side02 立ち直り
彼女に好きだと言われて、どことなく喜んでいる自分がいるところはあった。
だが、僕は彼女とともにいるには、少し危険すぎる。
そんな思いもあってか、僕は彼女に少しきつく当たってしまっていた。
紀里谷花音―――彼女は純粋だ。
僕のことを好きだと、拒絶しないと、馬鹿なこと言う。
今も、彼女は僕の隣で眠っている。あれほど、拒絶したというのに。
僕に怒られることより、怪人に襲われる恐怖が勝ったのか、隣にいることを選んだようだ。
「やっぱり僕は弱くなったな。昔は人が死ぬことにすら感情を持たなかったのに―――今は君に拒絶されることすら怖くなっているよ」
彼女は眠っていて誰も聞いたいないことをいいことに、僕は弱音を吐露した。
言葉の通り、僕は彼女に拒絶される程度のことに若干の恐怖を覚えている。今の僕なら仕方のないことだと割り切れるが、このままではそれすらもできそうになくなりそうだ。
だからと言って距離を置くのも違う。今の心地よさもある。離れたくはない。
そこまで思案してようやく気付いた。
ああ、これが本にあった。『恋』というものか……
初めて見た時はその感情の揺れ幅が理解できなかった。愛のために戦うと決める主人公の意図がわからなかった。
ただの自己満足の感情だと決めていたが、初めて自覚してからわかる。確かに独りよがりの感情だが、この、なんというのだろうか。言葉としては表せない原動力のような力が湧いてくる。
この人のためにといった文言も理解できてしまう。
こんな感情は彼からは教わらなかった。
初めて聞いた時も、失うのが怖ければやめておけとしか言われなかった。確かに、失うことに恐怖はできるのかもしれない。だけど、それ以上に得られるものが多い。
彼は―――恋をしたことがあったのだろうか?
そうこうしていると、夜が明けてきてあたりが明るくなり始める。
「少し頭を冷やそう―――今は僕の恋事情より、問題を解決するほうが先だ」
そう言って僕は外に出る。施錠は内側からのものなので、簡単に開けられる。
外側からは僕が内ポケットに手を隠してから取り出した鍵を使って施錠した。
空はまだほのかにオレンジ色で、夕暮れを連想させるような景色だったが、やがて青く染まっていき、気温も上がってくる。
「あれ、君は―――花音が連れてきた」
「……零蘭瑠二だ。今夜は寝床を用意してもらって感謝している」
「しゃべり方が気になるなあ―――まあいいか。でも、花音が男を連れ来たなんて、あいつが聞いたらびっくりするだろうなあ」
「あいつ?」
「ああ、ちょっと2年前から行方不明になっている花音の父親だ。居所がつかめなくてな。なにげなく花音の姉と出かけた時に、そのままって感じだ」
「2年前……」
「まあ、私はもう諦めてる。もしかしたら姉を連れてどこかに雲隠れしたのかもしれないし、外で女を作ってたのかもしれないし。でも、いなくなっても店は残ったからな。生活には困ってないさ。ま、喋りすぎたかな。その、なんだ―――」
突然話しかけてきた紀里谷花音の母は僕をまっすぐと見る。その瞳には何も見えない。
「こんな家庭環境だけど、あの子は普通の子なんだ。できるだけ、仲良くしてほしい」
「片親がいない程度で僕は気にしない。なんせ、僕は両親の存在どころか、記憶すらないんだから」
「そ、そうか、それは聞いて悪かったな」
「別に僕は気にしていない。最初からいないものを求めるほど、僕はそんなに富んでいない。まあ、この言葉を真に受けるかは知らないが、紀里谷花音の姉と父親は生きているだろうね」
「……そうだといいけどな」
僕の気休めとも取れる言葉に紀里谷花音の母はため息をする。まあ、信じていないようだな。
僕も同じ状況なら信じはしないだろう。ただ、この言葉が行方不明直後なら信じるに値するものだったのかもしれない。
信じるかどうかは当人次第である。だが、これだけは言わせてもらおう。
僕は嘘も憶測も話さない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「起きたまえ。そろそろ学校に行く時間だ」
「んん……もう朝……?―――っ、零蘭君!?」
昨日、僕とともに寝床を共にしたというのに、起き抜けに驚いてくる紀里谷花音―――うん、なぜ驚くんだい?
いろいろ思うところはあるが、吞み込んでから話しかける。
「君が離れたくないと言ったんだろう?まあ、少し離れていた時間もあるが、基本的にはそばにいたよ」
「あ、う……その、ありがと」
「さあ、準備したまえ。学校に行かなければ、そろそろ間に合わないよ」
「え……嘘!?こんな時間!」
「この時間でも十分間に合うと思うのだが……」
「間に合わないよ!15分でどうするの!?」
「着替えるだけだろう?うちは校則で化粧も禁止されている。ならば、必要なことはないはずだ」
「あるよ!くっ、起こしてくれたから、文句が言いづらい!」
文句は端々に漏れているが、気にしないようにする。
ただ、もうそろそろ始業のチャイムの15分前だ。早くしてほしい。
僕が口にする前に彼女は別部屋に移動してとにかくと制服に着替えてくる。
「あー、もう!もう出なきゃいけないよね!忘れ物は……」
「それは僕が貸してあげよう。もう、出よう」
「そ、そうだよね!あー!零蘭君が常識欠けてること忘れてた!」
「聞こえてるよ―――それに、そんな爆発したような髪型でいくのかい?」
「それ言っちゃう?もう、間に合わないんだよ!」
「―――ふむ、ならこっちに来てくれ」
そう言うと、彼女は素直に僕のもとに来てくれた。
僕は紀里谷花音の髪に手を当てて、一度だけ上から下に流すように撫でる。
すると、ぼさぼさに乱れた髪が、煌びやかで滑らかな状態へとなった。
「え、セットされ―――こんなに綺麗なことなかったんだけど……」
「ちっちゃいことは気にするな。それで外見は大丈夫だろう。ほら、行くよ」
「そうだ!早く出ないと―――え、ここどこ?」
僕の手を流れるように取り、連れて行こうとした彼女はふと、周囲の状況に驚いた。
なんせ、今僕たちは“学校の屋上”にいる。
僕はそんなことを意に返さずに屋上の扉を開ける。
「ほら、はやく教室に行くよ」
「う、うん……もう考えないほうがいいのかな?あ、待って!」




