3.陽光
「帰んぞ」
疑問が顔に出ていたのだろう。男はそう言ったあと、呆然と立っている女の耳元に顔を寄せ、「良いから、着いてきな」と囁きその手を取った。
手を引かれるまま男に続いて病院を出る。日向に出ると陽の光が嫌に眩しく感じられ、目を瞑る。病院の向かいには大きな建物が建っており、その横の影となる路地へと入っていく。
すると男は取っていた手を離し、振り向いた。
「体調は」
「え、」
第一声がそれか。責める言葉を覚悟していたために、拍子抜けした声がそのまま出てしまった。
だが仕方ないだろう。恐らくこの男は赤の他人を介抱したのち病院に連れて行き、退院となれば迎えにまで来たのだ。迷惑をかけた、という言葉では言い表せないほど迷惑をかけられているだろうに。
「体調は、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「ほんとにな。あんた、あのクソ雨の中何してたわけ?死にたいの?」
「いえ、そういうわけでは。でも助けていただいて本当にありがとうございました。こうして迎えにも来てくださって。このご恩は必ずお返しします」
「あー、そ。ならもう二度としないことだね。ったく病院代なんて馬鹿にならないのにホイホイ頼むとかどこの裕福だよ…」
心底呆れた風な声音で男がごちる。
病院からお金を払わず出てきたのは、この人が出してくれたからだと今更気づいた。
身につけていた鞄は病院に行っても側の椅子に置いてあった。濡れていたであろう鞄には水の跡が残っているが中身は変わらず入っている。男が一緒に運んでくれたのだろう。病院代を払うくらいのお金はあったはずだ。
「お金、立て替えてくださったんですね。ありがとうございます。いくらでしたか?」
「は。待って、あんたこの場で払う気?てかそんな大金持って歩くなよ!?」
鞄を開けた手を掴んで止められる。焦った様子の男に首を傾げた。
「確かに大金だとは思いますが…2万バースほどかと思っていました。違いますか?」
「はあ!?病院代がそんな安いわけ…。待った」
そう言って男は考え込んでしまった。そんなに見当はずれだっただろうか。
「悪い。そもそも俺はあんたが、あー、金を払えない可能性も考えた上で病院に連れてったんだ。払わせる気はねえよ」
「そうは言っても、先ほど高いと。必要なのではないですか?」
「うるせえ。でもそうだな、あー、じゃあ払ってくれるってんなら2万バースありがたくいただくよ」
「はい。本当にありがとうございました」
これで少しは借りが返せるだろうか。
男に2万バースを手渡す。それを受け取った男は無造作に服に突っ込んだ。