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神風のボレアス 世界最強の大気支配能力者が、史上最強の台風を喰らうまで

作者: ポテッ党

 天とは古来より、人の手の届かぬものとして信仰されてきた。

 古来の神話を紐解けば、天がもたらす雷という物がどれだけそれらの神話において重要な位置にあるかは語るまでもないことだろう。

 雨という物が人々の農耕を支えてきたというのは、言うまでもないことだ。

 風という物を人間が支配出来ていないことなど、説明するまでもないことである。

 天とは、地上に住まう人間たちでは手の届かない領域なのだ。

 故に時に恐れられ、時に崇められ、人間は決して天を無視することも、支配することもできなかった。



 しかし、それは、『彼』が現れるまでの話。



 これより語られるのは、観測史上最強の台風が、何者かによって消し去られたことに関する記録である。



 □


 2018年 七月十日。

 俺の十歳の誕生日。

 この日は決して忘れられない一日になった。

 理由はシンプル。そして突拍子もない。

 俺は今日、つむじ風を起こす能力を手に入れた。

 にわかに信じがたいことだが事実なのだ。

 目覚めたのは場所は公園の自販機。

 

 そこの近くにポイ捨てされていた空き缶。

 俺はそれを拾って近くのゴミ箱に捨てようとした。

 しかし、何となくこの善行が恥ずかしくなって、俺はそこそこ大きな声で言ったのだ。


「風よ。渦巻き、この物を運べ」


 と。

 ちなみに念のために言っておくが俺は正気だ。

 学校の成績も自分でいうのもなんだが優秀な方だ。

 ただ、うずいたのだ。

 俺の少し早く芽吹いた厨二魂が。

 誰もいない公園で、ただ一人右腕を真っ直ぐに突き出した俺だけが風に吹かれた。


「ま、何も起こるはずないか」


 大抵の人間は分かっているだろう。

 どれだけ頭の中で鮮明に空想をしたとしてもそれが実現することはないのだ。

 中にはその空想を絵で、文字で出力する者もいるかもしれないが、それはあくまで例外的な者だ。

 多くの人間は空想を描くだけ描いて、それで終わらせる。

 だから想像もしなかった。

 ゴミ箱に向かって放り投げた空き缶が。


 風に攫われるなんて。


「は?」


 空き缶は宙に浮いていた。

 つむじ風に乗って、くるくると回転していた。

 落ち葉も砂ぼこりも、一緒にその旋風の中で渦巻いている。


「め、珍しい~。こんな近くでつむじ風が見れるなんて」

 

 引きつった声で、自分に言い聞かせるように俺は言う。

 脳裏にあり得ない空想が掠めた。

 しかしあり得ないことはあり得ないのだ。

 だからそれを確かめるために、俺はもう一度呟いた。


「風よ」


 ひどく短い呼びかけ。

 応えるものなどいないはずの呟き。

 しかし、風は答えた。

 つむじ風が急激に掻き消えたのだ。


「ははっ、ははは、マジかよ……」


 乾いた笑いが口から漏れる。

 ありうるべかざる光景だった。

 しかし事実これが俺の目の前で起きたのだ。


「に、逃げよう」


 自販機の指紋を俺は拭き取る。

 俺は風に乗っていた落ち葉と砂ぼこりをかき集めて空き缶の中に放り込み、それを鞄の中に入れる。

 そして自転車に跨って公園から素早く脱出するのであった。



 □



 どうやって家に帰ったのか覚えていない。

 頭の中はあのつむじ風のことでいっぱいだった。

 念のために持って帰っておいた空き缶を家のゴミ箱に捨てる。

 がらんどうのリビングを抜けて、自分の部屋に入ってようやく俺は、大きく大きく息を吐いた。


「ま、マジかよ……」

 

 俺の名前は空道 タイキ。

 天涯孤独の小学四年生だ。

 そんな俺は友達もおらず、休日もがらんどうの家を空けて、当てもなくふらふらと自転車に乗ってさまようことに明け暮れていた。


 そんな俺を襲った未曾有の事態。

 それがあのつむじ風だった。

 部屋の中央に立って、再び念じる。

 両の手のひらを合わせ、ちょうど見えないバスケットボールを持っているかのようにして。

 

 渦巻く気流が、俺の手のひらを撫でた。

 明らかに、風を操っている。

 

「どうしようか……。『先生』に連絡、いやその前に、ネットで調べるか!」


 そうして俺はタブレット端末を取り出し、『超能力 風』と打ち込んでみた。

 そして表示された検索結果をざっと眺める。

 検索ワードを変えながら、さらに調べてみる。

 だが、俺の探していた、『能力に目覚めた』という人間の記事やブログは出てこなかった。

 大体が、ネット小説のタイトルばかりだ。

 

「俺だけの現象なのか……? いや、そんなことは多分、ないはず」


 世の中には八十億人を超える人類がいるのだ。

 八十億分の一の宝くじに当たったと考えるのは早計だろう。

 いやそれどころか、貧乏くじかもしれない。


「政府に見つかったら、解剖とかされるんじゃ……」


 俺は体をブルりと震わせ、そして致命的なミスに気づく。

 俺は三度も能力を使ってしまった。

 三度目は自宅の中で、だ。


「何かしらの機器で能力を探知されるかもしれない」

 

 ライトノベルの読みすぎだろう、と人に笑われるような思い付きだ。

 しかし、今俺は笑えなかった。

 かといって、この能力を使わないという選択肢は取れない。

 使わないことによって、何らかのエネルギーが溜まりすぎて、暴発してしまう恐れがあるからだ。

 となれば定期的に使うしかない。

 というのは言い訳だ。

 

「こういうのって使い続ければ使い続けるほど、強力になっていくよな……」


 俺の脳裏をよぎるのは、数多ものマンガ、ゲーム、ラノベ、アニメだ。

 こうした超能力を手に入れた少年少女が、非日常に巻き込まれ、時に泣き、時に笑い、時に生死を掛け戦いに巻き込まれていく話の数々。

 俺の心強く揺さぶる物語たち。


「そういう専門機関があるのかな……? けどその専門機関が人道に配慮してくれるとも限らないか」


 実はその上層部が黒幕だった。

 裏切者が潜んでいた。

 人体実験を行っている。

 どれもありそうな話だ。

 そう言った専門機関がない、という可能性もあるだろう。

 しかしもしあったとしても市井の人間にそうと分かるような、痕跡の残し方もしてないはずだ。


「となると俺は一人でこの力を鍛えるべきか……。でも、何処で?」


 家の中は論外だ。

 最初に能力が発現した公園?

