ポリスメンはだめ
ダンダンダンダン、
「こんにちはー」
ダンダンダンダン、
「こんにちはー」
無機質な金属を叩く音と、男の声のせいで目を覚ました。
「んあ・・」
いつにもまして腰が痛え。
俺は床から上半身だけを起こし、
ベッドに横たわる灰色のぶかぶかのスウェットを着た女性が、「ん...」と寝返りをうつのをみて、夢では無かったのだと改めて息をのんだ。
そう。彼女と一夜を共にしたのだ。
はい..。ちょっとかっこ良く言ってみたかっただけです。ごめんなさい。
実際はベッドを彼女に明け渡し、俺は床で寝ただけです。
ホントです。信じてください。
それも彼女の為を思って、等というかっこいい理由なんかじゃありません。
若くて何も知らなかった自分なら喜んで、襲いかかったでしょう。
それはそれはもうデロンデロンに舐め回していたでしょう。
ただ、俺は知ってしまっていたんです。
俺のビームサーベルだと思っていたモノが、実はゴム製のおもちゃ小型ナイフだったということを。
どうか笑ってやってください。
なぜかは知らんが一晩一緒にいてくれたこの子の笑顔が、
拒絶や、嘲笑に変わる様をみることの恐怖を考えるだけで
俺の2つのハイパー..もといモンスターボールは縮みあがっていたのだ。
じゃあ何も感じなかったのかというと、そんなことはない。
床でドッキドキしていた。それはもうドッキドキしていた。
寝るのに時間がかるほどねっ。
あとはまあ、
綺麗すぎたのもあったのかもしれない。
ケモミミ少女が好きな俺からしてみれば、綺麗すぎて、なんというか別の生き物のような気がしていた。
ダンダンダン
「はいー。今出ますー。」
寝室からキッチンまでのドアを、
何と無く感じた"嫌な予感"を察知して、丁寧に閉めておいた。
ガチャ。
「あっ、どーも、すみません」
さっそく嫌な予感が的中だ。
そこにいたのは二人のポリスメンだったのだ。
一人は昨日の青年ポリスメン。
もう一人は..なんだか怖そうなおじさまポリスメン?
「あ、はい..。昨日はどうもです。」
「あのー、実はですね。昨日尾瀬さんが保護してくださった女性がですね。」
青年ポリスメン岡田さんそれは、それはそれは丁寧に事の顛末を語ってくれた。
どうやら業務に当たっている際中、目を離した隙にカリーンヌが逃げ出してしまったらしい。
夜中パトロールがてらに結構な時間探したが、見付からず、夜も遅いので俺のところには来られず、
俺の携帯も繋がら無かった為、今に至るそうだ。
俺は心のなかで、本当にごめんなさいと土下座をしつつ、
「頼むからいま起きてくるような事だけはしてくれるな、カリーンヌよ。」
と神に祈った。
それはもう、祈った。
「大袈裟な事にはならないと思いますが、一応事件性も考慮してまして。まあ、大丈夫だと思うんですけど一応です!」
「本当にご協力ありがとうございます」
そんなことを言う爽やかな笑顔に、心の中で敬礼した。
バタン。
決まりだ。
少し非現実的なシチュエーションに、ちょっとしたワクワク感などを感じてしまっていた事実は認めよう。
なにか小説のアイディアになるかもしれないなどと期待もしていた。
だが、ポリスメンは駄目だ。
ファンタジーがぶち壊しだ。
これは紛れもなくただの事件ではないか。
これがもし異世界ストーリーならば、かくまった少女を憲兵が訪ねて来るといった状況か?
だが何度もいうがポリスメンは駄目だ。
あのブルーと紺の格式張ったお洋服はとても危険だ。
俺はメモを取り出し、「ポリスメンはダメ」と、記録した。
寝室に入ると、ダボダボのスウェットを着て横たわった生き物を眺め、1度深呼吸し、
必ずもう一度交番に引き渡す事を決めたのだった。
「はい。よろしくお願い致します。はい。はい。失礼します。」
駅前の公衆電話を切った。
東京ガスとの通話が終わった。
なぜ人通りの多い13時の駅前なんかで、ひと目にさらされながら、
公衆電話を使用しているかという話は、かれこれ2時間ほど前に遡るだろうか。
「ンン..アァ、オア」
「やっと起きたか」
「..トオル?」
玄関でのポリスメンとの結構なやり取りを、何にも知らない彼女は、のんきに寝ぼけた声をしている。
髪はボサボサで、足の裏の絆創膏は剥がれてしまっていた。
ベッドで無防備に座りながら目をこする彼女を少しみて、とても無視出来ない感情が沸き立ってきたので、思わず目をそらす。
なにあれ!?
