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潮騒が灼く  作者: やう
9/13

9.清澄(1)

最早飯回と化しています。これがなくても本編には影響ないのでは…?

 オリエーラは夢も見ないほど深く眠った。しかし藍色の垂布(カーテン)の隙間から漏れる強い陽射しに意識が浮上する。病院で目覚めた時よりも眩しく注ぎ込む光にしばし開けた目を眇めた。

「波の音」

 ザアザアと、大量の乾いた豆を転がしたような音がする。昨日知ったばかりの耳に心地良いその音は、いつまででも聴いていたくなるものだった。

 微睡みながら睡眠の余韻に浸っていると、不意にカチャンと響く音がした。

 ハッと、オリエーラは閉じていた目を開き蹲っていた体を伸ばす。

(今、何時…!?)

 トレルはセンダルク国に比べて日差しが強いが、垂布の隙間から差し込む光は明らかに陽が昇りたてという時分のものではない。

 急いで寝乱れた衣服と髪を手櫛で整え、ベッドから降りる。

 靴は玄関の外に置いてある。アゲートの部屋では靴は履かないようだ。トレルは暖かいため、室内で靴を履かずとも足元が冷える心配が無い。

 裸足のオリエーラは床に足をつけて立つ。足の裏に感じる冷たさにはまだ慣れないが、裸足で歩くのは開放感があり、思いの外快適だった。

 恐る恐る居間へと続く扉を開ける。悪戯がばれることを恐れる子供のように、開けた扉の隙間から顔だけ出して室内の様子を伺う。アゲートの姿は見当たらない。

 しかし寝室とは比べ物にならないほど太陽の光で居間は明るく、寝起きのオリエーラはギュッと眼を閉じた。

「おい、」

「えッ!」

 掛けられた声に目を開く。そこには先程は無かった筈のアゲートの姿があった。

 手には皿に乗った四角いパンを持っている。

「あ、お、はようございます…?」

「おはよう。よく寝たな」

「と言いますと…」

「昼過ぎてるぞ」

「!!」

 なんてことだろう。今までに無いくらい頭がスッキリしていると思っていたが、どうやら相当寝坊したようだ。実家では惰眠を貪ることなど無かったのに。

「すみません…」

「何がだよ。飯食うか?」

 更にはご飯まで用意してくれるようだ。昨日に続きアゲートには迷惑をかけ過ぎている。

「食べても良いですか…?」

「あんた、遠慮しすぎ。飯くらい出すわ」

「ありがとうございます…」

 小声で図々しいことを言うオリエーラに、さも当たり前のような顔をして世話を焼いてくれるアゲートは本物の善人だと思う。

 すぐにご飯を食べようと寝室から全身を出したオリエーラは、「先に顔でも洗うか?」という何気ないアゲートの言葉に顔を赤くしていそいそと洗面台に向かった。

 寝起きの姿など異性どころか家族にも滅多に見せることはなかったため、恥ずかしさで顔が沸騰しそうだ。顔を少量の水で洗う。冷たい水が火照った皮膚を冷ましてくれる。少々ひび割れている鏡で身嗜みを整えたあと、オリエーラは小さな食卓に向かった。

 朝ごはん…、もとい昼ごはんは、焼いたパンにジャム、昨日の晩にも食べた緑色の生野菜に卵焼きというメニューだった。ドリンクは、水だ。

「美味しいですね」

 いただく旨を伝えて、先に食べ始めていたアゲートと一緒に食事を摂る。

 アゲートを真似て四角いパンを一口分千切り、口に入れる。程よく焦げた外側の部分はパリっとしているのに内側はもっちりとしており、バターと塩気が効いていて美味しい。続いて生野菜を食べる。こちらは少量の油と塩が掛けてあり、野菜本来の苦味と甘味も相まってシンプルながら絶品となっていた。卵焼きも見た目は簡素だが食べると胡椒の風味と優しい甘さが口に広がる。

「美味しい…」

 オリエーラはそう一言呟いたきり無言で黙々と昼食を食べ進める。

 パンはオリエーラから見ればかなりの大きさで、生家で食べていたものの3倍の量はあるかという程だったが、常になく食が進みあっという間に半分無くなってしまった。

 今度はジャムをつけようと小瓶からスプーンで掬う。黄金色のとろみのあるジャムは果実の皮が浸けてあり、陽の光を反射して輝いていた。

 パンに少量乗せて口に入れると柑橘の風味が鼻に抜ける。甘いが、程よい苦味と少々の酸味、またなんといっても果実の味がして美味しい。複数の果実を合わせたような複雑な味だが、甘味で上手くまとまっている。これは、一生食べ続けたい。

 そんなことを考えていると不意に視線を感じてオリエーラはご飯から視線を逸らし、顔を上げた。

 するとアゲートが驚いたようにこちらを見つめている。彼の皿を見ると、オリエーラが席についた時と残りの量が殆ど変わっていない。

 咀嚼していたパンを飲み込むと、アゲートに向かって話しかける。

「あの。どうかしましたか?」

「あんた、夢中になると周りが見えなくなるタイプか?」

「? いえ、そんなことはないですが」

「ふーん……。飯、美味い?」

「はい、とても。やはりアゲートさんは料理人なのではないですか?」

「そんな気がしてきた…」

 アゲートは視線を彷徨わせると、卵焼きを食べ始めた。その耳が赤くなっている理由はわからないが、オリエーラはまた食事を再開した。

 大量の朝食を平らげたオリエーラは顔が緩むのもそのままにアゲートに話しかけた。

「ご馳走様でした。美味しかったです」

「ん。美味そうに食ってくれて、ありがとう」

「…!こちらこそ、こんなに美味しいご飯を食べられて幸せです。ありがとうございます」

 アゲートが素直だ。はにかみながら告げられた言葉に嬉しくなる。

 アゲートは優しくていい人だとの認識は持っているが、初対面の時から、少々、粗野な話し方をする印象があった。面と向かってそれも作ってもらったご飯を食べただけのオリエーラに礼を言う程人が良いとは思わなかった。

 貴族社会や政治、商売の場では損得勘定が最優先事項だ。相手を欺いたり思ってもいない世辞を送る人間たちに慣れてしまっていたオリエーラには、それとはかけ離れたアゲートの言葉が何よりも清らかに思えた。


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