうにしていた。
「んーなら仕方ないか。藤原さん、今日はもう上がって良いよ」
「良いんですか?」
「件の事件の所為で、もうお客さんは来ないだろうしねぇ……あ、送ってくよ」
言いつつ、玄関の看板をひっくり返す。
なんともテンプレートな「Open」と「Close」のやつ。
「えっ」
「ほら、危ないからさ」
「あ、ありがと……」
ん? 何か元気ない?
「どうかした?」
「んにゃああっ!!?? なんでもないですっ!! 顔近いっす!!」
かと思ったのだけれども、藤原さんはすぐに何時もの元気を取り戻した。
何だったんだろうか今のは。
「とっ、とにかく帰りは送ってくれるんっすよね」
「お、おう」
「ならちゃっちゃと行きましょうちゃっちゃと!!」
言って、コートを着ようとしている俺の手を握って歩き出す藤原さん。
手袋をしていない此方としては、人の体温にちょっとどきどき。
ガキか俺はと。
22:00
さて、こっからがもう一つのお仕事の時間だ。
喫茶店桜花のマスターとしての自分から、この地域を担当する退魔師としての自分へとスイッチを切り替える。
退魔師。要約すれば、魔を退ける異能者のこと。国家公認。
と言っても俺は、どちらかと言えば魔術師、錬金術師とカテゴライズされる人間だったりするのだが、その辺りは略。
さて、今回の任務は割りと簡単だ。
背後の何も無い空間に手を突っ込んで、その中から一つの道具を取り出す。
これは魔術、というか固有能力。時空間歪曲保存庫とか他所の魔術師は読んでいたけど、俺は四次元ポケットって読んでる。
王の財宝とか呼んだ奴は殴っておいた。まぁ、見た目同じだけど。けどあんなに隙のでかい技でもないし。
あ、雨霰とかも出来るよ。うん。収めてるのは俺の作品で、武器も少ないけど。
さて、今回この手に取り出したるは、その名を瘴気感知器。
効果は名前のまんま。形は半球の包囲磁石みたいな物か。
コレは、例えば神社みたいに清浄な場所でなら青、人の生活する程々の瘴気の中でなら緑。きっつーいのには赤で反応する。
しかも、完全にその色に染まる、とかではなく、例えば魔物の居る方向が赤く染まる、とかそんな感じ。
レーダーだ。
「うし、んじゃ行くかね」
感知器を作動させる。
魂から湧き出る精神の余剰エネルギー、魔力とか霊力とか呼ばれてるソレ。――魔術師系である俺は魔力の呼称を通す。――を、感知器に通し、軽くスターターをかける。
この感知器、ほとんど受動的な機械ではあるのだが、起動だけは少し魔力が居る。
一般的な魔術師の感知範囲より広域を探査できるのは優秀なのだけれども、そういう細かい点で修正が必要かなー、とは思う。
「……んぅ?」
なんだろうか、この反応。
そこ等中に瘴気溜りがある??
自分の知覚も併用して確かめてみるが、確かになんか変な気配と言うか感覚がする。
あれか。もしかして、大型種一匹とかではなく、小型種がうじゃうじゃと、そういう話ですか。
「うぇぇ……」
呟きつつ、倉から品を引っ張り出す。
見た目は、シュワちゃんな人造人間が構えてそうなショットガンです。
概念武装『八千代の礫』
封入されているのは鉛弾では無く、釜焼きの塩とちょっと加工したその辺の砂利だ。
塩でお清めし、砂利は実体に当たれば相当痛い。その上外れたとしても砂利だ。証拠は残らない。
流石にこんな物を晒したまま外を歩くと、確実に公僕に職務質問を喰らう。
ので、さらにコートを引っ張り出して上に羽織る。
因みにコレにも魔術的な加工が加えられており、魔力に対する流れを一定方向に限定する事で一定角以上からぶつけられた魔力及び魔術に対して強い効力を持ち、これは低コストでの抗魔装備と言う構想においては今までの魔力を魔力で相殺すると言う物に比べて相当なコストダウンを狙え……以下略。閑話休題。
さて、んな事を考えている内に、どうやら目的地についたようだ。
「……うわぁ」
視界に入ったのは、なんというか黒い靄だ。
人魂。それも、人型を形成できない低位の、その癖悪意に塗れた悪霊。
浄霊なんて面倒な事は俺はしない。
問答無用で、その悪霊へと引き金を引いた。
23:00
「一体何個あるんだ……」
既に消し飛ばした悪霊の数は40以上。
これ以上は、ちょっといろいろな意味で勘弁してほしいのだけれども。
例えば、退魔申請とか。除霊一体につき申請書三枚として……うぇ、120枚以上とか。
いや、待て俺。落ち着いて考えるんだ。
おかしいだろう、こうも連続して、一地域で悪霊が大量発生し、同時に人を襲おうとするとか。
「……黒幕、ないし操ってる奴が居る?」
死霊使い?