 ヒトが来そうなところは当然避けたほうがいい。

 深夜の校庭?

 見回りの警備員に見つかったらアウトだ。


 そこまで考えて、ふとアイディアが浮かび上がる。

 俺には風を巻き起こすだけの未知のエネルギーがある。

 それを見ることができたらどうだろうか。

 そうすれば、自分の能力でそのエネルギーを集めて、拡散を防ぐことができるかもしれない。

 何らかの測定機械に反応させることなく、能力を鍛えることができるかもしれない。

 となれば、まずは目に力を込めてみる。

 

 人間の情報収集の八割は目に頼っている。

 そこにある血管に自分の力? のようなモノを通し、知覚する。

 やってみよう。

 俺は目を見開き、眼球に意識を集中させる。


 一分がたった。

 変化はない。

 五分がたった。

 宙に舞う埃が目に付くようになった。

 十分がたった。

 窓の外で木の葉が揺れている。

 三十分がたった。

 ダメだろうか。


 いいや、ここが分水嶺だ。

 ここで自分の力を振り絞らなければ、突如目覚めた超能力という異常事態に対応できない。

 ここでどれだけ自分の力を振り絞れるかが、自分の人生を左右する一瞬になる。

 その思いで、俺は眼球に力を籠め続けた。


 そして三時間がたった、その時。

 無数の光が、俺の視界に現れた。


「み、見えた……!」


 この光の粒子は先ほど手のひらの間で風を渦巻かせたことによるものだろう。

 部屋全体に均一に広がっている。

 窓の外を見遣る。そこに光の粒子は存在していなかった。

 この粒子を何と名付けようか。

 パッと思いつくのは魔力だが、俺が使うのは魔術ではない。不適格だろう。


 そう考えて、最近習った英単語にぴったりの物があったと思い出す。


アトモスフィア・(大気の)パーティクル(粒子)にしよう。略してAPだ」


 速攻で名前を付け、俺はこの粒子に干渉しようとする。

 最初は風をほんの少し、プリントを揺らす程度に放ってみる。

 するとその風は相当量のAPを含んでいた。

 まるで光る砂を空中にぶちまけたようだ。

 

 ならば、それを回収していけばいい。

 体から放出することができるんだ。

 吸うこともできるはずだ。

 まずは思い切り深呼吸をしてみる。

 変化はなし。

 

 手で空を掻いてみる。

 同じく変化なし。


 ならば次は本命、風を自分に引き寄せてみる。

 するとどうだろうか。

 APは俺の体に集まってくるではないか。

 しかしかなり遅い。

 カタツムリ程度の速度で、ゆっくりゆっくり俺の中心に集まってくる。


 少しの風も感じた。

 本当に少し、人の吐息にも満たない速度だ。

 だがこれで機械に測定される恐れは多分、なくなった。

 

「端末、いやノートのほうがいいか。ノートにまとめよう」


 そうして俺は勉強机に座り、自らの能力をノートに書き記していくのであった。

 


 □


 

 スーツを身に着けた男女二人組が、その公園にはいた。

 カップルのような雰囲気は見受けられない。

 片方は茶髪の青年。もう一人は金髪を腰まで伸ばした少女だった。


「ここで間違いないんだな」


『はい。ゼノ量子の観測地点はそこで間違いないです。術者の痕跡はありますか?』


「ないな。術者の痕跡は皆無だ。残存魔力の類も見られない。はぐれ精霊の類でもないだろう。もう一度聞くが、観測されたのはゼノ量子だけなんだな」


『間違いありません。術式や異能、種族特性の類は感知できませんでした』


「計器のミスなんじゃないんですか~?」


『その線が一番高そうですが、それでも『アウトサイダー』の可能性も極小ですが存在しています。そのためお二人に出向いていただきました』


「だが、痕跡はなし、か。一応ここのサンプルを取ってから帰投する。レイナ、ゴミ箱のゴミを『ボックス』の中に入れておいてくれ」


「えー、ゴミ箱漁るんですか~」


「念のためだ。いやなら砂場の砂をいくらか持っていってくれ」


 そうして公園で遊んでいる――ように見える――二人の大人は、しかし近所の人間に目撃されることはなかった。

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 □□□


 それから俺は憑りつかれたように能力を鍛えるようになった。

 訓練は近くの雑木林の中でやった。

 俺に残された遺産の一つに山があった。

 大地主であった祖父の代からある山で、固定資産税とか管理費の影響で、捨てたいけど捨てられない代物であった。

 

 れっきとした私有地であるので、俺はここで心置きなく修行をすることにした。

 まずはつむじ風がどれだけ持続できるかについて調べてみることにした。

 スマホのタイマーを使用して、つむじ風の持続時間を計る。

 最初は五分程度で限界が来た。

 

 五分が経過した後は、まるで長距離走をした後かのように、全身が疲労に悲鳴を上げていた。

 どうやら身体的な負荷もかかるみたいだ。

 なので俺は並行して体を鍛えることにした。

 

 食事のメニューは自分で考えて料理した。

 筋肉は台所で作られるという格言に従うことにしたのだ。

 母親が生きていた頃に既に一通りはできるように教えてもらっていたのだ。

 ちなみに俺は一人暮らしである。

 これはウチの遺産を親戚連中が狙い、それを父の親友の弁護士の先生に守ってもらったことに起因する。


 下手に親戚の家に転がり込めば、俺の遺産を養育費という名目で取り上げられかねないからだ。

 俺の曾祖父の代から、もし万が一のために自活できるように空道家の子供は鍛え上げられるのだ。

 というわけで小学生の身で俺は問題なく一人暮らしができているのであった。


 話を能力について戻そう。

 俺のタイムスケジュールは、一日の間に能力を限界まで発動し、その次の日を休み、そしてその次の日を筋力トレーニングに、そしてその後日を休み、といった形に四日でワンセットという形にした。

 

 筋トレに関しては徐々に負荷量を上げていくことによって、常に肉体に刺激を与えていく。

 それと並行して能力に関しても徐々に負荷の量を上げていった。

 つむじ風を動かせるようにしていったのだ。

 最初は前後に、次に左右に、最後には俺の周囲を一周させるといったように。

 そうすることによって俺はつむじ風の位置を自由自在に動かせるようになった。


 なら次は何が必要だ?