かわいいんですけど..。
おい、やっべーだろ、おい。
先程は違う生き物にみえたとか、カッコつけようとしてましたが、ほんっとにごめんなさい。
やべーす。まじやべーす。
今ならこんな俺でも勢いで何か出来るんじゃないか?と思わせるほど、隙しか無いあの感じ!
反則じゃねーか..。
チートじゃねえか。
そういや寝顔とか寝起きとかやたら強調するアニメなんかもあったっけか。
ちょっと意味わかんなかったけど、今なら分かるかもしれねえ..。
グッジョブ!アニメ制作陣。
いや、とにかく、落ち着け、落ち着くんだ。
脳を殺すんだ。
よしよし、いい感じだ。
とりあえずメモに、「寝起きは破壊力」という記録を残した。
「ニィェ...。」
うへぇという顔をして、独り言を呟きながら、自分の髪を触ったり、自分の体を嗅いだりしている。
やがて、俺の方をみて申し訳無さそうな笑顔をみせる。
(不憫だ..。)
年齢がいくつくらいなのかは知らないが、若いのは明らかで、拾われる家や施設がまともであればこんな思いもしていないだろうに。
まして、日本でまともじゃない家なんておそらく数少ないだろう。
数多ある家で、たまたまこの小屋とも牢獄とも言えない、お部屋で一晩を過ごすはめになったのだ。
なんて運の無い子だ。
交番に行く前に、
せめてその不快感だけでも和らげてあげたいと思った。
「ピピッ」
この音がお風呂を沸かすボタンの音なんかじゃないのは、お気付きだろう。
そうこれはIHのコンロをつけた音だ。
体の不快感を取るのになぜIHコンロ?等という野暮な質問はやめてくれよな。
言ったじゃないかガスが止まっているって。
フライパンに水をくみ、ボウルを用意し、
なにやらゴソゴソとしている俺を、
カリーンヌは不思議そうにみていた。
安心しろカリーンヌよ。
おそらく多くの日本人でも不思議がる光景だ。
「よし、これくらいでいいか」
沸騰してはいないが、温かくなったのを指で確認し、フライパンとボウルをベッドの前のテーブルに置いた。
「タオルは、これでいいか」
俺はタオルをちょんちょんとお湯につけ、自分の身体を拭く素振りをカリーンヌにみせた。
彼女はウンウンと笑顔で頷き、パチパチと手を叩きながら、「ッテローネ」と言ってきた。
どうやら伝わった。そして感謝もされたらしい。
「ありがとう」と、言われた気がしたんだ。
俺は寝室を出ながら、てろーね、てろーねと呟いていた。
お別れまで残りわずかな時間しかないが、覚えておいて損は無いだろう。
暫く他人から言われることがなかった、
いやもうそんなことを言って貰うことは無いとさえ覚悟をしていた。
感謝の言葉。
大切に大切にしまっておこう。
てろーね。
「あ、そうだ。一応調べておこう。」
「Googleをひらいて、テローネっと..」
「イタリアのクソ野郎ことテローネ」
という文字が眼鏡にうつり、そっとスマホをしまった..。
と、とりあえず後で、
カリーンヌとイタリア語設定で翻訳ツールを使って会話を試みてみよう..
数分がたっただろうか。
ソワソワしていた。
もしこの状況がラブコメとかだとしたら
「まだかー?」
等と言って、ガラッと開け、
きゃーー!へんたーい!
ズンガラガッシャン!
というのがお決まりの展開だろう。
分かっていても、それが欲しいとすら思える。
もはや芸人のおすなよ?おすなよ?の域に、達しているとさえ思っていた。
いやまて、最近のアニメでは全くみない気もするな?
もはやジェネレーションギャップなのか?
等と考え、勝手に凹んでいた。
もし今ガラッとあけた時の、彼女視点を考えてみる。
こんなボロ屋で、お風呂もシャワーさえ浴びれない中、
しかたなくタオルで身体を拭いている最中に、
少しは信じていたであろう眼鏡の、
髭の生えたアジア人のおっさんにニヤニヤした顔でみられる。
悲惨だ。
一生のトラウマを植え付けかねないぞ。
そのときの彼女の恐怖と引きつった顔が容易に想像出来るのでやめた。
というかそもそも、もう冬だというのにガス契約してないのが悪いよなあ。
今更契約したってもう彼女には関係無いけれど、明日からの生活を少しだけ見直して、人間らしい生活していこうかな。
明日から。
魔法の言葉だ。
そう決心することで、自分はなんだか変わった気がするし、本当は何もしていないのに、なんだか行動した気になれる。
そしてそんな明日は当然訪れない。
んな事は誰に言われないでも分かっているし、もうそれでいいと思っていた。
だが実際に今後悔した。
ガスを契約していれば、彼女にシャワーを貸すことができた。
そうすれば彼女に喜んで貰えて、彼女ともっと仲良く..
