side02 わからぬ感覚
「そうか、自殺か―――なら、仮説を立て直す必要があるか」
「神代君が生きてるかそうじゃないかで変わるの?やっぱり―――」
「いや、どうであれ君には関与していない。それに神代という男が死んでいるのなら、なおのことというものだ」
「で、でも―――そうだ!あれだよ、噂になってる超能力が使えるようになるっていうアプリ!」
「既知の能力において死者蘇生に該当する項目はない。可能性はゼロだ」
僕のその言葉に彼女は押し黙る。
確かに大事な人が生きていると思ってから叩き落されるような状況だ。彼女にとっては悲しいものだろう。
しかし、現実を未定なわけでもない。そうでなければ彼女は感情をむき出しに―――
「……?」
「―――どうしたの?」
「いや、少し胸が締め付けられるような感覚に襲われただけだ。問題ない」
「だ、大丈夫なの!?」
「いや、わからないな。君が神代という男のために感情をむき出しにして僕につかみかかるさまを想像したらこうなった。なぜだろうか?」
「な、なんでだろうね……」
彼女は頬を赤らめながら言う。
なぜそこで頬を赤らめるのかはわからないが、彼女に原因がわからないのであれば仕方ない。
ここで考えても仕方がないか。後は家に帰ってのほうが良いかもしれないな
そう考えた僕が動く様子を見せると彼女も立ち上がった。
「零蘭君、帰るの?」
「そうだね―――特にこの学校にいても大きな収穫はなさそうだし」
「じ、じゃあ零蘭君の家に行ってもいいかな?」
「……?構わないけど、特に何もないよ」
「ううん、私が行きたいだけだから―――夜ごはん、作る?」
「……ふむ、じゃあ頼もうかな」
最近少しずつ食べる量が増えてきていて、その実感がうれしいやら何やらで少し食べるという行為が楽しくなっていた。
ただ、ちょっと考えれば人の三大欲求に入っている項目の一つだ。その行為に喜びを覚えるのは当然なのかもしれない。
まあ、僕が本当に真の意味での人間なのかは知らないが。
そんなこんなで僕と紀里谷は帰路を共にする。
僕の自宅への道に大した問題はなく、歩いて30分ほどで到着した。
「ここが零蘭君の家―――タワマンに住んでるんだ……」
彼女はそう言って壮観にそびえたつ建物を見上げる。曰く、彼女は住宅街の戸建て暮らしらしく、こういったものを至近距離で見る機会がないらしい。
彼女の感想は置いておいて、エントランスを超えて中層階にエレベーターで入る。
「しかもこんな高いところに……すごい」
「すごいのかは知らないが、エレベーターが来ないときは少し面倒だよ。疲れることになるからね。さすがに18階に走っていくのはね」
「走るの?すごいね」
少しエレベーターから歩いてから僕は扉の鍵に手をかけた。
鍵を開け、扉を開けて中に入ると彼女は驚いたように声を上げる。
「え、零蘭君、ここで生活してるの?」
「そうだが、なにか問題があるのかい?」
「なにも、ない?」
「なにもないことはないさ。一応ベッドはある。使ってないけど」
「いや、タオルとか必要物品は最低限あるけど、家具家電がほとんどない……」
「必要なくないか?僕はこの家で睡眠をとることと入浴すること以外に用はないからね」
僕の言葉に彼女は信じられないという表情をする。
だが、彼女がどういう反応を見せようと―――あぁ、そういえば。
「ブレーカーを上げたり、元栓開けたりしないとなにもできないな」
「えぇ……夏場とかどうしてるの?」
「まず僕は今年引っ越してきたばかりだ。それに、そういったものとは無縁の場所で生きてきた」
「エアコンがいらない?北海道とかから来たの?」
「まあ、そんなところだ。それより、必要なものをここに書いてくれ。近くのスーパーなるもので買ってくる」
「え、ああ、うん―――そうだよね。なにもないんだよね。お金はちゃんと出すから」
「構わない。僕は使わないからね。この場でくらい僕に払わせてくれ」
僕はそう言って彼女からメモ用紙を受け取ると外に出ていった。
―――5分後
「買ってきたよ」
「はやっ!?し、食材だけじゃなくて調理器具とかも頼んだと思うんだけど?」
「買ってきているよ。少し違う店に行くことになってしまったがね」
そのあとにも続いた僕の発言に彼女はいぶかしむところもあったが、気にするところではないはずだ。たとえ僕が、店になんて寄っていなかったとしてもだ。
それからしばらくすると、彼女は卵焼きという食べ物を作ってきた。
「最近、零蘭君も胃が強くなってきたからそろそろ固形物もいいと思うんだ。だから、こういう重すぎない食べ物でいいよね。辛かったら食べきれなくてもいいから」
「大丈夫、必ず食べきって見せる」
「そ、そんなに無理しなくていいよ……」
言われるが、僕とて出されたものにくらい責任は持つ。あの男から教わった漢というものだ。
彼女の作った卵焼きを口に入れてみると、確かに歯でものを咀嚼する感覚を得られる。口の中に広がる水分というのも新鮮な感覚だ。いつも食べていたものは、常時水で口の中が満たされているようなものだったからというのもあるだろうが。
ただ、決定的に今までと違うことがあった。
ほのかに何かが香った。違和感という程度にとどまったが、確かになにか口の中から違うものを感じ取った。もしかしたら、これが味というのだろうか?
「ど、どうかな?」
彼女の不安そうな表情を見て、僕は急いで卵焼きを飲み込む。
「おいしいというのかな?僕の口の中に今まで感じたことのない感覚があった。だが、違和感であってもそれは不快なものじゃなかった―――君はどう見る?」
「うーん……やっぱり味覚がわかるようになったのかな?もしかしたら、薄味だからわかりにくかったのかも。でも、急にそんなにつよくしたらなあ……あ、今度うちの店に来ない?」
「君の店?」
「うん。私のお母さんが一人でやってるんだけど、卵料理の評判がいいの―――まあ、ほかはてんでダメなんだけど……」
「君のお母さんの店―――興味深い。ぜひ行ってみたいね」
「ほんと!?じゃあ、明日!明日、お母さんにも話しとおしておくから!楽しみにしてて!絶対においしいって言わせるから!」
そう言うあの徐は興奮冷めやらぬ様子だった。この感情の高ぶり、棒が初めて見た知識を見つけた時に匹敵する。端的に言うのなら好きなことに反応しているのか?どういうことなのだろうか?
考えながら時計を見ると、時刻は18時を回っていた。
「送っていこう」
「あ、ありがとう―――もうこんな時間か……少し寂しいなあ」
「僕もだよ」
「ひゅっ!?」