 答えはシンプル。

 強弱だ。

 扇風機にだって、エアコンにだって風の強弱がある。

 ならば俺はそれを習得してみせよう。


 まずは弱からだ。

 とっかかりはあった。

 つむじ風が出来上がっていく過程に着目してみたのだ。

 最初はほんの小さな風の渦巻きが、周囲の物質を渦巻かせて徐々に大きくなっていくのだ。

 ならばその最初の小さな風の渦巻きで固定してしまえばいい。

 

 これが大変だった。

 小さい風の渦巻きに固定しようとしても、ひどく不安定で、すぐに霧散してしまうのだ。

 故に俺はつむじ風と自分の体のつながりを意識してみることにした。

 能力の限界までの使用が肉体に負荷をかけるのならば、必然的に能力と俺自身も繋がっているはずだ。

 

 その発想が功を奏した。

 肉体からのラインを意識することによって、つむじ風を弱めることができるようになったのだ。

 となれば次は、強だ。

 こっちは比較的に楽だった。

 周囲の風を取り込ませて、大きくしていけばいいのだ。

 

 それらのことを繰り返していくうちに俺は軽く十メートルはあるだろうつむじ風を操れるようになっていた。

 人間をこの中に放り込めば、舞う砂粒や小石でずたずたに引き裂かれるだろう勢いだ。

 

 というわけで次のステップに進む。

 次に考えたのは、カマイタチを飛ばすということだ。これによって攻撃手段を獲得しようという試みである。

 まず最初は風を手のひらから放出するようにしてみた。

 そしてその放出する空気の量と形を色々と変えてみたのだ。

 

 最初はただの突風。次は人ひとりをすっぽりと飲み込めるぐらいの暴風。

 そうして風の量と速度を増やしていくうちに一つ問題にぶち当たった。

 AP切れである。


 このAP俺の体力と連動しており、日々の筋トレと毎朝のランニングによってそれなり以上の体力を確保することができているのだが、いかんせんこの風放出の訓練をやっていると非常にAP切れが早い。

 一時間足らずでへとへとになってしまうのだ。

 これを解決する方策は何かないだろうかと頭を捻り、そして俺は二つ解決策を考えた。

 

 一つ目は周囲のAPの回収だ。

 初めてAPと名付けた時のように俺はAPの存在を感じ取ることができる。

 日々の能力強化訓練のおかげか、俺自身から発せられるAPだけでなく、空気中に存在しているAPを感じ取れるようになってきた。

 ならばそれを取り込んでしまえばイイ。

 

 もともとこうした訓練の隠蔽のために、自分の発していたAPを回収することができるようになっていたので、そうしたコツを掴むのは簡単だった。

 瞑想をしながら空気中のAPを自分の体内へとゆっくりと移動させていく。

 これによってAP――とついでに体力――を素早く回復できるようになった。筋肉痛も即日治るようになったのは思わぬ副産物だった。


 二つ目の解決法は、風を放出するのではなく、周囲にある空気を利用するという方法だ。

 これは俺の能力がどのように発動しているのか風呂場で試してみた際に判明したのだが、俺はどうやら周囲の空気を操っているのではなく新しく空気を作り出しているらしい。

 湯船に手を沈めながら能力を発動したところ、気泡が発生したのだ。

 ならば一から空気を作り出すのではなく、周囲の空気を操ることができれば、大幅に省エネになるだろう。


 これはつむじ風の強を作る際の感覚が役立った。

 周囲の空気を自分の能力の支配下に置いていくのだ。

 そうすることによって自分の動かせる空気の量を増やしていくことに成功した。


 この二つの解決策によってカマイタチを発生させる準備が整った。

 後は風をより鋭くしていくだけだ。

 そこから先はひたすら反復練習だった。

 風を打ち出す。打ち出す。打ち出す。打ち出す。APが切れたら瞑想で回復。そしてまた打ち出す。

 そんなことを続けている内に俺は遂に、カマイタチを打ち出すことに成功した。

 大木を容易く両断できる威力だった。ヒトに向けてはいけない領域だ。


 しかし俺の探究心は留まることを知らない。

 攻撃手段を確立できたというならば次は防御手段だ。

 それの当てはある。

 俺は今まで風を動かすことに集中して能力を発動してきた。

 ならば今度は逆に、風を動かさない、つまり空気を固定することによって壁とすることができないだろうかと考えたわけだ。

 

 というわけで練習をしていこう。

 まず最初は空気に干渉力を付与していく。これが骨の折れる作業だった。

 今まで俺は干渉力を、風として動かすという方面にのみ使ってきた。

 それを全く逆の動かさないという方向性に能力を使うのは、まるで今までウェイトトレーニングをしてきた人間が、長距離走を行っているかのようにベクトルの違うつらさがあった。


 そうして少し行き詰ったところで俺は自分の身体能力の向上に着目した。

 能力の使用によって、筋肉とは別のところが鍛えられているのか、俺の身体能力は並みの大人の十倍程度にまで増強されていた。

 今の俺なら五階から飛び降りてもぴんぴんしていられるし、素手でコンクリートブロックを粉砕できる。というか実際に粉砕した。

 今の俺なら車と競争しても勝てる。というか実際に勝った。


 フードを被った上で深夜に行ったので、顔はバレていないと思うがこの街一体に『ターボ婆』ならぬ『ターボフード』なる都市伝説が広まってしまったのは少し忸怩たる思いだった。

 

 身体能力が一定に達した時点で、俺は格闘技を習い始めた。

 といっても今の俺の身体能力でうっかり本気を出したら人を殺しかねないので、格闘技の本を図書館で借りてきて、それを実践するといった独学でのトレーニングになったが。

 