その先の気持ちに気付いて鼻で笑った。
きゃっきゃうふふしたかった..。
なぜだか魔法少女まどかマギカを思い出していた。最も好きなアニメのうちの1つだ。
まどマギの重すぎる話の内容で、なぜ魔法少女にする必要があったのか、ずっと疑問だったのだが、なんとなくわかった気がした。
あれをおっさんにしたら多分誰も観ないからだ。
いやまどマギに限らず、他のアニメも大体そうだ。
美女と野獣も、作ったの絶対おっさんだろ。
おっさんが美女に受け入れられたかっただけだろ。
等と考えていた。
俺は「魔法中年おじが☆オジカル」と書いて、
逆に面白そうな気がする。
等と眺めていたメモをそっと閉じ、玄関を出ていた。
ガチャ、
「ただいまーっと。」
ガスは早ければ今週中、遅くても来週にはなんとかなりそうだとわかり、ほっとしていた。
何だか1つしがらみが振りほどけたみたいで、スッキリした。
無くても何とかなるだろうと思いながらも、冬はさすがに契約しておいたほうが良いんじゃないかと思っていたからだ。
行動にうつせたのは、彼女のおかげ。
カリーンヌには感謝だ。
あ、そうだ。あの言葉言ってみるか。何だっけか「テ..?」
一応寝室に入る前に立ち止まった。
立ち止まり、メモを見直し、
「そうそう、テローネ..」
うん。イタリアのクソ野郎っていう意味じゃないことを祈るぜ..?
「流石にもう大丈夫だよな?」
ふすまを何度か叩く。
「ん?」
少し異様だ。
なんの声も音も帰ってこないのだ。
サーーッ
ふすまの向こう、
そこに..彼女の姿が無かったのだ。
「あらあ..」
持っていたビニール袋を落としてしまった。
一応、部屋の中の金品(そんなに無いけど)なんかを確認した。
確認しながらに思った。
そうか!そうだったのか!そりゃそうだ!
俺はもう一つの可能性を排除していた事に、気付く。
彼女自身が犯罪者だと言うことだ。
思えば、こんな中年おじさんの部屋にあんな美少女外国人が来るわけがないのだ。
いや、それは昨日も考えていた。
だが考えが足りていなかった。
何がタイタニックだ、何が魔法少女だ。
自分のバカさ加減にイライラしながら、部屋中を確認していた。
女子はイケメンをみると、勝手に頭良さそうだとか、優秀そうだとか思うらしい。
どれだけ馬鹿な生き物なんだ、と嫉妬からくる軽蔑をしていたが、心から謝罪した。
裸足の外国人美女は悪いことはしない。と、バイアスがかかっていたのだ。
だがおかしい。
何かを取られた形跡が無さそうだ。
まあ、取られちゃまずいものなんてほとんど無いが。
タブレットなんかも残っている。
フライパンとボウルも律儀に重ねてある。
あと考えられるのは...美人局か!
日本ではあまり聞き慣れないが、洋画とかネットとかで、みたり聞いたりしたことがある。
まじかよ・・
「変な男とか来ないだろうな・・金は無いぞ・・」
一応鍵を締めた。
急に怖くなってきた。
もしかしたら俺に明日は来ないのかもしれない。
ガスの人、契約すんません。
父ちゃん、母ちゃん最後まで親不孝でごめんな。
あと、あとは、弟か。
芸人、なれるといいよな..頑張れ。
ガチャ、ダン!
ダンダン!
「ひょ..」
叫び出しそうになり、口を抑える。
「トオル!」
ダンダンダン!
「トオル?トオル?」
ダンダンダンダン!
ミシ..
俺は存在が悟られぬよう、抜き足差足で玄関にたどり着き、ドアの覗き穴を覗く。
そこには、
眉を八の字にしながらドアを叩く彼女の姿があった。
どうやら、他に人がいないようにみえる。
少しだけ安心した。
俺はドアから目を離し、腕を組みながら少しだけ考える。
このまま居留守を続けて、それで終わりにしたほうが良いのではないか。
ポリスメンの方々も探していると言っていたし..。
いや、だがまた面倒なことになって、それこそポリスメンとまたなんやかんや話さないといけない事になったりしたらなぁ..。
なかなかにめんどくさい。
音が止んだ。
とりあえず一旦寝室に戻って今後のことを冷静になって考えようとしたが、
ん?
