side02 望んでいた緩やかな時間
翌日の昼休み―――彼女に言われた通り、昨日の空き教室に来ていた。
同じ教室にいたはずなのに、彼女は遅れていくと顔を赤くしながら言っていたので、僕が先に来たしだいだ。
それから5分ほどだろうか?あんまり時間がたたないうちに彼女が来た。
「どうしたんだい?君らしくもない」
「そ、その―――覚悟を……」
「覚悟?なぜそんなものが必要なのか……?」
「い、いろいろあるの!」
僕の言葉を遮るように声を上げた彼女は、その勢いに任せて昨日と同じ巾着袋から弁当箱と筒状のものを取り出してきた。
僕はそれを持ち上げて、どういうものか考察をしてみる。
「これは……金属―――ステンレスか?だが、通常の弁当箱というものはプラスチック製だと聞いている。そうでなくとも、木製のものだ。しかも、持ち運びには少し不便な重さともいえる……つまり、それをするだけの価値がある。なら食事を最適な状態に保つことができるのか?」
「え、どういう状況?」
困惑する彼女を置いて、僕はその容器を指で軽く突いてみる。すると、コンコンと乾いた音がする。つまりそこから考えられることは―――
「おそらく金属が二枚構造になっている?そして、中が空間―――いや、真空と考えたほうがいいか?つまり、これは温度を保つものか。どうだい?正解だろう?」
「あってるけど……注目してほしいのはそこじゃ―――でも、そういうところが零蘭君らしいよね」
そう言うと彼女は、僕が持っている容器を持ち、開けた。
ふたを開けると、中から湯気が立った。
「これはなんだい?」
「おじやだよ。胃が弱ってると思ったから、水多めのおかゆにしようかと思ったんだけど、さすがに私の料理の腕じゃ味気が無さ過ぎて諦めたかな」
「知らない単語が二つも増えた―――おかゆにおじや。これはすぐにでも調べなければ……」
「おかゆもおじやもしらない……?零蘭君って不思議だよね」
「僕にだって知らないことくらいあるさ」
「いや、みんな知ってることだと思うんだけど。まあ、いいか」
自分の中で納得を生かせた彼女は、おもむろにスプーンをとると、おじやなるものをすくって僕の口元に持っていた。
なにをしているんだろうか?
「なにを、しているんだい?」
「え……?あっ、ご、ごめん!」
自分のしていることを客観的に見た彼女は、急に顔を真っ赤に染める。
「……その行為が原因で顔が赤くなるのかい?なぜ、顔が赤くなるのか―――教えてくれないか?」
「ち、ちょっと待って……零蘭君は恥ずかしいとかわからないの……?」
「恥ずかしい?概念は知っている。だが、僕はそれを感じたことはないな。知識を探求することに、なんらの恥ずかしさというものはないからね」
「う、うん……そうだよね。じ、じゃあ、あーんとかは知らないの?」
「あーん……?」
「その、昔、子供のころとかにお母さんにやってもらわなかった?」
「お母さん……?」
僕の、両親―――そういえば、彼からそんな話を聞いたことがあったな。なににも代えがたく、失ってはならないもの、だそうだ。
僕が他人事なのは、単純に―――
「僕に家族はいない」
「あ、亡くなってたの?ごめん……」
「いや、最初から僕は家族の顔を知らない。両親そろっているのか、片親なのか。兄弟姉妹はいるのか。それすらわからない。僕は僕自身の過去を何も知らないんだ」
「……」
「ごめんね。君に何かしてもらおうというつもりはない。確かに、家族もいないし、過去もない。だが、僕には大事な約束がある。意外と大丈夫なものさ」
「約束?」
「そうさ。大事な約束さ」
僕はそう言いながら思いをはせた。
たった一つだけの、たった一人だけの友人―――いや、親友だな。そんな彼との約束なんだ。何物にも代えがたい。
そこまで思って、僕も今していることを思い出した。
「ああ、そういえば食事をとっている途中だったね。これで食べればいいのかい?」
「あ、うん。スプーンですくってもらえれば簡単に食べれると思うよ」
そういわれて僕はおじやなるものを口の中に含んだ。
感覚的なことを言うと、唐揚げの時のような固形感がない。言うならば、少しだけ固まった水を食べているようだ。うん、いや、水だ。水を食べている。
ただ、水と何が違うかと言えば、少しだけ吐き気を催していることだろう。我慢とか、そのレベルではないのだが、断続的に何かが昇ってこようとする感覚があるのだ。
「どう?」
「おいしい、と言ったほうがいいのかな?」
「本当のことを言ってほしいかな?」
「なら―――水を飲んでいるのと感覚は変わらない。しかし、所々に固形があるので、不思議な感覚だ。これではサプリかカプセルをのんだほうがいい」
「味はする?」
「味……いつも通りだが?」
「やっぱり薄かったかな……でも、濃くしすぎるのもだめだよね。ね、ねえ零蘭君」
「なんだい?」
「絶対においしいって言わせて見せるから、私のお弁当、これから毎日食べてくれる?」
なぜそういった提案をするかはわからない。だが、本の内容でこういったシチュエーションは知っている。
「それはプロポーズというやつかい?付き合ってすらないのに、君は中々大胆なことをするんだね?」
「……っ!?そ、そういう意味じゃ……っなくて!」
「まあ、君の申し出は申し訳ないが、今の僕には断る以外の選択肢はない」
「あ、そ、そうなんだ……」
僕の言葉に、彼女は表情を曇らせてしまう。
しかし、それもまた僕にはわからないことだった。彼女の提案は僕が彼女の食事を毎日食べること。プロポーズは拡大解釈に過ぎない。
僕が断ったのは冗談のほう。食事に関しては言及していないはずだが?
「正直、君の持ってくる食事がどれほど僕に影響を及ぼすのかわからない。だが、わからない故の興味もある」
「零蘭君?」
「だから、君がいいのなら昼はここで君を待つとしよう」
「い、今断ったんじゃ……」
「僕は食事の件に関して言及はしていない。それに、断ったのも僕自身の問題であって君に何か問題があるわけではない。誰か恋人になりたいと思う人が現れたら、迷わずに行くことだね。君にはそれだけの魅力がある」
僕がそう返すと、目を丸くしたまま硬直し、5分ほど無駄に時間が過ぎてしまう。そして、その日を境に僕は一緒に昼を共にする友人ができた。