 そんな寄り道をしながらも空気を固定することに挑戦し続けたおかげで、俺は遂に障壁を作り出すことに成功した。

 そこから先は作り出した障壁にカマイタチをぶち当てることで、双方の熟練度を向上させていくことにした。


 どうやら俺の能力は筋肉と同じで、使えば使うほど力を増していくモノらしい。

 なので俺はひたすら攻撃手段と防御手段を一緒に鍛え続けるのであった。



 □□□



 ふわり、と体が浮き上がる。

 何かに掴まっているわけでもなければ、何かにぶら下げられているわけでもない。

 俺の体は紛れもなく、宙に浮かんでいるのだ。


「ははは、成功だ」


 俺は攻撃手段、防御手段に次ぐ、重要なファクター、移動手段の開発に着手していた。

 そして風で、移動となれば、当然『飛行』だ。

 最初は空気を両手から放出させ、その勢いで飛ぼうとしたのだがうまくいかなかった。

 両手の角度を少し変えるだけで体があらぬ方向へ飛んでいくなど、肉体が強化されていなかったら骨の一本や二本はへし折れているだろうじゃじゃ馬っぷりだったのだ。


 なので、先『人』ならぬ先『生物』に倣って、俺は空気を対流させることにした。

 ハチドリやハエなどのように、俺は肉体の周囲に気流の流れを作り出して、そこから浮力を得ることにしたのだ。

 その試みは功を奏した。

 おかげで俺の体がこうして浮かび上がっているというわけである。


「さて、このまま能力の並列発動をやってみるか」


 そのまま俺は腕を振るってカマイタチを発生させる。

 ザン! という音と共に、木々が一斉に倒れた。

 まるで巨人が刃物を横薙ぎにしたかのように、木々がまとめて横倒しになっている。

 今の俺ならば、ビルを両断することも可能だろう。

 無論ソレに並行して鍛えている固定空気の壁も相当の強度に達している。

 

 ぶっちゃけ戦艦と正面から戦闘できるだろう。

 しかし俺の飽くなき厨二魂は留まることを知らない。

 ぶっちゃけ俺は世界最強になりたいのだ。

 となれば当然クリアしなくてはならないのは、核爆弾だろう。

 

 そのための方策を俺は考えに考え抜き、現時点で実現可能な一つの答えに達した。

 索敵範囲を広げればいいのだ。

 核の炎は、全てを焼き尽くす圧倒的な炎、というわけではない。

 実際に広島原爆の際には地下室に隠れていたら助かったという実例もあったりする。

 なので俺はまず第一にいち早く弾道ミサイルを感知して、安全な場所に逃げるという方法を採用することにした(無論、真正面から核爆弾に対抗するための訓練も欠かさずに行う)。


 これに関しては、既にとっかかりがあった。

 大気中のAPを回収する際に広げた、あの感覚だ。

 あれによって俺は大気の流れを副次的に観測するに至った。ならばそれを広げていけばいい。

 目標は半径十キロメートルだ。ガンガン広げていこう。



 □



「いってぇぇ……」


 俺は地面にうずくまりながら鼻血を流していた。

 頭の中で虫が暴れまわっているかのような激痛が脳内を駆け巡る。

 くそいてぇ。マジでいてぇ。頭蓋骨がひび割れたんじゃないかってぐらい痛い。

 こうなっているのには原因があった。

 観測領域の拡大に伴って、俺の脳内にぶち込まれる情報量が限界を超えたのだ。

 なのでこうして俺は脳みそへの負荷をかけすぎた結果、俺は血を垂れ流しているのであった。


「くっそ。ここまでキツイとは……」


 そう言いながら俺は呼吸を整え、大気中のAPを吸収していく。

 俺の習得した唯一の回復技である『瞑想』である。

 更にその急襲したAPを脳髄へと集中させる。

 この体内のAP操作は、格闘技の訓練を経て習得したモノだ。

 全身に張り巡らせることでただでさえ高い身体能力が、更に一つ上の段階に昇華される。が、今は回復に専念だ。


「すぅー、はぁー」


 そうしていくうちにだんだんと脳の痛みが引いていく。

 ふぅ。何とかなったようだ。

 けれどこんなところでへこたれてはいられない。

 俺が目指すの世界最強だ。

 更なる高み目指して、全身全霊を振り絞るとしよう。

 

 

 □



 何度か繰り返している内に脳の痛みも少なくなり、索敵範囲を目標十キロにまで広げることができるようになった。

 そして飛行能力も日々進化している。

 最初は浮遊程度しかできなかったのが、今では飛行と呼べるだけの速度と機動を両立できるようになっているのだ。

 最近では、固定空気の鎧を身に纏って体を保護しなければ摩擦熱で焼かれかねないレベルの速度域にまで加速することができている。

 というか肉体が強化されていなかったらかかるGで肉体がぺちゃんこになっていただろう。


 次いで俺が取り掛かったのは、真空領域の作成だった。

 呼吸に生命活動を依存しているすべての生命体に対する特攻攻撃だ。

 これを習得すれば俺の戦闘能力は一段上の領域になるだろう。

 まずはこれまでのように干渉力を広げていく。

 観測領域の拡大に伴って、俺の能力の射程は大幅に伸びた。

 

 今の俺なら十キロ先から狙ったものを両断することができるだろう。

 狙撃手以上の射程を手に入れたということだ。

 その射程を生かして俺はまず、空気を一点に集中させていくことにした。

 空気の圧縮。そうなれば出来上がるのはプラズマ球だ。

 加圧による高温化によって気体が電離し、小型の太陽ともいうべき光が俺の目を焼く。

 

 後に残ったのは、真空の領域だ。

 この領域に飛び込んできた鳥が数体、そのまま落下してくる。

 もったいないので捌いて食べよう。

 何はともあれ、こうして真空領域の作成ができるようになったということは、俺はほぼすべての生物に対する特攻攻撃を繰り出せるようになったというわけだ。

 射程範囲内に自由に真空領域を作り出せるように訓練をしながら、俺は次のステップに移行する。


 次に目指したのは大気からの特定物質の抽出及び生成だ。

 酸素を取り出せば、物体の酸化や助燃をできる――そして生物にとって高濃度の酸素は毒となる――といったように特定物質をより分けることができれば、戦闘の幅が大きく広がるだろう。

