8.宵
ひととおり泣いて気持ちが落ち着いた後、アゲートの作ったご飯をお腹いっぱい食べたオリエーラは幸福感と恥ずかしさで身悶えていた。
「ご馳走様でした」
「美味かったか?」
「はい!とても。こんなに美味しくて、幸せな夕食は初めてです」
頬が緩み、はにかみながら答える。
「へえ〜、お嬢様の口に合ったようで何より」
アゲートは肘を付いてこちらを見ると、からかってくる。
「うちの料理長より美味しかったです」
「仕事辞めて店でも開こうかな」
「ふふ、是非」
オリエーラはクスクスと笑った。こんな風に無駄なお喋りをしたのも初めてだ。
「本当に、ありがとうございました。私にとっては今日が人生でいちばん幸せな日になりました」
そう言い、頭を下げるとアゲートは少々驚いた顔を見せた。
「まあ、深くは聞かねえけど。…今日が1番ってことはないぜ」
「どうしてですか?」
アゲートが片眉を上げて笑う。
「明日からはもっと楽しくなるよ」
「!」
なんて粋なことを言うのだろう。アゲートが輝いて見える。
オリエーラは満面の笑みを浮かべて微笑んだ。
「あんたはこっちのベッド使え」
「ではアゲートさんはどちらでお休みに?」
「居間で寝る」
「では私がそちらで寝ます」
「客人は持て成されとけ」
夕食を摂りシャワーを浴びた後、夜も更けてきたため寝室に入った。しかしアゲートの部屋にはベッドが一つしかないため、小さな争いが起きている最中だ。
オリエーラにとっては家主を床で寝させることになるため余所者の自分がベッドを占領することは憚られるが、アゲートが頑として譲らない。
「そんなに俺が使っていたベッドは嫌かよ」
「いえ!そんなことは断じてないのですが」
「ならそこで寝ろ」
「………はい」
押し切られた。申し訳ない。
明日は絶対にベッドを譲ろう。そう決意したオリエーラは有り難く思いながらベッドに腰掛けた。
「……。一応、洗ったからな」
「え。…あ、布団?ありがとうございます」
「敷布も。じゃあな」
アゲートはベッドに掛けてあったものとは別のブランケットと上着を取って寝室から出ていく。オリエーラは慌てて「おやすみなさい」と言うと、「おやすみ」という静かな声が返ってきた。
ベッドに横たわり、布団に包まる。手触りは快適とは言えないが、肌掛布団からはアゲートの上着から香っていたのと同じ柑橘の匂いがほのかに香った。胸がソワソワするのに不思議と落ち着く香りだ。
(今日、とても楽しかった)
ベッドに寝転びながら病院から出た後のことを思い出す。オリエーラは異国の美しい景色と、優しい人間を知った。
(トレルは素敵な所だな。それに、アゲートさんも)
考えなくてはならない事柄は山ほどあるのに、あっという間に訪れた眠気に微睡む。
(早く、明日にならないかな……)
アゲートは今日より明日がもっと幸せになると教えてくれた。
楽しみな気持ちに胸を満たされたままオリエーラは静かに眠りに落ちた。