side02 移り気
「仁藤君、はいこれ」
「……えっと」
「昨日のおつり。一万を置いていくだけで帰っちゃうんだから」
「べ、別にもらってもいいのに……」
「そう言うのはいけないんだよ?いくら仁藤君がお金持ちだからって、私が勝手に容認していいことじゃないし、もし私がそこでこのお金を取ったら犯罪になっちゃうから」
花音はそう言って、持っていた数千円分の金を仁藤浩紀に渡した。
彼女の家の店は個人経営の店だ。
おそらく常連がいて、経営は回っているようにも見えるので、あまり外行きの目を気にしなくてもいいのかもしれないが、こういった客商売は信用第一だ。
役所の人間がやってきたという外聞だけで、ダメージを受けてしまう業界。
彼女はそれをよく理解している。
さすが、母と一緒に頑張っているだけのことはある。
話を聞いて、自分の行いがあまりうれしいものではないとわかると、彼は仕方なく金銭を受け取った。聞き分けはいいようなので、人としての好感度は高い。
「う、うん……その、ごめん―――迷惑だったよね」
「あ、うん……だ、だいじょう―――」
「……花音?」
突然花音の言葉の出が悪くなった。
どこか呆けているような表情で、頬が上気している。
照れている。
その状況を一発で表現するなら、それが正しいだろう。
しかし、なぜ?
答えの見つからない問いが頭をめぐる。
「げほっ!おえっ……ごほっ!」
「……はっ!?い、今私―――っ!」
突然仁藤浩紀がせき込み始めた。
我慢することもできなさそうな大きな咳。あまりにも大きすぎて、大丈夫かと不安になってしまうほどのものだ。
しかし、その瞬間に花音の様子が元に戻った。
疑うべきだろう。彼が何かしたのだと。
「げほっ……!き、気にしないで―――」
「気にするだろう。というより気になることが多すぎる。だが、今は彼女と一緒にいたほうがよさそうだ」
そう言って、僕の服の裾をつかんで震えている花音の手を撫でた。
なにがあったのか聞かないと、僕もどうしようもない。
「その、話は変わるけどさ―――技を言いながら出すって、バトルの王道かな?」
「それは知らない。だが、昨日も言ったが、見ごたえがあった。音声もつけば、言い方次第ではあるものの、キまったいいシーンになるんじゃないかな」
「そう、だよね!」
「ここで失礼させてもらうよ。どうにも花音は、ここにいることが嫌なようだからね」
「あ、ちょっとま―――」
彼の言葉を聞かずに、僕はその場を後にした。
その後の午前中の授業は彼女が珍しく席を動かして僕にべったりだった。
別に席同士をくっつけることに何ら問題はなく、真面目に授業を受けているなら特に問題はない。
彼女も基本的には前を見てしっかりとノートをとっていた。
だが、教科書を持っているはずなのに、持っていないと嘘をついて事あるごとに僕に身を寄せてくる。
もう、自分の身になにかあったのだと自白しているようなものだ。
だが、今は聞かない。
昼休みになれば彼女との二人きりの時間が作れる。それまで待とう。
なんでも、聞きたがりな男は嫌われるらしいからね。
そうこうして時間だけが経過して、ようやく彼女が動き始めた。
授業が終わるや否や僕の手を握り、屋上へと連れて行かれる。
屋上についてからはすぐに彼女が僕の背中に腕を回して抱擁をしてきた。
彼女のかすかな震えが、いっそう不安を示して来る。だが、彼女の言葉をまとう。
そして、ようやく彼女は口を開いた。
「ときめいたの……」
「一応、誰に?と聞いておくかい?」
「うん……仁藤君に―――なんだか、私の好みの雰囲気になって、あの瞬間だけ好きな人に見えたの」
「あの瞬間だけ?」
「そう、なの―――よくわかんないけど、そう見えたの……本当にありえないのに」
好きな雰囲気に見えた?
たったそれだけで好意が揺らいだ?僕に対する気持ちは―――
いや、落ち着け。僕も混乱しているようだ。
考えろ。明らかに精神干渉系の能力による攻撃だ。
能力の名前はわからないものの、絶対にリアクトの能力だ。そうでなければ説明がつかない。
「わ、私、好きなのは颯二君なのに!ほかの誰よりも好きなのに!」
「わかっている。僕もその愛を否定もしないし、疑ったりもしない。僕は君を信じているよ」
「でも、でも!―――私はその信頼を裏切ったの!なんで!なんでカッコいいと思っちゃったの!」
「それが仁藤浩紀の能力の可能性が―――」
「本当に気持ち悪い……」
「……?」
「こんな簡単に気持ちが揺れる私が心底気持ち悪い!なんで、なんで颯二君をずっと好きでいられないの!」
「人は好意はそんなに長く続かないよ。それでも人が一緒にいるのは、今の僕にはわかる」
「颯二君……?」
「好きだから―――それはきっかけだ。いつしかその好意は愛おしさに代わる。一緒にいることが癒しだとそう思える領域に立てるんだ」
僕の言葉に彼女は顔を胸にうずめてくる。
もうそれ以上の言葉はいらないと言いたげだ。それも拒否ではなく、安心から来るものだろう。
だが、許せないな。
彼女は僕のものだ。何人も触れることなんて許さない。
「それに仁藤浩紀への好意は好き程度だったんだろう?」
「……?」
「僕に対する感情は、好き程度のものかい?」
「ううん―――大好き。好きなんて言葉じゃ表現しきれないくらい大好き」
「そうだろう?君がどれだけ人を好きになろうと、君は僕を裏切らない。だって君は、心から僕を愛しているから。それ以下の感情に裏切らされることなんてないさ」
「うん、うん……颯二君は優しいね。あはは、ちょっとこのままでいさせて」
そのまま数分間、僕は彼女を抱きしめ続けた。
昼休みの終わりが近づけば勝手に終わってしまう。まあ、そのおかげで昼食をとることができなかった。
なので、緊急措置で僕のサプリを彼女に渡してその場を乗り越えた。
弁当は店に行ってから食べようということになった。
だが、ここで仁藤浩紀がリアクトである可能性が非常に高まった。不用意であるのかなんなのか。
理由はわからないが、あそこであんな不審なことをおこせば疑われるに決まっているのに。
というか、精神攻撃状態を続ければよかったのに、なぜやめたのだろうか?彼に良心がのこっているのか。それとも―――
とにかく接触を図るか。
すべては真実を見てからだ