 というわけでやってみた。


 最初はスーパーでドライアイスをもらってきて、二酸化炭素を操作することにしてみた。

 もくもくと立ち昇る白い煙を自在に操りながら空気とは異なる比率の気体を操る訓練をする。

 酸素を抽出して買ったライターから火炎放射をしてみたり、窒素を抽出して野生動物を窒息させてみたりと、色々と試していく。


 それと並行して毒ガスなども生成してみることにした。

 今の俺の感知能力なら、毒ガスを見切ることも容易い。安全性の確保は充分だろう。

 最初に作ったのは塩素ガスだ。範囲内の虫がコロコロと死んでいった。

 

 そんなこんなで特定物質の抽出と生成を習得した俺は、更なる能力を手に入れるために次のステージに移る。

 

 次は風を使ってモノを持ち上げるという物だ。

 今まで俺は、大気操作能力を、大気を動かすといった形で運用してきた。

 別にそれは間違いでもなんでもないが、俺はこの能力のポテンシャルはそんなものではないと思っている。

 俺が鍛え続ければ、国一つを真っ向から滅ぼせる領域に達することができるかもしれない。

 今でも竜巻を作りまくって街一つを壊滅状態に追いやる程度は可能だ。

 

 威力は現時点でも申し分ないだろう。なら次は精密性だ。

 風を用いて、例えば人質を取っているテロリストをピンポイントで狙撃するなんてことぐらいできるようになりたい。

 何処で活用できるかは知らないが。

 

 そういうわけで大気による物体の持ち上げをやってみよう。

 最初は小石から始めた。

 元々つむじ風によってモノを巻き上げるということはできていたのだ。ならばこれも出来てしかるべきだろう。


 最初はクレーンゲームでモノを掴んでいる程度の不安定な感触しか感じなかったが、続けていくうちに自らの手で鷲掴みしているような感覚を覚え始め、遂には重機で直接つかんでいるかのような力強さを発揮できるようになった。

 この能力を『エアロハンド』と名付けよう。

 

 そうして俺の能力訓練は佳境を迎えるのであった。



□□□



 さて、次に何に取り掛かるといえば、天候操作だ。

 風使いの一つの到達点といえば、これだろう。

 古来から人間という生き物は、天という物に逆らうことは決してできなかった。

 その大前提に反逆するのだ。

 これほど心躍ることはないだろう。


 ということで取り掛かっていこう。

 最初は竜巻を発生させた。

 思えばつむじ風から始まったこの能力も凄いところに来たものだ。

 ちなみに竜巻なんか発生させてしまえば目立つのではないかという懸念点にはすでに対策は打ってある。

 

 蜃気楼の原理を利用して光を屈折させ、周囲から竜巻の存在を隠し通すのだ。

 また、真空のドーム状のバリアを張ることによって、消音も行っている。

 そんなこんなで私有地の山の中で俺はさらに能力を磨いていく。


 竜巻と肉体のつながりを意識しながら、上空へと干渉力を接続していく。

 天候は雨の時を狙った。

 竜巻と雲が接続したのを見てゆっくりと雲を掌握していく。

 かなりのAP消費量だ。

 最近能力と併用ができるようになった瞑想を行いながら、俺は能力を使っていく。


 回復と消費が並立していくのを実感しながらついに、雲を掌握するに至った。

 肉体を奇妙な充足感が包み込む。

 最近感じるようになったのだ。能力を使い続けるにつれ、体がこのような快楽を感じるようになった。

 何かヤバいホルモンでも分泌されているのかと不安になったりしたのだが、むしろ体力が回復したりするので、特に問題ないだろうと割り切ってそのまま使っている。


 雲を掌握してからは、まず雲の形を変えてみることにした。

 雲とは水蒸気が粒上に液化したモノなのだが、問題なく俺の大気操作能力の対象に入っているようだ。

 そんなことを確認しながら俺は徐々に掌握する雲の量を増やしていった。

 最初は積雲、次は乱層雲、最後は積乱雲だ。

 積乱雲の掌握は地上からではなく、飛行能力を使って雲の中でやった。

 

 全方位が雲に囲まれ、無数の雷鳴が迸る中、能力を行使するのは非常に刺激的だった。

 積乱雲を掌握してからは、実際に天候を操作してみることにした。

 夏場というのに雪を降らせてみたり、豪雨をダムの中にぶち込んでみたり、雷を適当な――人のいない――ところに打ち込んでみたり。

 時には雹を作り出して森の中に加速させて打ち込んでみたりなどした。


 天候操作は充分だろう。

 次はその源である大気の温度操作に挑戦してみよう。

 

 空気とは温まれば膨張して軽くなり、冷えると収縮して重くなる。

 この作用によって大気の流れは生まれる。

 ならばソレに直接干渉することができれば、もっと大規模に空という物を操れるはずだ。

 

 まずは大気の温度を上げることに注力してみた。

 熱という物は物体の分子の振動の多寡だ。

 ならば俺にできない道理はないだろう。

 というか最近気づいたのだが、この能力を使う際は、俺自身の認識が大事なようだ。

 俺が大気操作能力の範疇だと思えば、それはできるようになる。


 これに気付いたのは雷を操っている際のことだ。

 積乱雲の中に要る際は雷を自由自在に操ることができたが、その外に出た状態で雷を繰り出そうとしても、スタンガンレベルの小規模は放電しかできなかった。

 雹なども同じだ。

 積乱雲の中にいる時は自在に氷を操り、好きな形に形成することができたが、その外では製氷機で作るような氷の粒しか作り出せなかった。


 なので俺はこの大気の温度操作を、天候操作の一環として考えることにした。

 それが功を奏した。というか奏しすぎた。

 いきなり温度変化の射程距離が数十キロの範囲に及んでしまったのだ。

 秋の季節に猛暑日以上の温度にしてしまった。

 能力を使ったのが上空だったので問題はなかったが、地上の温度操作をしていたら一発でバレていただろう。

 気を付けねば。


 そんな感じで空気の温度を操ることができるようになった俺は更なる能力開発を行うことにした。

 今の俺の弱点は何だろうか。

 攻撃能力は充分だ。カマイタチは現状山一つをなます斬りにできる。防御能力はそれを防ぎきることができるぐらいだ。ちなみに空気固定能力も様々な形に応用できるようになった。

 索敵能力も申し分ない。今の俺なら五十キロ先で針が落ちたことさえ知覚できるだろう。

 移動能力は最近ついに極超音速飛行ができるようになった。

 

 そんな俺に足りないモノ、というよりは苦手な場所がある。

 それは水中だ。

 水の中ということで外部の空気を使用することができないのだ。元々俺の能力は風を生み出す能力なので、戦闘自体はできるのだが、周囲に空気がある時とは雲泥の差だ。

 ならばどうする?

