第五十話 危険なバニラとスパイスの香り
今日もいつも通りに起きていつも通りキッチンに向かい朝食の準備をする。
そろそろ”お祭り”の時期だ……数年ぶりに開催されるという事で街のみんなも張り切っている。
朝食の食器を片付けてから自分もお祭りの準備へ向かう。
今日は屋敷の中の飾りつけを任された……無駄にでかい屋敷の飾りつけはかなり時間が掛かりそうだ。
早速作業を開始しようと袖まくりをしたところで教皇様の付き人、ミグレムさんが呼び止めてきた。
全身黒い服に身を包み、赤いメッシュの入った灰色の髪とモノクルを付けた金色の瞳は相変わらず生気を感じない。
「ジュノ、君に頼みたい仕事があります」
「仕事ですか??」
「ええ、他の者に頼もうと思ったのですが、みな準備に忙しくってね」
「……それで、頼みたい事とはなんでしょう??」
ミグレムさんが懐から、小さな紙を僕に渡してきてこう言った。
「君には、フランジェ国に行ってもらいます。そしてこの人物を暗殺して来てほしいのです」
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「リヴィリカ、ダンスの練習をするぞ!!」
「……え??」
午後になると、外はより大雪が降り始めたことでお城の廊下を歩くのも寒くてかなわないので私の部屋に3人で集まってのんびりと過ごしていた時だった。
読書をしているといきなりリデルがそう言って私に手を差し伸べてきた。
「カミールが君のダンスが少し不安って言っていたんだ。だから時間があったら練習を少しでもやっておけってさ」
「私、ダンスに誘われても断るから別に踊れなくっても――」
「君は世界を救った聖女で、国と国の平和の架け橋である人物なんだぞ??誰もがこぞって誘ってくるに決まってるだろ」
私がリデルの手を見ながらしぶっていると、無理矢理手を取られて椅子から立たされた。
その勢いのままダンスのステップを踏み始め、リデルは鼻歌を歌いながら私を見つめている。
「わかったから、いきなり引っ張らないで!!」
「うんうん、上手上手……いてっ」
「あ、ごめん。足踏んじゃった」
最後にダンスの練習をしてからそんなに時間は経っていないはずなのに、少し感覚を忘れてしまっているようだ……情けないステップを繰り返し、ついにはリデルの足を踏んでしまった。
その様子を見ていたクロアが、リデルの手を払いのけると今度はクロアが手を取って私と踊り始めた。
「リデルのエスコートがヘタなだけだろう。……ほら、俺となら問題なく踊れているぞ」
「いや、リヴィリカが踏みそうになった足をクロアがうまく避けてるだけだろ……お前以外なら踏んでるってことだぞ」
「ああ、だからリヴィは俺とだけ踊っていればいい」
「お前も他の女性と踊りたくないからそんなことを言っているな??」
どうやら私が踏みそうになると、わずかに自分の足をずらして回避しているようだ……流石騎士、回避能力がすごい。
するとドアがノックされて、馴染みあるメイドさんが入ってきた。
そしていつものように手際よくお茶の用意をしてくれる。
「リヴィリカ様、こちらの紅茶なのですが、西の国で女性に人気のフレーバーのようです。もしよろしければ召し上がってみませんか??」
「西の国で??……甘くていい匂いがしますね。是非お願いします」
メイドさんは笑顔で頷いて私にその紅茶を入れてくれた。
甘いバニラとスパイスの香りがする紅茶で、あまり飲んだことのないフレーバーだ。
メイドさんは私にはその紅茶を、リアムとクロアには別の紅茶を入れて置いた。
「へぇ、めずらしい香りだな。リヴィリカ、ちょっとだけ味見させてくれ」
「え!?ちょっとお行儀悪いよ!!」
「……っ」
リデルは私の前に置かれたティーカップをっ持ち上げて紅茶を少しだけ飲んだ。
すると、カップが落とされたのでびっくりしてリデルを見るとその表情は苦しそうに歪んでいた。
「リヴィリカっ……この紅茶っ飲むな……!!」
「キャアアア、リデル様!?」
「リデル!?どうしたの!?……もしかして毒!?」
「リヴィ、回復魔法を!!俺は医務室から解毒剤を持ってくる!!」
リデルは倒れると呼吸が出来ないのか苦しそうに喉を引っ掻き始めた。
私は状態異常を回復する聖魔法を施していく……すると、リデルは少し楽になったのかそのまま気絶してしまった。
リデルの胸が正常に上下に動いているのを見て、私は額から流れていた汗を袖で拭う。
しばらくして、クロアと白衣を着た医者が部屋に慌てて入ってきた。
「リデルは!?」
「もう大丈夫。毒の浄化はちゃんとしたから……今は眠っているだけ」
「そうか……」
クロアは安心した表情になると、リデルをベッドへと移動させた。
そして、念のため医者の人のも見てもらって先ほどの経緯を話す。
「わ、私は決して、毒なんて入れていません……リヴィリカ様……。私は、お茶のお時間になったので皆様に持って行くようにと言われて……」
「リヴィ、そのメイドが紅茶を入れているのを見ていたが何か変なものを入れている仕草はしていなかった」
「うん、貴女はそんなことをしないってわかってますよ。だから深呼吸をして落ち着きましょう??ね??」
「はい……」
メイドさんは青ざめた表情をして、震える声で言いながら両手を強く握りしめていた。
その両手を私は自身の両手で包み込み、優しく話しかける。
クロアは床に落ちた割れたカップを鋭い眼光で見下ろしていた……。
一番好きな紅茶ははちみつ紅茶です。