ヨーロッパならまだしも、この日本でソレはないだろう。
いや、神道とか、こっくりさんは一種の交霊術であるのはわかるけどさ。
でも、悪霊を使役するとか。呪詛の類だとすれば相当な物だろうし。
「うーん……」
感知器を使って、再び悪霊を見つける。
けれども今回は即座に消し飛ばす、と言うわけではなく、ちょっとしたお呪いをかけてみた。
陰陽道の“式返しの法”のアレンジで、縁を遡る技、とでもいうか……。
要するに、この悪霊は自動的に、自らを操る存在の元へと帰還しようとする、という事。
だから後は、コレを追いかければOKと。
「あ、そうそう」
相手側が人であろうが妖魔であろうが、とりあえず此方が相手の手先を潰して廻っている事はばれていると見ておいたほうが良いだろう。
で、此処からたどるとするなら、相手に気取られないほうが良い。
自らに隠形系の術をかけて、その姿を隠蔽する。
「さて、何が出るかね」
とか言ってたら、何時の間にか悪霊はフヨフヨとその高度を徐々に上げていく。
「ちょっ!?」
慌てて追いかけるが、この速度では一直線に上昇する悪霊に追いつくのは難しそうだった。
面倒だが、他に手も無い。
自らに重量軽減の術をかけて、一気に地面を蹴り飛ばす。
それだけで身体は宙を舞い、軽く2階建てのビルの屋上へと舞い上がった。
「って、まだ上るのか……面倒なっ!!」
言いつつ、引っ張り出した諸々を倉に仕舞い、代わりに一本の棍棒を取り出す。
打撃兵装『薫桜』。量産販売している例具の一つで、単純な攻撃力を三倍ほどに引き上げてくれる。
あ、対霊攻撃機能は基本。
それでビルの壁面を殴りつけ、その反動で一気にビルを駆け上る。
うひぃ、100㌔毎時以上で滑空してると、なんだか脳内麻薬でトリップしてくる。
――ストッ
「っと、追いついた……って、まだ移動するのか……」
視線の先には、ビルの屋上をフヨフヨと、けれども何処かへ向かって真直ぐと飛び進む黒い霊体の姿。
どうやら、アレとの追いかけっこはまだ暫く続きそうだった。
24:00
「さぁて、そろそろ良い頃合になってきたんだが……その辺り如何よ」
正面に向かって問い掛ける。
腕時計の針は、既に本日終了の時刻を指していた。
――ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ―――――――
「きめぇ」
ショットガンを乱射する。
が、どうも本体に届く前に、障壁か何かで防がれてしまっているようだ。
「妖魔――それも、精気喰って力増してるよ……」
多分、あの悪霊群を操っていたのはこの妖魔だろう。
悪霊に人を襲わせて精気を蒐集し、それを喰う事で自分の力とする。
自分で集めるよりは効率良いだろうし、賢いっちゃ賢いんだろうけど。
「面倒くさいなぁ……」
倉から一本の槍を取り出す。
『破魔』と『塵は塵に』の概念武装。名前はまだ付けていない。
吸血鬼退治とかに使い易く、教会から発注を受けてわりとボロ儲けした作品だ。
薫桜の高コスト版ともいえる作品で、対霊能力は勿論、身体能力を倍近くに引き上げてくれる。
素材面よりも呪詛刻印が面倒なんだよなぁ。コレ。
その槍を掲げ、妖魔へむかって突き出す。
一応、本職ではないにしてもある程度前衛をこなせる程度には身体を鍛えている。
というか、身体強化した状態で訓練すると、身体に溜まる負荷も成長速度も等倍になるので、わりと速いペースで身体を鍛えられたり。
まぁ、閑話休題。
「よ、ほ、せっ!!」
この槍はその効果から、実体を持たない存在とか、死者に対して相当高い攻撃力を持つ。
妖魔は死者という定義には当てはまり辛いものの、破魔の定義にてその障壁は紙ほどにも役には立たない。
――キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!
「喧しい!」
魔力を槍の先端にこめて、全力でその妖魔の中心を貫いた。
その瞬間。ボッ、という音を立てて妖魔は虚空に霧散して消え去った。
なんだか予想外に呆気無かったような。
まぁ、仕事が終わったのならそれ以上を望むべくも無く。
「まさか、参式が滅ぼされるとは……この町の退魔師は、今出かけていると言う話だったと思うのだが?」
想定以上の敵が出た場合、それに対処するのも此方の仕事になってしまうわけだ。
「俺は管理者で、アッチは守護者。守護者のほうは仕事放りだして遊びにいってるよ」
「ふぅむ。成程、表に出てこなかった、隠された手札があった、という事か」
「まぁな。んで、貴様は何者か。妖魔を操っているところを見ると、まともな人間には思えないが?」
問い掛けつつ、本格的に意識を戦闘用にスイッチさせる。
コレはヤバイ。対人戦なんて想定してないぞコラ。
「ふぅむ。ならば名乗るのもまた一興。我輩は谷瀬。月の瞳の眷属よ」
「……人狼の魔術師だと? なんて違和感のある」
「ふん、月の獣であるが故、月の魔を操る術を探ったまでの事よ」
そういう谷瀬の瞳は、確かに怪しい金色に輝いて。
その姿は、既に人の形からかけ離れた物へと転じていた。
「己が運を怨むがいい。今宵の月は実に好く満ちている」
「はっ、生憎明日の仕込がまだ済んでなくてね。さっさと片付けさせてもらうぞこの仕事っ!!」
――時空間歪曲保存庫、全兵装射出準備。
――装填完了。射出準備問題無。
――龍殺し、不死殺し、神殺し、魔獣殺し、月落とし、破滅の運命、踊る剣、etc.etc.etc.――
――Set.
