1.銀の雫
黒々とした雨雲から、銀の雫が落ちる。
それは道沿いに設置されたオイルランプの灯りを受け、刹那、黄金色に輝いてはまた夜の闇に溶け込み、ひび割れた石畳を打った。
足元に水溜りができている。打ち付ける雨粒をぼうっと眺めながら、女はその場に蹲み込んだ。
「は…っ」
(体が熱い。でも、寒い…おかしくなりそう)
腕を体の前で交差させ、自身を抱き締めるようにして半袖の下から覗く二の腕をさする。すると雨に打たれている人間とは思えないくらい、そこは熱を持っていた。
「どうして…?これから、どうしよう…」
呆然と呟く彼女には、自身が今座り込んでいるこの場所がどこだか、皆目見当がつかなかった。
それから、どのくらいそうしていただろうか。
降り続く雨粒に打たれ、髪の先から水が流れ落ちる。体は冷え切っているはずなのに、頭の芯は火照っており煩わしい。しかしその熱のお陰で体温は上がっており、生かされていた。
暗闇の中で朦朧とする意識の中でふと、視界に光が映り込む。
それは女の横でしばらくゆらゆらと微かに揺れていたが、またすぐに動き出し、通り過ぎようとした。
「…ったす、けて…」
自身から離れる光に向かって咄嗟に呟く。
光は躊躇うように数歩分遠のいたが、やがて大きなため息と共に引き返してきた。
カシャン、という音と共に光が女の足元で静止した。
「はあ〜……。あんた、何してんの」
男の声だ。
「あ、熱い…」
「家は?」
「いえ…、3番街の、樺並木通り。アンダリュサイトです…」
「は?」
男が困った顔をした。何故だろう。樺並木通りと言えばすぐわかるはずなのに。
「どこ?それ。…おい!?」
「っは、熱い…っ」
「え」
酒に酔っていると思われただろうか。多少会話が噛み合っていないことは理解できるが、朦朧とした頭では正常な判断は難しかった。
もう体力、気力ともに限界が近い。最後の力を出して今まで俯いていた顔を上げ、男の目を見た。女の側に屈んでいた男と目が合う。すると男は驚いたように息を飲み、次いで気まずそうな顔をした。
変な顔をしてしまっていただろうか。
力を出し切ったのか、急に体が重くなる。目を開いていられない上、体の感覚も無くなってきた。
壁伝いにずりずりと地面へと倒れ込む。
「すみません、できれば、病院に…。寒くて」
「は」
驚いた顔で、男が目を見開いている。困惑してるな、と働くことをやめた頭が場にそぐわず呑気な感想を抱く。
「…っふふ」
迷惑をかけているのはこちらなのに、女は可笑しくなって、笑ってしまった。
「あ、おい!」
遠くで男の声が聞こえる。そして女はそのまま意識を手放した。