 

 答えは一つ。周りの水分を気体に変えてしまえばイイ。

 というわけで俺は水を水蒸気に変える能力の開発に精を出すことにした。

 最初は風呂場からである。

 風呂場に鍋を持ち込んで水を汲み、それを温度変化能力で温める。

 温めていくうちにゴボゴボと、沸騰してきた。

 俺は最近できるようになった真空断熱の鎧を纏いながら、その気泡に触れる。

 そしてAPを流す。


 するとどうだろうか。水蒸気を手のひらの中で掌握することができたではないか。

 ならばあとはそれを水中で発動できるようにすればいい。

 春休みを利用して、俺は海へと繰り出した。

 通販で購入したライフジャケットを身に付けて飛行をし、かなり沖合にまで進出する。

 そこでこれまた通販で買ったゴムボートをに空気を入れて、準備完了だ。

 

 そこからは食料も共に持ち込んで本格的に水蒸気化訓練を行った。

 まずは巨大な泡を作り出して、その中に入り海中に潜っていく。

 その泡から手を突き出し、ひたすらAPを流し込んでいった。

 同時に俺の頭の中の認識を組み替える。


 風の大本は、この海が太陽光によって蒸発して、その蒸気が温度変化することによって成り立っている。

 ならばこの海は大気の生みの親だ。

 そう考えればむしろこの海を操ることができない方がおかしい。

 おかしいと思い込むのだ。そうでなければならないと確信するのだ。

 それが能力拡張のカギとなる。


 そんなことを泊りがけで行っていると、遂に海が沸騰し始めた。

 遂に俺は水蒸気化能力を取得したのだ。

 次は水蒸気の低温化だ。

 これはすぐにできた。

 低温化どころか、発生する水蒸気の温度そのものを常温と同じ領域に下げることもそう難しくはなかった。


 これで俺が海に繰り出した目的は達成できたのだが、俺はついでに試したいことがあった。

 木々のある山ではできないことだ。

 

 

 それは光の屈折。



 大気を通して太陽光を捻じ曲げて、一点に集中させるのだ。

 虫メガネを思い浮かべると分かりやすいだろう。

 なので早速やってみた。まずは自分の前方一キロ四方の空間の大気を掌握。

 そして一気に集光レンズを顕現させる。

 光は徐々にその範囲を狭めていき、辺りが昼なのに薄暗くなっていく。

 中心点に光が収束し、白い柱となる。


 まるで極限まで熱した油を水の中にぶち込んだかのような、強烈な蒸発音が五百メートル離れた俺の耳にまで轟いた。

 間違いなく俺の今までの攻撃の中で最高の威力だろう。

 そして今回は一キロ程度しか使わなかったのでその程度で済んでいるが、俺を中心に能力を発動すれば半径数十キロの太陽光を一メートル四方に収束できる。

 例え地下シェルターがあったとしても貫通できるだろう。


 間違いなく攻撃力は一つの高みへと到達した。

 次は防御能力だ。


 かねてからの懸案事項――勝手に懸案しているだけ――に放射線に対する防御があった。

 ガンマ線となると、鉛などで防御されるのが一般的だ。

 空気とは比べ物ならない重さだ。

 ならばどうするか。

 空気ではないモノを身に纏えばイイ。

 

 つまり、俺はついにAPそのものを防御能力に転用することを考えていた。

 

 同じ春休みを利用して俺はとある場所に飛んだ。

 それはA県の原発だ。

 五年以上前の大震災によって、廃炉となった原子力発電所だ。

 そこならば今もまだ放射線が残留しているだろう。

 

 俺はその原発の上空一万五千メートル上空に滞空し、風の感知領域を思い切り下に向けた。そしてガイガーカウンターを風に包み込んだまま、下へと落とす。

 俺の感知領域の中を風に包まれたガイガーカウンターが落ちていく。

 そして地面に激突する寸前で、停止。

 ガイガーカウンタ―のモニターの熱と音を拾って、その画面に記されている情報を読み取る。

 

 間違いなく人体に有害な放射線量だ。ビー、ビーと警報音が鳴っている。

 ならばそれを遮断してみせよう。

 俺はAPをそこに流し込んだ。

 APは俺の能力干渉領域の中でならば自由な位置に出現させることができる。

 

 APを展開していく。

 俺の肉体から出力されたソレは、ガイガーカウンターの周りを取り巻いて、渦を巻いていく。

 そしてその渦は隙間を次第に埋めていき、ガイガーカウンターを包み込む。

 するとどうだろうか。

 先ほどまでの耳障りな警報音は鳴りやみ、ガイガーカウンターの数値が通常時のソレに変わっていく。

 

 成功だ。

 遂に俺の防御能力も、一種の到達点に至った。

 最後は移動能力だ。


 といっても移動能力に関してはソレほど、困難ではないだろう。

 何せ今の俺でも『極超音速』つまりマッハ5以上に到達している。

 ならば次に目指すのは当然、地球の重力を振り切れるマッハ23以上、第一宇宙速度だ。


 俺は一度自宅に戻って休息を取り、その翌日に上空へと飛行した。

 心身ともに万全であることを確認してから俺は十五層からなる真空領域を圧縮空気で挟み込んだバリアを展開した。

 そして懐に常温圧縮空気を十五個忍ばせる。

 これが今から俺の地球の重力を振り切るための実験に注力するための基本準備だ。

 

 俺はバリアの後部に空気の噴出点を五つ設ける。

 そしてそこから最初はゆっくりと、そして段々と速く風を噴き出していった。

 上空千メートルを超えてからは、セーブしていた威力を全力で解放する。

 凄まじい重力加速度が俺の全身を襲う。

 

 俺の肉体が、既に常人の百数十倍に到達していなかったら、この加速度だけで体がぺしゃんこにつぶれていただろう。

 俺は下肢を圧縮空気で包み込んで、即席の耐Gスーツを作り出す。

 噴き出す風が、バリアに囲まれた俺を斜め上へと上昇させていく。

 