意識する。其処には最後の合図、意識によって打ち下ろされる撃鉄があるのだと。
「いざ、参る」
「知らんよ、面倒ごとめ!」
嘯いて、その撃鉄を叩き落した。
25:00 or 01:00
「ちぃぃぃっ!!」
「遅いっ!!」
撃ち放つ魔具は、その全てが見事なまでに回避されてしまう。
通常の人狼種とは思えないほどの反応速度、最高速度、加速性能。
コレが魔術を修め、人の精気を奪い、ソレを操る術を得た人外か。
とてもではないが、俺では相手にならん。
「臨兵闘者皆陣列在前っ!」
「九字なんぞ効かぬわっ!!」
「ですよねー!! 判ってるんだよんな事はっ!!」
本命は背後に設置した魔力爆雷だ。
ミスリルを軸に魔力集積回路を搭載し、自動的に魔力を蒐集、臨界点で大爆発を起こすと言う代物。
少しでも注意を逸らしたかったのだが、俺は外界に素早く効果を表せる魔術は持たない。
ので、知り合いの術を真似してみたのだが。
ズッン!!!!!!
「グアアアッ!!??」
「勝機っ!!」
門から数多の武器を射出する。
殆ど大量生産品というか、大量生産している品ではあるものの、その一つ一つが秘めた力はそこそこのもの。新米吸血鬼ぐらいなら掠っただけで滅ぼせるほどの代物なのだけれども。
「ヌガアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「んなっ!?」
何をおもったか谷瀬はいきなり地面にそのてを突き刺した。
地面――ビルの屋上のコンクリを引っぺがし、ソレを俺の放った武器にたたきつけた。
破魔系の武器があると見抜いたか。
魔力障壁なら貫通した物を、物理的に弾き飛ばされてはどうしようもない。
いや、本来ならコンクリ程度で弾かれるほど安くは無いのだけれども。
「最悪。使い魔を憑依させているのか」
「正鵠。案外使い勝手が良いのだよ」
妖魔を身体に憑依させている。まぁ、人狼の強靭な肉体であれば、妖魔の力で滅ぼされる、というのも早々には怒りはしないだろうとはおもうが。
「貴様、何が目的だ。それ程の魔術の腕を持って、一体何を望む」
「知れたこと。我が目的は、種の再興。そのための蒐集。そのための魔術よ。でも無ければ、このような外法に誰が頼ろうかっ!」
「外法とは。失礼な」
「人狼にとって至上の武器とは己が爪と牙。人の扱う道具や魔術は、我等にとってはどちらも外法に過ぎぬ」
「まぁ、知ったことではないわな」
そろそろか。
注意が完全に此方に向いていることを確認し、一気に術式を起動させた。
「んなっ!? これは、拘束術式!? いつのまにっ!!」
「人の悪知恵ってやつだな。お前が弾いた武器。ちゃんと処理しておくべきだったな」
俺の武器に仕込まれている武器回収用の縁。
それは別にそれだけにしか使えないというわけではない。
例えば、魔方陣の要所要所に仕込んで、術式の要にするとか。
今回はその逆手順で、要所となる場所に要を仕込み、ソレに沿って後から魔方陣を想像したのだ。
完全な不意打ち。
これ以上無いほどに見事に決まった。
「さて、覚悟は良いか、ワンコロ」
「ぬ、ぐ、貴様ァアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「なに、人死には出てなかったみたいだしな。更正施設で頑張って来いや」
呟いて、カチリと意識の撃鉄を押し込む。
その瞬間、雨霰は谷瀬へ向かって、文字通り雨霰の如く降り注いだのだった。
06:00
「くあぁぁぁぁ……」
完全に寝不足。ヤヴァイ。
けれどもそろそろ開店準備に掛からなければ成らない時間だし。
本当、自営業っていうのはこういうのが面倒くさい。
因みに、事の顛末はというと。
あの後襤褸切れ同然になった谷瀬を、端末で連絡しておいたお役所直属の能力者に引渡し、その後パパッと定型文に則った報告書に纏める事で仕上げた。
幸い、120枚書くとか言う地獄は回避する事ができた。
今回の案件を『人狼事件』とまとめて、三枚の報告書で提出すれば良いのだとか。
「ズズズズズ……苦い」
ブラックを流し込んで意識の覚醒を促す。
睡眠時間5時間。よく寝る性質の自分としては、今日ちゃんと仕事できるか少し不安だ。
パシンッ
頬を叩いて気合を入れて。
ドアの掛札をOpenに向けなおす。
「うん、良い天気だ」
人の苦労など知ったことかとばかりに、お日様は今日もきらきらと輝いていた。