何やら話し声が聞こえる。
やっぱり他に人がいたのか!!
危ないところだった。
耳を傾ける
「・・・!」
「・・・・・!!」
「お兄ちゃんかね、おかしいね、いつもなら居るんだけどね」
隣のおばあちゃんやないかい!
ザッ、ザッ、
ダンダンダン!
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!彼女さんが来てるよ!」
「お兄ちゃん!あらおかしいわね。
それにしてもあなたとってもかわいいわね。どこの人なの」
「・・・!」
「あら、そうなの。困ったわねえ」
「は、はーーい!今出まーす」
俺は声優の養成所で培った精一杯の演技を、活かしてドアを空けることにした。
いや、そうせざるを得なかった。
カチャリ、
ガチャ
「はいはい。すいませーん、寝てしまってまして。ほんとにご迷惑をおかけしました。」
「あらそうなの、良かったわねえ」
「テローネ!メントテローネ!」
「あら良いのよ、それじゃあね」
カリーンヌとなんの違和感もなく会話しているようにみえるおばあちゃんは、
実はとんでも無く凄い人なのではないかと思った。
にしても無いわー
彼女は無いわー。
みえちゃう?
そうみえちゃう?やめてよおばあちゃん
でゅふ、でゅふふふふ
バタン、
「・・・」
シュ
バッ
「・・・」
シュ
バッ
「・・・」
シュッシュッシュッ
バッバッバッ
俺は脇腹を守るためにへっぴり腰になりながら、カリーンヌの左右に放たれる攻撃を右、左、右と、
ガードし続けた。
あまりに綺麗にガードされたからだろうか、カリーンヌはニヤケとも照れとも言えない笑みを浮かべながら、攻撃を続けてきた。
俺はというと「何じゃこのやり取り!ほれてまうやろーーー!!」
という心の中の叫びを悟られまいと、敵の攻撃を甘んじて受けることにした。
「いででででで」
俺の贅肉が、ついにとらえられ、捻り上げられた。
楽しさによる"にやけ"と痛さによる歪みで、
かなり、いや、それはもう醜い顔をしていたに違いないのだった。
カリーンヌの腹減ったアピールにより、冷凍うどんを茹でて、大根おろしとしょうゆをかけたやつを一緒に食べたり、
イタリア語設定で翻訳を試したりするうちに(イタリア人でもなかった)
なんだかんだでもう夕方になってしまった。
シャカシャカシャカシャカ
現在の彼女はというと、俺が公衆電話の帰りに買ってきていた歯ブラシで歯を磨いている。
無駄にならなくて、とりあえずは良かった。
髪留めやらなんか使えそうなのを厳選して買っておいたのだ。
レジで若干、いや、結構恥ずかしかった。
さて、そろそろいくか。
なんだかんだあってクタクタだったが、もうひと仕事だ。と、
俺は歯を磨き終わった彼女にコートを着せ、
部屋を出た。
歩きながらあの言葉をぼやいてみる。
「テ、テローネ?」
それが"ありがとう"という意味なのかは分からなかったが、そういう意味だと思い込んで言ってみる。
なんの反応も無かったので、ちょっと心配になり彼女をチラッとみてみた。
すると驚いたような表情がパッと明るくなり、
「テローネ!テローネ!メントテローネ!」
うなずきながら手をパチパチとさせたカリーンヌがいた。
あかん、かわいい。
ほんとに一生出来なさそうな、貴重な体験を
させてくれてありがとう。
「テローネ is ありがとう」
「?」
「あ・り・が・と・う」
「ア・リ・ガ・ト?」
「そう!ありがと!」
「ソウ!アリガト!、ソウ!アリガト!」
発音がてんでなってなかったし、ソウという余計なワードが入っていたけれど、
手をパチパチ叩きながら喜んでいる彼女を
みているとそんなのはどうだってよく思えた。
あぁ、感動のお別れだ。
少しセンチメンタルなお気持ちになっていた俺をよそに、
交番一歩手前の坂道まで差し掛かった彼女に異変が起きていた。
軽かった足がピタッと止まり身構える。
NARUTOに出て来た日向ネジのような構えで、それはそれは綺麗に身構える。
「えーーと..。」
「ほら、いくよ。GOGO」
「ニュダン!」
「えっと..」
「ニュダン!コローテ!」
「えぇ..」
「ニュダン!コローテ!!」
とても眉間にシワがよっている。
夕日に照らされる彼女の目が、真剣に何かを訴えている。
「えっと、もしかして、交番..だめですか?」
もし気になってくださった方がおられましたらいいね、ブックマークのほどよろしくお願い致します。