 上空にあった雲を吹き散らし、俺はなおも遥かな天空へと飛翔する。

 既に地平線が丸みを帯び、頭上の天蓋が紺色というべき色にまで変化していく。

 俺の眼下には立体的な雲の階層が広がっている。

 神秘的なその姿すらも俺は目をくれることなく、全速力で突き進む。

 オレンジ色に輝いていたバリアの外部も既にその熱を失っている。


 摩擦熱の源となる大気が既に薄れているのだ。

 そして俺は到達する。

 上空百キロメートル。

 宇宙といって差し支えない領域に。

 二十秒。

 それがここまで到達するのにかかった時間だった。



 俺の攻撃、防御、機動、三種の能力は、遂に極限というべき領域に達したのであった。


 

 □□□


 

 そんな俺の刺激的な春休みは終わり、俺もついには中学三年生。

 受験生となった。

 当然学生の本分を俺は忘れていない。

 なので俺は勉強と能力訓練を並行して行っていくことにした。

 まずは家の中の空気を完全掌握。

 そして『エアロハンド』つまり空気を介した念動力というべき力を発動させる。


 そのまま家の中で様々な家事をこなすのだ。

 もし今の俺の家の中に踏み込んだ人間がいれば己の目を疑うだろう。

 コードレス掃除機が独りでに埃を吸い込み、キッチンシンクでは食器が浮き上がりスポンジに泡立ったスポンジに拭かれていく。

 トイレも、風呂場も同じだ。

 そして洗濯物は、作り出された熱風によって即座に乾き、これもまた折り畳まれていく。

 

 それら全てが同時に行われている。

 家事を全て並行して行い、余った時間は空中に浮遊し、固定空気で作り出した即席かつ透明の机の上で問題を解いていく。

 

 これがなかなか訓練になった。

 能力の並列発動だ。

 今までの俺はあくまで能力のみに集中することで発動してきた。

 それを並列して使えるようになっていった。

 夏休みになるころには、全ての家事を行いながら、四つの問題集を同時に解くことができるようになっていた(ちなみに右手以外の三本のシャーペンは『エアロハンド』で保持している)。


 やはり脳自体も常人とは比較にならないレベルで鍛えられているのだろう。

 そんなこんなで精密性と複数動作を鍛えてながら、一学期を乗り切り、夏休みに突入した。

 さあ、今度は五教科の問題を同時に解いてみようと、考えていると大事件が起きた。


 いいや、大災害というべきか。

 中心気圧が865ヘクトパスカルの超巨大台風が発生したのだ。


 

 □



 それは朝のニュース番組だった。


『政府は非常事態宣言を発令。九州、四国、中国地方で避難勧告が発令されています。沖縄県全域を警戒区域に指定し、政府は住民の早急な退去を自治体に命じました』


『専門家の牧村さん。今回の政府の警戒区域の指定に妥当性はあるのでしょうか。野党の一部では移動の自由を一方的に侵害する命令だと反発の声が上がっているようですが?』


 話を振られた白髪の老人は重々しい口調で語り始める。


『これは昭和54年台風第二十号を超える史上最強の台風ですね。五千人以上の犠牲者を出した昭和34年の伊勢湾台風の中心気圧が895ヘクトパスカル。対して今回の台風八号の中心気圧は865ヘクトパスカル。こういえば今回の台風の異常なまでの威力がはっきりするでしょう』


『今回も五千人以上の犠牲者が出る可能性があると』


『そうとは言い切れません。中心気圧が870ヘクトパスカルだった昭和五十四年の台風での犠牲者は百名を超える程度でした。中心気圧が低いからといって一概に犠牲者が増えるとは言い切れません』


 しかし、と重々しい口調で、専門家は告げる。


『何の対策もせずに今回の台風と相対することがあれば、死者が一万人を超えることも念頭に置くべきでしょう。該当地域の皆さんは、早急な避難と災害時の警戒を怠らないでいただきたい』


 そうしてニュース番組は次の話題に移っていく。

 しかしその横枠は災害情報が記された青枠のままだった。

 

「行くか」


 俺は立ち上がった。

 

 

 □



 海面が白い飛沫を上げる。

 自分の前方にぶつかる大気をつかみ取って、俺を中心に貼られているバリアを滑らせ、後方へと流す。

 それによって、俺は断熱圧縮による高温化すらなく、極超音速で海上を駆け抜けることができている。


 俺は台風をかき消そうと企んでいた。

 今の俺の能力射程は半径百キロを超える。

 今回の台風は猛烈という形容でも足りぬほどの勢力だ。そして台風の目とは小さければ小さいほど強力な物となる。

 そして今回の台風の目の大きさは直径20キロ。一般的な台風の目が40~50キロ、最大ならば200キロに達することから鑑みれば、最小クラスといっても何ら過言ではないだろう。


 その中心部から能力干渉領域を広げて、台風を掌握するつもりだ。

 そうなればかき消すも、軌道を捻じ曲げて列島を素通りさせるのも思いのままだろう。

 というわけで俺は一路台風の下へと極超音速で飛行を続ける。

 次第に沖縄本島が見えてきた。

 

 眼下の街に音速を超えたことによる衝撃波が及ばないように、俺は高度を上げる。

 強化された知覚能力で地上を捉えれば、そこには人ひとりいないことが手に取るようにわかった。

 そして未だ強風域というのにもかかわらず、街全体が風によってめちゃくちゃにされていることもだ。


 窓ガラスは割れて、宙を舞い、自動車すら浮き上がって道路を転がっていく。

 木造の家屋なんかは、既に吹き飛ばされていた。

 恐るべき威力だ。

 

 こんな台風が本州に襲来するとなれば、日本の都市機能は破壊されてしまうだろう。

 ならばどうするか。

 答えは決まっている。

 

「さて、それじゃあ本丸に突撃するとするか」


 俺は更なる加速をし、台風の中心部分へと突っ込んでいくのであった。



 □



「凄まじい風だな……」


 場所は史上最大級の台風の中心部分。

 周りを雲の壁に囲まれた、巨大な穴の中心だ。

 そこには莫大な烈風が吹いている。

 舞う小石や砂粒も相まって、常人ではその場にいるだけで命を落としかねない絶死領域だ。

 俺は地面に足を付けて、両腕を大きく広げる。

 

「それじゃあ掌握していくか」


 しかし俺は気負うことなく、能力の干渉領域を広げていく。

 途端に俺の体を莫大な圧力が襲った。


「ぐっ! 何だ!?」


 今までにない感覚だ。

 これまで両の手足の指では足りない数の積乱雲を掌握してきたが、どれだけ大規模な物であっても、こんな感覚はなかった。

 俺の魂そのものにかかる負荷というべきだろうか。

 これが台風を、つまり原子爆弾数万個分のエネルギーを掌握しようとする人間に待ち受ける試練なんだろうか。


 台風のエネルギーは莫大だ。

 ジュール換算で一日で十エクサジュール――エクサは十の十八乗――分のエネルギーを発する。

 一個の台風で世界が使うエネルギー量の一月分を内包しているのだ。

 そんなものにただの人間一人が立ち向かうなど、正気の沙汰ではないだろう。


 しかし俺はただの人間ではない。

 世界最強の大気支配能力者なのだ。

 風を操り、街一つを更地にでき、核爆弾すら防ぎきり、天候すらも捻じ曲げる。

 ならば、相手に不足なし。

 

 俺は掌握してみせる。

 この史上最強の台風を。

 

 その暁には、一つの名前を名乗ろう。

 ずっと頭の中に思い描いていた、一つの名前だ。

 これまで名乗ることをしなかったのは、その名にまだ相応しくないと感じていたからだろう。

 だがこの台風を掌握できたのならば、名実共に世界最強の大気支配能力者となることができるだろう。

 

 俺は自らの限界射程である、半径百五十キロの能力干渉領域をさらに広げていく。

 ビキビキと、脳髄に不気味な音が鳴り響くが、瞑想による肉体回復を並行して行い、その痛みを打ち消していく。

 

 不調を訴えるのは脳髄だけではない。

 俺の手足もそうだ。

 筋肉が不気味に蠕動し、皮膚が裂け、手足から血が零れ落ちる。

 

「ガァアアあああああああ!!」


 喉を裂くような絶叫。痛みをかき消すために、そして更なる気合を振り絞るために、俺は全力で咆哮を上げる。

 肉体の破壊と再生が交互に行われていくのを感じながら、俺は全力で能力干渉領域を広げていく。


 この台風の直径は八百キロだ。

 ならば俺もソレだけの広さを確立しなければならない。

 そして肉体の不調を強引に治しながら、能力干渉領域を広げて、遂に目標の直径八百キロに到達することができた。

 

 さて問題はここからだ。

 能力の干渉領域を広げるという行為は、あくまで能力を使うための下準備だ。

 俺はこの干渉領域にある大気そのものを支配しなくてはならない。


 俺はまず、肉体の回復に意識を集中させた。

 これからのフェーズには万全の体調で挑みたい。

 地面に座禅を組んで、俺はAPと体力を回復させていく。

 そして今気づいたことなのだが、この台風は普段俺が掌握している積乱雲などよりも遥かに大量のAPを含んでいる。


 それを吸収していくことで、俺はAPを回復させていくと同時に、俺の肉体をこの台風へと近づけていく。

 これは勘だが、この台風は恐らく自然発生したモノではない。

 一体だれがこんな天災を作り出せるのかという疑問が先立つが、今はソレは重要ではない。

 問題は、人工的に作り出された物ならば、同じく人の手でどうとでもできるということだ。

 そしてそのための鍵が、この台風に含まれているAPにあると俺は考えている。


 恐らくこの台風を巻き起こしたのも、APの作用によるものだ。

 しかしこのAPからは他人の臭いがしない。

 自然のAPに限りなく近い。

 恐らくこの台風を巻き起こしたモノは、大自然の力を後押しすることによってこの史上最強の台風を作り出したのだろう。

 どんな目的かは知らないが、こんなものを人間のいる場所に向かわせているのだ。ろくな目的ではないだろう。


 ならば俺はソレを真っ向打ち砕く。

 さあ、ここからが正念場だ。

 

「行くぞ……!」


 肉体から莫大なAPが立ち昇る。

 それは即座に天を覆い尽くし、直径八百キロを超える台風を掌握していく。

 ぶつりと頭の中で何かが千切れる音がした。

 視界が一気に暗くなる。

 脳の重要な血管が切れたのだろう。

 しかし即座にAPを脳内に集中させて、治癒を行う。


 手足が血に染まっていく。

 筋繊維が断裂し、凄まじい痛みと倦怠感が俺を襲う。

 

 しかし俺は能力の掌握を止めない。

 イける。俺は長年能力を鍛えてきたことによって磨かれた直感が、そう告げるのを感じた。

 

「オォオオオオオオオオオオ!!」


 裂帛の気合を喉から迸らせ、俺は大気を掌握していく。

 そして、俺の体を突如とある感覚が襲った。

 これまでの痛みや倦怠感ではない。


 莫大な全能感だ。

 まるであまりにも巨大な何かと接続したかのような感覚。

 

 俺は確信した。

 出来た、と。

 自らの能力は今、この台風を掌握したのだと。

 そしてソレと同時に、俺という存在は一つ上の次元に到達したのだと。


 肉体から痛みが引いていく。

 全身にこれまでにないチカラが漲ってくる。

 そして俺は、自らの手をゆっくりと掲げて、指を鳴らす。


 ソレだけでよかった。

 ソレだけで、台風は掻き消えた。


 もし人工衛星がこの瞬間を捉えていたのならば、あまりの光景を記録したことに、故障を疑われるかもしれない。

 ソレだけ異常な光景だった。

 台風を構成していた白い雲が、溶けるように即座に消えたのだ。

 

「ははは」


 笑声が、俺の口から漏れる。

 肉体を取り巻く圧倒的な全能感。

 体の奥底から湧き出る無限のAP。

 そしてこれまでよりも遥かに強化された肉体。

 俺は、俺は遂に。


「俺が、俺こそが!」


 成ったのだ。


「世界最強の大気支配能力者だ!!」


 

 □



 俺は遂にこの名前を名乗ることにした。

 能力に目覚める前に、妄想をノートに書き綴ったあの日に思いついた名前。

 その名前を『神風のボレアス』。

 世界最強の大気支配能力者にふさわしい異名だ。


 そしてこの名前が、より多くの人間に知れ渡り、時に災厄の象徴となり、時に希望の象徴になるということを、俺はまだ、知る由もなかった。


 その話は、またいずれ。

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